WIREDという名の「誠実なカウンター」を:SZメンバーシップ読者探訪(ソニー クリエイティブセンター編)

『WIRED』の人気サブスクリプションサービス「SZメンバーシップ」を法人契約する選りすぐりの企業の“なかの人”を訪ね、ビジネスやクリエイティブへの独自の活かし方を訊く新シリーズ。トップバッターはソニー クリエイティブセンターだ。
WIREDという名の「誠実なカウンター」を:SZメンバーシップ読者探訪(ソニー クリエイティブセンター編)
PHOTOGRAPH: TAMEKI OSHIRO

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ソニーグループ全体のデザインを担うクリエイティブセンターは、60年以上にわたって「世界にソニーあり」を文字通り知らしめてきた日本を代表するクリエイター集団だ。さらに言えば、『WIRED』日本版主催のクリエイティブ・ハック・アワードに協賛しているのをご存知だろうか(今年も作品を絶賛募集中だ)。そんなクリエイティブセンターで活躍する人々は『WIRED』のサブスクリプションサービス「SZメンバーシップ」をいかに読み、自社のビジネスやクリエティブに活かしているのか? クリエイティブセンター副センター長の前川徹郎、デザインリサーチャーの尾崎史享のふたりを訪ね、編集長の松島倫明が訊いた。

── 今日はありがとうございます。最初に『WIRED』との出合いですとか、SZメンバーシップを普段、どのように活用されているかを教えてください。

前川 2020年にわたしがクリエイティブセンターに異動してきたときには、『WIRED』さんといろいろお付き合いがあるというのも聞いてましたし、オフィスに行けば自然と『WIRED』の雑誌も置いてありました。個人的にも、毎号ではなかったんですが気にはなっていたし、ちょうど18年にリブートされて編集長が代わったというタイミング、つまりぼくがクリエイティブセンターに来る前に、松島さんがソニー本社で講演して、まだ邦訳出版前の『ファクトフルネス』の話などをされていたのも、すごくおもしろくて印象に残っています。

SZメンバーシップも購読していて、松島さんの毎週末のニュースレターはいつも読んでいました。あの濃度のレターを毎週書かれているのはホントにすごいですよね。毎週読んでいるのはほぼ日の糸井さんと、佐々木俊尚さんのメルマガとこのSZの三つで、これをいつもルーティーンに入れています。

SZのニュースレターは下段にその週の新規記事へのリンクがあって興味深い記事が並んでいて、尾崎とも話していたんですが、正直、濃厚すぎて全部の記事は読みきれない(笑)。でも、松島さんがニュースレターで紹介されている本、最近だと『アナロジア』が紹介されていて、日頃からデジタルとアナログはとてもおもしろいテーマだと思っているので早速読んでみました。comugiさんの『デジタルテクノロジー図鑑』など、松島さんの影響でぽちぽちと本を購入していますね。

前川徹郎|TETSURO MAEKAWA
ソニーグループ株式会社 クリエイティブセンター 副センター長 コーポレートデザイン部門 部門長。1993年ソニー株式会社入社。デバイス事業のマーケティング、事業企画などに従事。欧州や台湾への海外赴任を経て、本社の経営企画管理部に異動し、さまざまなコーポレートプロジェクトを担当。2020年よりクリエイティブセンターにて企画・管理・人事領域等を統括。


PHOTOGRAPH: TAMEKI OSHIRO

── 今年からニュースレターもポッドキャストの対話形式に変えたわけですが、それはいかがですか?

前川 そういう意味ではまさに良し悪しがあって、MCのアンスコムさんの引き出し方が上手で、うまい具合にふたりの掛け合いになるので、先ほど言ったように、記事だとどうしてもちょっととっつきにくいのに比べるとだいぶソフトだし、あ、こんなトピックがあるんだというのが分かりやすいですよね。ただ逆に、ぼくは松島さんの濃いレターが好きだったんで、最近それがないのが若干さみしいというのはありますね。ポッドキャストにされた理由や狙いはどういうものなんですか?

── ありがとうございます。狙いのひとつは、毎週のテーマに沿ってキュレーションした記事をわかりやすく噛み砕きたいという意図があります。おっしゃる通りで週5本とはいえ、みなさん、なかなか読みきれないと思うので、記事へのとっかかりをもつきっかけになればと。でもそこまでおっしゃっていただいて、また自分で書くのも適宜復活させようと思います(笑)。

PHOTOGRAPH: TAMEKI OSHIRO

尾崎 わたしはポッドキャストもニュースレターも両方とも使っています。ポッドキャストはどこでも聴けるので、移動中や、ワークアウトしているときに、そんなに集中しないで聴いていて、そのなかでいろいろなキーワードとか書籍の紹介だったり『WIRED』の記事の紹介だったりでおもしろいことを言っていたら、その週のニュースレターを読んで、リンクを辿ったり、ちょっと深掘りしてみるという感じですね。

あと、ポッドキャストだとゲストの方を呼んだりしますよね。以前にDos Monosのラッパーの荘子itさんを呼んで、『WIRED』のテーマをベースにいろいろ脱線もした話がおもしろかったですね。

