織田信序
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時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 享保18年(1733年) |
死没 | 不明 |
別名 | 通称:老之助、左兵衛 |
幕府 | 江戸幕府旗本 |
主君 | 徳川家治→家斉 |
氏族 | 織田氏(信雄系信清流) |
父母 | 父:織田信安 |
妻 | 正室:なし |
子 | 信虎、津田信兼、信吉ら |
織田 信序(おだ のぶつぐ)は、江戸時代中期の旗本。通称は老之助、左兵衛。
生涯
[編集]旗本・織田信安の次男として誕生した。
安永3年(1774年)10月6日、信安の死去により家督を相続する。信序の系統の旗本織田家は、大和国宇陀松山藩主・織田高長の三男・長政の次男・信清を初代とし、大和宇陀郡内300石を支配していた。安永5年(1776年)12月22日、10代将軍・徳川家治に御目見する。天明2年(1782年)12月22日、西丸・書院番に加えられる。
寛政2年(1790年)4月3日、本丸勤務、寛政8年(1796年)12月10日、西丸勤務となる。享和2年(1802年)10月19日、高齢を理由に免職となり、小普請組所属となる。退職にあたって慰労金を賜る。
同家は子の老之助、孫の房之助へと相続されていったようである。房之助は高家旗本織田信存の息子で、養子であったと推測される。
系譜
[編集]正室はなし。子女は4男。
- 父:織田信安
- 母:不詳
- 正室:なし
- 生母不明の子女
- 長男:織田信虎
- 次男:津田信兼
- 三男:織田信吉