中国製EVに関税100%、米国政府の政策は吉と出るのか

米国が中国製の電気自動車(EV)に100%の関税を課す方針を発表した。米国の自動車メーカーがEVの販売で苦戦し、多くの企業が中国製の原材料に依存するなか、この政策は吉と出ることになるのか。
Aerial view of BYD vehicles waiting for shipment
中国・深圳の港から輸出されるBYDの電気自動車(EV)。Photograph: VCG/Getty Images

米国政府が中国製の電気自動車(EV)に対し、異例の関税100%を課すことを5月14日(米国時間)に発表した。この措置は米国の産業を「不当に価格設定された中国からの輸入品」から守るものだと、ホワイトハウスは主張している。これまで中国製EVに対する関税は25%だった。

EV用のバッテリーとバッテリー部品も新たな関税の対象となる。中国から輸入されるリチウムイオンバッテリーへの関税は7.5%から25%に引き上げられ、マンガンやコバルトなどの重要鉱物への関税は0%から25%に引き上げられる。

今回の措置は、バイデン政権が中国製の自動車とその部品に対して講じている一連の対策の最新の施策となる。米国のEV業界は車両の価格のみならず品質でも中国に後れをとっており、慎重な舵取りが求められている状況だ。

専門家によると、EV分野における中国のリードは、車両のソフトウェアやバッテリー、そして特にサプライチェーン開発への長年の投資によるものだという。昨年秋に一時的にテスラを抜いてEV販売台数世界一となった中国の自動車メーカーであるBYD(比亜迪汽車)は、2003年からEVを生産してきた。

一方で、地球規模の気候変動が壊滅的な影響をもたらすという見通しは、米国の自動車業界だけでなく世界全体に広がっている。米エネルギー情報局(EIA)によると、米国の運輸部門における自動車用のガソリンとディーゼル燃料の二酸化炭素排出量は、米国のおける昨年のエネルギー関連の二酸化炭素排出量のほぼ3分の1を占めていた。

米国政府が抱えるジレンマ

新たな関税は、米国政府が抱える不幸なジレンマを反映している。米国は持続可能なエネルギー源を増やしたいと考える一方で、持続可能なエネルギー源を非常に多くつくり出している国からの輸入を抑制したいと考えているのだ。

この関税はまた、米国内で独自にEVを開発できるようになるまでのタイムリミットに向け、カウントダウンが始まるという意味でもある。そのためには、より多くの低価格なEVが必要になるだけでなく、それを実現するためのバッテリーやバッテリーのサプライチェーンも必要になるのだ。

​​あるいは、このカウントダウンは始まらないかもしれない。「タイムリミットへのカウントダウンは10年前に始まっていたのに、米国は後れをとっています。大きく後れをとっているのです」と、ジョージ・ワシントン大学工学管理・システム工学科助教授のジョン・ヘルヴェストンは語る。

EVの開発と政策を研究しているヘルヴェストンによると、今回の関税は中国車との競争から米国を永遠に守るものではないという。「関税によって米国のモノづくりの能力が向上するわけではありません」

この取り組みはうまくいくのだろうか。米国の主要な自動車メーカーを代表するロビー団体「自動車イノベーション協会(AAI)」の会長兼最高経営責任者(CEO)であるジョン・ボゼラは、声明文において楽観的な見解を示している。

「米国の自動車メーカーは、EVへの移行において誰よりも競争力があり、革新を進めることができます」と、ボゼラは主張する。「そのことに疑いの余地はありません。現時点での問題は、その意志ではなく時間なのです」

しかし、たとえ時間がいくらあっても、今後の状況はますます複雑化していくことだろう。米国内で販売する自動車メーカーや自動車部品サプライヤーは、EVやバッテリーの開発に何十億ドルもの資金を投入し続ける一方で、どうやって生き残るかを考えなければならない。また、米国のEV販売台数は増加しているが、その伸びは鈍化している

一方で、もうひとつの大きな影響力をもつ米国の政策「インフレ抑制法」によって、EVやその他の再生可能エネルギー源の米国内におけるサプライチェーンの構築に何十億ドルも資金が投入されている。しかし、こうした取り組みの実現には何年もかかる可能性があるだろう。

