1959年のテレビ (日本)
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1959年のテレビ(1959ねんのテレビ)では、1959年(昭和34年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
できごと
[編集]1月にはNHKが教育テレビの放送を東京で開始。さらに2月には日本教育テレビ(NET、現:テレビ朝日)、3月にはフジテレビがそれぞれ開局。NHKはこの年も青森など各地でテレビジョン放送を開始。また民放は1年間に21局も開局する。
またこの年、放送法が改正された。
- 1月10日 - NHK教育テレビジョン、東京で放送開始(JOAB-TV)。2011年6月1日より対外的名称として「Eテレ」を使用[1]。
- 2月1日 - 日本教育テレビ(NETテレビ、JOEX-TV。現:テレビ朝日)開局。
- 2月2日 - ラジオ東京テレビ(KR-TV、現・TBSテレビ)が、カラーテレビ実験局開局。同実験放送を開始。[注 1][2][3][4]
- 3月1日
- 3月2日 - フジテレビにて、ハナ肇とクレージーキャッツによる5分間の時事風刺コメディ番組『おとなの漫画』放送開始( - 1964年12月31日)。
- 3月3日 - NHK鳥取放送局テレビジョン放送開始。同日、日本海テレビジョン放送(NKT)も開局。
- 3月6日 - 毎日放送にて、近畿日本鉄道一社提供の紀行番組『真珠の小箱』放送開始( - 2004年3月27日)。
- 3月9日 - 毎日放送にて、公開コメディ番組『番頭はんと丁稚どん』(作:花登筺、出演:大村崑他。七ふく製薬一社提供)放送開始( - 1961年12月25日)。
- 4月1日
- 4月3日 - テレビの受信契約台数が200万件を突破。
- 4月8日 - 日本テレビ、郵政省からカラー実験放送に於いてのCM放映が認可される。これを受け、今まで昼間に1日約30分放送していた同実験放送を、ゴールデンタイムに1日30~60分放送する方向へ変更、2日後の皇太子御成婚記念特番『このよき日』を皮切りに実施。[5]
- 4月10日 - 皇太子御成婚パレードをNHK・民放各局で生中継。日本で最初のテレビ報道中継となった。
- NHKと民放各局がテレビカメラ100台、スタッフ1000人を動員。NHK、日本テレビ+フジテレビ、ラジオ東京テレビ(KR-TV、現・TBSテレビ)+NETテレビの各チームに分かれて中継を行った。
- 日本テレビ+フジテレビでの中継では、同パレードに於いて、半蔵門を担当した日本テレビによる中継の一部で、2台のカラーカメラと1台のカラー中継車によって、日本で初めての、野外に於いてのカラー生中継を実施(日本テレビ以外のネット局はモノクロ放送)[注 4][6]。
- NHKによるとこの当時、テレビの受信契約台数は200万件に上ったとのことである[7]。
- 更に日本テレビでは同日20時から、この模様をカラー放送の特番『このよき日』で、テレビカメラとは別に35mmカラーフィルムで撮影した動画を放送。この番組の中では、日本初のカラーCMも放送された。[8][9]
- 4月11日
- 4月14日 - 日本テレビ、プロボクシングのカラー初中継を、当時の後楽園ジムから行う。[8][10]
- 4月15日 - 日本テレビ、スタジオドラマでは日本初のカラー放送による、「ヤシカゴールデン劇場・『赤い陣羽織』」を生放送。[8][10][12]
- 4月17日 - 日本テレビ、プロレスリングのカラー初中継を行う。[8][10]
- 6月1日
- 6月17日 - フジテレビで、渡辺プロダクション制作の歌謡番組『ザ・ヒットパレード』放送開始( - 1970年3月31日)。
- 6月25日 - NHKと日本テレビで、プロ野球天覧試合「巨人対阪神」戦(後楽園球場)を中継。
- 7月2日 - 日本テレビ、プロ野球巨人戦ナイター中継で初のカラー中継(この日は対大洋戦だった)。[8][10]
- 8月1日 - ラジオ東京テレビ(KR-TV、現・TBSテレビ)をキーステーションとする、ジャパン・ニュース・ネットワーク(JNN)が発足。
- 9月1日 - 岩手放送(現・IBC岩手放送)テレビ放送開始。
- 9月2日 - 北海道放送(HBC)、札幌市中央区北1条西に新放送会館落成[注 6]。
- 9月5日 - よみうりテレビ・日本テレビ系にて、コメディ時代劇『頓馬天狗』(作:花登筺、出演:大村崑他。大塚製薬一社提供)放送開始。大村の「姓はオロナイン、名は軟膏」の決め台詞が評判となる( - 1960年12月24日)。
- 9月10日 - 日本テレビ、「ビクター歌のパレード」内にて、日本で初めてカラークロマキーを実用化する[13][14]。
- 9月15日 - 日本テレビ、東京証券取引所第一部に民放初の株式上場。
- 10月1日 - ラジオ青森、ラジオ山口、ラジオ大分の3局でテレビ放送開始。
- 10月5日
- NHKの子供向け番組『おかあさんといっしょ』放送開始(2021年現在も継続中)。
- 毎日放送にて、毎日映画社との共同制作による皇室情報番組『皇室アルバム』放送開始(2021年現在も継続中)。
- 10月23日 - 日本テレビへ、米RCA社から日本で初の、放送用2インチカラーVTRが納入される[注 7][13][14][15]。
