ジョン・シーブルック

1989年から『ニューヨーカー』誌に寄稿し、1993年からスタッフライター。テクノロジー、デザイン、音楽の分野で創造性と商業の接点を探っている。近著『The Song Machine: Inside the Hit Factory(ソングマシーン:ヒット産業の裏側)』を含む4冊の著書がある。(@jmseabrook)

1971年、ニュージャージー州南部に住む12歳のわたしの寝室は、「ドラッグスター」やエンジンが肥大した「ファニーカー」[編註:いずれもドラッグレース専用のレーシングカー]が映る1ページ大の写真が壁一面に貼られていた。『ホットロッド』誌からカミソリで丁寧に切り抜いたものだ。

従兄のチャーリー・シーブルックと彼の愛車「ジャージー・ジミー」は、東海岸のドラッグレース界では有名だった。暖かい季節の土曜日にはチャーリーと彼の弟ラリーがうちの農場の近くでよくエンジンの整備をしていて、わたしはしょっちゅうそれを見に行っては、ふたりの使う言葉に聞きほれていた。

そうした言葉は、数年後にブルース・スプリングスティーンが“車輪はクローム加工、燃料はたっぷり、車線なんか飛び出して”と歌う「Born to Run(明日なき暴走)」や、“フュエリーのヘッドとハーストのフロア”と歌う「Racing in the Street」の歌詞に出てくる単語だった。まさにチャーリーのような、“約束の地を駆け抜ける、ホットロッドの天使たち”の曲だ。

従兄弟たちはパワートレイン[編註:エンジンで発生したエネルギーを駆動輪へ伝える装置類]が車輪にトルクを伝える仕組みを説明してくれた。でも、わたしはそれよりもクルマ野郎たちのほうに興味があった。週末に「自殺マシン」でレースに参加する、無鉄砲のエンジニアたちのことだ。

いつか自分もそんな力を手にして自立したいと夢見ながら、わたしはクルマのプラモデルをつくり、そのドライバーと一緒に壁に飾った──スネーク、マングース、フライン・ハワイアン、「ビッグダディ」ことドン・ガーリッツなど、主に通り名で知っていたガソリンの神様たち、ドラッグスターのキングたちだ。

その年、全米ホットロッド協会(NHRA)のサマーナショナル大会がニュージャージー州イングリッシュタウンで開催された。のちにNHRAの殿堂入りを果たしたチャーリーも参加するということで、友人たちを連れて行ってピットをうろつかせてもらった。最速クラスのドラッグスター「トップフューエル」は、酸素を含む揮発性の高いニトロメタンを主な燃料として走る。ニトロメタンの雄牛が並ぶピットの雰囲気はまるでパンプローナの牛追い祭りで、テールパイプから吐き出される炎のような排気が空気を歪め、ピットクルーは奇妙にフルーティーな燃料の香りと煙を上げるトレッドレスタイヤ(スリックと呼ばれていた)の刺激臭をまとってどこか野生生物のようだった。

米国で最も売れているピックアップトラック・モデルのEV

2021年10月中旬、テキサス州オースティンの繁華街でフォード・モーター・カンパニーが22年発売のSUV、トラック、バンのラインナップを展示するために期間限定で開いたテーマパークの開会式に参加したとき、16年に亡くなったチャーリーとジャージー・ジミーのことを思い出した。フォードは20年に米国でのセダン販売から撤退している。生粋のクルマ好きだった従兄が知ったら愕然としたかもしれない。

しかし、イングリッシュタウンのピットに響いていたニトロの轟音の代わりにオースティンでわたしを最も引きつけた音は、EVこと電気自動車が実現できる急加速を披露するためにショートコースを疾走するフォードの「マスタング・マッハE」の静音だった。フォードが1964年のニューヨーク万博で発表したスポーツカー「マスタング」のEV版だ。販売の焦点をハイスペックで大排気量のマッスルカーから荷室のあるファミリーカーへと移行していく流れのなかで、フォードはマッハEを2019年に電動SUVとして発表した。

