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ロビン・セーデリング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ロビン・セーデリング
Robin Söderling
ロビン・セーデリング
基本情報
フルネーム Robin Bo Carl Söderling
国籍  スウェーデン
出身地 同・ティブロ
生年月日 (1984-08-14) 1984年8月14日(40歳)
身長 193cm
体重 87kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2001年
引退年 2015年
ツアー通算 11勝
シングルス 10勝
ダブルス 1勝
生涯通算成績 343勝213敗
シングルス 310勝170敗
ダブルス 33勝43敗
生涯獲得賞金 $10,423,124
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2011)
全仏 準優勝(2009・10)
全英 ベスト8(2010)
全米 ベスト8(2009・10)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 1回戦(2004)
全仏 1回戦(2004・06・08)
全英 2回戦(2005)
全米 2回戦(2004・05)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 4位(2010年11月15日)
ダブルス 109位(2009年5月9日)

ロビン・ボー・カール・セデ-リングRobin Bo Carl Söderling, スウェーデン語発音: [ˈrɔbːɪn ˈsøːdɛɭɪŋ]; 1984年8月14日 - )は、スウェーデンティブロ出身の元男子プロテニス選手。ATPツアーでシングルス10勝、ダブルス1勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス4位、ダブルス109位。日本語ではソダーリングソダーリンソーダリンソーデリンソデルリング等の表記揺れも見られる。

グランドスラム準優勝2回、マスターズ1000優勝1回。特に2009年全仏オープン男子シングルスでは4連覇中のラファエル・ナダルに勝利。2005年から2014年までの10年間でナダルが全仏オープンにて敗北を喫した唯一の選手である。 

また2010年全仏オープン男子シングルス準々決勝では、2004年ウィンブルドン以降6年近くにわたりグランドスラム23大会連続準決勝進出していたロジャー・フェデラーに勝利し、フェデラーの連続記録ストップに成功した選手でもある。

2011年7月を最後にツアーから遠ざかっていたが2015年12月23日正式に現役引退。

選手経歴

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プロ転向-2004年

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5歳からテニスを始め、2001年にプロ入り。2002年全米オープン4大大会にデビューし、マルセロ・リオスとの2回戦に進出する。2003年ウィンブルドン選手権ティム・ヘンマンとの3回戦に進み、地元のストックホルム・オープンでツアー大会初の決勝戦に進出した。この時はマーディ・フィッシュに5-7, 6-3, 6-7(4)で敗れ、最初のチャンスを逃している。2004年、彼は男子テニス国別対抗戦・デビスカップスウェーデン代表選手に初選出され、同年のアテネ五輪代表にも選ばれた。初めてのオリンピックではシングルス・ダブルスとも1回戦敗退に終わり、シングルス1回戦はスペインフェリシアーノ・ロペスに敗れ、トーマス・エンクビストと組んだダブルスでもイスラエルジョナサン・エルリック/アンディ・ラム組に敗れた。オリンピックの2か月後、10月のリヨン・グランプリ決勝でグザビエ・マリスを6-2, 3-6, 6-4で破り、ツアー初優勝を果たす。

2005年-2008年

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2005年1月末のミラノ・インドア決勝で、セーデリングはラデク・ステパネクに6-3, 6-7(2), 7-6(5)で競り勝ち、ツアー2勝目を獲得した。それからしばらく低迷ぎみの時期があったが、2008年にシングルスで4大会の決勝戦に進み、2度目のオリンピックにも出場した。2008年ウィンブルドン選手権終了直後のスウェーデン・オープンで、セーデリングは同国の先輩選手ヨナス・ビョルクマンと組んでダブルス初優勝を果たした。8月の北京五輪もシングルス・ダブルス共に1回戦敗退に終わり、シングルスジル・シモンに敗れ、ビョルクマンとのダブルスもスペインラファエル・ナダル/トミー・ロブレド組に敗退した。10月のストックホルム・オープンでは準決勝で錦織圭を6-1, 6-0で圧倒し、決勝でダビド・ナルバンディアンに2-6, 7-5, 3-6で敗れて準優勝。リヨン・グランプリの決勝では地元フランスのジュリアン・ベネトーを6-3, 6-7, 6-1で破り、同大会で4年ぶり2度目の優勝を決めた。こうして、セーデリングは3年半ぶりのツアーシングルス3勝目を獲得した。

