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ニール・キルケニー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ニール・キルケニー
名前
本名 ニール・マーティン・キルケニー
Neil Martin Kilkenny
ラテン文字 Neil Kilkenny
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
イングランドの旗 イングランド
アイルランドの旗 アイルランド
生年月日 (1985-12-19) 1985年12月19日(38歳)
出身地 ロンドンインフィールド区
身長 173cm
体重 67kg
選手情報
在籍チーム オーストラリアの旗 パース・グローリーFC
ポジション MF
背番号 88
利き足 右足
ユース
2002-2004 イングランドの旗 アーセナル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2008 イングランドの旗 バーミンガム・シティ 26 (0)
2004-2005 イングランドの旗 オールダム・アスレティック (loan) 27 (4)
2007-2008 イングランドの旗 オールダム・アスレティック (loan) 20 (1)
2008 イングランドの旗 リーズ・ユナイテッド (loan) 1 (0)
2008-2011 イングランドの旗 リーズ・ユナイテッド 122 (8)
2011-2014 イングランドの旗 ブリストル・シティ 68 (1)
2013 イングランドの旗 プレストン・ノースエンド (loan) 7 (0)
2014-2016 イングランドの旗 プレストン・ノースエンド 68 (3)
2016-2018 オーストラリアの旗 メルボルン・シティ 28 (2)
2018- オーストラリアの旗 パース・グローリー
代表歴2
2003 イングランドの旗 イングランド U-18 2 (0)
2003 アイルランドの旗 アイルランド U-19 1 (0)
2004-2005 イングランドの旗 イングランド U-20 3 (0)
2007-2008  オーストラリア U-23 10 (0)
2006- オーストラリアの旗 オーストラリア 15 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年4月23日現在。
2. 2016年1月19日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ニール・マーティン・キルケニーNeil Martin Kilkenny1985年12月19日 - )は、イングランド出身のサッカー選手パース・グローリーFC所属。ポジションはミッドフィールダー。 U-23オーストラリア代表として北京オリンピックに出場し、オーストラリアA代表としてAFCアジアカップ2011などで7試合に出場している。

経歴

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グレーター・ロンドンインフィールド・ロンドン特別区に生まれたキルケニーは、4歳の時に家族と共にオーストラリアブリスベンへ移住し、そこで育った。しかしサッカーで優れた才能を示した彼は、11歳の時チャンスを得るために家族でイングランドへ帰国した。そしてアーセナルFCのユース育成プログラムへと招かれ、アーセナルFCの下部組織で育つこととなる。

順調に成長していったキルケニーは、イングランド代表U-18などでプレイした。しかしキルケニーは、アーセナルFCにおいては不遇の時期を過ごし、クラブを去ることを決断した。そしてアストン・ヴィラFCマンチェスター・シティFCレスター・シティFCなどのトライアルを受けた後、2004年1月にフリートランスファーでバーミンガム・シティFCに加入した。

クラブ略歴

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バーミンガム・シティ

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キルケニーは2年半の契約にサインした。高い能力と将来性を認められたが、まだトップチームでプレイするレベルには達していないと判断され、レンタル移籍で修行を積むこととなった。そして彼はリーグ1(実質3部)のオールダム・アスレティックAFCに加入する。そこでキルケニーは2試合目で2ゴールをマークしたり、FAカップマンチェスター・シティFC相手にフリーキックを決めるなどして、その年のクラブ最優秀若手選手に輝いた。

2005-2006年シーズン、バーミンガムへ戻ったキルケニーは、スティーブ・ブルース監督から出場機会を保証できない旨を伝えられたが、トップチームに残ることを選んだ。そしてそのシーズンは、交代出場を中心に25試合に出場したが、チームはチャンピオンシップへと降格した。翌シーズン、キルケニーは出番に恵まれず、わずか2試合に先発するにとどまった。彼は不満を募らせ、2007年7月30日に再びオールダム・アスレティックへとレンタルで移籍した。

リーズ・ユナイテッド

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2008年1月4日、キルケニーはレンタル移籍で今度はリーグ1のリーズ・ユナイテッドFCに加入する。とはいっても、当初より完全移籍を前提としたレンタルであった[1]。彼はここで3年半の契約にサインした。この間に北京オリンピックへのオーストラリア代表の招集に応じている。主力として活躍しているキルケニーは、2010年12月には契約を延長してリーズ・ユナイテッドFCでプレイしたいという希望を明らかにした[2]。また同じ月、AFCアジアカップ2011へのオーストラリア代表のメンバーに招集された。

ブリストル・シティ

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2011年7月、ブリストル・シティFCへ完全移籍した[3]

プレストン・ノースエンド

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2013年11月14日、プレストン・ノースエンドFCへ1か月の期限でレンタル移籍[4]。2014年1月6日に完全移籍した[5]

メルボルン・シティFC

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2016年7月19日、メルボルン・シティFCへ2年契約で移籍した[6]

パース・グローリーFC

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2018年、パース・グローリーFCへ移籍した[7]

代表略歴

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キルケニーはイングランド生まれ・オーストラリア育ちで、アイルランドの血もひいているため、これら3か国のいずれかのナショナルチームでプレイする資格を持っていた。ユース世代ではイングランド代表でプレイしてきたが、結局はオーストラリア代表でのプレーを選び、2006 FIFAワールドカップ前の親善試合リヒテンシュタイン代表戦で交代出場し、A代表デビューを飾った[要検証]北京オリンピックアジア予選のメンバーとして予選を戦った彼は本大会のメンバーにも残った。しかし本大会は1試合の出場に留まり、チームもグループステージ敗退となった。チームに戻った後は、代表スカウトから視察を受けたりしたものの、2010 FIFAワールドカップへのメンバー入りは叶わなかった[8]。しかし2010年12月、AFCアジアカップ2011へ向けたメンバーとして、A代表に選出された。そして壮行試合のUAE戦で交代出場し初キャップを刻むと、アジアカップ本大会でも交代出場を中心に数試合に出場、決勝の日本戦にも途中出場した[9]

個人成績

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シーズン 所属クラブ 所属リーグ リーグ カップ リーグカップ リーグ1トロフィー プレーオフ 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
2003–04 バーミンガム・シティ プレミアリーグ 0 0 0 0 0 0 - - - - 0 0
2004–05 オールダム・アスレティック リーグ1 27 4 3 0 0 0 4 1 - - 34 5
2005–06 バーミンガム・シティ プレミアリーグ 18 0 4 0 3 0 - - - - 25 0
2006–07 チャンピオンシップ 8 0 3 0 3 0 - - - - 14 0
2007–08 オールダム・アスレティック リーグ1 20 1 3 1 1 1 1 0 - - 25 3
バーミンガム・シティ通算 26 0 7 0 6 0 0 0 0 0 39 0
2007–08 リーズ・ユナイテッド リーグ1 16 1 0 0 0 0 0 0 3 0 19 1
2008–09 リーグ1 30 4 1 0 3 0 2 0 2 0 38 4
2009–10 リーグ1 35 2 5 0 3 0 5 2 - - 48 4
2010–11 チャンピオンシップ 19 0 0 0 2 1 - - - - 21 1
リーズ・ユナイテッド通算成績 100 7 6 0 8 1 7 2 5 0 126 10
総通算 172 12 19 1 14 2 12 3 5 0 222

代表歴

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オーストラリア代表出場大会

脚注

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外部リンク

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