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しかしショーの主役は「F-150 Lightning」だった。1980年代前半以来ずっと米国で最も売れているピックアップトラック・モデルのEV版である。ガソリンエンジン搭載の「Fシリーズ」トラックは、多い年には90万台販売され、年間約400億ドル(約4兆6,000億円)の収益を上げている。

F-150 Lightningは、マッハE、そして商用バン「フォード・トランジット」のEV版と共に、118年の歴史をもつこの自動車メーカーにとって、EV販売市場を支配するイーロン・マスクのテスラに追いつくための最大かつおそらく最後のチャンスとなりそうだ(2021年にテスラは世界で100万台近いEVを販売したが、同年のフォードのEV販売は世界で約43,000台にとどまった)。

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22年春にフォードのEVトラックが発売されれば、自動車の未来と米国で大人気の乗り物が出合うことになる。それはフォードだけでなく、クルマに乗る人、自転車に乗る人、徒歩の人を含め、わたしたちすべてにとっての歴史的な出合いだ。地球と人類の未来は、自動車産業がどれだけ早く排気ガスを減らせるかにかかっているかもしれないのだから。

「主力製品のEV化」が中核戦略

これまで一般消費者向けのEVはテスラの「モデル3」のようなセダンが主流だった。しかし、セダンは米国の自動車市場全体で見ると衰退しつつあるセグメントである。1990年代、3万ドル(約340万円)以上の車に課される贅沢税がピックアップトラックとSUVには免除された。そうしてこれらの大型車は実用的な移動手段から労働者階級のロールスロイスへと変化し、セダンよりもはるかに大きな利益をメーカーにもたらした。

2015年、わたしは家族の休暇用別荘兼パンデミック下の避難所となったヴァーモント州の元酪農場で使うため(ニュージャージーの農場はもうとっくにない)、72カ月の低金利ローンでF-150を購入した。寒い時期にはときどきブルックリンの路上に駐車して広い後部座席で孤独を満喫するわたしの姿もある。フォードの調査によると、トラック所有者の4人に1人は愛車に愛称をつけ、15%がトラックのタトゥーを入れているらしいが、わたしはまだいずれにも手を出していない。それでも、わが愛車のEV版の双子を見ることには少なからず興奮していた。

オースティンのリパブリック・スクエアの中心に設けられたマルチメディア機器完備の大型テント「ライトニング・シアター」の中で、F-150 Lightningには覆いが掛けられていた。お披露目前に参加者たちは熱い日差しの降り注ぐ屋外に集まり、フォードのEV移行計画に関する経営陣の話を聞いた。頭上には「ブロンコ・マウンテン」がそびえ立っていた──20年ぶりに復活したSUVモデル「ブロンコ」の上りのオフロード走行能力を示すために同社が建設した、鉄骨製の急勾配道路だ。

フォードは2030年までに世界で販売する車両の40%をEVにすると発表しており、ゼネラルモーターズ、フォルクスワーゲン、トヨタも野心的な目標を設定している。こうした発表は確かに投資家の人気を集めているが、果たしてその高い目標を達成するのに充分な数のクルマ購入者がガソリンから電気に乗り換えるのだろうか? 国際エネルギー機関によると、2020年に米国で販売された自動車のうちEVはわずか2%で、中国や欧州のEV普及率にはるかに及ばない。ノルウェーでは同年の新車販売の75%がEVだった。

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壇上では、F-150 Lightning担当のチーフエンジニアで44歳のリンダ・チャンがそのEVトラックの「メガパワー・フランク」について説明していた。他のEV車と同様、F-150 Lightningにエンジンはない。油っぽい金属の塊がうなりを上げる代わりに、フロント部分はゴルフクラブが2セット入る大きさのロック可能な収納スペースになっており、テールゲートパーティー[編註:車後部の荷台や荷室を利用して行なうパーティー](チャンは「フロントゲートパーティー」と呼んだ)用に氷や飲み物を入れられるよう水抜き穴も備わっている(ファミリー向けブランドとしては、「フランク(=フロントトランク)」という新語は少しきわどいようにも思えたが)。

