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心理を味方に「ナッジ」で肥満改善

心からしっくりくるダイエット方法って、なかなか見つからないものですよね。行動経済学と公衆衛生を専門にする竹林 正樹 先生に、行動経済学のナッジ理論を使った、実践しやすい4つの科学的ダイエット方法をご提案いただきました。家族など周囲の人が注意すべき点も紹介します。

(プロフィール)

青森県出身。青森県立保健大学公衆衛生研究室所属。株式会社キャンサースキャン顧問。
ナッジの魅力を、講演活動のほか、YouTubeやnoteなどオンライン発信で伝えている。穏やかな津軽弁の語り口が好評。2020年に開催された「TEDxGlobisU」に出演。監修したDVDに「実践者のナッジ」 (東京法規出版) がある。

今までは「ダイエットできないのは本人の意志の問題」として、生活習慣を自省させ、正論で説得するような指導も行われてきました。しかし、これは肥満の当事者にとっては耳が痛く、あまり行動につながりません。

多くの研究によって、食べ過ぎてしまう人には、「現在バイアス」 (将来のメリットよりも目先の楽しさを優先する心理) 1といった心理傾向があることが分かってきました。そして、心理傾向とうまく付き合って、ダイエットへと動かす研究が進んできました。

なかでもお勧めなのが、ナッジ理論です。ナッジは「軽く突く、そっと後押しする」という意味の英語で、わかりやすく言うと「自発的に望ましい行動をしたくなる設計」です。ナッジは、提唱者のR. セイラー博士がノーベル賞を受賞し、世界で注目されています。

そもそも、なぜダイエットがうまくいかないのでしょうか?「どうせ自分は何をしたって無理」と諦めモードだと、何も始まりません。具体的に何をしていいかわからないと、うまくスタートが切れません。誘惑が多かったり、誰からも反応がなかったりすると、継続が難しいです。

この「諦めモード」「何をするのか曖昧」「誘惑の多い環境」「無反応」を、「やればできるモード」「具体的な計画」「誘惑のない環境」「ポジティブな反応」にうまく変えることができると、ダイエットの成功率が高まります。そこで、ナッジを使った効果的な方法を提案します。

「やればできるモード」「具体的な計画」「誘惑のない環境」「ポジティブな反応」にうまく変えることができると、ダイエットの成功率が高まります。

-行動経済学者 竹林正樹

1. 「やればできるモード」に切り替える~プライミング効果~

「自分はやればできる」という柔軟な考え (成長志向マインドセット) を持つことで、成果が上がりやすくなります。多くの研究から、「やればできるモード」にするには、成功体験を褒めてもらうのが効果的なことが判明しています。2 部活、病気、出産、仕事など、内容は何でも構いません。努力で乗り越えた経験を褒められることで、このモードのスイッチが入ります。褒めてくれる人がすぐに見つからない時は、自分自身で褒めてあげてください。

最初に「やればできるモード」に切り替えられると、その後の行動もポジティブな印象になります。これは、プライミング効果 (最初の印象がその後の行動に影響する心理傾向) 3というナッジです。私も何かを始めるときには、最初に必ずこのモードを作るようにしています。「努力で乗り越えた経験は何があったか」、ここで思い出してみてはいかがでしょうか?

2. 具体的な計画を書き出して宣言する~コミットメント~

体重計に乗る女性

頭で考えていることを具体的に書き出すと、実行できる可能性が高まります (実行意図ナッジ)。4 さらにその内容を宣言すると、達成率が高まります。これは、「口にしたことは、守りたい」という心理に訴求した、「コミットメント」と言われるナッジです。

最もシンプルなダイエット行動は、毎日の体重測定です。人間の心理は、少しでも面倒くさいと感じるとすぐに後回しにしてしまう5ので、シンプルな行動ほど実行しやすいです。そして、毎日体重測定することで、「たくさん食べると、その分体重が増える」というメカニズムが目に見え、大食いや運動不足にブレーキを掛けやすくなります。6 その意味で、「毎日体重測定」と書き出して宣言することを推奨します。

さて、具体的な計画を立てても、つい忘れてしまうことがありますよね。それを防ぐには、「既に定着化した習慣とセットにすること」をお勧めします。私は風呂上がりに髪を乾かす時に体重測定することにしています。鏡の前に体重計があるので、うっかり者の私でも測定し忘れることはありません。私の好きな研究に「体重計があると、食べる量が抑制される」7というものがあります。まずは体重計を鏡の前に置いてみてはいかがでしょうか?

3. 誘惑を避ける環境を作る~デフォルトの変更~

食堂で食事を摂る人々

豊かな時代になり、私たちは「食べ過ぎたくなる誘惑」にさらされています。そして、「現在バイアス」 (将来のメリットよりも目先の楽しさを優先する心理) が強い人ほど、この誘惑にすぐに飛びつきやすいです。このため、誘惑に負ける自分の姿を予測して、先回りした作戦を立てることが大切です。

例えば、「仕事からの帰り道にスイーツをたくさん買い、真夜中に食べて、次の日後悔した」ということはよくあります。疲れると理性が枯渇して、自制が利かなくなる8ためと考えられます。これを解消するには、「あらかじめ帰り道を決めて、誘惑の多いルートを避ける」という初期設定 (デフォルト) の変更をお勧めします。疲れ切った状態で誘惑と戦うのは難しくても、決めた道順通りに帰るのなら、できそうな気がしませんか?

