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一橋大教授 市原麻衣子氏 47
中国やロシアを始めとする権威主義国が、偽情報やプロパガンダを用いて民主主義国の世論や選挙結果を巧みに誘導し、自らに有利な状況を作り出す――。
こうした「影響工作」と呼ばれる手法について、一橋大の市原麻衣子教授は「加速度的に脅威を増している」と指摘する。背景にあるのは、SNSの普及や生成AI(人工知能)の登場だ。いま何が起き、我々はどう対処すべきなのか。(社会部 森田啓文)
「影響工作」と聞いても、どこか遠く、日常とは無縁の話のように思えるかもしれません。
ですが、例えば中国政府は昨年の夏、典型的な影響工作を仕掛けていました。東京電力福島第一原発の処理水を「核汚染水」と呼び、海洋放出を理由に日本産水産物を全面禁輸とした際、偽情報を拡散するなど様々な手法で日本に影響を及ぼそうとしたのです。
「ホットボタンイシュー(Hot‐button issue)を狙う」という言い方があります。特定の国において国論を二分する問題、激論を呼ぶ政治課題がある場合に、プロパガンダを拡散し、偽情報を流布することで対立を加速させ、社会の分断や不安定化を狙うものです。
この影響工作により、日本国内での処理水を巡る論争がさらに先鋭化する恐れがありました。しかし、中国のやり方があまりに威圧的だったこともあり、効果は限定的でした。<#食べるぜニッポン>がSNSで盛り上がったように、「ボイコット」(不買運動)ならぬ「バイコット」(買い支え)が広がり、世論はかえって結束を強めたように思えます。
ただ、日本と同時に標的となった韓国と台湾では、一定の成果が見られました。<海産物を食べた岸田首相が入院中><IAEA(国際原子力機関)事務局が日本から100万ユーロの賄賂を受け取った>といった偽情報が拡散され、処理水放出に反対する世論が強まりました。中国は日韓、日台関係に一定のくさびを打ち込むことに成功したと言えそうです。
このように影響工作は私たちの身近なテーマで行われています。
6倍の拡散速度を持つ偽情報
偽情報やプロパガンダによる影響工作は古くから行われ、目新しいものではありません。
しかし、インターネットとSNSの普及、そして生成AIの登場は、脅威を極めて大きなものにしました。偽情報が、世界中の不特定多数の人々に瞬く間に送り付けられるようになったからです。宣伝ビラやうわさ話で扇動した時代とは、全く状況が異なります。