先ほど前川が少し触れましたが、やはり記事は長いものも多いので、ニュースレターで松島さんの補助線を頭に入れた上で読めば、結構長い記事でもショートカットで頭に入ってくるので、その組み合わせがすごくいいですね。

尾崎史享|FUMITAKA OZAKI
ソニーグループ株式会社 クリエイティブセンター コーポレートデザイン部門プランニング&プロモーショングループ リサーチプロデューサー。2010年にソニーに入社後、VAIO事業本部に配属、PCの商品企画に携わる。15年よりソニーモバイルコミュニケーションズに異動、Xperia™スマートフォンの商品企画を担当、シンガポールの駐在を経験。帰国後、クリエイティブセンターに配属、さまざまなデザインプロジェクトのデザインリサーチを担当。


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── ソニーさんの、しかもクリエイティブセンターのようなところで第一線で活躍されている方々がどういうふうに新しい情報を取るのかということ自体、読者が知りたいことだと思うのですが、そのなかでSZや、あるいは『WIRED』全般でもいいのですが、どういうところを期待されているのでしょうか?

前川 ぼくらの世代にとっては常に時代の先端というか、デジタルカルチャーとかデジタルとアート、テクノロジーといった領域を代表する雑誌だと思うんですよね。そう思うと『WIRED』ってユニークな立ち位置ですよね。特にわれわれのようにテクノロジーを使ってエンターテイメントを生み出す企業にいる人間から見ると、その両方をおさえた尖った媒体ってほかになかなかないですよ。

尾崎 わたしはトレンドリサーチが業務の主体なので、各社のトレンドレポートなどをいろいろ見ていますが、『WIRED』はかなり深い所までカルチャーを掘り下げるのが強くて、それが、うまくテクノロジーだったりポリティクスだったりと結びついているところがユニークなのではないかと思います。

連載でも、例えば音楽プロデューサーのstarRoさんにメタバースに入って取材してもらうとか、荘子itさんもそうですけど、ちゃんとカルチャーを分かってる人がそういうテクノロジーを取材するところが、ほかのレポートにあまりないところだと思いますね。

あとは、フリンジ、つまり周辺をおさえているというんでしょうか。メジャーなトレンドというのは各社のレポートを見ればわかるわけです。ビジネスでどういうことが起こっているかとか。でもそれって結局、あまりメジャーにならなかったり、どこも注目してるのであまりおもしろくなかったりするわけです。

われわれはクリエイティブセンターなので、おもしろい提案とか、クリエイティブな提案をしなくてはいけない。その意味で、『WIRED』の場合はパースペクティブがちょっとフリンジ寄りだったりカウンターだったりするので、ほかにない視点が絶対に入っているところがやはりいいですよね。

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── 尾崎さんはクリエイティブセンターが発行するアニュアルレポートである『DESIGN VISION』を中心になってやられていますが、そことの親和性はいかがでしょうか。

尾崎 このレポートではソニーのメンバーが押さえておくべきキーワード、あるいはインスピレーションを与えるようなキーワードを選んで、そのトレンドをまとめているわけですが、『WIRED』のキーワード選びはすごいですよね。例えば最新号のタイトルの「The Regenerative Company」もそうですし、よく出てくるキーワードとして「中動態」「dividual(分人)」「コンヴィヴィアリティ」といったものはわれわれのレポートでも使わせてもらっています。もちろん、すべてが『WIRED』さんのオリジナルというわけではないですが、それをもう一度掘り出してきて、テクノロジーと人間との関係を表すのにうまく使っている点は常に参考にしていますね。

あとは、『DESIGN VISION』でも実際にフィールドリサーチや、オンラインインタビューというかたちで有識者の方々にリサーチをするのですが、誰にインタビューをすればいいかというのはやはり迷うわけです。そういうときに、SZのニュースレターや『WIRED』の記事などを参考にします。特にSZは会員向けでクローズドだし、海外記事の翻訳など、まだほかのメディアが取り上げてない情報があって、ちょっと先が見えるというのがあるんですよ。

── 今回はおふたりに、これまでに読まれておもしろかったSZ記事を挙げていただいたのですが、前川さんは目先のニュースというよりもっと大きなパラダイムの変化を摑まえるような記事を選ばれた一方、尾崎さんは、プロダクトと人間のインタラクションに迫った、コンヴィヴィアリティといったキーワードで括れるような記事を選ばれていて、おふたりの個性が出ているなと思いました。

前川 それはおもしろい分析ですね。

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── SZメンバーシップの記事は、目先のニュースよりも、それが人間社会をいかに変えていくのか、という部分を掴んでいきたいと思っているので、例えば前川さんが「AIアートが変えるのは芸術の価値ではなく人間の嗜好だ:「ウィリアム・モリス効果」と生成AI」を挙げられていて、とても嬉しかったんです。

