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サセックス (重巡洋艦)

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サセックス
第二次大戦時の「サセックス」
第二次大戦時の「サセックス」
基本情報
建造所 タイン・アンド・ウィアヘブバーン英語版ホーソーン造船所英語版
運用者  イギリス海軍
級名 カウンティ級ロンドン級重巡洋艦
艦歴
起工 1927年2月1日
進水 1928年2月22日
就役 1929年3月19日
退役 1950年1月3日
その後 1950年2月23日、解体。
要目
基準排水量 9,750 トン
満載排水量 13,315 トン
全長 633 ft (193 m)
最大幅 66 ft (20 m)
吃水 21 ft (6.4 m)
主缶 アドミラリティ式三胴型水管ボイラー×8基
主機 パーソンズギアード・タービン×4基
出力 80,000 hp (60,000 kW)
推進器 スクリュープロペラ×4軸
最大速力 32ノット (59 km/h)
航続距離 12,500海里 (23,200 km)/12 ノット
乗員 平時650名、戦時820名
兵装
装甲
  • 水線部:1 in (25 mm)
  • 主甲板:1.375 - 1.5 in (34.9 - 38.1 mm)
  • バーベット:1 in (25 mm)
  • 砲塔:1 in (25 mm)
  • 水密隔壁:1 in (25 mm)
  • 弾薬庫:2–4.375 in (50.8–111.1 mm)
  • 機関室:4 in (101.6 mm)
搭載機 1機(のちに3機)
その他 艦載機用カタパルト×1基
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HMS サセックス (HMS Sussex, 96) は、1928年進水イギリス海軍重巡洋艦ロンドン級

艦歴

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1927年2月1日起工。1928年2月22日進水。1929年3月19日竣工。

第二次世界大戦前は地中海などに配備されていた。

第二次世界大戦開始後は、大西洋インド洋で、ドイツ装甲艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」捜索や、船団護衛などに従事した。

1939年12月2日、南アフリカ沖で南アフリカ空軍機や空母「アーク・ロイヤル」搭載機に捕捉されたドイツ船「Watussi」は自沈を図り、「サセックス」は同船からの脱出者を収容した[1]。「Watussi」は巡洋戦艦「レナウン」によって沈められた[2]

次いでノルウェーの戦いにも参加した。

1945年7月26日対空砲火で撃墜された特攻機1機の破片が側面鋼板に衝突して飛行機型の傷を残したが、死傷者は出なかった。

グラスゴーで修理中の1940年9月17日、空襲で爆弾が命中。火災が発生し、鎮火のためドック内に注水されたことから本艦はドック内で横転した。この修理には1942年8月まで要することになった。

修理完了後は、ドイツ船の捜索や船団護衛などに従事した。1943年2月20日にはドイツ船「Hohenfriedberg」を発見し、「Hohenfriedberg」は自沈した。

1945年になると、東南アジアへの攻撃作戦にも参加した。9月、シンガポール再占領に参加。

1949年に退役。1950年、ブリティッシュ・スチール社に売却され、解体。

脚注

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  1. ^ Axis Blockade Runners of World War II, pp. 56-57
  2. ^ Axis Blockade Runners of World War II, p. 57

参考文献

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  • Martin Brice, Axis Blockade Runners of World War II, B. T. Bastsford, 1981, ISBN 0-7134-2686-1

関連項目

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外部リンク

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