占領下のウクライナで秘密の授業 ロシアの洗脳に対抗
アナスタシィア・レフチェンコ、BBCニュース(キーウ)
ロシアのウクライナ全面侵攻が始まって間もなく、ほかの何百万人ものウクライナ人と同様、ナタリィアさん(仮名)は自宅を追われた。
ロシアに占領された南部メリトポリで暮らし続けるのは、耐えられなかった。まだウクライナが統治する地域に移ったほうが、自分は役に立てると考えた。
しかしナタリィアさんが後にしたのは、自宅や親類だけではなかった。彼女はまた、20年続けてきた教師としてのキャリアを諦めたのだ。
ナタリィアさんは今ではオンラインで、何百人にもなる自分の元生徒たちに教え続けている。
このリモート学習を続けることは、ナタリィアさんにとっても、生徒たちにとっても、とてつもない危険を伴う。
ウクライナの子供がロシア兵に「応援の手紙」
「こんなこと、誰もしたことがない」とナタリィアさんは言う。「クリミアでも占領下のドンバスやヘルソンやザポリッジャの各地方でも」。
メリトポリでかつてナタリィアさんが教えた教室では、今やロシアのウラジーミル・プーチン大統領の肖像が壁にかけられている。子供たちはロシアの国歌を覚えて歌わなくてはならない。ロシア兵に向けて「応援の手紙」さえ、書かされる。
ロシア占領下にいるウクライナの子供たちは今、そういう教育を受けている。ウクライナは本当の国ではないと、ウクライナの子供たちは教え込まれている。そして、仮に子供が教育内容に反論しようものなら、その両親が殴られたり拷問されたりするのだと、ナタリィアさんは言う。
だからこそナタリィアさんは元同僚たちとともに、「ウクライナの子供たちの頭と心を救う」ため、オンライン学習の仕組みを立ち上げた。
「開始してから、中立的な手紙を書いて、すべての保護者に、こういう授業をしますと知らせました」とナタリィアさんは説明する。
「誰が親ウクライナで誰が親ロシアかわからなかったし。みんな私の自宅住所も、誰が私の身内かも知っているので」
「占領」という単語を口にしただけで、ロシア当局が自宅にやってくることもあり得るのだという。子供がロシア語ではなくウクライナ語で宿題をしているなど、ウクライナへの忠誠を示す証拠だとされることが見つかろうものなら、警察署に連れていかれるかもしれないのだと。
それでもなお、何百もの家族がナタリィアさんの呼びかけに応じ、ウクライナの学習指導内容で授業を受けている。しかも、その人数は増えている。
子供たちは朝にはロシアによる学校へ行くが、午後や夕方にはウクライナ人の教師たちによる秘密のオンライン授業を受ける。
カメラはオフ、名前は仮名で
「知識よりも安全が大事なので、生徒は全員カメラオフで、偽名で授業に参加する」のだと、ナタリィアさんは言う。
接続や電力の問題からリアルタイムで参加できない人には、録画が提供される。
「子供たちに、(ウクライナの有名な詩人)タラス・シェフチェンコが何年に生まれたかとか、幾何の法則とかを教えるのは、それほど大事なことではありません。大事なのは、子供とウクライナ文化との結びつきを保つことです」
「ロシアの学校から帰宅しては、泣いている生徒がいます。子供にとっては、心理的なプレッシャーが大きすぎる。子供たちはずっとウクライナで生まれ育ってきたのに、それがいきなりすべて変わってしまった」
14歳のワレラさん(仮名)はロシア政府運営の学校に通っているが、ウクライナの指導内容のオンライン授業も受けている。ワレラさんの同級生31人のうち、ウクライナを応援しているのは6人だけなのだという。その中で自分はできる限り、「ロシア化」に抵抗していると、ワレラさんは話す。
「授業中にスマートフォンで、ウクライナ国歌を流したことがあります。そうしたら全員が調べられた。僕は自分の電話を隠した。向こうが自分たちの国歌を流したこともある。みんな起立したけど、僕たちは座ったままでいた」
自分はウクライナ式の教育をずっと受けたかったのだと、ワレラさんは言う。それでも自分はいずれロシア軍に徴兵されるはずだと。
ナタリィアさんは、自分たちの授業の意義が常に試されていると認める。ロシアによるメリトポリ占領が長く続けば続くほど、そこに暮らす子供たちが洗脳されるリスクは高まる。
「子供たちの宿題を普通に見ることもできない。私たちの次世代がどうなるのか、恐れている。子供たちと現実とのつながりを維持するのは、とても大事なことだが、それはとても難しい」
(追加取材: ジョイス・リュウ)