テック企業への不信感のせいで、AIの可能性を見誤ってはいけない

テック業界大手のAI開発の方針に、不信感をもつ人がいるのは不思議ではない。しかし、それとAIが世界にどれほど大きな影響を与え得るかは、分けて考える必要がある。
Aerial view of people walking in a brainshaped maze
Illustration: Hiroshi Watanabe; Getty Images

人工知能(AI)に関する初のカンファレレンスが開催されてから70年ほどが経ったいま(当時、立ち上がったばかりのこの分野のリーダーたちは10年以内に完成すると話していた)、この技術が人々の生活を大きく変える時期に来たことは、わたしの目には明らかな事実として映る。また、それを実現する上で定義のはっきりしない汎用人工知能(AGI)は必要ないのだ。

5月、わたしはこのことについてコラム記事を書いた。そこで、ChatGPTを実現させた大規模言語モデル(LLM)の驚異的な進歩の後も、批評家が主張するような進化の「停滞」は起きていない証拠を並べた。また、OpenAIのGPT-4、AnthropicのClaude 3、メタ・プラットフォームズのLlama 3、そしてマイクロソフトのCopilotを搭載した一連の製品の驚くべき機能は、言葉を使ったマジックのようなものに過ぎないと主張する懐疑論者の意見にも反論した。“AIハイプ”は本物なのだ。

コラム記事に対する強い反発

とはいえ、この結論は多くの人にとって自明ではないことが判明した。反発はすぐに、猛烈なかたちでやってきた。記事のリンクに比較的中立的なコメントを添えた投稿をXにしたところ、2,900万回以上も閲覧され、多くの人たちがわたしに敵意を向けてきたのである。投稿には数百件のコメントがついた。なかには記事に賛同するものもあったが、大多数は否定的で、無礼な言葉遣いで異議を唱えていた。

攻撃してきた人たちはいくつかのタイプに分けられる。ひとつはAIの進歩自体を軽視し、わたしはAI開発を推進するテック企業が伝える偽の物語を盲目的に受け入れた無能なジャーナリストだと主張する者たちだ。「これは宣伝にすぎない」とある人はコメントした。「詐欺師たちが広めている嘘をそのまま繰り返しているだけ」というコメントもあった。

グーグルが公開した検索関連のAI機能「AI Overview」は驚くほど間違いを犯すものだった。こうした間違いは生成AIに価値がない証拠であると、投稿に反応した人たちの一部は主張している。「糊でチーズを貼り付けたピザでも楽しんで」と忠告する人もいた。

AIの危険性を非難する人もいたが、その意見はAIが重要なものであるというわたしの考察と矛盾しない。「原子爆弾も同じだった」とXのユーザーはコメントしている。「それが何をもたらしたか知っているか」。LLMが著作権で守られているコンテンツで訓練されていることを非難する人もいた。これは正当な批判だが、AIモデルの能力を否定するものではない。

最も気に入った反応は、コラム記事に書いたLLMが司法試験に高得点で合格するという話を引き合いに出したものだ。「DeepMindは『Jeopardy!』で好成績を収めていた頃から、司法試験に合格できた」とその批判者は言った。

実のところ、クイズ番組「Jeopardy!」に出場したコンピューターはIBMのWatsonで、当時DeepMindはまだ立ち上がったばかりのスタートアップだった。そしてこのWatsonは、テレビ番組の参加に向けて慎重に最適化されていたのである。司法試験は提示された回答に対して質問をつくる形式ではないので、Watsonが合格できたとはまったくもって考えられない。

このコメントは、ハルシネーション(幻覚)を頻繁に起こすLLMの回答でさえ比べものにならないレベルで間違っている。複数のLLMにWatsonが司法試験に合格できるかどうかを尋ねたところ、すべてのモデルがなぜ合格できないかを慎重かつ正確に説明した。これはロボットに1点追加だ。

AIにまつわる勘違い

無礼な言い回しは別として(Xでのやりとりとしては普通のことだ)、こうした反応は理解できる。ただし、多くの人はAIについて勘違いをしているように思う。企業が提供する驚異的な製品を、どのように活用できるかについて、ユーザーはようやく知り始めたところであり、まだ理解が追いついていないのだ。

