一時停戦ならずウクライナ南東部で混乱 イスラエル首相が訪ロ 侵攻10日目
ウクライナ侵攻開始から10日目の5日朝、ロシア国防省は人道避難用の回廊設置のため、南東部2都市で一時停戦を発表した。しかし戦闘が続いたため、一斉避難をしようとした現地住民は大混乱に巻き込まれた。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は同日、西側諸国の制裁措置は「宣戦布告のようなもの」だと述べる一方、ロシアで戒厳令を発令するつもりはなく、軍事作戦はすべて「予定通り」に進んでいると述べた。
ロシア国防省は南東部マリウポリとヴォルノヴァハの2都市でモスクワ時間5日午前10時(ウクライナ時間午前9時、日本時間午後4時)から7時間、一時停戦を開始すると発表した。ウクライナ側は日本時間午後4時すぎ、一時停戦を確認したと明らかにした。ただし、同市当局は3時間後、人道回廊の目的地になっているザポリッジャ市の周辺で、戦闘が続いているとして、避難を中止した。
マリウポリのセルゲイ・オルロフ副市長はBBCラジオに対して、市民を避難させるための一時停戦は「30分も続かなかった」と述べた。赤十字国際委員会(ICRC)の対応のもと、停戦は5時間は続くはずだった。しかし副市長によると、停戦が始まるはずだった時間から市内への砲撃が「絶え間なく」続き、学校や幼稚園、市民避難用のバスなどが次々と攻撃されたという。
最大9000人の住民が同日、バスや自家用車などでマリウポリを脱出する予定だったという。ロシアの砲撃で市内のインフラが破壊されているため、電車は走っていないと、副市長は説明した。
地元当局によると、ロシア軍の包囲のため、市民は食べ物や水、医薬品が手に入らない切迫した状態だという。
オルロフ副市長は、ロシア軍が行っているのは「ジェノサイド(民族虐殺)」だと非難。市内にはもはや飲料水も暖房もなく、下水設備も使えていないため、住民がこれからどうなるのか考えると「恐ろしい」と述べ、西側には武器の追加供与や飛行禁止区域の設定などによる支援強化を呼びかけた。
ロシア軍は、一時停戦発表後の砲撃再開についてコメントしていない。ただし国防省は、住民がマリウポリからの脱出ルートを利用しなかったとして、ウクライナ当局が住民の脱出を阻止したのだと非難した。
人口約40万人の港湾都市マリウポリは、ロシアにとって重要な戦略拠点。マリウポリを掌握すれば、ロシアが後押しするウクライナ東部の分離派勢力が、ロシアが2014年に併合したクリミア半島のロシア部隊と合流できるようになる。
マリウポリと同時に一時停戦の対象になったヴォルノヴァハ市はマリウポリの北にあり、侵攻開始からずっと激しい砲撃を受けてきた。ロシアが後押しする勢力が一部を実効支配するドネツク地方と、マリウポリを結ぶルート上に位置するため、ここもロシアにとって重要な攻略対象になっている。
一時停戦ならず、大混乱の住民
マリウポリに住むエンジニアのアレクサンドルさん(44)は、「いまマリウポリの通りにいる。3分おきとか5分おきに、砲撃の音がする」とBBCに話した。
市民の脱出用に人道回廊が設置されると言われたものの、機能していないとアレクサンドルさんは述べた。
「逃げようとした人たちの車が、戻ってきている。混乱状態だ」
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IT開発者のマキシムさん(27)は、マリウポリ市内の祖父母のマンションから、BBCに動画を送った。映像では、市中心部近くで爆発があり、煙が上がっている様子が見える。マキシムさんは、人道回廊の終着点だったはずのザポリッジャへ向かう高速道路からも、煙が上がっていると話した。
「ミサイルの音が聞こえるし、自分たちの周りの建物から煙が出ているのも見える。街の中心部への砲撃を避けてきた人たちで、このマンション棟はいっぱいだ。左岸地区から来た人たちによると、そこはひどい状態になっていて、路上のあちこちに遺体があったという」と、マキシムさんはBBCに話した。
マリウポリ出身のデザイナー、ケイト・ロマノワさん(27)は、両親がマリウポリから脱出できず、孤立しているとBBCに話した。
「朝の8時に両親と話をした時は、市民の一斉避難について何も知らなかった。中心部に住んでいて、途切れなく砲撃が続いていると話していた」
「避難についてスピーカーで広報していたという話も聞くが、住んでいる人たちは、ロシアの偽情報かもしれない、信用できるか分からないと言っているそうだ」
4日夜に夫と車でマリウポリを脱出したディアナ・ベルクさんは、夫の母親が避難したくないと言い張ったため、残してきたのだとBBCに話した。
「残酷な砲撃が3日連続で続いたので、市内で自殺するか路上で自殺するかのどちらかだと思って、脱出を選んだ。今では罪の意識でいっぱいだ。夫の母親を連れてくるべきだった。大勢が閉じ込められている。どうやって情報を得るのか。完全に孤立してしまっているのに」
制裁は宣戦布告=プーチン氏
プーチン大統領は同日、西側諸国による経済・金融制裁は「宣戦布告のようなもの」だと述べた。「しかしありがたいことに、そこまでには至っていない」とも述べた。
プーチン氏はモスクワ近郊にあるアエロフロート訓練施設を訪れ、女性客室乗務員たちと歓談した際に、発言した。
大統領はさらに、北大西洋条約機構(NATO)がウクライナ上空に飛行禁止区域を設定するようなことがあれば、それは武力紛争への参戦とみなされる、当事者は敵性戦闘員とみなされると警告した。飛行禁止区域の設定は、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領をはじめ多くのウクライナ人が強く求めている。しかし、設定すればNATOがウクライナ領空に入ったロシア軍機を撃墜することが求められるため、NATOはこれを拒否している。
プーチン氏は、「(ウクライナの指導部は)自分たちが今やっていることを続ければ、ウクライナの国家としての未来を危うくしているのだと理解する必要がある」とも警告した。
一方で、ロシアで非常事態を宣言したり、戒厳令を発令したりするつもりはないと言明。そのような措置は「外部からの侵攻があった場合に限り、軍事行動が行われる場所に限定」されるものの、「そのような状況ではないし、そうならないよう願っている」と述べた。
その上でウクライナ侵攻の正当性をあらためて強調し、ウクライナの「非軍事化と非ナチス化」によって、ウクライナ国内のロシア語話者たちを守ろうとしているのだと強調した。
ロシア軍の作戦が思った通りに進んでいないのではないかという西側の指摘については、「我が軍は全ての任務を完遂する。その点はまったく疑っていない。何もかも予定通りだ」と述べた。
侵攻に参加しているロシア兵には徴兵が多いと指摘されているが、プーチン氏はこれを否定。侵攻に参加しているのは職業軍人のみだとも述べた。
イスラエル首相がモスクワ訪問
イスラエルのナフタリ・ベネット首相は同日、モスクワを訪れ、約2時間半にわたりプーチン大統領と会談した。ベネット首相の訪ロは、首相が実際にクレムリン(ロシア大統領府)に入るまで、伏せられていた。
イスラエル首相府は、プーチン氏とのこの会談については事前にアメリカに連絡していたと明らかにした。
ベネット首相は正統派ユダヤ教徒。5日は土曜日で、本来ならば安息日のため、このような行動はとれないはずだっただけに、ベネット首相の訪ロがいかに緊急性の高いものがうかがわれるという指摘が出ている。ユダヤ教の戒律では、人命がかかる緊急事態にのみ、安息日でも激しい活動が許される。
イスラエルはアメリカと強固な同盟関係を築いているが、プーチン大統領とベネット首相はこれまでに何度か会談しており、関係は良好だとされる。一方、ウクライナのゼレンスキー首相はユダヤ系で、かつてベネット首相にロシアとの紛争での仲介を依頼していた。
プーチン大統領との会談を終えたベネット首相は、続いてドイツを訪れ、オラフ・ショルツ独首相と会談した。
米国務長官とウクライナ外相が対面
5日には訪欧中のアントニー・ブリンケン米国務長官が、ウクライナのドミトロ・クレバ外相と対面し、ロシアに立ち向かうウクライナの勇気をたたえた。
両外相はウクライナとポーランドの国境で対面。記者団を前に、ブリンケン長官はクレバ外相に、ゼレンスキー政権の勇気と指導力に畏怖(いふ)する思いだと述べ、「世界はここにいます。世界はみなさんと共にいます」と支持を示した。
クレバ外相は、「ウクライナはどうせこの戦争に勝ちます。なぜならこれは自分の土地を守る国民の戦争だから」だとした上で、「問題はその代償、私たちの勝利の代償だ」と述べ、協力国が引き続き大胆かつ体系的に、ロシアに対する政治・経済圧力を強め、ウクライナに必要な武器を引き続き提供してくれれば、「その代償は安くなる」と話した。
外相はさらに、NATOによる支援強化を希望し期待していると述べた。戦闘機や防空ミサイルの追加供与を求めたほか、NATOがウクライナ領空を飛行禁止区域に設定し、対ロ防衛に協力してくれるよう望んでいると強調した。
NATOは、飛行禁止区域を設定すれば、NATO軍がロシア機を撃墜しなくてはならない状況に至る恐れがあり、深刻なエスカレーションにつながると懸念して、ウクライナの要請を拒否している。
ブリンケン長官は、アメリカと国務長官とウクライナの国防相同士を含め両政府が、あらゆる選択肢を協議し検討していると述べた。