コラム

「絶不調」バイデンを深追いしなかったトランプ

2024年07月03日(水)15時00分

バイデンの「絶不調」をよそに討論会は淡々と進行した Emily Elconin-REUTERS

<最悪の状態のバイデンを「KO」にまで追い込まなかったのはトランプの深謀遠慮か>

先月27日に行われた大統領選のテレビ討論では、とにかくバイデン大統領は全く精彩を欠いていました。既に多くが報じられていますが、顔色は悪く、視線には力がなく、終始その声はかすれていて、弱々しく不明瞭でした。言い淀みや沈黙が何度もあったなど、想定された幅の中でほぼ最悪の内容だったと思います。

既に81歳であるバイデンについては、これまでも何度もメディアがその「高齢不安」を取り上げてきました。そのたびごとにバイデンは、力を振り絞って批判を跳ね返してきました。直近の例でいえば、3月7日に行われた一般教書演説がそうで、奇跡的なまでに雄弁をふるい、高齢への不安を吹き飛ばすことに成功していたのは事実です。ですが、今回はそのような奇跡は起きませんでした。


週末をはさんでアメリカの論調は日に日に厳しくなっています。バイデンが候補辞退に追い込まれる可能性は濃いですし、それを受けて8月にシカゴで行われる党大会までに様々な駆け引きが行われることが想定されるのは不可避です。現時点ではバイデン陣営が選挙戦を9月以降まで戦い続ける可能性は、かなり限定的だと思われます。

しかし、民主党は巨大な組織であり、特に左右に深く分裂しています。それをバイデンが独特の話術と経験でまとめているという難しい均衡があります。これを前提としますと、この民主党が簡単には方向転換できないわけで、何をするにも時間がかかるのは避けられません。しかし、大きな動きはもはや避けられなくなりました。

視聴者が「正視に耐えない」場面も

ところで、6月27日のテレビ討論で、1つ大きな疑問として残るのは、トランプ前大統領の態度です。どういうことかというと、相手のバイデンが余りにも不調であった中で、「手負いの敵を深追いする」ことは全くしなかったのです。いつものトランプであれば、「おい、何言ってるんだ? バイデンは大丈夫か?」というような、「アドリブのツッコミ」でどんどんバイデンを追い詰めたはずでした。

多くの視聴者が「これは正視に耐えない」と思うようなバイデンの「フリーズ」に対して、トランプとしては、多少「いたずらな」感じで揶揄するようなジェスチャーは見せています。ですが、トランプが発言としてバイデンの健康問題を突くことは限られていました。「ゴルフの腕」を自慢し合うという「かなり痛々しい」やり取りも、相互に準備したシナリオから逸脱することはなかったのです。

そんなわけで、バイデンには何度も危ない場面があったにもかかわらず、討論はまがりなりに最後まで進行していったのでした。司会の2人のCNN記者が、極めて公平かつ冷静に、何事もなかったかのように淡々とした進行を心がけていたことも、これを助けていました。

バイデンが絶不調に陥り、何度も危ない場面があったのに、トランプがアドリブで一気にKOを狙うことはしなかった、これには様々な理由が考えられます。直後の印象としては、トランプもまた、陣営のブレーンが「無党派層や穏健派への浸透」を狙って描いたシナリオを消化するのに精一杯だった、そのような感じを受けたのは事実です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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