- 11月1日 - 沖縄初のテレビ放送局、沖縄テレビ放送(OTV、KSDW-TV[注 8])開局。
- 12月3日 - 日本テレビで、日本初のカラーVTRによる放送が行われる(『ペリー・コモ・ショー』(Perry Como's Kraft Music Hall)(米NBCからダビングされたカラービデオテープを再生))。[13][15][16]
- 12月5日 - 日本テレビで、この日放送の『シャープクライマックス 人生はドラマだ』第9回「ダニエル建・井上」にて、日本国内スタジオでの初のカラーVTR収録番組が放送(放送2日前の12月3日に収録)。[13][15][16]
- 12月8日 - この日のカラーテレビジョン調査会にて、日本のカラーテレビの方式を、米と同じで、日本の同実験放送で行われていたNTSC方式に決定。(これを受け、同月25日に、当時の植竹春彦郵政大臣が発表。)[17]
- 12月10日 - NHK、海外取材番組の放送を開始。
- 12月13日 - KRテレビにて、兼高かおる(ツーリストライター)が世界各国を旅する紀行番組『兼高かおる世界飛び歩き』を放送開始。後年開始され長寿番組となる『兼高かおる世界の旅』へと続くシリーズとなる。
- 12月27日 - 第1回日本レコード大賞授賞式が開催され、KRテレビで放送。大賞受賞曲は水原弘の『黒い花びら』。
- 12月31日 - 『第10回NHK紅白歌合戦』放送。
開局・放送開始
[編集]-
札幌テレビ開局(4月1日。写真は当時の本社屋)
-
ラジオ中国(現・中国放送)テレビ放送開始(4月1日。写真は当時の本社屋)
-
ラジオ山口(現・山口放送)テレビ放送開始(10月1日。写真は徳山本社、当時)
-
沖縄テレビ開局(11月1日。写真は当時の本社屋)
- 1月
- 1日 - 長崎放送
- 10日 - NHK教育テレビジョン(東京)
- 2月1日
- 3月
- 4月1日
- NHK福島放送局
- NHK大阪教育テレビジョン
- 札幌テレビ放送
- 東北放送
- 北日本放送
- ラジオ中国(現・中国放送)
- 四国放送
- ラジオ高知(現・高知放送)
- ラジオ熊本(現・熊本放送)
- ラジオ南日本(現・南日本放送)
- 6 - 9月
- 6月15日 - NHK山口放送局
- 8月3日 - NHK福井放送局
- 8月24日 - NHK大分放送局
- 9月1日 - 岩手放送(現・IBC岩手放送)
- 9月18日 - NHK甲府放送局
- 10月
- 1日
- 28日 - NHK松江放送局
- 11月1日
- 12月
- 15日 - ラジオ山陰(現・山陰放送)
- 19日 - NHK山形放送局
- 20日 - ラジオ山梨(現・山梨放送)
- 24日 - NHK帯広放送局
- 25日 - NHK秋田放送局
- 28日 - NHK釧路放送局
テレビ番組
[編集]テレビドラマ
[編集]- NHK
- 日本の日蝕 - 10月9日
- 日本テレビ系
- KRテレビ系
- フジテレビ系
- NETテレビ系
子供向けドラマ
[編集]- NHK
- 日本テレビ系
- ママちょっと来て(日本テレビ)
- 誘惑(日本テレビ)
- わが家の楽園(日本テレビ)
- お笑い珍勇伝 頓馬天狗→崑ちゃんのとんま天狗(読売テレビ)
- KRテレビ系
- 左近右近(KRテレビ)
- あるぷす大将(KRテレビ)
- フランキーの無闇弥太郎(朝日放送大阪テレビ→朝日放送)
- フジテレビ系
- 事件買います(関西テレビ)
- 蝶々のなんでも相談所(関西テレビ)
- NETテレビ系
テレビアニメ
[編集]特撮番組
[編集]バラエティ番組
[編集]- お笑いアンデパンダン(日本テレビ)
- スター千一夜(フジテレビ)
- おとなの漫画(フジテレビ)
- クレージーキャッツショー(フジテレビ)
- お笑いタッグマッチ(フジテレビ)
音楽番組
[編集]芸能番組
[編集]- 芸術劇場(NHK教育)第1期
報道・情報番組
[編集]教養・ドキュメンタリー番組
[編集]- おかあさんといっしょ(NHK総合)
- 婦人百科(NHK総合)
- 危険な職業(カラー)(NHK)- 米NBC制作によるカラーフィルム番組
- おててつないで(NHK教育)
- 大きくなる子(NHK教育)
- たのしい教室(NHK教育)
- 理科教室小学校5年生(NHK教育)
- 理科教室小学校6年生(NHK教育)
- 理科教室中学校1年生(NHK教育)
- 理科教室中学校2年生(NHK教育)
- 理科教室中学校3年生(NHK教育)
- アフリカの動物(NHK総合)
- シャープクライマックス 人生はドラマだ(カラー)(日本テレビ)
紀行番組
[編集]- 兼高かおる世界飛び歩き(KRテレビ)
- 真珠の小箱(毎日放送)
体操(エクササイズ)番組
[編集]- テレビとともにやせましょう(読売テレビ)[注 13]
特別番組
[編集]- 皇太子御成婚関係
- 4月10日
- NHK総合(この日の総合テレビの番組表については、放送当日のNHKクロニクルに記載されている。)
- 日本テレビ
- ラジオ東京テレビ
- 4月11日
- 皇太子殿下御結婚特集(カラー映画~4月10日撮影)(カラー)(NHK教育)- カラー実験放送枠(東京ローカル)での放送。[23]
- 4月14日
- 4月10日
既存番組のカラー化
