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上代東国方言

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上代東国方言(じょうだいとうごくほうげん、じょうだいあずまほうげん)は、広義には奈良時代東国で話されていた上代日本語を指す。

現在の研究では大きく上代遠江=駿河日本語(Töpo-Suruga Old Japanese)上代中部日本語(Central Old Japanese)真上代東国語(true Eastern Old Japanese)の三つの言語と、多様な未分類の方言に区分することができることが分かっている[1][2]

単に東国方言あずま言葉ともいう[3]

下位分類

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上代東国方言の文法や発音を現在まで保持しているため、八丈方言は上代東国方言に由来すると考えられている。

概要

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確認できる全ての言語での語順はSOV型であり、対格言語であることが知られている。音節構造は(C)Vである[4]

万葉集の東歌と防人歌の一部から存在が推定でき、12か国(信濃国遠江国駿河国下野国上野国武蔵国相模国陸奥国常陸国上総国下総国)での記録と、詠者の出身地の分かっていない数十の歌からの記録が唯一の情報源である。安房国甲斐国は伝わっていない[5]

琉球祖語との関係

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琉球祖語(Proto-Ryukyuan)との関係が研究されている[6]

語彙

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中央方言との相違点をあげる[7]

名詞

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東国方言 意味 中央方言
iku 不明 iki₁
imu 女性の恋人 遠江、常陸 imo₁
iNtuma 余暇 遠江 ito₁ma
ipa 下野、不明、上野、武藏 ipe₁
kaki₁ 下総 kaNke₂
kama 駿河 kamo₁
kaNko₂ 遠江 kaNke₂
juru 百合 常陸 juri
katu 門(かど) 下総 kaNto₁
kaje 遠江 kaja
ke₂ 駿河、下野 ko₂, ki₂
ko₂ko₂ri 下総 ko₂ko₂ro₂
ko₂mo₁ 上総 kamo₁
kuku 上野、不明 kuki₂
kumu 信濃 kumo₁
ju 常陸 jo₁
jo₂ki₁ 上野 juki₁
jepi₁ 窓枠 不明 oNpi₁
majo₁ 常陸 maju
mi₁Nto₁ 不明 mi₁Ntu
muma 常陸 uma
mi₁ 駿河 me₁
mura 占い 上野 ura
mi₁ta ~につれて 下総 muta
nami₂ 不明 napa, nape₂
jasiri 下総 jasiro₂
nu 下総 no₁
omo₁, omo₂ 下総、信濃 amo₂
osi 駿河 iso₁
osu 下総 iso₁
paru 武藏 pari
pu 武藏 pi₂, po₂
pe₁ 不明 pa
pi₁ 下総 pe₁
pi₁Nsi 砂州 不明 pi₁si
pi₁ta 上野 pi₁to₂
saki₁muri 防人 常陸 saki₁mo₂ri
siru 下総 siri
tasi 太刀 武藏 tati
to₂ti 駿河 titi
tuku 武藏、常陸、不明 tuki₂
tusi 下総、不明 tuti
umara 上総 uNpara
uno₂ 相模 una
wosaNki₁ 不明 usaNki₁
jaNte 不明 jeNta
juNtu, ju 不明 jumi₁

動詞

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語幹と、出現する活用型で示した。

東国方言 意味 中央方言
ajo₁k(u) 下総 ajo₁
isajo₁p(i₁|u) 躊躇う 不明 isajup
kapi₁r(i) かえる 駿河 kape₁r
kajup(a) 往来する 遠江 kajo₁p
kuje 越える 常陸 ko₁je
ko₁pu 恋しく思う 上総 ko₁pi₂
ko₂jo₂ 越える(連用形) 信濃 ko₁je
panas(i) 離ち 上野 panat
mo₂s(i) 持ち 武藏 mo₂t
nuNkan(a), no₁Nkan(a) 流れる 不明 naNkar
opuse 責任を与える 下総 opose
oro₂ 降り 常陸 ori
pakare 分けられ 上総 wakare
popom(a) 含む 下総 pupum
pe₁Ntas(i) 区分し 上総 pe₁Ntat
pi₁ro₂p(a) 拾う 信濃 pi₁rip
sasako₂ 捧げ 遠江 sasaNke₂
suNko₁s(a) 過ごす 不明 suNkus
tas(i) 立ち 下野、常陸 tat
timar(i) 留まる 常陸 to₂mar
to₂no₂Npi₁k(u) 棚引く 信濃 tanaNpi₁k
to₂werap(i) 波がうねりたつ 下総 to₂worap
tuk(i₁) 告げ 常陸 tuNke₂
to₁r(e) 照る 不明 ter
wasura 忘れ 常陸 wasure
jusup(i₁) 結ぶ 不明 musuNp
mi₁Ntaje 乱れる 不明 mi₁Ntare

形容詞

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東国方言 意味 中央方言
kupusi 恋しく思っている 駿河 ko₁pi₂si
ko₁pusi 恋しく思っている 武藏 ko₁pi₂si
nipu 新たな 不明 nipi₁
sa 無事な 駿河 saki₁
sake₂, sake₁ 無事な 常陸 saki₁

