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“ガラケー”ブームは本物だ

スクリーンの呪縛から逃れようと悪戦苦闘するスマートフォンユーザーたちの存在によって、米国で急成長している産業がある。インターネットはもはや楽しみですらなくなり、わたしたちはスマートフォンに疲れ果てているのだ。
“ガラケー”ブームは本物だ
Erik Von Weber/GETTY IMAGES

ウィル・スタルツはiPhoneを片時も手放すことができず、かつてTwitterと呼ばれていたサイトを執拗にスクロールしながら、まるで自分の発言があの億万長者の目に留まってでもいるかのような勢いで、イーロン・マスクに対する怒りのツイートに明け暮れていたという。彼のパートナーであるデイジー・クリグバウムも、iPhoneで観る動画がなければ眠りにつけないほど、PinterestとYouTubeに夢中になっていた。2年前にはふたりで、アップルのスクリーンタイム機能を使ってアプリの利用時間を制限しようとしたこともある。だが、あまりにも簡単にその機能を無効化できてしまうことがわかり、iPhoneからローテクなデバイスに乗り換えることにした。

高解像度のスクリーンやApp Store、ビデオカメラといった“スマホ依存”の原因になりかねない豪華な機能をもたない、いわゆるダムフォン[編註:フィーチャーフォンの俗称で、日本でガラケーと呼ばれるものとほぼ同義]の存在なら知っていた。ただし入手するのがなかなか難しい。「調べようにもまとまった情報がなく、どうすれば手に入るのかよくわからなかった。ダムフォンに詳しい人の多くがオンラインではほとんど活動していないので」とクリグバウムは言う。そしてインターネットを断つためにネット検索をフル活用しなければならないという、皮肉な状況に直面してしまった。

スタルツは29歳、クリグバウムは25歳。ふたりはここにビジネスチャンスを見出した。「いい選択肢が簡単に見つかるように情報をまとめれば、もっと多くの人が乗り換えを検討するようになるかもしれない」とクリグバウムは言う。そんなわけで2022年の暮れに、ふたりはeコマース事業を始めるためにDumbwireless(ダムワイヤレス)を設立し、スマートフォンの画面を見ている時間を減らしたい人向けの電話機やデータプラン、アクセサリーの販売に乗り出した。スタルツが起業に挑戦したのはこれが初めてではない。コロラド州でメイド・イン・アメリカの衣料品ブランドを立ち上げたこともあったし(「残念ながら潰れました」とスタルツ)、ハリウッドの人気のないコメディ劇場の裏手でコーヒーショップを開いたこともあった(「絶望的な事業でした」とクリグバウム)。しかし、Dumbwirelessはいまのところかなり順調だ。

ふたりの自宅はイースト・ロサンゼルスにあり、本来はダイニングルームであるはずの部屋に500個ものデバイスが箱詰めされたまま積み上げられている。まるでダムフォンの展示場のようだ。スタルツが仕事に使っている電話には、早いときは朝5時に問い合わせがあるという(カスタマーサービスのためにスタルツもスマートフォンを使わないわけにはいかない)。出荷はすべて手作業で行ない、手書きのメモを添えることもある。ふたりとも日中はまだサービス業に従事しているが、Dumbwirelessの24年3月の販売総額は70,000ドル(約1,000万円)を超えた。それは前年同月の10倍にあたる。去年10月に売上が急上昇しはじめたが、ホリデーショッピングのシーズンで市場が過熱したためではないかというのが、クリグバウムとスタルツの推測だ。アプリとはほぼ無縁のE-inkデバイスLight Phone、旧式な折りたたみ式携帯電話のNokia 2780、そして電卓を彷彿とさせるスイス製のPunktは映画『マトリックス』で主人公のネオが使っていたようなデザインだ(公正を期すために書き添えておくと、あの映画はダムフォン時代の作品だ)。

Light Phoneの需要が急上昇

子どもによるインターネット利用の安全性をめぐる議論も、ダムフォン熱の高まりに一役買っているかもしれない。InstagramやTikTokといったサービスが児童を取り込もうと策を講じている証拠が、次々と保護者の目に突き付けられている。そうしたサイトがティーンエイジャーの不安感をあおり、自己肯定感を低下させることを示す研究結果があるほか、スマートフォンが子どもたちをオンラインにつなぎとめていることもわかっている。

関連記事:SNSと育つということ:ソーシャルメディアはアイデンティティ形成にどんな影響を及ぼすのか

大人であれば問題ないという話ではない。iPhoneの時代になって20年が過ぎようとしているいま、世の中はデジタルライフにすっかり疲れ切っているようにも見える。毎日何時間も明るいスクリーンを眺めて生活しているというのに、インターネットはもはや楽しみですらなくなってしまった。もともと自制心に欠けるわたしたちは、インターネットに吸い寄せられるのを意図的に防止してくれるデバイスを求めるまでになっている。要するに、テクノロジーの支配から距離を置き、『The New Yorker』のライター、カル・ニューポートが呼ぶところの「デジタル・ミニマリズム」を検討すべきときがきているのだ。