2009年 全仏準優勝・ツアーファイナルベスト4

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2009年全仏オープンにて

全豪オープンで、セーデリングは2回戦で3年前の準優勝者マルコス・バグダティスに6-3, 5-7, 3-6, 3-6で敗れた。この年前半はなかなか勝てなかったものの、全仏オープンで旋風を起こし、4回戦で大会5連覇を目指した第1シードのラファエル・ナダルを6-2, 6-7(2), 6-4, 7-6(2)で破る勝利を挙げた(2005年全仏オープンでの初出場から初優勝したナダルにとっては、これは全仏初黒星だった)。さらに準々決勝でニコライ・ダビデンコを、準決勝でフェルナンド・ゴンサレスを破り決勝進出。決勝では第2シードのロジャー・フェデラーに1-6, 6-7(1), 4-6で敗れて準優勝になり、スウェーデン勢として1988年マッツ・ビランデル以来21年ぶりとなる全仏優勝は成らなかった。初優勝したフェデラーは、セーデリングの前で宿願のキャリア・グランドスラムを達成した。

ウィンブルドン選手権以後、彼の名前はスウェーデン語読みにより近い「ロビン・セーデリング」と表記されるようになる。ここでは4回戦でフェデラーに4-6, 6-7(5), 6-7(5)のストレートで敗れた。この後、彼は7月にスウェーデン・オープンの決勝でフアン・モナコを6-3, 7-6(4)で破り、ツアー4勝目を獲得した。2009年は前半の10大会でわずか9勝しかあげられなかったが、全仏オープン以降は地元スウェーデンの大会で優勝するなど40勝10敗と驚異的なペースで勝ち星を重ね、ランキングを9位まで上げる。アンディ・ロディックが負傷により辞退したために、その年のランキング上位8名しか出場できないATPワールドツアー・ファイナルにも繰り上がりで出場する。大会では最下位シードながらも世界2位ナダル、世界3位ノバク・ジョコビッチをストレートで破り、グループBを1位で通過する。準決勝ではフアン・マルティン・デル・ポトロに逆転で敗れた。

2010年 2年連続全仏準優勝・マスターズ優勝

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年初の全豪オープンでまさかの初戦敗退を喫したが、2月のABNアムロ世界テニス・トーナメントミハイル・ユージニーの途中棄権により優勝。全仏オープンでは準々決勝でフェデラーを下し、フェデラーが続けていたグランドスラムの連続準決勝以上進出記録を「23」で止めたが、決勝でナダルに敗れ、2年連続の準優勝となった。ウィンブルドンでも準々決勝でナダルに敗れた。BNPパリバ・マスターズではガエル・モンフィスに6–1, 7–6で勝利して初のマスターズ1000のタイトルを獲得。ランキングを自己最高の4位に上げた。

2011年~ 病気により休場・引退へ

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開幕戦のブリスベン国際アンディ・ロディックを6–3, 7–5で破りツアー7勝目を挙げた。全豪オープンは4回戦でアレクサンドル・ドルゴポロフに6-1, 3-6, 1-6, 6-4, 2-6で敗退。2月のABNアムロ世界テニス・トーナメントジョー=ウィルフリード・ツォンガを6–3, 3–6, 6–3で破り連覇、ツアー8勝目を挙げた。翌週のオープン13でもマリン・チリッチを6–7(8), 6–3, 6–3で破り優勝した。全仏オープンは準々決勝で去年の決勝の再現となったナダルに4-6, 1-6, 6-7(3)で敗れた。7月のスウェーデン・オープンでは決勝でダビド・フェレールを6–2, 6–2で勝利し地元でシングルス10勝目を挙げた。しかしこの試合を最後に、伝染性単核球症のためツアーから離脱する。以降は単核症の症状に苦しみツアーに復帰できず、事実上の引退状態となっていたが、2015年12月23日正式に現役引退を発表した[1]

プレースタイル等

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パワフルなグラウンドストローカー。 両手バックハンドは正確性を重視するが、フォアハンドはツアー屈指の威力があった。サーブも最速220キロ以上と強力であり、ハードコート、クレーコートを得意としていた[2][3]

主要大会決勝

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グランドスラム決勝

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シングルス:2(0タイトル 2準優勝)

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結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 2009年 フランスの旗 全仏オープン クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 1-6, 6-7(1-7), 4-6
準優勝 2010年 フランスの旗 全仏オープン クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 4-6, 2-6, 4-6

マスターズ1000決勝

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シングルス:1(1タイトル)

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結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2010年 フランスの旗 パリ ハード (室内) フランスの旗 ガエル・モンフィス 6-1, 7-6(7-1)

ATPツアー決勝進出結果

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シングルス: 20回 (10勝10敗)