チャンによると、フル充電された状態なら、運搬や牽引といった従来の役割に加え、停電時には予備電源として家に数日間電力を供給できるという。「みなさんも嵐や停電でちょっと苦労しましたよね」と、21年冬にテキサス州を襲った大寒波を引き合いに出して彼女は言った。

写真は21年5月にミシガン州ディアボーンのフォード世界本部でF-150 Lightningを披露するリンダ・チャン。 PHOTOGRAPH: BILL PUGLIANO/GETTY IMAGES

また別の幹部、バッテリー式電気自動車部門ゼネラルマネジャーで英国生まれのダレン・パーマーの説明によると、フォードはその長い製造実績、商用および自治体向けのピックアップとバンの販売における競争優位性、確立したブランドなどといった自社の強みを活かしていくという。のちに直接話を聞いたとき、彼は「主力製品のEV化」こそが中核戦略だと話した。

自身も長年のクルマオタクであるパーマーは(60年代のマッスルカー、「シェルビー・コブラ」にフォード製のエンジンを搭載してレースにも出ている)、マッハEを買ったことで自分のなかの何かが目覚めたという。「いまやガソリンスタンドに行くとなんだか腹が立ってくるんですよ!」と、彼がステージから情熱的に力説したときには、“ガソリン依存症者”の自助ミーティングにいるような気分になった。

「走行距離不安症は大げさだ」

パーマーの隣に座っていたのは、元アマゾン幹部でフォードの充電網構築に協力しているマフィ・ガディアリだ。充電状態や次の充電スポットがどこにあるかを心配する「走行距離不安症」は大げさだ、と彼は聴衆に向かって力強く語った。テスラがこの10年間に構築したようなブランド力ある全国的な充電網がフォードにはない。その代わり、フォードはElectrify AmericaやChargePointなどの外部のプロバイダーが運営する全米19,500カ所の充電ステーションをネットワーク化している。どこにでもあります、とガディアリは言った。

そうして聴衆はライトニング・シアターの中に招かれた。電動版F-150が展示台の上で回転し、背後の湾曲スクリーンには映像が映し出され、広報担当者がその特徴を売り込んだ。マスタング・マッハEとは対照的に、F-150 Lightningのスタイリングは内外装共に22年型のガソリン版F-150とほぼ同じだ。ひとつ明らかな違いは、ボンネットの一部を構成し左右のヘッドライトを水平につなぐライトバーである。

写真は22年2月にChicago Auto Showで披露されるF-150 Lightning PHOTOGRAPH: SCOTT OLSON/GETTY IMAGES

わたしが愛車に使っている荷台カバーのように、既存のF-150に合う付属品をすでにもっていれば新たに購入する必要はないとパーマーは説明した。「お客様から『荷台をいじらないで!』との声があったので」とのちにわたしに話してくれた。ガソリン版F-150のボディをそのまま利用することで、フォードにとっても数億ドルの改造費節約になる。その引き換えとして、同社初のEVトラックはあまり目新しく見えないが。

チャンに招かれてわたしはF-150 Lightningの車内に入り、話をすることになった。しかしチャンは運転席に座ったところでスマートキーを持っていないことに気づき、再び車外に出て探しに行った。わたしはそこで待ちながら、自動車史におけるこの大きな節目を象徴するものがないかとダッシュボードに視線を巡らせた。コンソールのカップホルダーを数えてみる。4つ。うちのトラックと同じだ。

「あなたもクルマ好きなんですか?」戻ってきたチャンにそう尋ねた。「8歳のときに中国から引っ越してきたんです」と答えた彼女が生まれて初めてクルマに乗ったのは、シカゴのオヘア空港から父親が博士課程で学ぶパデュー大学のあるインディアナ州ウエストラファイエットに向かったときだったという。「時刻は真夜中で、とても衝撃的な旅でした」

