リリー・ヘイ・ニューマン

『WIRED』のシニアライター。専門分野は情報セキュリティ、デジタルプライバシー、ハッキング。前職は『スレート』のテクノロジー担当記者。同誌とシンクタンクのNew America Foundationおよびアリゾナ州立大学の共同出版物/プロジェクトである『フューチャーテンス』のスタッフライターも務めた。ニューヨーク市在住。

中間選挙が近づく米国では、新たな話題が次々に浮上しては立ち消えていく。そうしたなか、議員や規制当局者の間でTikTokをめぐる議論が再燃している。

このソーシャルメディア・アプリは、個人のプライバシーや米国の国家安全保障にとって脅威だと議員や規制当局者たちは主張する。現在、バイデン政権は独自の対応を準備していると報じられたものの、問題がどれくらいの範囲まで及んでいて、政府がどのような目標を掲げているかは、いまだはっきりしていない。

中国の巨大テック企業バイトダンスが所有するTikTokは、ユーザー数が10億人を超え、そのうち1億3,500万人が米国在住だと推定されている。ドナルド・トランプ前大統領や一部の議員はここ2年間、中国政府がこのアプリを使って米国人のデータを収集したり、プラットフォームを通じてインフルエンスオペレーション[編註:インターネットを通じて世論や情報を操作すること]を展開したりする可能性があると警告してきた。

2019年末から20年はじめにかけて、米軍は隊員がTikTokを政府のデバイスで(時にはあらゆるデバイスで)使用することを禁止した。運輸保安局をはじめとするいくつかの連邦機関も同様の措置をとった。22年8月には、下院最高総務責任者が議員らに対し、TikTokがデータを収集する可能性があるとして、同アプリをインストールしないよう警告を出した。

これは、6月17日付の『バズフィード・ニュース』の記事を受けた動きだ。その記事には、バイトダンスの従業員は、状況に応じて米国のTikTokユーザーのデータにアクセス可能であり、実際にそうしたアクセスが行なわれていると書かれていた。しかし一般市民にとっては、今夏に議員や規制当局者から発せられた警告は相変わらず漠然としていてつかみどころがなく、議員たちが具体的に何を懸念しているのかはよくわからない。

大統領令を準備

これほど多くのユーザーを抱えるTikTokは、確かに個人データの宝庫となる潜在性を秘めており、ほかのソーシャルプラットフォームと同様、偽情報の拡散やインフルエンスオペレーションの展開に悪用される恐れがある。しかし、TikTokだけが特別視される理由は明らかになっていない。

現在、米国に住む人々に関する膨大な量の機密データが、公開されたほかのソーシャルメディア・プラットフォーム、デジタルマーケティング企業、データブローカー、漏洩された窃取データなどを通じて、さまざまなかたちで購入あるいは取得できる状況にある。それに中国は、TikTokが台頭するよりはるかに前から、世界中の政府や企業が所有する米国人およびその他の国の人々に関するデータを大量に盗み、他国からの反感を買ってきた。

そう考えると、この動きの根底にあるのは保護主義だろうか? 排外主義だろうか? あるいは、米国の国家安全保障における特別な洞察なのだろうか?

9月3日付の『セマフォー』の記事によると、バイデン政権は、TikTokや中国テック企業が米国人のデータにアクセスしていることにより幅広く対応するために、一連の大統領令を準備しているという。この記事によれば、ホワイトハウスの対応は国の対中投資を大幅に減少させうるものであり、ほかにも中国のクライアントに販売可能な技術を制限する措置や、中国テック企業が収集できる米国市民のデータを具体的に制限する措置が検討されているようだ。

こうした動きは、バイデンの前任者がTikTokに対してとった対応ほど劇的ではないものの、より広い範囲により大きな影響をもたらす可能性がある。トランプ政権の終盤、ホワイトハウスは、バイトダンスがTikTokを米国企業に売却しなければ、TikTokを米国内のアプリストアから排除すると言い出した。

