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アンボレラ科

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アンボレラ科
1. アンボレラ(Amborella trichopoda)の雄花
保全状況評価[1][注 1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
: アンボレラ目 Amborellales
: アンボレラ科 Amborellaceae
学名
Amborellales Melikyan, A.V.Bobrov & Zaytzeva (1999)[2]

Amborellaceae Pichon (1948)[3]

和名
アンボレラ科[4][5][6][7][8][9]
アムボレラ科[10][11]
下位分類群

アンボレラ科(アンボレラか)またはアムボレラ科(学名: Amborellaceae)は、被子植物の1つであり、アンボレラ属Amborella)のアンボレラ[4][13][注 2]Amborella trichopoda)のみを含む。またアンボレラ科のみで、アンボレラ目Amborellales)を構成する。現生被子植物の中で、最初に他と別れた植物であると考えられている。

アンボレラはニューカレドニアに固有の常緑低木であり、雌雄異株雄花雌花が別の個体につく)、の要素(花被片雄しべ雌しべ)が杯状の花托にらせん状についた小さな花をつける(図1)。多くの被子植物とは異なり、道管をもたない。Amborellaラテン語で「小さな口の周り」を意味しており、おそらく花の構造を示している[14]

特徴

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アンボレラは常緑性低木から小高木であり、樹高は最大8メートル (m) になる[15][16][17](下図2a)。仮軸分枝する[15]維管束における木部は二原型[18]。節は1葉隙1葉跡[15]はふつう2列互生し、単葉、葉身は8–16 × 4–6センチメートル (cm)、長さ 1 cm 程度の葉柄をもち、托葉を欠く[15][16][17][11](下図2a–c)。葉縁は波打ち、粗い鋸歯がある[15][17](下図2b, c)。葉脈は羽状[16](下図2b, c)。維管束に道管を欠く[16][11]師管色素体はS-type(デンプン粒を含む)[18]。また精油細胞をもたない[16][11]

2a. アンボレラ
2b. アンボレラの葉と花序
2c. アンボレラの若い葉

雌雄異株であり、雄花雌花が別の個体につく[15][16]。ただし性転換する例が報告されており[17]、またまれに両性花を形成する[15]。多数のからなる集散花序が葉腋に形成される[15][16][17][19][11](上図1, 2b)。花は放射相称、小型で直径3–5ミリメートル (mm)(雌花の方がやや小さい)、クリーム色、一日中咲き、強い匂いはない[15][16][17][19](下図2d, e)。花托は杯状、各花要素には1本の維管束が入る[19]。花要素はいずれもらせん状につき、連続する要素間の角度はおよそ137°[19]花被片は5–11枚、萼片花弁の分化は不明瞭であり、離生[15][16][17][11]、最も内側のおよそ5枚が大きい[19](下図2d, e)。

2d. アンボレラの雄花: 多数の扁平な雄しべがらせん状につく
2e. アンボレラの雌花の模式図: 2個の仮雄しべ(左右)と5個の雌しべ、および花被片

雄花は、花被の内側に6–25個の雄蕊(雄しべ)をもつ[15][17][19](上図2d)。内側の雄しべほど小さく[17]、最内側のものはまれに花粉を形成しない仮雄蕊(仮雄しべ)となる[19]花糸は扁平で花被片[15][17][19](上図2d)。はそれぞれ2個の花粉嚢を含む2個の半葯からなり、内向、白色、縦裂開する[17][19](上図2d)。小胞子形成は連続型[18]花粉粒は単口粒[16][15][20]

雌花は0–3個の仮雄しべをもち、中心に3–7個の雌蕊(雌しべ)をつける(離生心皮[15][16][17][19](上図2e)。子房は緑色、明瞭な花柱を欠き、柱頭は線状で心皮向軸側にある[18][16]心皮の発生は二つ折り状ではなく嚢状であり[21]完全には閉じていない[14][19][11]。柱頭には多細胞性の分泌毛が存在し、湿性[19]。柱頭からの分泌物によって1つの花の中の複数の雌しべの柱頭がつながり、離生心皮ではあるものの合生心皮と同様に、花粉粒の雌しべ外競争が可能になっている[15][19]子房上位縁辺胎座、各心皮は胚珠を1個含む[14][15][16]。胚珠は半到生型、厚層珠心、2珠皮をもち、珠孔は内珠皮性[19][18]胚嚢は9核8細胞性(卵細胞1個、助細胞3個、中央細胞は1個で2核、反足細胞3個)[15][16]