博士号取得後、彼女の父親は最終的にフォードに入社した。たまに彼女を職場に連れてくることもあった。「おもしろい! と思いました。父がよく夕食の席で話していた、たくさんの仕事の内容も」とチャンは語った。彼女はミシガン大学で電気工学、コンピューター工学、MBAの学位を取得して1996年にフォードに入社し、マスタングのエンジン設計と製造に携わったのち、開発と財務も担当した。そして3年ほど前にガソリン版F-150のチーフエンジニアとなり、F-150 Lightningのプロジェクトを開始した。

彼女のチームにとってエンジニアリング上の最大の課題は何だったかと尋ねた。電気自動車のパワートレインはガソリン車よりも可動部品がはるかに少ない。機械構造の面で見れば、EVの仕組みはそれほど複雑ではない。バッテリーで電気モーターを動かすという技術の土台は、内燃機関が登場する30年前の1830年代から存在している。電気モーターは内燃機関よりはるかに小さく効率的だ。エンジンは乗り物を動かすためにガソリンが生み出すエネルギーの半分以下しか使わないのに対し、モーターはバッテリーから受け取ったエネルギーの85%以上を運動に変換する。

ただし、モーターは小さくともバッテリーは小さくない。課題のひとつは、目標航続距離230マイル(約370km:航続延長用バッテリーを装着すれば300マイル[約480km]に延びる)を実現できる大きさのバッテリーを、車内の形状を変えずスペアタイヤも「削除」せずに搭載することだったとチャンは言う。「モーターとバッテリーを積んだら、さてスペアタイヤを置くスペースはどこにあるのか、となりました」。そこで、彼女のチームは足回りの設計を見直すことでスペースを確保した。

チャン自身が最も気に入っているところはどこか。それはやはりフランクだろう。わたしたちはクルマを降りてフランクを覗き込んだ。「容量400リットルです。ビールがたくさん入りますよ」と彼女は言った。

フォードとエジソンの出会い

21年11月にフォードの会長である64歳のビル・フォードに話を聞いたとき、彼はEV化に向けて自社が遠回りもしながら辿った長い道のりを振り返った。彼は1979年に製品企画アナリストとしてこの同族経営企業に入り、99年から取締役会長を務めている。

「ヘンリー・フォードはトマス・エジソンの下で働いていたんですよ」と彼は言った。1890年代前半、ビルの曽祖父にあたるヘンリーはデトロイトの発電所だったエジソン照明会社(Edison Illuminating Company)で技師長として働きながら、動力付き車両は鉛電池や蒸気で動くものが主流だったその時代に、暇を見つけてはガソリンを燃料とする内燃機関を備えた「四輪車」を製作していた。

1896年、フォードはブルックリンのコニーアイランドにあるオリエンタルホテルでエジソン発電所の幹部たちのために開かれた夕食会に出席した。食事の後に当時50歳手前のエジソンと幹部が電気自動車の話をしていると、発電所でフォードの上司だったアレックス・ダウが、フォードについて「ガソリン車をつくった若いやつがいるんですよ」とエジソンに話した。

マイケル・ブライアン・シファー著『Taking Charge(支配権を握る)』[未邦訳]のなかの回想によると、エジソンに会いたいかと聞かれた33歳のフォードはイエスと答えた。そしてふたりはフォードの発明についてじっくりと話し合った。やがてエジソンはテーブルを叩きながら声を上げた。「きみ、これだよ! やったな。開発を続けてくれ! 電気自動車は発電所の近くにいなければならないし、バッテリーは重すぎる。しかしきみのクルマは、それ自体が発電所を備える自己完結型だ」

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エジソンは当時の電気自動車の問題点を把握していた。そして、その問題はいまも続いている。ガソリンのエネルギー密度は最上級のバッテリーよりもはるかに高い。20ガロンのガソリンは120ポンド(約54kg)の重さでわたしのF-150を400マイル(約640km)ほど走らせることができる。これはF-150 Lightningが搭載する標準的な1,800ポンド(約820kg)のバッテリーの目標航続距離の2倍近い。

クルマが登場した当時、その魅力は日常生活が楽になることに加え、気まぐれに遠くまで出かける「ツーリング」ができることにもあった。いまやほとんどの人が短距離の移動にはクルマを使い、長距離の移動なら飛行機に乗るが、それでもツーリングの特別な魅力はなお失われていない。