この試みは失敗に終わったが、TikTokはバイトダンスから独立するための手続きをとり、22年6月には、米国の全ユーザートラフィックは国内にとどまることになると発表した。TikTokはすべてをOracleのクラウドで処理することを目指し、自社サーバーから全ユーザーデータを削除する作業をいまも続けている。同社はデータのバックアップを米国とシンガポールに保管している。

「TikTokが重要なのは、大勢のユーザーがいるからです!」と語るのは、Kissinger Institute on China and the United Statesの研究者ルイ・ゾンだ。「トランプ政権はWeChatも禁止しようとしました。WeChatは単なるコミュニケーションプラットフォームではなく、TikTokよりも大量のデータを吸い上げるテクノロジープラットフォームです。ただ、米国内でのWeChat利用者がほぼ中国系移民に限られているのに対し、TikTokは米国人全体に広く普及しています」

ゾンはさらに、米国の国家安全保障の観点からは脅威の存在を認識する価値はあるものの、数年前にTikTok禁止令が検討されたときも、この夏に一連の警告が発せられたときも、具体的な懸念について充分な情報は示されなかったと指摘する。米国の当局者は、少なくとも公式には、脅威の緊急性を示す決定的証拠をいまだ手にしていないようだ。

「これについて、より明確な根拠が打ち立てられるべきでしたが、2019年の時点でそうした根拠はなかったようです」とゾンは言う。「当局がこの先、米国民に何かしら示せるかどうかは、わたしにはわかりません」

本当に国家安全保障の脅威なのか

『バズフィード』の報道から数日後の6月24日、アーカンソー州選出のトム・コットン率いる共和党上院議員のグループが、ジャネット・イエレン財務長官宛てに「TikTokが国家安全保障とプライバシーにもたらすリスクに対する、バイデン政権の対応の遅れについて問う」書簡を送った。

6月28日には、9人の共和党上院議員からなる別のグループが、米国のユーザーデータを中国政府と共有しないとするTikTokのこれまでの主張を踏まえ、同社のデータ管理手法やバイトダンスとの関係について質問する書簡を、TikTokの周受資CEOに送付した。

7月5日には、上院情報問題特別調査委員会の超党派の2議員──民主党のマーク・ウォーナー(バージニア州)と共和党のマルコ・ルビオ(フロリダ州)──が、「TikTokはデータセキュリティや、データ処理、企業統治の手法について虚偽の説明を繰り返した」として、連邦取引委員会にTikTokとバイトダンスの調査を求める書簡を送った。

TikTokはこの夏に、議員と一般市民に向けて一連の回答を出した。そのなかで同社は、米国のユーザーデータを中国政府と共有しておらず、今後も共有するつもりはないこと、また同社は米国に拠点を置く独立企業であり、米国の法律の適用対象であることを強調した。同社は、政府からのデータ要求については公式な報告書を出していないが、政府からのコンテンツ削除要求については年に2回報告書を公表している。その報告書は、同社が中国からの削除要請を満たしたことがないことを示唆している。

しかし肝心なのは、TikTokがバイトダンスに所有されているという点だ。そして、バイトダンスの一部社員はTikTokのユーザーデータにアクセスできる。これは、国を統治する中国共産党もそのデータを入手できるということを意味するのだろうか? TikTokの周受資は、9人の共和党上院議員に対する6月30日の回答で次のように述べている。

「中国拠点の従業員を含む米国外の従業員は、当社の米国拠点のセキュリティチームが監視する一連の強固なサイバーセキュリティ統制と、認可承認プロトコルに従って、TikTok米国のユーザーデータにアクセスすることができます」。彼は、ユーザーデータへのアクセスが安易に、あるいは監視のない状態で行なわれることを防ぐために設けたいくつもの分類や制限について、長々と説明している。

