生成AIスタートアップ、23年調達額6割増 430社市場地図
米オープンAIが2022年11月に公開した対話型AI「チャットGPT」の成功により、生成AIと大規模言語モデル(LLM)は新たな時代に突入した。
それ以降、何百社ものスタートアップや何十億ドルもの資金がこの市場に押し寄せ、生成AIスタートアップの23年のエクイティ(株式)による資金調達件数は前年比60%以上増えた。
各社は新しいたんぱく質や医薬品の開発、プログラムコードの迅速な作成、次世代の検索エンジンやゲーム体験の構築などにこの技術を活用している。
下記の市場マップでは、「インフラ」「水平型アプリケーション」「垂直型アプリケーション」の3つの部門の60のカテゴリーで生成AI技術を開発するスタートアップ約430社を掲載した。
掲載企業はCBインサイツの独自スコアと最近の資金調達額に基づいて選定した。他の企業に買収されたスタートアップは対象外とした。生成AI分野を網羅してはいない。
各カテゴリーの概要
生成AIインフラ
「生成AIインフラ」はこの市場マップで調達額が最も多い部門だ。この部門のスタートアップによる24年の調達件数はわずか31件だが、調達額は48億ドルに上る。高度なLLMの開発には巨額の費用がかかることもあり、1回のラウンドの平均調達額は1億5600万ドルに上っている。
この部門で投資家の注目を最も集めているのは「モデル開発」だ。例えば、米トゥギャザーAI(Together AI)は22年に創業したばかりだが、24年のシリーズAで調達額1億600万ドルを調達し、企業価値は13億ドルと評価された。同社は生成AIをオープンソース化し、24年3月時点で4万5000人の開発者にモデルの構築やカスタマイズが可能なプラットフォームを提供している。
モデル開発の分野はこの1年で急成長し、現地の言語に対応したモデルなど新たなアプリケーションの機会を生み出している。パラメーター数を「GPT-3.5」の最大88分の1に抑え、微調整した軽量モデルも登場している。こうしたモデルは学習スピードが速く、特にエッジで運用しやすい。
金融サービスや医療・ヘルスケアなどデリケートなデータを扱う業界は、データをクラウドに送る必要があるLLMではなく、エッジに小規模なモデルを配置してプライバシーへの懸念を軽減しようとする可能性がある。
巨大テック各社は生成AI、特にLLMに早急に関与しようとしている。米マイクロソフトはオープンAIの株式を大量に保有し、欧州版オープンAIの仏ミストラルAI(Mistral AI)に出資している。ミストラルAIは23年12月のシリーズAで4億1500万ドルを調達し、企業価値が20億ドルに達した。現在は評価額60億ドルで資金を調達しているとされる。24年4月に新たなオープンソースLLM「Llama(ラマ)3」を公開した米メタなど、モデルを自社開発している巨大テックもある。
インフラ部門で最も企業数が多いのは「AI開発プラットフォーム」だ。このカテゴリーには一体開発プラットフォームのほか、カスタマイズモデルや生成AIアシスタントの開発ツールを提供するLLM&エージェントなどがある。最も新しいのは、米プレディベース(Predibase)や米グレイブ(Glaive)などが手掛けるタスク特化型の小規模モデル開発プラットフォームだ。
垂直型生成AI
この部門のスタートアップは生成AIを活用し、ゲームや小売り、医療・ヘルスケアなど業界特化型のアプリケーションを開発している。
「医療・ヘルスケア&ライフサイエンス」はこの市場マップで最多の40社からなる。24年に入ってからの調達件数は計11件で、たんぱく質や医薬品の設計、電子健康記録(EHR)や医師と患者の会話の記録の作成、医療に特化したLLMなどのアプリケーションがある。
米アブリッジ(Abridge)などは診察時の医師と患者の会話を文字に起こし、構造化されたカルテを自動で作成する。同社は24年2月のシリーズCで1億5000万ドルを調達し(音声AI分野の24年に入ってからの調達額としては最高)、3月には米エヌビディアと提携した。医療に特化したLLMは新しい分野で、やはり3月にエヌビディアと提携した米ヒポクラティックAI(Hippocratic AI)などが含まれる。
一方、「金融サービス」はこの1年で急拡大した。アプリケーションは投資リサーチ(カナダのブーステッドAI=Boosted.AIなど)、金融に特化したLLM(米カシスト=Kasisto)、コンプライアンス(法令順守)ツール(米グリーンボード=Greenboard)、資産管理アドバイザー向け業務支援ツール(米パウダー=Powder)など多岐にわたる。
一方、既存大手は金融サービス専用のAIツールを自社開発している。例えば、米マスターカードは24年2月、1兆のデータポイントを解析し、取引が正当かどうかを予測するモデル「ディシジョン・インテリジェンス・プロ」を発表した。
水平型生成AI
