【台北=西見由章】ロシア系のハッカー集団が今月上旬以降、台湾の官公庁や企業に大規模なサイバー攻撃を仕掛けている。台湾の頼清徳総統が「領土回復」を旗印に台湾統一を掲げる中国が、帝政ロシアに占領された土地は取り戻そうとしない「二重基準」(台湾メディア)を指摘したためだ。中国に領土奪還を呼び掛けたとして露ハッカー集団が報復を宣言する一方、中国当局は沈黙している。
「中国が台湾を併呑しようとしているのは領土保全のためではない。もしそうなら、なぜ愛琿(あいぐん)条約でロシアに占有された土地を取り戻さないのか」。頼氏は台湾のテレビ局のインタビューで「中国は世界秩序を改変し自らの覇権を実現しようとしている」だけだと訴えた。
米欧に対抗するため戦略的な協力を深めている中露にとって、領土紛争の歴史はデリケートな問題だ。帝政ロシアは清朝が第二次アヘン戦争で英仏に敗北を重ねたのに乗じ、1858年の愛琿条約でアムール川(黒竜江)以北の60万平方キロ余りを割譲させ、2年後の北京条約ではウスリー川以東の40万平方キロ超を得た。現在も中国ではロシアから領土を「不当に奪われた」との認識が一般的だ。
頼氏の発言に敏感に反応したのはロシアだった。露外務省報道官は3日の声明で「台湾当局のトップは北京(中国政府)に代わって発言できる立場にない」と頼氏を批判。2001年の「中露善隣友好協力条約」などに言及し、両国の国境問題は完全に解決されたとの立場を強調した。
さらにロシア系ハッカー集団が交流サイト(SNS)で「台湾の総統は中国が極東の領土をロシアから奪い取ることを提案した」と非難し報復を宣言。中国の台湾併呑を支持した。
台湾のデジタル発展部(デジタル省に相当)によると、複数のロシア系ハッカー集団が10~14日、台湾の官公庁や空港などのサイト45カ所を標的に、大量のデータを送り付けてシステム障害を起こすDDoS攻撃を実行。台湾メディアによると、海軍や証券取引所のサイトでも一時的に障害が発生した。
一方、中国当局は頼氏の発言のうち中国の「覇権」に関する部分には反論したものの、愛琿条約に触れた部分には口をつぐんでいる。中国の愛国主義者はロシアへの領土割譲に不満を抱く。ネットには「ウクライナ戦争で弱ったロシアから領土を取り戻せ」といった声もあり、国内の反露感情に火がつくことを警戒しているとみられる。