「バイデン政権は綱渡りの政策をとろうとしています」と、バイデン政権でEV政策に携わったケース・ウェスタン・リザーブ大学の経済学教授のスーザン・ヘルパーは語る。「目標のひとつは優良な雇用を提供し、クリーンな生産方式を備えた好調な自動車産業であって、もうひとつの目標は気候変動に対する迅速な対策です。このふたつの目標は長期的には一致するものですが、短期的には対立するものです」

「アクセルとブレーキを同時に踏む」政策

今後の問題の複雑さを示す一例を挙げよう。バイデン政権は5月上旬、たとえ中国産の黒鉛(グラファイト)や加工黒鉛が使われていたとしても、2026年まではEVの購入者に最大7,500ドル(約117万円)の税額控除を認めると発表した。この決定は、当初の政策の厳しい期限を守れないとする米国の自動車メーカーの主張に譲歩したかたちの方針変更で、自動車メーカーが中国産の黒鉛を排除するまでの期限が2年延長されている。

しかし、結果として米国のEV政策は「アクセルとブレーキを同時に踏む」ようなものになっていると、EV研究者のヘルヴェストンは指摘する。「(EVとその部品の)調達をわたしたちは困難にしてしまいました」と、ヘルヴェストンは語る。何かが変わらない限りは、中国以外の世界の自動車メーカーは、自ら技術を構築することを学ばなければならなくなった可能性がある。

中国製EVがすでに本格的に進出している米国以外の地域において、新たな関税が米国の自動車メーカーの海外事業を短期的に保護する上で大きな効果を発揮するかどうかは不明だ。ホワイトハウスは5月14日の発表で、中国製EVの輸出が2022年から23年の間に70%増加したと指摘している。

これらの中国製EVの大部分は、欧州連合(EU)とアルバニアやウクライナ、英国などの欧州諸国に輸出されている。欧州委員会は昨年秋、中国製EVへの補助金について独自の調査を開始した

しかし、欧州の自動車メーカーでさえ、中国からの輸入に対抗するために結束しているわけではない。BMWとフォルクスワーゲンの幹部は、EUの関税が中国に報復を強いることで裏目に出る可能性があると、5月8日に警告している(中国はBMWにとって2番目に大きな市場だ)。

また、メルセデス・ベンツのCEOであるオラ・ケレニウスは今年初め、ほかの自動車メーカーに競争を促すために、EUは中国製EVに対する関税を引き上げるのではなく、引き下げるべきだという見解を示した。開かれた市場のほうが、欧州企業の改善に拍車がかかる可能性がはるかに高いという主張である。

現時点で中国から米国へのEVの輸出台数は多くないことから、今回の関税が米国の自動車市場に直ちに大きな影響を与えることはないだろう。しかし、BYDの小型EV「Seagull(シーガル)」やクーペSUV「Sealion(シーライオン)」など一部のモデルは、EVに関心のある人々の興味を引く可能性がある。シーガルとシーライオンの販売価格は、それぞれ12,000ドル(約180万円)と26,000ドル(約400万円)で、米国における今年3月の平均EV価格である62,590ドル(約970万円)の半分以下だ。

そしてもちろん、米国における中国製EVに対する関税によって米国メーカーに与えられる保護は、世界市場においてはメーカーの助けにはならない。昨年、フォードの米国内の販売台数は約200万台だったが、それはフォードの世界販売台数の半分にも満たないのだ。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による電気自動車(EV)の関連記事はこちら中国の関連記事はこちら


Related Articles
article image
コロナ禍を経て4年ぶりの本格開催となった2023年の「上海国際モーターショー」。約91万人が訪れる世界最大規模の自動車展示会となった上海の地ではっきりと見えてきたのは、主に電気自動車(EV)を中心とした圧倒的ともいえる中国メーカーの勢いだった──。モータージャーナリストの島下泰久によるレポート。
A silver BYD vehicle displayed on a stage with large LED screens behind it
中国の自動車メーカーが米国市場へ打って出ようとしている。これを受けて米国政府は、中国製の自動車が国家安全保障上の脅威になりうるかどうかを調査している。
article image
中国で電気自動車(EV)を手がけるメーカーが、自動運転技術においても着実に進化している。その実力はいかなるものなのか、現地で主要3メーカーのEVに試乗して公道で試してみた。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
「FASHION FUTURE AH!」は好評発売中!

ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら