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────みなさん、こんにちは。SNEAK PEEKS at SZ MEMBERSHIPでは、『WIRED』のSZ MEMBERSHIP向けに公開した記事のなかから注目のストーリーを編集長が読み解いていきます。まずは、松島さんの近況から教えてください。

松島倫明(以下、松島) 今週は『WIRED』の創刊エグゼクティブエディターであるケヴィン・ケリーが鎌倉に来る予定です。仕事で日本に行くと決まったタイミングで、「休みの日に鎌倉を探検したい」というリクエストがきたんですよ。ケヴィンはWIRED CONFERENCE 2022にも顔を出してくれて、そのあと熊野古道を1週間ほどかけて歩いたと言っていましたし、そんな彼が探検したいということは、本当に歩き倒すつもりなんじゃないか……と思って1日スケジュールを確保しています(笑)。

────探検ですか! ケヴィンさんのように、いくつになっても好奇心をもっていたいですよね。それでは本題に入ります。3月WEEK#3の記事テーマは「HEALTH」で、松島さんのセレクト記事は「自分のゲノムの塩基配列を解析してもらう前に知っておくべきこと」です。リードには、“DNAの塩基配列を決定するシーケンス解析は、いくつかの病気の発症リスクを推定することができる。いつの日か、個人の遺伝子に合わせた医薬品の調合も可能になるかもしれない。複数の国の政府は、自国民の協力を呼びかけている。”と書かれています。

松島 日本でも、唾液サンプルを送って遺伝子を検査してくれるようなサービスはすでにいくつかありますが、この記事によると、そうした遺伝子検査と全ゲノム解析は別のものだということです。いま行なわれている遺伝子検査サービスは、塩基配列のなかで特に1塩基だけ変異した一塩基多型(SNP)のいくつかと、そのほかに差異が確認できる遺伝子マーカーだけを調べるものです。ヒトゲノムは64億個のヌクレオチドと呼ばれる分子で構成されていて、それらはすべて対になって並んでいるのですが、このSNPはゲノム配列において個体間で異なる可能性のある一対のヌクレオチドのことで、例えば瞳の色とか、汗をかきやすいかどうか、といった身体的特徴に影響したりします。

今週の記事:自分のゲノムの塩基配列を解析してもらう前に知っておくべきこと

一方、全ゲノム解析は、文字通り64億個ある全ゲノム情報を解析するわけなので、従来の遺伝子検査サービスがDNA全体のわずか1%を捉えたスナップ写真のようなものだとすると、全ゲノム解析で得た情報を文字にして印刷したなら、平均的な本の大きさで約4,200冊分にもなるそうですよ。

────4,200冊分とは、すごい情報量ですね。

松島 だよね。で、この記事は、遺伝子検査サービスからさらに一歩進んで、全国民を対象にした全ゲノム解析が先進国で進んできていることに焦点を当てています。英国では、18歳以上で国内在住であれば誰でも参加できる「Our Future Health」という研究プログラムがあり、同様のプロジェクトがオーストラリアやアイスランド、オランダ、米国でも進められているんです。プログラムの内容に多少の差があったとしても、基本的には、医療を改善するために一般市民の志願者からより多くのデータを集めようというものになります。日本でも厚労省が、「全ゲノム解析等実行計画」を掲げています。

───全ゲノム情報の解析が進むと、どのようなことが可能になるのでしょう。

松島 例えば、個人のDNAに合わせて治療法をカスタマイズしたり、本人の遺伝子情報を利用して特定の病気を完全に予防したりできるようになると期待されています。病気や健康リスクの原因となる遺伝子変異をかなり早い段階で見つけることができるようになれば、人々の健康が劇的に改善して、結果的に医療費の負担も軽くなっていく。そうすれば、国が積極的に進めていくメリットとしては大きいわけです。

───プロジェクトを推し進めていくなかで、何がネックなのですか?

松島 膨大なデータをどうやって安全に保管するのか、ですね。実際に、遺伝子検査サービスで有名な米国の民間企業である23andMeは、23年10月に自社のデータベースから少なくとも100万件のデータポイントがハッキングされたと認めました。テクノロジーの観点からすれば、ぼくらのゲノム情報が今後、生体認証のマーカーとして使用されたり、身分証明やセキュリティに使われたりするようになることは想像に難くないなか、この記事では、こうしたプライバシー問題に対する懸念があることで、一般に受け入れられるまでにはまだまだ時間がかかりそうだと結論づけています。だからまずは、難しい病気の治療や予防のために、匿名化したデータを研究機関が使うようなかたちで進められていくのではないかと思います。

プライバシーに対する考え方は難しいですよね。例えば少し前までは、自分の口座情報をオンライン上に打ち込むことに抵抗感をもつ人が多かったけれど、いまはほとんどの人がそうしています。いまは全ゲノム解析などの情報を扱うことに社会が慣れていませんが、数十年後にはぼくらの価値観のほうが少し変わってきている可能性はあるかもしれないと思います。

────100%の対策がなくても進んでいく側面はある、と。

松島 それこそ、ケヴィン・ケリーが提唱している「プロトピア」のようなことなのかもしれません。要するに、いいことが51%で悪いことが49%という世界観もそうなんですが、全ゲノム解析をすればあらゆることが解決されてユートピアが到来するわけでもないし、かといって遺伝情報によってすべてが支配されるようなディストピアな社会にもならないと思うんです。結局はその中間で、新しい技術を手にすることによっていいことも悪いことも起こる。でもそうした状況で1%でも未来が漸進していけば、100年後には100%前進している……。これが、あらゆるテクノロジーについて言えるプロトピアの世界観です。いまも、あらゆるものが100%安全とは言い切れないなかで社会は常にまわっていて、だから「何%のリスクだったら受け入れるのか」ということがここでも肝になるんだと思います。

────全ゲノム解析もプロトピア的に進んでいくということですね。このほかにも、3月WEEK#3は、夢の万能インフルエンザワクチンプラセボ(偽薬)見えない発がん物質に関する記事のほか、連載「For Creators」の第10回も公開していますので、ぜひチェックしてみてください。

[フルバージョンは音声でどうぞ!WIRED RECOMMENDSコーナーもお楽しみに!]

※ 本記事は音声の書き起こしではなく、読みやすさを考慮して編集し、長さも調整しています。

(Edit by Erina Anscomb)