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DNAクランプ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヒトPCNAスライディングクランプ(虹色、N末端=青、C末端=赤)の上面図(上)と側面図(下)[1]。中央の細孔に二本鎖DNA(マゼンタ)が貫通している。
DNAに結合したPolD–PCNA複合体の低温電子顕微鏡法による構造解析
PolD-PCNA複合体によるDNA結合の構造的基盤

DNAクランプ(DNA clamp)又はスライディングクランプ(sliding clamp)とは、DNA複製を進行させる機能を持つタンパク質複合体である。DNAポリメラーゼホロ酵素の重要な構成要素の1つとしてクランプタンパク質はDNAポリメラーゼに結合し、このDNAポリメラーゼがDNA合成のために鋳型DNAと結合している際に鋳型鎖から解離することを防ぐ。クランプ-ポリメラーゼタンパク質間相互作用は、ポリメラーゼと鋳型DNA鎖の間の直接的な相互作用よりも強力かつ特異的である。ポリメラーゼとDNA鎖の結合はDNA合成反応の律速段階の一つであるため、DNAクランプにより解離と再結合の必要性が無くなることで、DNAクランプが存在しない場合と比較して最大1,000倍ほどDNA合成速度が上がる[2]

構造

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DNAクランプのフォールディング構造はα+βタンパク質であり、ポリメラーゼが伸長中の鎖にヌクレオチドを追加すると、DNA二重らせんを完全に取り囲む多量体構造に組み立てられる[3]。このリング形状により、DNAクランプ及びそれに強力かつ特異的に結合するDNAポリメラーゼはDNA鎖から解離しなくなる。DNAクランプ多量体は複製フォーク上で組み立てられ、ポリメラーゼの前進に伴ってDNA上を「スライド」する。この移動は、クランプタンパク質の中央の穴と、そこを貫通するDNAとの間にある水分子の層によって補助される。

DNAクランプは、真正細菌古細菌真核生物、及びいくつかのウイルスにみられる。細菌DNAクランプはDNAポリメラーゼIIIのβサブユニット2個で構成されるホモ二量体であるため、βクランプ(beta clamp)と呼ばれる。古細菌[4]と真核生物ではホモ三量体であり、増殖細胞核抗原(PCNA)と呼ばれる。 T4バクテリオファージは、gp45と呼ばれるDNAクランプも利用する。gp45は、PCNAと構造が似ているが、PCNAまたはβクランプと配列相同性がない三量体である[3]

DNAクランプタンパク質 多量体 結合するDNAポリメラーゼ
真正細菌 polIIIのベータサブユニット 二量体 DNAポリメラーゼIII
古細菌 古細菌PCNA 三量体 polε
真核生物 PCNA 三量体 DNAポリメラーゼδ
ウイルス gp43 / gp45 三量体 RB69 Pol / T4 Pol

細菌DNAクランプ

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細菌DNAクランプはDNAポリメラーゼIIIホロ酵素のβサブユニットの二量体であり、βクランプ(beta clamp)と呼ばれる。DNA複製の際にDNAポリメラーゼIIIホロ酵素のγサブユニットがATP加水分解によってエネルギーを得て、2個のβサブユニットからβクランプの組み立てを触媒する。βサブユニットは3つのトポロジー的に同等のドメインN末端、中央、C末端)で構成されており、2個のβサブユニットが緊密に会合し、二本鎖DNAを取り囲む閉環を形成する。このDNAとβクランプの結合体は、複製前複合体と呼ばれる。この組み立ての後、βクランプはγサブユニットからαサブユニットとεサブユニットに対して特異的な親和性で結合し、これらが組み合わさって完全なDNAポリメラーゼIIIホロ酵素が形成される[5][6][7]

βクランプは二本鎖DNA上をスライドして移動し、その次にαεポリメラーゼ複合体に結合する。αサブユニットはDNAポリメラーゼ活性を持ち、εサブユニットは3'-5'エキソヌクレアーゼである[7]

DNAポリメラーゼIIIのβサブユニット
識別子
略号 DNA_polIII_beta
Pfam PF00712
InterPro IPR001001
SMART SM00480
SCOP 2pol
SUPERFAMILY 2pol
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
PDB 1jqj​, 1jql​, 1mmi​, 1ok7​, 1unn​, 1vpk​, 2pol​, 3bep​, 3d1e​, 3d1f​, 3d1g
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DNAポリメラーゼIIIのβサブユニットN末端ドメイン
識別子
略号 DNA_pol3_beta
Pfam PF00712
InterPro IPR022634
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
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DNAポリメラーゼIIIのβサブユニット中央ドメイン
識別子
略号 DNA_pol3_beta_2
Pfam PF02767
InterPro IPR022637
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
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DNAポリメラーゼIIIのβサブユニットC末端ドメイン
識別子
略号 DNA_pol3_beta_3
Pfam PF02768
InterPro IPR022635
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
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特定の非ステロイド性抗炎症薬カプロフェンブロムフェナク、及びベダプロフェン)は、細菌のDNAクランプを阻害することにより細菌のDNA複製をある程度抑制する[8]