4. ポジティブな反応を受ける~フィードバック~

ランニングで時間を確認する女性

想像してみてください。「ボーリングの球を投げたら、レーンの先が真っ暗で、ピンが何本倒れたかわからない」……こんなボーリング、嫌ですよね。「何本倒れた」がわかるからこそ、やる気が出ます。ダイエットも「今日は体重300 gやせましたね。すごいですね!」という反応 (フィードバックナッジ) があると、モチベーションが高まります。

ただ、身近な人には健康のことは言われたくないものです。でも、スマートウォッチに「最近、運動不足ですね。少し歩く量を増やしませんか?」と言われても、そんなに嫌な気はしないと思いませんか?健康アプリを利用登録したら、1年後に歩数が1日平均500歩以上増えたという研究9があるように、ツールを使うとダイエットに踏み出しやすくなります。

周囲の人へ:正論を言いたい気持ちを抑える

ガーデニングをする二人

肥満の人に対しては、つい「減量したら?」「もっと歩いた方がいいよ」「野菜をいっぱい食べましょう」と、「正論」を言いたくなるかもしれません。でも、相手は正論をわかっていても、特定の心理傾向が邪魔をして、ダイエットできずに悩んでいることも多いのです。

アドバイスを受けた人が嫌悪感や怒りを持つと、健康リスクを低く考えるようになることが報告されています。10 相手を思ってアドバイスをしたら、相手は逆に大食いに走る……これはお互いにとって、残念なことです。

最後に、私の最も好きな研究を紹介します。

研究

ホテルの客室清掃員をA・Bグループに分け、Aグループには運動の一般的なメリットを教え、Bグループにはさらに、「実はあなたの日常業務は〇kcal消費の身体活動に匹敵します」と伝えた。

1か月後、Aグループではほとんど減量は見られなかったが、Bグループは平均0.8 kg減量した11

Bグループでは、メリットの伝達に活動量のフィードバックを組み合わせることで「既にこれだけ活動しているなら、もう少し頑張ってみるか」と考え、活動量を自発的に増やし、それが積み重なって1か月で0.8 kgの減量につながった可能性があります*。この研究は私たちに大きなヒントを与えてくれます。

私たちは、相手の「やっていないこと」に注目しがちです。でも、ぜひ「既にやっていること」をきちんと評価してあげてください。きっと、そこで相手の心に「やる気モード」にスイッチが入ることでしょう。そして、具体的な計画を考え、誘惑を避けたり、ツールも使うようになったりと、自発的にダイエットを続ける可能性が高まります。

*元々の論文では「プラセボ効果によるマインドセットの変化」と結論付けていますが、私は情報提供とナッジの相乗効果と解釈しています。

 

ナッジを使ったダイエット、いかがでしょうか?すぐにできる方法を厳選して提案しました。あなたのチャレンジを心から応援しています。

【本人向け】

  1. 始める際に、「やればできるモード」を作る
  2. 行動目標を設定し、宣言する
  3. 誘惑から離れる環境を作る
  4. ポジティブなフィードバックを受ける

【周囲向け】

  1. 正論を抑え、やったことを評価する
参照資料
  1. Lawless L, Drichoutis AC, Nayga RM (2013). Time preferences and health behaviour: A review. Agricultural and Food Economics. 1. 17.
  2. 川西諭, 田村輝之(2019).グリット研究とマインドセット研究の行動経済学的な含意‐労働生産性向上の議論への新しい視点‐.行動経済学.12. 87-104.
  3. The Behavioural Insight Team (2010). MINDSPACE: Influencing behaviour through public policy. https://www.bi.team/wp-content/uploads/2015/07/MINDSPACE.pdf.
  4. Milkman KL. Beshears J. Choi JJ, (2011). Using implementation intentions prompts to enhance influenza vaccination rates. Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America. 108. 10415-10420.
  5. The Behavioural Insights Team (2015). EAST: Four simple ways to apply behavioural insights. 2014.   
  6. Pacanowski, C.R., Levitsky, D.A. Daily self-weighing to control body weight in adults: a critical review of the literature. Sage Open 4. 1–16.
  7. Brunner, T. A (2010). How weight-related cues affect food intake in a modeling situation. Appetite. 55. 507-511.
  8. Baumeister, R.F., E. Bratslavsky, M. Muraven, Tice D.M. (1998). Ego depletion: Is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology. 74. 1252–1265.
  9. Hamaya R, Fukuda H, Takebayashi M, et al(2021). Effects of an mHealth App (kencom) With Integrated Functions for Healthy Lifestyles on Physical Activity Levels and Cardiovascular Risk Biomarkers: Observational Study of 12,602 Users. Journal of Medical Internet Research.
  10. Ferrer R, Klein W, Lerner J, Reyna V, Keltner D (2015). Emotions and health decision-making extending the appraisal tendency framework to improve health and healthcare, In Roberto C, Kawachi I (Eds.). Behavioral Economics and Public Health. Cambridge, MA. Harvard University Press.
  11. Alia J. Crum, Ellen J. Langer (2007). Mind-Set matters: Exercise and the placebo effect. Psychol Sci. 18. 165-71.

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