AI OverviewやほかのLLMが生成した間違った回答のことは忘れよう(グーグルの製品だけが幻覚を起こしているわけではない点は覚えておいてほしい)。大手テック企業は、完璧ではない製品を市場に投入するという決定を意図的に下してきた。その理由は、それが製品を改善する最良の方法であるだけでなく、競争があまりに激しくて他社から遅れをとることが許されないからだ。

一方でAIはすでに教育商取引職場を目立たない方法で変えつつある。最近、友人が勤務先である大手IT企業の状況を教えてくれた。その会社では主要な取り組みを進めるにあたり、長期間かかる手順が確立されていた。これにはソリューションの設計や製品のプログラミング、製品展開のエンジニアリングなどの工程が含まれていた。従って、製品コンセプトから実際に計画を実行するまでに何カ月もかかっていたのである。

しかし最近になって、典型的なソフトウェアプロジェクトで最新AIを活用するデモを見たと友人は話す。「数カ月かかっていたことが、数時間でできていた」と友人は言う。「それを見て、先日のコラム記事に同意する気持ちになった。周囲のあらゆる企業はもはや生ける屍にすぎない」。人々が恐れるのも無理はない。

テック企業への不信感

AIに対する怒りの多くを引き起こしているのは、それを開発し、推進する企業への不信感である。偶然にも今週、非営利の研究機関であるアレン人工知能研究所の最高経営責任者(CEO)を務めるアリ・ファルハディとの朝食会に参加した。ファルハディはAIの盛り上がりは本物だと100%確信しているが、それを受け入れられない人たちの気持ちもわかると話す。なぜなら、人々はこの分野を支配しようとしている企業に懐疑的だからだ。

「AIは誰も中身を知らないブラックボックスとして扱われています。そして非常に金がかかることから、たった4社しか開発できません」とファルハディは言う。AI開発者が非常に早く開発を進めていることも、さらに不信感を煽っている。「誰もAIを理解していないにもかかわらず、展開されている状況です」と言う。「そのことに反対しているわけではありませんが、これらのシステムが思いがけない方法で動作し、それに対して人々が反応することは想定すべきでしょう」。オープンソースAIの支持者であるファルハディは、大手企業は少なくとも、モデルを訓練するために使用したコンテンツは公開すべきだと話している。

AGIという曖昧な概念

さらに事態を複雑にしているのは、AIの開発に関与している人の多くがAGIの実現を目指していることだ。多くの主要な研究者はこの技術が人類に恩恵をもたらすと信じているが(これはOpenAIの創業理念でもある)、それを公には伝えていない。「人々はこのAGIというものが明日、もしくは6カ月後、1年後に実現するかもしれないことに不満を感じています」と、AGIを支持していないファルハディは話す。AGIは科学的な用語ではなく、AIの普及を巡る混乱を引き起こしている曖昧な概念だと語る。「わたしの研究室で学生がこの3文字を使うと、卒業が6カ月遅れます」とファルハディは言う。

関連記事:OpenAIとは何だったのか(1)AGIによって世界のすべてのものを変える

個人的にも、AGIについては懐疑的である。AGIがもうすぐ実現するとは思わないが、長期的には何が起きるのかは、本当にわからない。AIの最前線にいる人たちと話しても、その人たちでさえよくわかっていないのだ。

とはいえ、わたしにとって明らかなことがいくつかあり、Xでわたしに反発している人たちを含め、いずれ全員がそれを受け入れるようになるだろう。AIはもっと強力になる。人々はこれを使って仕事やプライベートを充実させる方法を見つける。それと同時に多くの人が仕事を失い、なくなる企業も続出するだろう。

AIブームにより仕事や企業が新しく生まれるかもしれないという予測は気休めにすぎない。一部の失業者は新たな仕事を見つけられないか、ウォルマートでレジ係をするしかなくなるからだ。わたしのようなコラムニストを含め、AI業界の人たちは、なぜこんなにも人々が怒っているかを理解し、当然の怒りを尊重しなければならない。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』による人工知能(AI)の関連記事はこちら


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