周受資とTikTokはかねがね「米国のユーザーデータを中国共産党に提供したことはなく、今後求められても提供するつもりはない」と主張してきた。これについて『WIRED』はTikTokに、バイトダンスはアクセス権をもっており、中国の法律によりその行使を強制される可能性があるという現実とどう整合するのかと尋ねた。これに対し、広報担当者のモーリーン・シャナハンは「米国内でTikTokを提供しているのは、カリフォルニア州で法人化され、米国の法令が適用されるTikTok Inc.です」と答えた。

だが、TikTokが本当に米国の国家安全保障に対して特有の脅威を及ぼしているのか、あるいは単に、議員たちがデータセキュリティやプライバシー、偽情報やコンテンツモデレーション、さらにはグローバル化したテック市場での影響力といったより大きな課題に取り組むための方便としてTikTokを利用しているだけなのかは、依然として不明確だ。同じように中国の通信大手ファーウェイ(華為技術)をめぐっては、米国内の5Gインフラに中国製のハードウェアを採用すべきかどうかの論争が起こり、最終的に禁止されている。

関連記事:ファーウェイに対する米国の制裁措置、その効果は長くは続かない

米国内での「ワンストップ・ショップ」

「中国の影響工作が中国政府のデジタル権威主義的な戦略とより広く結びつき、拡大していきそうな兆しは間違いなくあります」と語るのは、デジタル権に詳しい非営利シンクタンクFreedom Houseのリサーチアナリスト、キアン・ベスタインソンだ。彼はこう続ける。「しかし、米国政府にも国家安全保障のための影の監視当局があることを認識することが重要です。近年、米国の政府機関は米国内で抗議活動を計画している人々のソーシャルメディア・アカウントを監視したり、国内各地や国境で人々の電子機器を検査したりしています。このような戦術は、脅威は常に外国からもたらされるという考えを揺るがすものです」

さらに、TikTokは影響力の不均衡を生み出す可能性がある。特筆すべき点は、TikTokは米国内で非常に人気があり広く普及しているため、中国政府にとっては、米国のユーザーデータを採掘し、米国内で影響工作を展開するための「ワンストップ・ショップ」となりうることだ。一方、米国政府側は、同じように中国のユーザーデータを直接取得し、中国国内の世論を誘導するために利用できる仕組みがないと感じているかもしれない。

「米国の情報機関がWeChatにアクセスすることを想像してみてください。アクセスするには相当の努力が必要であるうえに、常に発見され、無力化される危険を伴います。一方、中国がTikTokにアクセスするのに努力は必要ありません。法的権限があるからです」。そう語るのは、セキュリティ企業Scytheのサイバー脅威情報担当ディレクターであり、国家安全保障局の元ハッカーであるジェイク・ウィリアムズだ。

「人々のデバイス上にあるTikTokのアプリ自体が深刻な脅威になるとは思いません。ただ、中国がこのプラットフォーム上でデータを収集する可能性があることは大きな懸念要因です。特に、中国の国家関係者がすでに取得している別のデータと結びつけられた場合は深刻です」

TikTokの絶大な人気とその所有者、そしてコンテンツの大部分が公開されているという特性を考えると、このサービスから中国を排除するための技術的な解決策は見えてこない。問題は、米国政府にビジネス的な解決策を編み出したり、代わりとなる魅力的なプラットフォームの開発を奨励したりする気があるかどうかだ。米国政府はまだ、プライバシーの侵害やセキュリティ上の懸念、ソーシャルメディアを通じた外国による米国住民へのインフルエンスオペレーションといった問題を解決できていない。テクノロジーの禁止や対監視活動では、それらを解消することはできない。

「重視すべき点は、米国は模範を示さなければならないということです」と、Freedom Houseのベスタインソンは指摘する。「米国政府が監視権限を拡大するとしたら、実に悪い見本を世界中の政府に示すことになるでしょう」

WIRED US/Translation By Tomomi Sekine, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)