[編集]- きょうの出来事(日本テレビ)- 4月11日がカラー放送[11]
- スポーツ・ニュース(日本テレビ)- 4月11、12日がカラー放送[11][26]
- ヤシカゴールデンアワー(日本テレビ)- 4月11日より[8][11]
- キングアワー(日本テレビ)- 4月12日より[26]
- テレビスコープ(日本テレビ)- 4月13日より[27]
- プロボクシング中継(日本テレビ)- 4月14日より(当初カラーは後楽園ホールからの中継のみ)[8][10]
- ビクター歌のパレード(日本テレビ)- 4月16日より[20][28]
- 日本プロレス中継(日本テレビ)- 4月17日より(当初カラーは後楽園ホールからの中継のみ)[8][10]
- 歌はあなたとともに(日本テレビ)- 4月22日より[29]
- 花王ワンダフルクイズ(日本テレビ)- 4月24日、及び5月8日より毎週[注 14][30]
- プロ野球中継(日本テレビ)- 7月2日より(当初カラーは後楽園球場からの中継のみ)[8][10]
- 新吾十番勝負(日本テレビ)- 7月14日[31]、8月11日[32]、及び9月8日からは毎週カラー放送[33]。
- この人を(日本テレビ)- 7月21日より[34]
参考文献
[編集]- 日本放送協会 編『NHK年鑑1960』日本放送出版協会、1959年12月1日 。
- 日本放送協会 編『NHK年鑑1961』日本放送出版協会、1960年12月25日 。
- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日 。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日 。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日 。
- 「NHK大河ドラマ大全」(NHK出版、2011年)
- 「全怪獣怪人大百科」(ケイブンシャ、〜1985年)
- NHKは何を伝えてきたか-NHKテレビ番組の50年
- NHKアーカイブスカタログ―テレビ番組放送記録+番組小史 1953〜2008
- 日本テレビ50周年の物語[リンク切れ]
- テレビドラマデータベース
など
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 同実験放送に於ける最初の番組は、13時30分からの東映の短編映画「夢見童子」だった。
- ^ 2021年4月1日のグループ企業再編により、現在のJOOY-DTVとなった。
- ^ 後にNET・東京12チャンネル(現・テレビ東京)とのクロスネットを経て、1975年3月31日にTBS系列にネットチェンジ。
- ^ 同中継車には他にも、3台のモノクロカメラも配置していた。
- ^ 2018年4月1日の放送持株会社制移行による分社化により、現在のJOAY-DTVとなった。
- ^ 2020年に本館近くの旧HBCパーキング跡地に現在の社屋が完成、同年秋に本社機能を移転した。
- ^ 値段は当時で約3千数百万円であった。
- ^ 1972年の本土復帰後にJOOF-TVに改める。
- ^ 当時は米軍占領下(琉球政府)であったため、コールサインはKSDW-TVであった(現在はJOOF-DTV)。
- ^ 10月2日放送開始
- ^ 東芝日曜劇場
- ^ サンヨーテレビ劇場
- ^ キー局である日本テレビでは、1962年にネット開始。
- ^ 日本テレビがゴールデンタイムでの番組の一部カラー化を開始した4月11日当時は、同社が所有するスタジオ・カラー・カメラは僅か3台しかなく、更に当番組の直後には隔週で「日本プロレス中継」が生放送されることから、後者の番組の方が優先にカラー化されたことにより、当番組の初のカラー化は4月24日となり、5月1日はプロレス中継があるのでモノクロ、5月8日からは毎週カラーとなり、5月15日から7月24日までは、プロレス中継(隔週)が地方巡業先からの生放送によるモノクロ放送が続いたことから、カラー放送を継続することができた。その間、日本テレビに新たに3台のスタジオ・カラー・カメラが6月20日に導入され[10]、更に7月20日には、国内初のカラー専用スタジオを備えたカラーテレビセンターが完成したことにより[10]、8月7日からは、当クイズとプロレス共に時間続きでカラーで生放送できる様になった。(放送当時の朝日新聞朝刊テレビ欄を、朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
出典
[編集]- ^ NHK放送文化研究所 編『NHK年鑑2012』NHK出版、2012年、1頁。ISBN 978-4140072462。
- ^ 東京放送 社史編集室『東京放送のあゆみ』東京放送、1965年5月10日、593頁。
- ^ 日本放送協会総合技術研究所『五十年史』(1981.03) 78ページ (渋沢社史データベース)(2023年10月4日閲覧)
- ^ 朝日新聞1959年2月2日朝刊6ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、126-127頁。NDLJP:11954641/76。
- ^ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、141頁。NDLJP:11954641/83。