1つの雌花においてふつう1–3個の雌しべ果実になる[19]果実は短い柄(長さ 1–2 mm)をもつ楕円形(長さ 8–10 mm、直径 6–8 mm)の核果(ただし核は中果皮起源)であり、熟すと赤くなる[15][17][19][11]種子は楕円形、およそ長さ 3.5 mm、直径 1.5 mm、3倍体の内乳を多く含み(タンパク質脂質に富む)、は小さい[15][16][19][18]

染色体数は 2n = 26[15]。ゲノム塩基配列が報告されている[22]ミトコンドリアDNAが巨大であり (約 4 Mbp = 400万塩基対; 一般的な被子植物のものの約7倍)、他の被子植物蘚類緑藻からの水平伝播に由来する遺伝子を含む[15]

分布・生態

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3. 赤い部分がグランドテール島ニューカレドニア

アンボレラはニューカレドニアグランドテール島(図3)に固有である[17][11]。山地(多くは標高500–800メートル)の多雨林の林内に生育する[15][16][17]。山火事や開発、外来生物との競争が、アンボレラなどニューカレドニアに固有の生物へ悪影響を与えることが懸念されている[17]。アンボレラはその系統的位置の重要性から、世界各国の植物園が連携して栽培技術の確立を進めている[17]

風および昆虫(特に甲虫)によって花粉媒介される[15][16](風虫両媒)。種子散布による[16]

Pythium splendens卵菌)の寄生による病害が報告されている[17]

系統と分類

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アンボレラ(Amborella trichopoda)は、1869年にアンリ・エルネスト・バイヨン(Henri Ernest Baillon)によって記載された[17]道管を欠くこと、花被片など花要素が離生し数が不特定であること、花被片萼片花弁に分化していないこと、雄しべ花糸が葉状であることなどの特徴から原始的な被子植物であると考えられ[16]、また当初は似た特徴をもつモニミア科クスノキ目)に分類されていた[17][19][11]

記載後、80年間ほど雌花が見つかっていなかったが、1948年になって雌花が発見された[17]。また同じ年に、独立のであるアンボレラ科が提唱された[17]。ただし上記のような特徴や核果をもつことから、アンボレラ科は目としてはクスノキ目に分類され、その中で最も"原始的な"植物であると考えられることが多かった[15][16][17]

しかし20世紀末以降の分子系統学的研究により、本種はどの被子植物とも近縁ではなく、現生被子植物の中で最初に他と別れた植物であることが示されている[15][16][23](系統樹参照)。一方で2010年代には、アンボレラ目とスイレン目単系統群を形成する可能性もしばしば指摘されている[24][25]。ただし2020年現在では、アンボレラ目が現生被子植物の中で最初に分岐し、スイレン目が次に分岐したとする仮説が示されることが多い[15][26][27]

このような系統的位置に基づき、1属1種のみを含むアンボレラ科は、独立のアンボレラ目に分類されるようになった[23]

脚注

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注釈

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  1. ^ 本科の唯一の種であるアンボレラ(Amborella trichopoda)に対する評価である。
  2. ^ "アムボレラ・トリコポダ"との表記もある[11]

出典

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  1. ^ Amborella trichopoda”. IUCN 2022. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2022-1. 2022年8月12日閲覧。
  2. ^ WFO (2021年). “Amborellales Melikyan, A.V.Bobrov & Zaytzeva”. World Flora Online. 2021年7月28日閲覧。
  3. ^ WFO (2021年). “Amborellaceae Pichon”. World Flora Online. 2021年7月28日閲覧。
  4. ^ a b 伊藤元己 & 井鷺裕司 (2018). “基部被子植物”. 新しい植物分類体系. 文一総合出版. p. 22. ISBN 978-4829965306 
  5. ^ 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩(編) (2015). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. p. 18. ISBN 978-4582535310 
  6. ^ 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一(編) (2013). “生物分類表”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 1645. ISBN 978-4000803144 
  7. ^ 米倉浩司 (2009). 邑田仁. ed. 高等植物分類表. 北隆館. p. 36. ISBN 978-4832608382 
  8. ^ 大場秀章 (2009). 植物分類表. アボック社. p. 19. ISBN 978-4900358614 
  9. ^ 日本植物学会 (1990). “植物科名の標準和名”. 文部省 学術用語集 植物学編(増訂版). 丸善. p. 616. ISBN 978-4621035344 
  10. ^ 田村道夫 (1999). “被子植物”. 植物の系統. 文一総合出版. pp. 141, 172. ISBN 978-4829921265 
  11. ^ a b c d e f g h i j k トレヴァー・ウィッフィン (1997). “アムボレラ科”. 週刊朝日百科 植物の世界 9. 朝日新聞社. p. 93. ISBN 9784023800106 
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  13. ^ 植物多様性の保全”. 小石川植物園. 2021年5月15日閲覧。
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関連項目

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外部リンク

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