【解説】 ロシアが支配地拡大を加速 ウクライナの越境侵攻がよろめくなか

木のそばに立つ兵士

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オルガ・ロビンソン、マット・マーフィー、ポール・ブラウン、BBCヴェリファイ(検証チーム)

ウクライナの前線でロシア軍が支配地を加速度的に拡大している。ウクライナ紛争は重要な時期を迎えている。

米シンクタンクの戦争研究所(ISW)によると、ロシアは今年、昨年比で約6倍の広さの地域を獲得した。さらに、ドンバス地方東部のウクライナの重要な兵たん拠点に向かって前進している。

一方、ウクライナによるロシア西部クルスク州への奇襲侵攻は、おぼつかない状況となっている。ロシア軍はウクライナ軍を押し戻している。識者らはウクライナの攻勢の成功を疑問視している。識者の一人は、ウクライナが直面している兵力不足を考えると、「戦略的大惨事」だとしている。

こうしたなか、アメリカで第2次ドナルド・トランプ政権の発足が迫り、不確実性が高まっている。次期米大統領は1月に就任したらウクライナでの戦争を終わらせると宣言している。一部では、ウクライナへの軍事支援の削減を恐れる声が出ている。

ロシアがウクライナ東部で前進

開戦から数カ月は前線が目まぐるしく移動した。ロシアが急速に支配地を拡大し、ウクライナが反撃して押し戻した。しかし2023年には、双方とも大きな戦果はなく、紛争はほぼ膠着(こうちゃく)状態に陥った。

しかしISWの新たなデータによると、2024年はロシアのほうが有利になりそうだ。ISWは、信頼性が確認されたソーシャルメディアの映像や、部隊の動きに関する報告を基に、独自の分析をしている。

ISWによれば、ロシア軍は今年これまでに、ウクライナの領土約2700平方キロメートルを占領した。昨年は465平方キロメートルだったので、6倍近い増加だ。

英キングス・コレッジ・ロンドンで防衛について研究しているマリナ・ミロン博士は、ロシアがこのペースで前進し続ければ、ウクライナ東部の前線は「実際に崩壊する可能性がある」とBBCに話した。

9月1日から11月3日までにロシアが奪った領土は1000平方キロメートルを超える。ここ数カ月、ロシアが攻勢を強めていることがうかがえる。この進撃の影響をまともに受けているのが、ハルキウ州クピャンスクとドネツク州クラホヴェだ。クラホヴェは、ドネツク州の重要な兵たん拠点であるポクロフスクへの足がかりとなる地点だ。

ウクライナの地図

クピャンスクとオスキル川の東側の地域は、2022年のウクライナのハルキウ攻勢で解放された。だがオスキル川の東側は、ロシアが徐々に取り戻している。英国防省は最近の情報更新で、ロシア軍がクピャンスクの北東の郊外を突破しようとしているとした。

11月13日にインターネットに投稿され、BBCが検証した映像は、この分析と合致する内容となっている。映像では、ロシア軍の車列がクピャンスクの主要な橋まで4キロメートル以内の地域に入り、その後に撃退されている。

このような報告は、必ずしも特定地域の掌握を意味するわけではない。それでも、ウクライナの防衛線がいかに伸びているかを示している。

ロシアは10月、重要な補給路上の高台にあり、奪取のために2年を費やしたヴフレダル市を取り返した。以来、クラホヴェに資源を投入している。

クラホヴェを防衛するウクライナ軍は、今のところ南部と東部への攻撃を押し返している。しかし前線はじわじわ迫っており、ロシア軍は北部と西部からも攻撃して防衛軍を包囲しようとしている。

ウクライナ軍参謀本部の戦略通信部門のトップだったエフゲニー・サシコ大佐は、ロシアの戦法について、都市の側面を「強力なあご」で抑え込み、防衛軍が崩壊するまでゆっくりと「すり潰す」ものだと説明した。

BBCが検証したクラホヴェの映像には、大規模な破壊の様子が映っている。住宅のビル群が大きな被害を受けている。

ISWは、ロシアがウクライナで支配している地域は現在、計11万649平方キロメートルだとしている。それに比べ、ウクライナがロシアのクルスク州への侵攻で最初の1カ月に掌握したのは1171平方キロメートルに過ぎない。しかもその半分近くを、ロシア軍がすでに取り戻している。

土地を獲得したとはいえ、ロシアの進撃は膨大な犠牲を伴っている。

BBCロシア語の分析では、ロシアは2022年2月に本格侵攻を始めて以来、少なくとも7万8329人の兵士を失っている。今年9~11月の損失は、昨年同期の1.5倍以上だ。