『伊勢物語』の「くた」 

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伊勢物語』には「夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきに鳴きてせなをやりつる」という歌が登場する。その歌のうち「くたかけ」について、為家本、文暦本、為和本では、「くた=家、かけ=鷄」であると行間に注釈が記されている。ただし、家を「くた」と読んだり呼称したりする例は日本祖語にも日琉祖語にも存在しない。そのため、アレクサンダー・ボビンは、「くた」をアイヌ語の「コタン(村の意)」に由来する上代東国方言であると指摘した。なお、村を表す「コタン」が家を表す「くた」に変化した根拠について、ギリシャ語ゴート語に同例があると説明した[8]

真上代東国語の文法と音韻

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概要

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真上代東国語(true Eastern Old Japanese)は、北西部方言(上野国)、北部方言(陸奥国)、中部方言(下野国常陸国上総国武蔵国)、南東部方言(下総国)、南西部方言(相模国)に分かれる。

以下の甲乙の合流が見られる。音仮名の混用が見られる為に実証せられるものである。

  • 上野国、下野国、上総国→イ段の甲乙がイ甲類に合流している。
  • 上野国、武蔵国、陸奥国、下野国、常陸国、下総国→エ段の甲乙がエ甲類に合流している。

上野国、相模国、相模国、上総国、下総国、陸奥国では、散発的なア段のオ乙類への合流が見られる。この原因は分かっていない。

また、上野国、武蔵国、常陸国、相模国、下総国、上総国では、日琉祖語の母音連続もしくは二重母音である*ui(アレキサンダー・ボビンの表記では*uyであり、上代中央日本語ではイ乙類に反映する。)が、ウ段として反映する。これは遠江=駿河語においても見られるものである。

形態論的な他地域の言語との差違として、

  • 「~のように」という意味の接尾語nösuがこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、武蔵国)
  • 指小辞-röがこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、武蔵国、相模国、常陸国、上総国)
  • -nap-[9]という否定形がこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、武蔵国、陸奥国、常陸国)
  • -unam-[10]という助動詞が相模、下野で見られる。※遠江=駿河語では-uram-[11]であるが、此の形は用いられることがない。
  • 完了形をつくる-ar-はこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、常陸国、上総国)
  • aNse, aNtö[12]「なぜ」はこの言語でのみ見られる。
  • -siNta「~のとき」という接尾辞が此の言語でのみ見られる。(相模国、下総国)
  • tayôra ~ tayura「揺れ動いて安定しないさま」という単語はこの言語でのみ見られる。(相模国、常陸国)
  • ipa「家」という単語は此の言語でのみ見られる。(上野国、武蔵国、下野国)
  • 共感を表す助詞naと、願望を表す助動詞-ana[13]はこの言語でのみ見られる。(上野国、武蔵国)

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北西部方言での独自の改新

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北部方言での独自の改新

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南西部方言での独自の改新

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中部方言での独自の改新

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南東部方言での独自の改新

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上代遠江=駿河日本語の文法と音韻

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上代中部日本語の文法と音韻

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研究史

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脚注

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  1. ^ OCOJ: Texts”. vsarpj.orinst.ox.ac.uk. 2019年6月15日閲覧。
  2. ^ KupchikJohn「奈良時代における駿河国の音韻再構成」『古代日本語音韻論ワークショップ』https://www.academia.edu/15875525/%E5%A5%88%E8%89%AF%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%A7%BF%E6%B2%B3%E5%9B%BD%E3%81%AE%E9%9F%B3%E9%9F%BB%E5%86%8D%E6%A7%8B%E6%88%90 [1]
  3. ^ あずま言葉」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』https://kotobank.jp/word/%E3%81%82%E3%81%9A%E3%81%BE%E8%A8%80%E8%91%89コトバンクより2019年6月15日閲覧 
  4. ^ Kupchik 2011, §1.1.
  5. ^ Kupchik 2011, §1.
  6. ^ Makiyama 2015.
  7. ^ Kupchik 2011, p. 907.
  8. ^ Alexander, Vovin (2012), “What happened to the rooster? — Another attempt to decipher an enigmatic poem from the Ise monogatari dan XIV —”, Institut für Kultur und Geistesgeschichte Asiens und Institut für Ostasienwissenschaften, https://www.academia.edu/4207888/What_happened_to_the_rooster_The_Ainu_language_in_the_ISE_MONOGATARI_dan_XIV_ 
  9. ^ 国語学でいう否定辞「なへ」のことを指す。
  10. ^ 国語学でいう現在仮想の助動詞「なも」のことを指す。
  11. ^ 国語学でいう助動詞「らむ」のことを指す。
  12. ^ 現在の多くの学者はNの後の阻害音を有声音だとみなしており、かなり多くの学者が上代日本語の濁音素は/N/などの前鼻音が重要な要素であったと考えている。詳しくは日琉祖語を参照。
  13. ^ 国語学でいう未然形ナである。
  14. ^ Kupchik 2011, pp. 854–856, §10.3.

参考文献

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  • Kupchik, John (2011). A Grammar of Eastern Old Japanese dialects (Ph.D.). University of Hawaiʻi at Mānoa. hdl:10125/101739

関連項目

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