恩田鉄弥
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恩田 鉄弥(おんだ てつや、1864年12月16日(元治元年11月18日[1]) - 1946年(昭和21年)6月10日[1])は、明治から昭和時代前期の園芸学者。農学者。農商務技師。園芸試験場場長。
経歴
[編集]大坂出身[1]。駒場農学校を卒業し[1]、1885年(明治18年)農学士の学位を得、福島県に出仕する[2]。ついで福岡県尋常中学校教諭、埼玉県の埼玉県尋常師範学校教諭、岩手県農事講習所(岩手県立盛岡農業高等学校の前身)教師を経て、1892年(明治25年)岩手県技師を拝命する[2]。1895年(明治28年)岩手県農事講習所長となり、1896年(明治29年)農商務農事試験場技師に任じ、1900年(明治33年)農商務技師を兼ね[2]、初代園芸部長を務めた[1]。1921年(大正10年)園芸試験場場長に就任した[1]。のち園芸学会会長や東京農業大学教授を歴任した[1]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 人事興信所 編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年 。
- 上田正昭ほか 監修『講談社日本人名大辞典』講談社、2001年。ISBN 4062108496。