こうした損失は、ロシアの指揮官が好むとされる「肉ひき機」戦法によってさらに拡大している。新兵を次々とウクライナの陣地に投入することで、ウクライナ兵を消耗させる戦い方だ。

ロシアは前進しているものの、一部の専門家らからは、進撃の速度は実際にはまだ遅いほうだとの指摘が出ている。軍事アナリストのデイヴィッド・ハンデルマン氏は、ウクライナ東部で同国軍がゆっくりと撤退していることについて、大規模な崩壊に見舞われているというより、兵力と物資を温存するためだとの見方を示した。

クルスクの策略

ウクライナは8月、ロシア西部クルスク州への衝撃的な侵攻を開始した。ウクライナ軍は、国境付近の集落を迅速に次々と掌握。ロシアが対応するまでに長い時間がかかったが、その理由は不明だ。

前出のミロン博士は、ウクライナによる侵攻が続く限り、ロシア政府は国内政治上のコストに苦しむことになるが、ロシアの軍参謀本部としてはウクライナ軍をクルスクにとどまらせ、他の前線でロシア軍が戦果を出すことを望んでいたとする。

しかし、ロシアはいま明らかに、自国の失った領土を取り戻そうとしている。クルスク州には約5万人の兵士を送り込んでいる。

クルスク州で撮影された検証済みの映像からは、激しい戦闘が繰り広げられ、ロシアが人員と装備の面でかなりの損失を被っていることがわかる。それでもデータからは、ウクライナの支配が縮小していることが明白となっている。

ISWのデータでは、ロシアは反撃によって、10月に入ってから国境地帯の593平方キロメートルの領土を奪還した。

ウクライナの地図

クルスク侵攻は当初、深刻な挫折を味わっていたウクライナの士気を大いに高めた。作戦の大胆さは、ウクライナが敵を驚かせ危害を加える能力をもっていることを、改めて知らしめた。

しかしクルスク侵攻はウクライナにとって、「戦術的な素晴らしさ」の瞬間だった一方で「戦略的な大惨事」でもあったとミロン博士は言う。

「全体的な考えとしては、今後の交渉において政治的影響力を得ることと、ロシア軍をクルスク解放に向かわせてドンバス地方から引き離すことが、狙いだったのかもしれない。だが実際にはそうならず、ウクライナの部隊が動けなくなっている」

ウクライナの最も経験豊富で優秀な部隊のいくつかは、クルスク州で戦っているとされる。西側の最新鋭装甲車を保有する機械化部隊も、同州での攻撃に参加している。

ウクライナの指導者らは、この侵攻によってロシア部隊の一部がウクライナ東部から撤退し、ロシアの進撃が遅れることへの期待をほのめかしていた。しかし専門家らによると、クルスク州に送られたロシアの増援部隊のほとんどは、ウクライナの戦闘がそれほど激しくない地域にいた部隊だったという。

英シンクタンクの国際戦略研究所の陸軍アナリスト、ユリ・クラヴィリエ氏は、「前線各地から来たウクライナ兵らによると、クルスクの応援に行ったロシア兵は主にヘルソンとザポリッジャから回されていた」とBBCに話した。

「それらの地域における戦闘は東部ほど激しくない。ハルキウを攻撃していたロシア軍部隊の一部も、クルスクへと配置転換された。ウクライナがロシア軍の進撃を何とか食い止めていたからだ」

双方にとって領土の重要性は、今後の交渉において自分たちの立場を強化することにある。和平交渉は議論されていないが、トランプ次期米大統領は具体的な方法を明言することなく、就任から24時間以内に戦争を終結させることができると主張している。

ウクライナは19日、アメリカから供与された長距離ミサイルを初めてロシアに向けて発射した米政府が17日に許可を出していた。アメリカのこの決定は、ウクライナがクルスク州の一部を保持し、将来の交渉の切り札として使うためのものでもあると考えられている。

しかしミロン博士は、トランプ氏の新外交政策チームが準備を進める中で、ロシアの進軍は同国に、交渉でのより強い立場を与えることになったとBBCに話した。

「ロシアがいま支配しているものは、ある種の優位性をロシアに与えている」、「交渉になった段階で、ロシア側が強調してきたように、『戦場の構成に基づいて行う』となるのは間違いない」。

「ロシア側からすれば、ウクライナ側よりもはるかに有利なカードを持っているのだ」

(追加取材:アレックス・マリー)