- ^ 「NHKアーカイブスカタログ」より
- ^ a b c d e f g h i j k 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、127頁。NDLJP:11954641/76。
- ^ a b c d e f 朝日新聞1959年4月10日朝刊5ページテレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ a b c d e f g h i j 日本テレビ放送網(株)『大衆とともに25年. 沿革史』(1978.08) 27ページ (渋沢社史データベース)(2024年4月7日閲覧)
- ^ a b c d 読売新聞 1959年4月11日朝刊 P.7 テレビ欄 番組表 及び 「今日のカラー放送」欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- ^ 朝日新聞1959年4月15日朝刊5ページテレビ欄番組表及び同記事「カラーの生ドラマ登場 色彩効果をねらう NTVが「赤い陣羽織」」に記載。(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ a b c d 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、129頁。NDLJP:11954641/77。
- ^ a b 日本テレビ放送網(株)『大衆とともに25年. 沿革史』(1978.08) 28ページ (渋沢社史データベース)(2024年4月7日閲覧)
- ^ a b c 朝日新聞1959年11月22日朝刊5ページテレビ欄記事「カラービデオテープ 日本テレビで購入」に記載。(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ a b 日本テレビ放送網(株)『大衆とともに25年. 沿革史』(1978.08) 29ページ (渋沢社史データベース)(2023年10月4日閲覧)
- ^ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、129~130頁。
- ^ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、441頁。NDLJP:11954641/236。
- ^ 朝日新聞1959年10月2日朝刊5ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ a b 読売新聞 1959年4月16日朝刊 P.6 テレビ欄 番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- ^ NHKクロニクル「皇太子さまおめでとう」(総合テレビ 1959年4月10日放送)
- ^ NHKクロニクル「皇太子殿下御結婚祝賀演奏会 ~NHKホールから~」(総合テレビ 1959年4月10日放送)
- ^ NHKクロニクル「カラーテレビ実験放送(東京ローカル) 皇太子殿下御結婚特集(カラー映画~4月10日撮影)」(教育テレビ 1959年4月10日放送)
- ^ 「上皇さま上皇后さま ご結婚「朝見の儀」「結婚パレード」」(TBS NEWS DIG Powered by JNN 公式YouTubeページ)(2024年8月1日閲覧)
- ^ 朝日新聞1959年4月14日朝刊5ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ a b 読売新聞 1959年4月12日朝刊 P.7 テレビ欄 番組表 及び 「今日のカラー放送」欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- ^ 読売新聞 1959年4月13日朝刊 P.5 テレビ欄 番組表 及び 「今日のカラー放送」欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1959年4月16日朝刊 P.5 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 読売新聞 1959年4月22日朝刊 P.5 テレビ欄 番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- ^ 朝日新聞1959年4月24日,5月1,8日共に朝刊5ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1959年7月14日朝刊 P.5 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1959年8月11日朝刊 P.5 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1959年9月8日朝刊 P.5 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1959年7月21日朝刊 P.7 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)