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AIを巡る“ハイプ”を信じるときが来たようだ

AIの進歩は頭打ちしたと一部の識者は指摘している。しかし、この5月に立て続けに公開されたOpenAIとグーグルによる一連のデモは、AIによる変革がまだ始まったばかりであることを示している。
Photo of OpenAI Live Update event
OpenAI via WIRED Staff

新技術が古いものを一掃し、新たな脅威とチャンスをもたらす稀有な瞬間のことを、テック業界の評論家は“inflection points(転換点)”という用語で説明することが多い。とはいえ、この数年で起きた転換点について、今後は単に「月曜日」とでも呼べるかもしれない。

OpenAIの「GPT-4o」登場

5月中旬の出来事もこれにぴったりと当てはまる。OpenAIはAIを搭載した検索サービスや次世代モデルの「GPT-5」を発表すると噂されていたが、実際に5月13日の月曜日に発表されたものは、新しい旗艦モデルの「GPT-4o」だった。噂とは違ったものの、これが目も見張るような製品であることには違いない。このモデルはテキスト、音声、視覚などさまざまな形式での入力と出力ができ、人間と不気味なほど自然なやりとりができる。しかも利用は無料だ。

デモを見た人たちが驚いたのは、感情表現が豊かなチャットボットの発言に遊び心があり、挑発的でありながらも、世界中の知識を網羅したデータセットという百科事典のような豊富な知識に裏付けされていることだった。OpenAIの最高経営責任者(CEO)サム・アルトマンはひとこと「her」(映画『her/世界でひとつの彼女』のこと)と、デモを見た誰もが思ったことをXに投稿した。主人公が誘惑的でおしゃべりなチャットボットに恋をするこの映画は、このところさまざまなところで引き合いに出されてきた。

関連記事わたしたちはいまや映画『her/世界でひとつの彼女』の時代を生きているのか?

しかし、アルトマンが言及したことには特に大きな影響力がある。なぜなら、アルトマンの会社が、この映画の脚本を元にしたかのようなAIチャットボットを実際に開発してみせたからだ。

OpenAIが公開した別のデモも驚くべきものだった。このデモでは、カメラで周りの環境をスキャンして理解するチャットボットと、そのチャットボットに質問する別のチャットボットが登場する。デモを進行していたのは、OpenAIの共同創業者であるグレッグ・ブロックマンだ。ブロックマンはかわいそうにも、彼のファッションやインテリアの選択についてロボットたちが意見を交わし、歌でからかうという屈辱を味わっていた。

グーグルの新製品発表

5月14日には、また別の転換点となる出来事があった。グーグルが毎年開催している開発者会議「Google I/O 2024」で、AIにおける一連の技術的な進歩を発表したのだ。これにはグーグルがもつ最強AIモデルの最新バージョンである「Gemini Pro」の展開も含まれていた。またグーグルは「Project Astra」という新製品の開発も発表している。このマルチモーダルチャットボットは、OpenAIのGPT-4oと同じように視覚および音声による連続的な情報を処理し、見たものについて話すことができる。

ほぼすべてのことを知っているチャットボットは、プログラムのバグやスピーカーのツイーター部分はどこかなど、見たものについて高度な回答ができる。デモ動画のように「メガネはどこにあった?」と尋ねれば、その場所を教えてくれる。これができるのは、AIがすべてのことに注意を払っているからだ。チャットボットに指示すれば、指し示したものに関する物語や歌をつくってくれる。

将来的にProject Astraをスマートグラスに組み込み、人間にはできない精度で人生を記録できるようになる未来を、グーグルのデモは示していた。そうなれば「去年の1月、青いスーツの男性と何について話したか?」や「先週、自家用車が発していたあの音は何だったか?」、「最近、周りの人がわたしに対して優しい気がするけど、気のせい?」といった質問にAIが答えてくれるようになるかもしれない。

反対者の主張

ただし、すべての人がこの動きを変革的だと見なしているわけではない。ChatGPTがもたらした当初の衝撃が落ち着いたいま、一部のひねくれ者や反対者が意見を表明するようになっているのだ。OpenAIやグーグルが見せているものはまやかしだと主張し、大規模言語モデル(LLM)の進歩は頭打ちになっていると論じる人たちもいる。当初は確かにかっこよく思えたが、これからしばらく大きな進展はないだろうという主張だ。だから、アルゴリズムが仕事を奪うことを心配する必要はないという。

また、2020年代の世界を一変させるようなAIムーブメントはすべて詐欺だと主張する者もいる。ほんの数カ月前まで、こうした技術は人類を滅ぼすと考えられていたのに、算数さえまともにできないのだから!批判者たちの代表的な主張はそんなところだ。