前川 あれは本当におもしろい記事でしたね。さっき尾崎は「カウンター」「フリンジ」と表現しましたけれど、『WIRED』はおそらく松島さんの編集方針があると思うんですが、ちゃんと誠実にカウンターを出しているんですよね。ぼくが挙げた記事で「現代人はいかにして短期主義から退却できるか:BBCの科学ジャーナリストが提案する「長期考」」というなかに、ソーシャルメディアの登場によってジャーナリズムは怒り(outrage)を人を惹きつけるためのツールとして使うようになったとあって、本当にそのとおりだし、結構うんざりすることもあるんですよね。正直言いますと、松島さんが書かれていることでも自分の考えとは違うなという場合もありますが、少なくとも怒りを“ツール“にしたような記事は見たことがない。編集方針の根本に松島さんのお人柄とかその誠実さが見えるんですよね。そこは重要なポイントだと思っています。

── ありがとうございます。挙げていただいた長期/短期はメディアをやる上でも本当に考える部分で、記事にもあるように、怒りを喚起させてその瞬間だけ火つけたほうがページのビュー数もめちゃくちゃ増えるわけです。でもAIの話で敢えて「ウィリアム・モリス」が出てきて、150年前にもいまと同じことが起きていたという歴史を遡ると、だったら100年後からはいまがどう見えるだろう、といった長期の視点がすごくクリアになってくる。SZではそういう記事を出したいなと思ってるんです。尾崎さんもその意味で、長期思考というか、50年物のキャンピングカーの記事を選ばれましたね(笑)。

一同 (笑)

尾崎 ソニーの社員として日頃からモノとテクノロジーと人の関係について考えていて、特に最先端のテクノロジー、つまりAIやロボットというところは非常に興味があるところなので、常にチェックしています。

直せないものには所有する価値がない:1969年式キャンピングカーと暮らす」という記事は、まさにコンヴィヴィアルな人間とモノとの関係が描かれていました。ソニーとしても「直す権利」「修復する権利」というのは、常に考えていかなくてはいけないところですよね。でもこの話のいいところは、物語としてのナラティブがある。ただ単に、「直す権利がヨーロッパで法令化されそうだ」とか、エコロジカル、サステナブルというだけではなくて、その裏にある哲学だったり、もっと深い部分に触れられているので、いろいろと考えさせられました。

先ほどカウンターカルチャーの話もありましたが、これこそカウンターカルチャーの在り方だと思うんですよね。カウンターというなかでもDIYだったり、インディペンデントであること、主体的であるという意味でのカウンターがすごく好きなので、まさにあの記事は『WIRED』を象徴しているような記事だと思いました。

── 嬉しいです。ありがとうございます。

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尾崎 ソニーのエンジニアやデザイナーも、自分で何かを開けて直したり、いじったりするのがめちゃくちゃ好きな人がたくさんいるんですよね。自分で自転車をつくったり、サーフボードを削ったりしているメンバーがいたりします。

── 確かにいらっしゃいそうですよね。一方で、「ロボットは人間ではなく動物だ:ロボット倫理学者ケイト・ダーリングの提言」も選ばれていました。2年前の記事ですが、いまや生成AIが騒がれている時代に改めて読みたい一本です。

尾崎 そうですね。AIやロボットとの関係性というのは、われわれもつくっている側なんで常に考えているわけです。でも例えば動物と同じだ、というようにアナロジーやメタファーで説明されるとすごく腑に落ちるんですね。動物と人間との関係の歴史の先にAIがある、という話がすごくわかりやすいなと。最後にaiboにも触れているところも含めていい記事でした。

今年SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)に行ったのですが、会場で『WIRED』のケヴィン・ケリーが「生成AIのことをユニバーサル・インターンだというふうに捉えると、関係性がわかりやすいよ」って言っていたんです。そう考えるとクリエイティブでいい関係を築けるんじゃないかという説明がすごくよかったんですよね。そういうアナロジーがいつも秀逸です。

── ありがとうございます。最後に、サブスクリプションサービスなども通してコンテンツを選んで享受するに際しての心構えや秘訣などがあれば教えて下さい。

前川 読みたい記事はいっぱいあっても、実際には読み切れないですよね。SZのニュースレターでもおもしろそうな本や、まだ邦訳のない原書をいち早く紹介してくれるし、ドラマ「ペリフェラル──接続された未来」といったおもしろそうなSFも紹介していて観たくなるけれど「見る時間ないな」と(笑)。 だから信頼できる目利きの人を見つけるのが大事で、ぼくにとってはそれが松島さんだったり佐々木俊尚さんだったりするんです。そういう自分が好きだとか信頼できる人を選ぶのってすごく難しいけれど、ある意味で自分が問われることでもありますよね。

情報源を選ぶ上でぼくが個人的な方針としているのは、糸井重里さんがおっしゃっていた言葉です。「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。「より脅かしてないほう」を選びます。「より正義を語らないほう」を選びます。「より失礼でないほう」を選びます。そして「よりユーモアのあるほう」を選びます、というもので、これはもう、ザッツオールぐらいの感じで。なので、松島さんの『WIRED』も、そういうところがいいんですよ。

── どおりで自分が語ることってバズらないわけですね(笑)。

一同 (笑)

PHOTOGRAPH: TAMEKI OSHIRO

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