【解説】 トランプ次期米大統領は「シリアはアメリカの戦いではない」と言うが、関らずにいるのは難しい
トム・ベイトマン米国務省担当編集委員
12月8日、ドナルド・トランプ次期米大統領が仏パリで世界の指導者たちと共に、修復されたノートルダム大聖堂を見学していた時、シリアでは武装したイスラム主義者たちが首都ダマスカスへの道を進み、バッシャール・アル・アサド政権の崩壊を確かなものにしていた。
世界的な大ニュースが同時進行するなか、フランスの大統領夫妻の間に座っていたトランプ次期大統領は、中東での驚くべき展開に目を向けていた。
次期大統領はその後、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」に、「シリアは混乱しているが、我々の友人ではない」と書き込んだ。
さらに、「アメリカはこれに関与すべきではない。これは我々の戦いではない。成り行きを見守れ。関与するな!」と付け加えた。(編注:太字は原文ではすべて大文字)
この投稿と、翌9日の別の投稿は、次期大統領が他国の政治に介入しないという強い決意を抱いていることを再認識させるものだった。
トランプ次期大統領の態度はまた、次に何が起こるのかという大きな疑問を生じさせた。
この戦争が中東地域と世界の大国を巻き込み、影響を与えている現状で、アサド政権が崩壊した今、次期大統領は本当にシリアに「関与しない」ことができるのか?
次期大統領はシリアから米軍を撤退させるのか?
トランプ新政権の政策は、現職のジョー・バイデン大統領のものと大きく異なるのか? もしそうなら、トランプ氏が就任するまでの今後5週間、現政権が何かをする意味はあるのか?
アサド政権の崩壊と、アメリカがテロ組織に指定しているイスラム武装組織「ハヤト・タハリール・アル・シャーム(HTS、「シャーム解放機構」の意味)」の台頭に対応するため、バイデン政権は慌ただしい外交活動を展開している。
私は現在、アントニー・ブリンケン米国務長官の飛行機に乗っている。ブリンケン氏はヨルダンとトルコを行き来しながら、アメリカが将来のシリア政府を認めるために設定している一連の条件を、地域の主要なアラブおよびイスラム諸国に支持させようとしているところだ。
アメリカは、将来のシリア政府が透明性と包摂性を持ち、「テロの拠点」とならず、隣国を脅かさず、化学兵器および生物兵器の在庫を破壊する必要があると述べている。
トランプ次期大統領は、国家安全保障担当の補佐官候補にマイク・ウォルツ氏を指名した。まだ承認されていないが、ウォルツ氏の外交政策には一つの指針がある。
ウォルツ氏は今週、FOXニュースで、「トランプ氏は、アメリカをこれ以上中東の戦争に巻き込まないという圧倒的な支持を得て大統領に選出された」と語った。
また、アメリカの「核心的な関心」として、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」、イスラエル、そして「湾岸のアラブ同盟国」を挙げた。
このコメントは、シリアを大きな地域政策パズルの中の小さなピースとして見る、トランプ次期大統領の見解を簡潔にまとめたものだった。
次期大統領の目標は、ISの残党を封じ込めるとともに、将来のシリア政府が、中東におけるアメリカの最重要同盟国であるイスラエルを脅かさないようにすることだ。
トランプ次期大統領はまた、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化に向けた歴史的な外交・貿易協定の締結を最大目標と見ており、そこに焦点を当てている。そして、この合意がイランをさらに弱体化させ、屈辱を与えると信じている。
それ以外は、シリアが自分で取り組むべき「混乱」だと、次期大統領は考えている。
次期大統領のレトリックは、1期目にシリアについて語った際の言葉を思い起こさせる。トランプ氏は当時、何千年もの歴史を持つ豊かな文化を有するこの国を「砂と死の土地」と揶揄(やゆ)していた。
「ドナルド・トランプ氏自身、前政権時代にシリアに関わることを非常に嫌がっていたと思う」と語るのは、2011年から2014年までバラク・オバマ大統領の下でシリア大使を務めたロバート・フォード氏だ。フォード氏は、アサド政権による残虐な弾圧に対抗するため、シリアの穏健な反政府勢力への支援という形で、アメリカによるさらなる介入を求めていた。
「だが、トランプ氏の周囲にはテロ対策にもっと関心を持っている人々もいる」と、フォード氏はBBCに語った。
アメリカは現在、シリアのユーフラテス川東部と、イラクおよびヨルダンと接する全長55キロにわたる「衝突回避」地区に、約900人の部隊を駐留させている。
駐留米軍の公の任務は、砂漠のキャンプで弱体化したISグループに対抗し、シリア民主軍(SDF)を訓練し装備することだ。SDFはこの地域を支配している、アメリカと連携するクルド人およびアラブ人勢力だ。
SDFはまた、IS戦闘員とその家族が収容されているキャンプの警備も行っている。
実際には、米軍の存在はこうした任務を超えたもので、イランがシリア経由でレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに武器を輸送するルートを封じる役目も負っている。
フォード氏も他のアナリストらと同様、トランプ次期大統領の孤立主義的な本能はソーシャルメディア上では受け入れられている一方で、現地の現実や側近らの見解が、その立場を和らげる可能性があると考えている。