この部門のスタートアップは市場マップ全体の半数近くを占めている。視覚メディア、文書、コード、音声、インターフェースなど業界にとらわれないソリューションなどを手掛ける。
視覚メディア生成
動画、画像、3次元(3D)アニメの生成などの「視覚メディア」は水平型生成AIで最も浸透している分野だ。80社近いスタートアップが生成AIを活用し、企業のアバター(分身)や本人そっくりのディープフェイクなどを生成している。
この分野で最も勢いがあるのは画像生成だ。テキストで指示するとアート作品や販促コンテンツなどに使う画像を生成してくれる米ランウェイ(Runway、調達総額2億3700万ドル)や米ピクスアート(Picsart、1億7500万ドル)などが主な企業だ。こうしたツールは今や業務を支援するコパイロット(副操縦士)と化している。ランウェイを導入したある企業はこう感想を述べている。
「当社はランウェイを実際のモノを作る手がかりを得るために使っており、非常に満足している。(米アドビの画像編集ツール)『フォトショップ』が登場したときのように、手持ちのツールに加えるべきツールといったところだ」
オープンAIの画像生成AI「ダリ(DALL-E)」は主要な画像生成プラットフォームの先駆けだったが、巨大テックはすぐに追いついた。直近では、米グーグルが24年5月、動画生成モデル「ベオ(Veo)」と画像生成モデル「イマジェン(Imagen)3」を公開した。
テキスト&コード生成
LLMはこの1年でさらに規模を拡大して性能も向上し、感情分析、翻訳、読解力が飛躍的に進歩した。アルゴリズムは自然な言葉による指示をコンピューターのコードに変換し、ソフトウエアやウェブサイトの開発の新たな時代が到来したことを示している。
テキスト生成スタートアップ調達額上位10社のうち3社は、広告やブログの投稿、電子商取引(EC)の商品説明文など販促コピーに力を入れている。例えば、調達総額トップの米タイプフェイス(Typeface)は23年6月のシリーズBで1億4000万ドルを調達し(企業価値は10億ドル)、調達総額は2億500万ドルに上る。マイクロソフトは24年、販促業務を効率化し、タイプフェイスの技術を自社プラットフォーム「ダイナミクス365カスタマーインサイツ」に組み込むため、タイプフェイスと提携した。
AIコパイロット(アシスタント)はソフトウエア開発で開発者の生産性向上に欠かせない存在になりつつある。例えば、AIを活用したノーコード/ローコードのプラットフォームを手掛ける英ビルダーAI(Builder.AI)は、従来の手法よりも最大で6倍速く、70%安くソフトウエアを構築できるとうたっている。レイターステージ(後期)の同社はマイクロソフトと提携し、出資も受けている。
巨大テックは自社製品のエコシステム(生態系)にコード生成コパイロットを導入している。メタは23年8月、ラマ2を微調整し、コードの生成や完成、バグ修正が可能な「コードラマ」を公開した。一方、米IBMは24年5月、100以上のプログラミング言語で学習した一連のコード生成ツールをオープンソース化した。
音声生成
「音声生成」のスタートアップ数は水平型生成AIで最も少ない。この分野のスタートアップはAIを活用し、リアルな合成音声やクローン(複製)音声を生成して音声コンテンツをつくったり、新たなサウンドスケープや音楽を生成したりする。
AIが生成した音楽は急速に広がっている。例えば、グーグル・ディープマインドは23年11月、動画投稿サイト「ユーチューブ」と提携し、音楽生成モデル「リリア(Lyria)」を発表した。
韓国のポザラボ(Pozalabs)やインドのBeatovenなどのスタートアップはAIを使い、ゲーム、映画、音楽などの業界向けに様々なジャンルやムードの音楽やサウンドを生成している。ポザラボはこの1年で社員数を38%、Beatovenは26%増やしている。
一方、500万人以上のアーティストがカナダのランダー・オーディオ(LANDR Audio)の楽曲マスタリングプラットフォームを使っている。同社は23年10月、新たなAIマスタリングツールを公開した。
生成インターフェース
「生成インターフェース」は生成モデルを使って自然な言葉による指示を処理し、ウェブ検索、(企業のサーバーやアプリ内の)プライベート検索、次世代HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)などを動かす業界横断型のソリューションを含む。
米ラビット(Rabbit)や米リワインド(Rewind)など「AIネーティブ」消費者向け機器も、消費者に接するHMIを介して生成AIとコミュニケーションをとる新たな手段として登場している。既存各社もAIネーティブ機器に参入している。例えば、オープンAIは米アップルで最高デザイン責任者(CDO)を務めたジョナサン・アイブ氏が創業し、アップルの社員20人以上を引き抜いた米デザイン会社ラブ・フロームと、次世代AI機器の開発に向けて協議している。
関連リンク
関連企業・業界