1903年になる頃には、エジソンはクルマの動力源について再び考えを変えたようだ。この年、彼は『オートモービル』誌に「これからは電気が来る」としてこう語っている。「うるさく回転する歯車も、いくつものややこしいレバーもありません。強力な内燃エンジンの、恐怖さえ感じるあの落ち着かない鼓動とうなりもありません。故障ばかりする水循環装置も、危険で悪臭を放つガソリンも、騒音もありません」

1914年1月、ヘンリー・フォードは『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタビューでエジソンと共に開発中のクルマについて語った。「1年以内に電気自動車の製造を開始したい」と彼は述べた。エジソンが新たに発明し、エジソン蓄電池会社(Edison Storage Battery Company)が供給するニッケル鉄電池は、最大100マイル(約160km)の航続距離を約束するものだった。『エレクトリカル・ワールド』誌は、「ついに電気自動車が低価格で大量生産されるようになるのだ」と宣言した──わたしがオースティンで聞いたメッセージと概ね同じだ。

結局、フォードとエジソンの共同開発によるクルマはほんの数台しかつくられなかった。第一次世界大戦では、石油燃料が戦争を機械化し、世界中の石油資源の確保が争いの動機のひとつとなった。また、エジソンの電池は宣伝文句通りにはいかなかった。「メンローパークの魔術師」と呼ばれた彼でも、「嘘つきには、ただの嘘つきとひどい嘘つきと電池屋がいる」という業界の格言から免れることはできなかったようだ。

テキサス州西部で油田が発見されたことで「ガソリンが一気に安くなったので、クルマはみんなガソリン車になりました」とビル・フォードは述べた。「あの発見がなかったらどうなっていただろう、といまでもよく考えます」

内燃機関は、がん、喘息、心臓病、出生異常などを引き起こす可能性のある汚染物質を排出する。経済連携協定(EPA)によると2019年の米国では、大気中に熱を閉じ込め、オゾン層を破壊し、地球の平均気温と海面の上昇をもたらし、この惑星を破滅へと導く温室効果ガス排出の29%が輸送によるものだった。そしていま、この惨状の一因となる製品を生み出した会社と一族が主力製品のEV化という解決策をわたしたちに提示している。これを疑う理由があるだろうか?

自然に対して負う罪

F-150 Lightningは、市場に登場する唯一のEVピックアップトラックというわけではなく、最初のものでもない。カリフォルニア州アーヴァインに本社を構えるスタートアップのリヴィアン(Rivian)はすでに「電気冒険自動車」と呼ぶEVピックアップ「R1T」の納車を開始しており、SUVモデルの「R1S」も間もなく登場予定だ。

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さらに今後2、3年の間に、ゼネラルモーターズの人気ピックアップ「シボレー・シルバラード」のEV版、高馬力の「ハマーEV」、そしてすでに100万台以上の予約が入っていると報じられるテスラのディストピア感溢れるEVピックアップ「サイバートラック」が発売予定である。

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元フィアット・クライスラーのステランティス(Stellantis)も電動のピックアップおよびSUVの販売を計画中だ。EVセダンはメルセデスベンツ、ポルシェ、ルシード、アウディからも発売中、あるいは近いうちに発売予定である。

EVトラックには、ガソリンを大量に消費するクルマを走らせることに後ろめたさを感じているわたしのような人間や、環境のためにそもそもピックアップトラックの購入を控えてきた市民にアピールするという狙いもある(フォードのディーラーのもとにはすでに20万人からF-150 Lightningの予約が入っており、その潜在顧客のほとんどはピックアップ所有者でもフォード車の所有者でもない)。

しかし、F-150 Lightningを買えばわたしが自然に対して負う罪は赦されるのか? リチウム、コバルト、ニッケル、マンガンといった電池用金属の採掘と加工およびそれら部品の世界各地への輸送を含め、EVピックアップの製造にかかるすべての再生不能エネルギーコストを計算し、さらにEVを充電する電力網にかかるエネルギーのうち化石燃料によるものの割合も考慮して(20年に米国で発電された電力のうち再生可能エネルギー由来のものは20%を切っていた)、わたしのガソリン版F-150を運転する環境コストと比較すると、少なくとも再生可能エネルギーが電力網をもっとクリーンにするまでの当面は、いまのトラックを使い続けるほうがよい選択なのではないだろうか?

