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アバーナント

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アバーナント
欧字表記 Abernant
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1946年
死没 1970年
Owen Tudor
Rustom Mahal
生国 イギリスの旗 イギリス
生産者 Lady Macdonald-Buchanan
馬主 R.Macdonald-Buchanan
調教師 Noel Murless(イギリス)
競走成績
生涯成績 17戦14勝
獲得賞金 26,394ポンド
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アバーナント (Abernant) とはイギリスで生産されイギリスで調教を受けた競走馬である。競走馬引退後は種牡馬として活躍した。

主戦騎手はゴードン・リチャーズ

戦跡

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デビュー戦はスタートで出遅れて2着だったものの、その後ミドルパークステークス勝ちなどを含む6連勝で2000ギニーへ向かう。が、果敢に逃げたもののゴール前にニンバスに捉えられ、ハナ差で敗戦を喫してしまい連勝もストップする。しかしこの後ダービーステークスには向かわずに短距離路線に照準を合わせてキングズスタンドステークスジュライカップナンソープステークスなど、イギリス短距離路線の所謂「王道レース」を全て圧勝という結果で総なめにした。古馬になってからの初戦も制し、再び連勝を5とするが、連覇を目指したキングズスタンドステークスは[1]珍しく後方から追い込むもタングルに届かず2着と惜敗してしまう。しかしこれが生涯最後の敗戦で、続くジュライカップ、キングジョージステークス、ナンソープステークスをどれも圧勝で連覇、堂々の成績を残して現役を引退した。

年度別競走成績

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※当時グループ制なし

  • 1948年(6戦5勝) - ミドルパークステークスなど
  • 1949年(6戦5勝) - キングズスタンドステークス、ジュライカップ、 ナンソープステークスなど
  • 1950年(5戦4勝) - ジュライカップ、ナンソープステークスなど

種牡馬時代

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主に短距離からマイルの競走を得意とする産駒を輩出したが、G1級競走を複数制するような馬は出て来なかった。現在の競走馬の血統からは母系からでのみ名前を確認することが出来る。

代表産駒

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血統表

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アバーナント血統ハイペリオン系/Chaucer4×5=9.38%、Bay Ronald5×5=6.25%) (血統表の出典)

Owen Tudor
1938 黒鹿毛
父の父
Hyperion
1930 栗毛
Gainsborough Bayardo
Rosedrop
Selene Chaucer
Serenissima
父の母
Mary Tudor
1931 鹿毛
Pharos Phalaris
Scapa Flow
Anna Bolena Teddy
Queen Elizabeth

Rustom Mahal
1934 芦毛
Rustom Pasha
1927 黒鹿毛
Son-in-Law Dark Ronald
Mother in Law
Cos Flying Orb
Renaissance
母の母
Mumtaz Mahal
1921 芦毛
The Tetrarch Roi Herode
Vahren
Lady Josephine Sundridge
Americus Girl F-No.9-c


脚注

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  1. ^ デビュー当初は後方からの競馬を得意としていたが、次第に前からの競馬に専念するようになり、この頃になると専ら前からの競馬が普通になっていた。

外部リンク

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