あの「ハマー」までEVに! 電動ピックアップトラックの投入が相次ぐ理由

巨大で無骨なSUVを象徴したブランド「ハマー」を、電動ピックアップトラックとして生まれ変わらせることをゼネラルモーターズ(GM)が発表した。電動ピックアップトラックの市場にはGMのみならず、テスラやフォード、いくつもの新興メーカーが参入を発表している。いったいなぜなのか。
あの「ハマー」までEVに! 電動ピックアップトラックの投入が相次ぐ理由
ゼネラルモーターズ(GM)が、電動ピックアップトラックとなるEV仕様の「ハマー」を発表した。PHOTOGRAPH BY GM

電動ピックアップトラックの時代がやって来た。言い過ぎかもしれないが、少なくともその時期が近いことは確かだろう。

このほどゼネラルモーターズ(GM)が大リーグのワールドシリーズの試合中に、電気自動車EV)仕様の新しい「HUMMER(ハマー)」を披露した。巨額の資金を投入し、2分15秒のコマーシャルの時間をすべて買い取ったのである。

ただし、この11万2,595ドル(約1,200万円)するピックアップトラックを運転できる時期は、早くても21年の秋以降になる予定だ。テスラは1年ほど前に電動ピックアップトラック「Cybertruck(サイバートラック)」を発表して世界に衝撃を与えたが、生産拠点とされるテキサス工場はまだ建設が完了していない。予約した人々は21年後半まで待つことになる可能性がある。

この競争に名前が挙がっているピックアップトラックは、ほかにもある。何度も発売が延期され、20年6月に登場する予定も延期されたリヴィアンの「R1T」や、Lordstown Motors(ローズタウン・モータース)の「Endurance」(21年中を予定)、Bollinger Motors(ボリンジャー・モーターズ)の「B2」(おそらく21年中)、フォードの「F-150」のEV仕様(22年中ごろを予定)、ニコラの「Badger」(経営を巡る問題により時期は未定)などだ。米国製の電動ピックアップトラックを購入する人々の心をつかもうとする争いが激化していることは間違いない。

ただし、問題がひとつある。「米国製の電動ピックアップトラックを購入する人々」とは誰なのかを、誰ひとり知らないことだ。

テスラは電動ピックアップトラック「Cybertruck(サイバートラック)」を発表して世界に衝撃を与えた。PHOTOGRAPH BY TESLA

「人々が求めてきたということではなさそうです」と、自動車関連情報を提供している「Edmunds.com」のインサイツ部門エクゼクティヴ・ディレクターのジェシカ・コールドウェルは指摘する。「人々が、『何を欲しいかわかってるよね? モーター付きのピックアップトラックだ』なんて、なんとなく考えているようには思えません」

EVへの移行を牽引させる役割

GMでEVの主任技術者を務めるジョシュ・テイヴェルは、ハマーを購入する人々についてそれなりの考えをもっている。ハマーを購入しない人々についても同様だ。「大多数の人々にとって、何かを購入する最も重要な理由は、おそらく環境や世界をよいものにすることではありません」とテイヴェルは語る。

環境に優しいクルマにこだわる人々をハマーで引きつけようとする試みは、奇妙どころか非常に不適切といえるだろう。というのも、このブランドは2000年代には、景気後退前の過剰な消費文化の象徴と化していたからだ。戦争ゲームが好きで、オゾンホールについて心配したりしない人々のためのモンスター・トラックだったのである。

ハマーというブランドは2010年に途絶えていたが、一部のドライヴァーたちの間ではカルト的な地位を獲得してきた。こうしたなかGMは、熱烈な愛好家やクルマ好きに注目してもらいたいと考えている。これらの人々にEVへの移行を納得してもらえれば、世界中の人々がそれに従うかもしれない、というわけだ。

そこでGMは、この電動ピックアップトラックに数多くの“オタク”っぽい要素を詰め込んだ。新しいハマーには、「カニ歩き」モードと呼ばれる斜め方向に運転できる機能が搭載されている。車載スクリーンのグラフィックは、ゲーム大手のエピック・ゲームズが開発したものだ。

さらにEV版のハマーには、GMの新しいバッテリー「Ultium」が初めて採用される。これにより走行距離は350マイル(約560km)。時速0マイルから60マイル(100km)まで3秒で加速できるという。

メーカーにとっての必然

ハマーやCybertruck、フォードF-150のようなピックアップトラックの電動化は、多くの点で理にかなっている。EVは速くて力がある。それに内燃機関を積んだクルマより可動部品が少ないので、メンテナンスも容易だ。

とはいえ当面は、従来のクルマより高い先行投資になりそうである。自動車関連の情報サーヴィスであるケリー・ブルー・ブックによると、平均的なフルサイズのピックアップトラックの価格は50,000ドル(約520万円)だ。それでも長期的に見れば、コストを節約できるだろう。

自動車メーカーにとってピックアップトラックは、大きな商機だ。利幅が大きく、ほかの多くの乗用車と比べても利益率が高い。EV仕様のピックアップトラックやSUVをつくる新興企業が次々に登場しているのも偶然ではない。価格が高いので、低価格なセダンやコンパクトカーと比べて、研究開発やバッテリーにかかる先行投資を“覆い隠しやすく”なるからだ。

それにピックアップトラックは、そこまで高価でなくても、米国で最も人気のあるクルマだ。電動ピックアップトラック市場を支配すれば、理論的には未来を支配することになる。「電動化されたピックアップトラックを誰もが購入したくなったとき、すでに自動車メーカーは自分たちを有利な状況に置いていることになります」と、Edmunds.comのコールドウェルは言う。その状況で取り残されたいと思っている者など、いるはずもない。

一般の人々の興味を引くことの重要性

ただし、電動ピックアップトラックはいまのところ、EVを信奉する人々が待ち望んでいるような「画期的なクルマ」ではないかもしれない。米国市場で勝利を果たすには、最終的にはオタクっぽいクルマ好きばかりでなく、“ディストピアの到来に向けて準備を進めている人々”も対象にする必要がある。

ガソリンタンクから電気コンセントへと世界をシフトさせるには、日常的にクルマを利用する人々が自らの行動を変えるよう自動車メーカーが説得する必要があるのだと、コールドウェルは指摘する。例えば、まだ一般的ではない技術に賭けてみる、夜間や勤務中に充電することを覚えておく、自分の地域の充電ステーションがどこにあるのか探しておく(存在するなら)──といったことだ。

「このクルマに対して、まずはクルマ好きに興味をもってもらうこともひとつの方法です」と、コールドウェルは言う。「でもメインストリームの消費者たちにワクワクしてもらえなければ、意味がありませんよね」