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大会グレード
グランドスラム (0–2)
ATPファイナルズ (0–0)
ATPツアー・マスターズ1000 (1–0)
ATPツアー500 (2–4)
ATPツアー250 (7–4)
サーフェス別タイトル
ハード (5–6)
クレー (2–4)
芝 (0–0)
カーペット (3–0)
サーフェス別タイトル
屋外 (3–4)
室内 (7–6)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2003年10月20日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード (室内) アメリカ合衆国の旗 マーディ・フィッシュ 5-7, 6-3, 6-7(4-7)
準優勝 2. 2004年2月23日 フランスの旗 マルセイユ ハード (室内) スロバキアの旗 ドミニク・フルバティ 6-4, 4-6, 4-6
優勝 1. 2004年10月4日 フランスの旗 リヨン カーペット (室内) ベルギーの旗 グザビエ・マリス 6-2, 3-6, 6-4
優勝 2. 2005年1月31日 イタリアの旗 ミラノ カーペット (室内) チェコの旗 ラデク・ステパネク 6-3, 6-7(2-7), 7-6(7-5)
準優勝 3. 2006年2月20日 アメリカ合衆国の旗 メンフィス ハード (室内) ドイツの旗 トミー・ハース 3-6, 2-6
準優勝 4. 2008年2月18日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) フランスの旗 ミカエル・ロドラ 7-6(7-3), 3-6, 6-7(4-7)
準優勝 5. 2008年2月25日 アメリカ合衆国の旗 メンフィス ハード (室内) ベルギーの旗 スティーブ・ダルシス 3-6, 6-7(5-7)
準優勝 6. 2008年10月6日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード (室内) アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 2-6, 7-5, 3-6
優勝 3. 2008年10月26日 フランスの旗 リヨン カーペット (室内) フランスの旗 ジュリアン・ベネトー 6-3, 6-7(5-7), 6-1
準優勝 7. 2009年6月7日 フランスの旗 全仏オープン クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 1-6, 6-7(1-7), 4-6
優勝 4. 2009年7月19日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー アルゼンチンの旗 フアン・モナコ 6-3, 7-6(7-4)
優勝 5. 2010年2月14日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) ロシアの旗 ミハイル・ユージニー 6-4, 2-0 途中棄権
準優勝 8. 2010年4月25日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 フェルナンド・ベルダスコ 3-6, 6-4, 3-6
準優勝 9. 2010年6月6日 フランスの旗 全仏オープン クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 4-6, 2-6, 4-6
準優勝 10. 2010年7月18日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー スペインの旗 ニコラス・アルマグロ 5-7, 6-3, 2-6
優勝 6. 2010年11月14日 フランスの旗 パリ ハード (室内) フランスの旗 ガエル・モンフィス 6-1, 7-6(7-1)
優勝 7. 2011年1月9日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード アメリカ合衆国の旗 アンディ・ロディック 6-3, 7-5
優勝 8. 2011年2月13日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) フランスの旗 ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 6-3, 3-6, 6-3
優勝 9. 2011年2月20日 フランスの旗 マルセイユ ハード (室内) クロアチアの旗 マリン・チリッチ 6-7(8-10), 6-3, 6-3
優勝 10. 2011年7月17日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 6-2, 6-2

ダブルス: 2回 (1勝1敗)

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結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2008年7月7日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー スウェーデンの旗 ヨナス・ビョルクマン スウェーデンの旗 ヨハン・ブルンストロム
オランダ領アンティルの旗 ジャン=ジュリアン・ロイヤー
6-2, 6-2
準優勝 1. 2009年7月19日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー スウェーデンの旗 ロベルト・リンドステット チェコの旗 ヤロスラフ・レビンスキー
スロバキアの旗 フリップ・ポラーシェク
6-1, 3-6, [7-10]

成績

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4大大会シングルス

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略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

大会 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 通算成績
全豪オープン A LQ 2R 1R A 1R A 2R 1R 4R 5–6
全仏オープン A LQ 1R 2R 1R 1R 3R F F QF 19–8
ウィンブルドン A 3R 1R 1R 1R 3R 2R 4R QF 3R 14–9
全米オープン 2R 1R 2R 3R 2R A 1R QF QF A 13–8

大会最高成績

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大会 成績
ATPファイナルズ SF 2009
インディアンウェルズ SF 2010
マイアミ SF 2010
モンテカルロ QF 2007
マドリード QF 2011
ローマ QF 2011
カナダ 3R 2008, 2010
シンシナティ 3R 2004, 2006, 2008, 2010
上海 QF 2009, 2010
パリ W 2010
ハンブルク 3R 2006, 2008
オリンピック 1R 2004, 2008
デビスカップ SF 2007

世界ランキング

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2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
順位 443 176 59 34 77 25 41 17 8 5 13

脚注

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  1. ^ テニス総合サイトtennis365 http://news.tennis365.net/news/smartphone/today/201512/107622.html
  2. ^ Soderling Overpowers Federer”. Tennis.about.com (1 June 2010). 2010年6月6日閲覧。
  3. ^ Davis, Robert (18 May 2010). “ Tennis – ATP World Tour – DEUCE – Heart Of A Warrior”. ATP World Tour. 2010年6月6日閲覧。

外部リンク

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