真核生物DNAクランプ

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増殖細胞核抗原
ヒトのDNAクランプであるヒトPCNAのX線結晶構造[9]。三量体であり、赤、青、緑と色の異なる箇所は同一のサブユニットである。
識別子
略号 PCNA
Entrez英語版 5111
HUGO 8729
OMIM 176740
PDB 1axc (RCSB PDB PDBe PDBj)
RefSeq NM_002592
UniProt P12004
他のデータ
EC番号
(KEGG)
2.7.7.7
遺伝子座 Chr. 20 pter-p12
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真核生物のDNAクランプは、増殖細胞核抗原(PCNA: proliferating cell nuclear antigen)と呼ばれるDNAポリメラーゼδの特定サブユニット3つから組み立てられる。サブユニットのN末端ドメインとC末端ドメインはトポロジー的に同一であり、また3つのサブユニットは緊密に結合し、中心の孔に二本鎖DNAを通した閉環を形成する。

PCNAの配列は、植物、動物、真菌に至るまで真核生物の間でよく保存されており、真核生物全体で同様のDNA複製メカニズムが保存されていることを暗示する[10][11]。PCNAのホモログは、古細菌ユーリ古細菌門とクレン古細菌門)及び核多角体病ウイルスにおけるPBCV-1で見出されている。

増殖細胞核抗原N末端ドメイン
識別子
略号 PCNA_N
Pfam PF00705
InterPro IPR000730
PROSITE PDOC00265
SCOP 1plq
SUPERFAMILY 1plq
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
PDB 1axc​C:1–125 1ge8​A:3–92 1isq​A:3–92 1iz4​A:3–92 1iz5​A:3–92 1plq​ :1–125 1plr​ :1–125 1rwz​A:1–114 1rxm​A:1–114 1rxz​A:1–114 1u76​C:1–125 1u7b​A:1–125 1ud9​C:11–100 1ul1​A:1–125 1vyj​G:1–125 1vym​C:1–125 1w60​B:1–125
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増殖細胞核抗原C末端ドメイン
識別子
略号 PCNA_C
Pfam PF02747
InterPro IPR000730
PROSITE PDOC00265
SCOP 1plq
SUPERFAMILY 1plq
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
PDB 1axc​C:127–254 1ge8​A:203–246 1isq​A:203–246 1iz4​A:203–246 1iz5​A:203–246 1plq​ :127–254 1plr​ :127–254 1rwz​A:121–241 1rxm​A:121–241 1rxz​A:121–241 1u76​C:127–254 1u7b​A:127–254 1ud9​C:200–243 1ul1​A:127–254 1vyj​G:127–254 1vym​C:127–254 1w60​B:127–254
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ウイルスDNAクランプ

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DNAポリメラーゼアクセサリータンパク質45
バクテリオファージT4由来Gp45スライディングクランプのX線結晶構造[12]。三量体であり、赤、青、緑と色の異なる箇所は同一のサブユニットである。
識別子
由来生物 Enterobacteria phage T4
3文字略号 gp45
Entrez英語版 1258821
PDB 1CZD
RefSeq (Prot) NP_049666
UniProt英語版 P04525
他データ
EC番号 2.7.7.7
染色体 1: 0.03 - 0.03 Mb
検索
構造 Swiss-model
ドメイン InterPro

ウイルスのgp45スライディングクランプは三量体であり、そのサブユニットタンパク質には2つのドメインがあり、各ドメインは、2つのαヘリックスと2つのβシートで構成されている。フォールドは重複しており、内部に擬2回対称性がみられる[13]。3個のgp45分子が密接に関連して、二本鎖DNAを取り囲む閉環を形成する。

Gp45スライディングクランプN末端ドメイン
識別子
略号 DNA_pol_proc_fac
Pfam PF02916
InterPro IPR004190
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
PDB 1b771b8h1czd
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Gp45スライディングクランプC末端ドメイン
識別子
略号 Gp45_slide_clamp_C
Pfam PF09116
InterPro IPR015200
利用可能な蛋白質構造:
Pfam structures
PDB RCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsum structure summary
PDB 1b771b8h1czd
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クランプローダー