Light Phoneが発売されたのは、「スマホ疲れ」という言葉が一般的になる前の2017年のことだった。同社の共同設立者であるカイウェイ・タンとジョー・ホリアーは、すでに数万台のLight Phoneを世に送り出した。19年にリリースされたLight Phone IIは、モノクロのタッチスクリーンを備えていて、通話やテキストメッセージの送受信のほか、いくつかのカスタムアプリ(アラーム、タイマー、カレンダー、地図機能、メモ帳、音楽およびポットキャストのライブラリー)が使える。ソーシャルメディアやストリーミングのためのアプリは用意されていない。「アテンションエコノミーの外で、利便性の高いユーティリティを生み出すことが目的だ」とタンは言う。

Dumbwirelessと同じく、このところLight Phoneの需要も急上昇している。22年から23年にかけて倍増した収益が、24年にはさらに倍増する勢いだと彼らは語る。ホリアーは、スマートフォンが青少年に及ぼす悪影響について書かれたジョナサン・ハイトの近著『The Anxious Generation(不安症の世代)』[未邦訳]を指さした。教会や学校、アフタースクールプログラムなどからの問い合わせが増え、実際に大量の注文も届いている。22年9月には、マサチューセッツ州ウィリアムズタウンにある私立学校とのパートナーシップが開始され、職員と生徒にLight Phoneが配布された。また、校内でのスマートフォンの使用が禁止された。同校の関係者によると、この試みによって学業と学内生活の両方に効果があったという。「現在は20から25の学校が新たに導入を検討している」とタンは語る。

タンとホリアーは、Light Phoneへの乗り換えに最も積極的なのがZ世代であることに驚きを隠さない。そこにはiPhone発売後に生まれた世代も含まれている。デジタルテクノロジーはZ世代の生活に欠かせないものだが、それでも、過去の世代と比べて悪影響に立ち向かう意欲や意志をもつ世代だとされる。最近になってアップルは、iPhoneのスクリーンタイム機能にアクセスするソフトウェアの開発をサードパーティの開発者にも許可している。この機を利用して、T・J・ドライバーとザック・ナスゴウィッツという20代前半のエンジニアが、スマートフォンの使い過ぎを防止するためのiPhoneアクセサリー、Brickを開発した。23年9月にローンチされたBrickは、磁力を内蔵したプラスチック製の小さな箱型デバイスだが、それをスマートフォンでタップすると、選択した機能がブロックされる仕組みだ。もう一度タップするとブロックが解除される。最初は1台の3Dプリンターで製造を開始したが、いまではそれが15台に増え、24時間フル稼働で毎日数百個のBrickを出荷するまでになった。

SIMカードを抜いてダムフォンに差し替える

ダムフォンさえもてば誰でも問題解決できるとは限らない。人によってデジタル依存のあり方が異なるからだ。Dumbwirelessのスタルツは、Unpluqというアプリを活用しているという。特定のアプリだけをブロックするBrickと似た機能を備えているが、自社のカスタマーサービスに必要なメールやShopifyといった機能を維持することが可能だ。クリグバウムは、ここ2年ほどLight Phoneを重用している。スマートフォンに戻そうとは思っていないが、新しく知り合った若者たちと連絡先を交換するときに気まずい思いをすることもある。もちろん、ソーシャルメディア上での話だ。Z世代の大半がダムフォンとは無縁で、電話番号やSMSでのやりとりはすでに時代錯誤なのだ。「また縁があったら話しましょう、と言うようにしている」とクリグバウムは言う。

わたし自身は、iPhoneから解放されたいときにはSIMカードを抜いて(残念なことに新型のiPhoneのなかにはそれができないものもある)、折りたたみ式の赤いNokia 2780に差し替えるようにしている。デバイスを開閉する瞬間のあの感覚が、折りたたみ式の携帯電話がまだ最先端だった高校時代にわたしを引き戻してくれる。切り替えは驚くほど簡単だ。

わたしは毎日、そのシンプルなデバイスを持って愛犬の散歩に出かける。スマートフォンが手元にあったら、愛犬が用を足したり木々の匂いを嗅いだりしているあいだに、Instagramの更新やメールの確認をしてしまうに違いない。このNokiaさえあれば、デジタルの無意味な誘惑から自分を遠ざけられるし、必要に応じてメールや電話にも対応きる(わたしはデバイスを何も持たずに外出することにためいらいを感じるミレニアル世代だ)。春には周囲の景色を特に楽しめるし、帰宅するときはより深くリラックスできる。

SIMカードをiPhoneに戻すと、一瞬、このデバイスがばかげたものに思えたりもする。無尽蔵のエンターテインメントや情報で満たされた大きなスクリーンが、どこへ行くにもついてくる。そして、いつものアプリを次々に開き、メールやインスタグラムやSlackをチェックし、留守中の出来事をまた確認するのだ。

(Originally published on The New Yorker, translated by Eiji Iijima/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)


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