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カナダ政府の天然資源部に所属するバッテリー科学者のラフル・マリクによると、再生可能エネルギーによる送電網で充電した電気自動車でさえ、「ライフサイクル」排出量(採掘や製造に使われるエネルギーを含む排出量)がエンジン車を下回るには25,000マイル(約4万km)以上走らなければならないという。

また、MITの化学工学教授であるウィリアム・グリーンは、「中古車を売ってEVを買ったとしても、その中古車が消えてなくなるわけではなく、新しい所有者に使われてガスを排出し続けるだけです」と指摘した。結局のところ、初めてクルマを買う人が電気自動車を選ぶことが重要なのだ。

そして、ピックアップトラックのもうひとつの大きな問題は、ガソリン車であろうとEVであろうと、そのサイズである。オークリッジ国立研究所によると、1990年以来ピックアップトラックの平均重量は1,256ポンド(約570kg)増加した──32%増だ。最近『VICE』に掲載された記事によると、現代の最大サイズのピックアップおよびSUVは第二次世界大戦時代の戦車と同じ大きさである。そのピックアップが今後さらに重くなるのだ。リチウムイオン電池を搭載しているF-150 Lightningの重量はおよそ6,500ポンド(約3,000kg)で、一部のガソリン車F150よりも2,000ポンド(約900kg)以上重くなる。牛乳を買いに行くために乗っているだけだとしても、山頂の要塞を攻撃することもできるのだ。

大型EVは小型EVほど環境に優しくないだけでない。大型車を好きでない人たちにとってはどうか? 米国道路交通安全局の分析によると、ピックアップやSUVにはねられた歩行者は普通車にはねられた場合の2〜3倍の確率で死亡する。実際、クルマに轢かれて死亡した歩行者の数は2010年から19年にかけて46%増加した。知事幹線道路安全協会によると、クルマの合計走行距離あたりの死者数を計算すると、20年度は1975年に全国的な調査が開始されて以来歩行者の死者数が最も増加した(21%増)。パンデミックの初期で道路を走るクルマは減っていたが、事故で死亡する人の割合は増えたのだ。

ペンシルベニア大学ロー・レビューの近刊論文「The Road to Transportation Justice: Reframing Auto Safety in the SUV Age(交通正義への道:SUV時代における自動車安全性の再考)」のなかで法学生のジョン・セイラーは、この大型車の時代においてクルマの安全性という概念は一から再構築されるべきで、車内の人だけでなく、車外の人、他のクルマに乗っている人や路上の人の安全にも目を向けなければならないと主張する。

一方で自動車メーカーは、カメラやセンサーを搭載することで運転者に衝突の危険を知らせ、さらに自律走行機能の搭載が実現すればクルマ自体がいかなる人間よりも早く予防措置をとれるかもしれないと言う。ただし、当然ながら自律走行車にも新たな危険性は伴う。

フォードの狙い

それでも、22年はF-150 Lightningの年になりそうだ。フォードの狙いは、EV化によって環境に優しいクルマをつくることで利益を増やして株価を上げ、さらには人間がもたらした気候変動との戦いにおいてこの会社は正義の側にいるのだと主張することだ。

いまや国内の自動車メーカーの成功が米国の成功を反映するこの時代、わたしがF-150から得ている幸せ──自分にとって便利なだけでなく、友人や近所の人の荷物を運んであげられる満足感──を損なうことなしに、このトラックのガス排出や交通上の危険を減らすという革新をフォードなら起こせると信じたい。この楽観的すぎるシナリオの代償として、道がピックアップだらけになってしまうかもしれないが。

※後編はこちら

THE NEW YORKER/Translation by Risa Nagao, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)