こうした主張は『The New York Times』に今週掲載された、優れたジャーナリストであるジュリア・アングウィンのエッセイにも反映されていた。ただし、アングウィンがこの批判記事を書いたことを後悔する日が来るとわたしは予想している。

アングウィンが書いた「Press Pause on the Silicon Valley Hype Machine」という記事は、天文学者からコンピューターの専門家に転向したクリフォード・ストールが、1995年の『Newsweek』に寄稿した悪名高い記事と同等の扱いを受ける運命にあるかもしれない。ストールは95年の記事で、インターネットは一過性の流行に過ぎず、いずれ人々はインターネットを使って航空券やレストランを予約したり、ニュースをオンラインで読んだりすることになるという予測を鼻で笑っていた。挙句には、「トラファルガーの海戦」の日付を検索しようとしても見つからないし、今後も見つけられることは決してないと主張していたのだ。

もう一度言うが、技術に精通した調査報道記者であるアングウィンのことは尊敬している。しかし、OpenAIが主張するように、GPT-4は統一司法試験(UBE)で上位10%に入る好成績を納めることができなかったという調査結果を根拠に、AIを否定している点には困惑せざるをえない。また、チャットボットは司法試験に合格したものの、その成績は法学の授業を3年間受け、四六時中勉強した人間の48%と同程度だったと主張する研究者についてもアングウィンは言及している。

これはまるで言葉を話す犬が出場するコメディクラブに連れて行かれた人が、犬のコメディアンが完璧な発音で短いネタをこなしたにもかかわらず、「ジョークが面白くなかった」と言って感心しないようなものだ。

よく聞いてほしい。犬が言葉を話したら、それは聖書に出てくるような奇跡だ。今後開発されるモデルが司法試験を受けたときの成績が、これより低くなるとでも思っているのだろうか。

いまは「大変革の時代」

少なくとも、直近の出来事はAIの進化の速度はまったく落ちていないことを証明している。これらのモデルを開発している人たちに訊いてみるといい。「インターネットでも、モバイルでも多くのことが起きています」と、DeepMindの共同創業者で現在はグーグルのAI部門を率いているデミス・ハサビスは「Google I/O 2024」の基調講演後に話していた。「AIはほかの技術革新の3倍から4倍速く進歩しています。わたしたちは25年から30年に及ぶ大変革の時代にいるのです」

また、グーグルの検索部門のバイスプレジデントを務めるリズ・リードに大きな課題は何かと質問ところ、課題はイノベーションを続けることだとは言わなかった。そうではなく、変革のペースに追いつくことが課題と言ったのだ。

「この技術はまだ初期段階にあります。最大の課題はAIに何ができるのかを明らかにすることです」とリードは話す。「いまのモデルが得意とすることと、いまはまだ得意でなくても3〜6カ月後には非常に得意になっているかもしれないことを明らかにするという意味です。技術は非常に速く変化しています。同じプロジェクトに取り組んでいるふたりの研究者がいたら、AIが特定のことをできるようになるタイミングについて、それぞれが予測する時期が一致しないほどです」

インターネット以上の変革?

AIはインターネット以来最大の、あるいはそれ以上の変革だという普遍的な考えがテック業界にはある。そしてAI製品を実際に目にした非技術者の多くの人もそう信じるようになる(これには2023年3月にChatGPTのデモを見た米大統領のジョー・バイデンも含まれる)。

だからこそ、マイクロソフトはAIによる全面的な製品の刷新を進めており、マーク・ザッカーバーグはメタ・プラットフォームズで汎用人工知能(AGI)の開発に焦点を当て直した。アマゾンやアップルも必死に追い上げようとしており、無数のスタートアップもAI開発に注力している。これらすべての企業がAIの開発競争で優位に立とうとせめぎ合っており、こうした競争による熱気が新たなイノベーションの速度を上げているのだ。OpenAIがGoogle I/Oの前日に新製品を発表したのは果たして偶然だろうか?

それでも巨額の利益に煽られた業界全体が見ている幻想にすぎないと、懐疑論者は主張するかもしれない。しかし、デモは嘘をつかない。今週公開された驚くようなAI技術にも、人々はいずれ慣れるだろう。かつてスマートフォンは突飛なものに見えたが、いまでは自分の腕や脚と同じくらい、日常生活を送る上で欠かせないものとなっている。さまざまな凄技を繰り出すAIも、いつかは魔法のようには感じられなくなるだろう。AI革命は人々の生活を変え、良くも悪くも人間さえ変えていく。わたしたちはまだGPT-5を見ていないのに。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma)

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