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DNAクランプは、クランプローダー(clamp loader)という特殊なタンパク質によって鋳型鎖にロードされ、DNA複製が完了した後に分解される。DNAクランプ上のこれらの複製開始タンパク質のための結合部位はDNAポリメラーゼのための結合部位と重複しているため、DNAクランプはクランプローダーとDNAポリメラーゼに同時に結合することはできない。したがって、ポリメラーゼと結合している間は、クランプは分解されない。DNAクランプは、ヌクレオソーム会合因子、岡崎フラグメントリガーゼ、 DNA修復タンパク質など、DNA及びゲノムの恒常性に関与する他の因子とも結合する。これらのタンパク質全てにおいて、DNAクランプ上の結合部位はクランプローダーのためのものと共通しているため、これらの酵素がクランプと結合することによって安定的にDNAに作用している間はクランプは取り外されず、また酵素も機能し続ける。クランプローダーがDNAを取り囲むクランプを「閉じる」ためには、ATPの加水分解によるエネルギーが必要となる。

脚注

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  1. ^ PDB: 1W60​; “Structural and biochemical studies of human proliferating cell nuclear antigen complexes provide a rationale for cyclin association and inhibitor design”. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 102 (6): 1871–6. (February 2005). doi:10.1073/pnas.0406540102. PMC 548533. PMID 15681588. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC548533/. 
  2. ^ “Rate-limiting steps in the DNA polymerase I reaction pathway”. Biochemistry 24 (15): 4010–8. (July 1985). doi:10.1021/bi00336a031. PMID 3902078. 
  3. ^ a b “The ring-type polymerase sliding clamp family”. Genome Biol. 2 (1): REVIEWS3001. (2001). doi:10.1186/gb-2001-2-1-reviews3001. PMC 150441. PMID 11178284. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC150441/. 
  4. ^ “Crystal structure of an archaeal DNA sliding clamp: Proliferating cell nuclear antigen from Pyrococcus furiosus”. Protein Sci. 10 (1): 17–23. (January 2001). doi:10.1110/ps.36401. PMC 2249843. PMID 11266590. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2249843/. 
  5. ^ Lewin, Benjamin (1997). Genes VI. Oxford [Oxfordshire]: Oxford University Press. pp. 484–7. ISBN 978-0-19-857779-9 
  6. ^ Lehninger, Albert L (1975). Biochemistry: The Molecular Basis of Cell Structure and Function. New York: Worth Publishers. pp. 894. ISBN 978-0-87901-047-8. https://archive.org/details/biochemistrymole00lehn_0/page/894 
  7. ^ a b “Mechanism of the sliding beta-clamp of DNA polymerase III holoenzyme”. J. Biol. Chem. 266 (17): 11328–34. (June 1991). PMID 2040637. http://www.jbc.org/content/266/17/11328.abstract. 
  8. ^ “DNA Replication Is the Target for the Antibacterial Effects of Nonsteroidal Anti-Inflammatory Drugs”. Chemistry & Biology 21 (4): 481–487. (2014). doi:10.1016/j.chembiol.2014.02.009. PMID 24631121. 
  9. ^ PDB: 1AXC​; “Structure of the C-terminal region of p21(WAF1/CIP1) complexed with human PCNA”. Cell 87 (2): 297–306. (October 1996). doi:10.1016/S0092-8674(00)81347-1. PMID 8861913. 
  10. ^ “Highly conserved structure of proliferating cell nuclear antigen (DNA polymerase delta auxiliary protein) gene in plants”. European Journal of Biochemistry 195 (2): 571–5. (January 1991). doi:10.1111/j.1432-1033.1991.tb15739.x. PMID 1671766. 
  11. ^ “Structure of the sliding clamp from the fungal pathogen Aspergillus fumigatus (AfumPCNA) and interactions with Human p21”. The FEBS Journal 284 (6): 985–1002. (March 2017). doi:10.1111/febs.14035. PMID 28165677. 
  12. ^ PDB: 1CZD​; “Crystal structure of the DNA polymerase processivity factor of T4 bacteriophage”. J. Mol. Biol. 296 (5): 1215–23. (March 2000). doi:10.1006/jmbi.1999.3511. PMID 10698628. 
  13. ^ “Building a replisome from interacting pieces: sliding clamp complexed to a peptide from DNA polymerase and a polymerase editing complex”. Cell 99 (2): 155–166. (1999). doi:10.1016/S0092-8674(00)81647-5. PMID 10535734. 

参考文献

[編集]
  • Molecular Biology of the Gene. San Francisco: Pearson/Benjamin Cummings. (2004). ISBN 978-0-8053-4635-0 

外部リンク

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