米国務省でシリア担当顧問だったワエル・アルザヤト氏も、この意見に同意する。
「トランプ氏は中東問題を担当する真剣な人物を政権に迎え入れている」とアルザヤト氏はBBCに語った。特に国務長官に指名されたマルコ・ルビオ上院議員は、「真剣な外交政策のプレーヤー」だという。
こうした緊張感は、第1次トランプ政権でも、孤立主義的な理想と地域的な目標の間で表面化していた。在任中のトランプ氏は2019年、米中央情報局(CIA)からシリアの「穏健派」反政府勢力に提供していた資金援助を中断し、米軍をシリア北部から撤退させるよう命じたことがある。
当時、ウォルツ氏はこの動きを「戦略的な誤り」と呼び、ISの復活を恐れたトランプ氏の側近たちは、この決定を部分的に撤回した。
トランプ氏は2017年にも、アサド政権が化学兵器による攻撃を命じて多くの民間人が死亡したとされる事件の後、シリアの空軍基地に59発の巡航ミサイルを発射することで、非介入主義の理想から逸脱している。
また、シリアの指導部に対する制裁を強化した。
ウォルツ氏はFOXニュースのインタビューで、次期大統領の「これは我々の戦いではない」という誓いの曖昧さをこうまとめた。
「それは絶対に介入しないという意味ではない」
「アメリカ本土がいかなる形であれ脅かされる場合、トランプ大統領は決定的な行動を取ることをためらわない」
緊張の可能性をさらに高めているのは、トランプ次期大統領が国家情報長官に指名したもう一人の重要人物、タルシ・ギャバード氏だ。物議を醸す元民主党員で、現在はトランプ氏の盟友となったギャバード氏は、2017年に「事実調査」のためにアサド前大統領と会談し、その際にトランプ氏の政策を批判していた。
ギャバード氏は、アサド政権やロシアの擁護者であるとの非難を受けており、同氏の指名をめぐっては連邦上院での厳しい審査が予想されている。ギャバード氏はこうした非難は失当だとしている。
シリアでの任務継続に対する不安や、それを終わらせたいという願望は、トランプ次期大統領に限ったものではない。
ガザ地区でのイスラエルとハマスの戦争が地域全体に拡大する恐れが広がっていた今年1月、イランが支援し、シリアとイラクで活動する民兵組織によるドローン攻撃で、ヨルダンの米軍基地に駐留していた兵士3人が死亡した。
こうした攻撃はバイデン政権に対しても、中東における米軍の規模と露出についての疑問を投げかけ続けている。
実際、退任するバイデン政権と就任するトランプ政権のシリアに対する立場は、異なる点よりも一致している点が多い。
語調やレトリックの違いはあるものの、両者とも、アメリカの国益と合致する政府によってシリアが運営されることを望んでいる。
そして両者とも、シリアにおけるイランとロシアの屈辱を基盤にしたいと考えている。
トランプ次期大統領の「これは我々の戦いではない、成り行きを見守れ」という姿勢は、バイデン政権の「これはアメリカではなくシリア人が主導すべきプロセスだ」という姿勢と同じだ。
しかし、バイデン氏支持者が最も不安に思っている両政権の「大きな」違いは、現地の米軍とSDFへの支援に対するトランプ氏のアプローチだと、元駐米シリア外交官のバッサム・バラバンディ氏は話した。バラバンディ氏は以前、反体制派の逃亡を支援していた。
「バイデン氏はこれまで、クルド人に対してより多くの共感、つながり、情熱を持っている。バイデン氏はサダム・フセイン(元イラク大統領)のクウェート侵攻後、(イラク北部の)クルド地域を訪れた最初の米上院議員の一人だった」と、バラバンディ氏は述べた。
「一方で、トランプ氏とその側近はそれほど気にしていない。同盟相手を見捨てないようにと考慮はしているが、その実行方法は異なっている」
バラバンディ氏は、トランプ次期大統領の非介入主義的なレトリックを支持していると述べた。また、次期大統領が「確実に」米軍を撤退させると考えているが、それは段階的な時間的枠組みの中で、明確な計画を持って行われるだろうと述べた。
「アフガニスタンのように24時間以内ということはないだろう」
「6カ月以内、あるいは何らかの期限を設けて、その間にすべての手配を行うだろう」
トランプ次期大統領の動向は、親しい関係にあるとされるトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領との議論に大きく左右される可能性がある。
アメリカのSDF支援は長い間、トルコとの緊張関係の原因となってきた。トルコは、SDFの軍事的中核を担うクルド人民兵組織「人民防衛部隊(YPG)」をテロ組織に指定している。
アサド政権が崩壊して以来、トルコは戦略的地域からクルド人戦闘員を追い出すため、マンジビなどの都市で空爆を行っている。
トランプ次期大統領は、エルドアン大統領と取引をして米軍を撤退させ、トルコの影響力をさらに強化することを望むかもしれない。
しかし、トルコが支援する組織がシリアの一部地域を支配する可能性は、多くの人々、特に米国務省でシリア担当顧問だったアルザヤト氏をはじめとする人々を心配させている。
「一つの国の異なる部分を異なる組織が運営し、異なる資源を管理することはできない」と、アルザヤド氏は指摘した。
「アメリカが役割を果たすべき政治的手続きか、別の何かがあるだろう。ただ、後者になるシナリオは避けてほしいと願っている」