国内では謎めいたオブジェが“主人公”の意欲作、ロンドンでは鬼才の新作公演…梅田芸術劇場が描く世界戦略

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編集委員 祐成秀樹

 今、梅田芸術劇場が熱い! 東京の演劇ファンには、ヒット中の「DEATH TAKES A HOLIDAY」を始め、「NINE」や「タイタニック」など大型ミュージカルを制作する劇場のイメージが強いと思いますが、それだけではありません。この秋は、同劇場の所属クリエイターである劇作家の池田亮さんと兼島拓也さんの刺激的な新作を発表したり、演劇の本場ロンドンで、エンタメ界注目の鬼才・加藤拓也さんの新作公演を制作したりと、人材育成と「世界」も視野に入れた意欲的な活動を展開しているのです。そこで今回は梅田芸術劇場にスポットライトを当てます。

ミュージカルの「輸入超過」に一石

 同劇場は阪急阪神ホールディングスのグループ会社で、2004年に設立。大阪で二つの劇場を運営するほか、演劇作品の制作や宝塚歌劇団OGのマネジメントなども行っています。

藤田俊太郎さん
藤田俊太郎さん

 近年、興味深い活動の一つは、ロンドンの劇場との共同プロジェクトです。そもそもはミュージカルの「輸入超過」の流れに一石を投じようとしたもので、19年に由緒あるチャリングクロス劇場に、演出家の藤田俊太郎さんを派遣してミュージカル「VIOLET」を制作・上演しました。その活動はコロナ後もブレずに続けており、23年にメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場と組んでミュージカル「太平洋序曲」の日本キャスト版を日本で、英国キャスト英国でそれぞれ上演。英国版にはオーディションを勝ち抜いた大野拓朗さんが出演しました。

謎のオブジェと新原泰佑のダンス

 もう一つは、池田さんや兼島さんのような新鋭クリエイターを「劇場所属」にする試みです。それについては、2人の新作を見る限り、早速成果が出ています。まずは池田さんが脚本・演出・美術を手がけた「球体の球体」。彼は東京芸大大学院で学んだ造形作家という顔も持つ異才だけに、謎めいたオブジェを“主人公”にした4人芝居を作りました。

 そのオブジェは、黒光りする球体を詰めた「ガチャガチャ」と呼ばれる「カプセルトイの 筐体(きょうたい) 」を天井まで積み重ねたもの。舞台は、近未来の独裁国家の大統領(相島一之さん)の回想で進み、オブジェを気に入った当時の大統領(小栗基裕さん)が、作者(新原泰佑さん)とキュレーター(前原瑞樹さん)を国に招き、オブジェの前などで語り合ううちに、「親ガチャ」(人生を左右する親を、子供は選べないという意味)という言葉の切実さが浮かび上がります。

「球体の球体」 オブジェ「Sphere of Sphere」と新原泰佑さん 写真・岩村美佳
「球体の球体」 オブジェ「Sphere of Sphere」と新原泰佑さん 写真・岩村美佳

 不穏な未来を予見したシリアスな舞台でしたが、人気上昇中の新原さんや名ダンサーの小栗さんとキャストは華やか。4人の硬軟自在な演技で笑いが絶えなかった上に、新原さんに伸びやかに踊らせるなど見せ場もたっぷり。社会性とエンタメ性を両立させていました。

ロンドン上演見据え、谷崎ワールドを土台に脚本

 一方、兼島さんは、ロンドン上演を見据えて谷崎潤一郎の短編小説に想を得て「刺青/TATTOOER」の脚本を書きました。演出は気鋭の河合朗さん。「美女の肌に己の魂を彫り込むこと」を夢見る 刺青(ほりもの) 師・清吉(LEO ASHIZAWAさん)の前に理想の女性(AKI NAKAGAWAさんと蒼乃まをさんの2人1役)が現れるという原作の設定は踏まえていますが、内容はオリジナルで「春琴抄」「 癇癪(ふうてん) 老人日記」など他の谷崎作品の要素も感じられました。1幕では清吉が女性の脚をねっとりとめでるのみならず、その女性の過去も明かされ、完全なる美とは、それを感じ取るにはどうすべきかなどと問いかけます。

「刺青/TATTOOER」 写真・ Manami Tanaka
「刺青/TATTOOER」 写真・ Manami Tanaka

 幕あい(休憩時間)の墨絵師の東學さんのライブペインティングを経て、2幕では清吉と女性の「支配」「被支配」の関係が逆転した物語に。女性が盲目の老いた清吉の世話をしつつ刺青師の仕事を手伝っているというコミカルな物語が進みます。客(ド・ランクザン望さん)を交えたやり取りに笑いながら、なぜ人は刺青を彫るのか、何が人を元気づけるのか、触れ合うことの意義とは、など様々なことを考えさせられました。谷崎文学に 真摯(しんし) に向き合い、原作に哲学性と奥行きを与えていた印象でした。

 兼島さんは沖縄県在住。22年に基地問題を扱った「ライカムで待っとく」という社会性の強い舞台で注目を集めました。それが今回は一転して文学的な作品を仕上げたのです。

クリエイター育成は「最重要課題」

 この二つのプロジェクトの狙いを、同劇場の常務執行役員兼海外事業戦略室長の村田裕子さんに聞きました。まず「劇場所属」の目指すことについて。「私たちの会社はクリエイター育成を最重要課題ととらえ、長期スパンで展開していく覚悟です」。当然、従来の「座付き」劇作家や演出家と違います。「彼らと向かう先は、舞台や劇場を含む多様なカルチャーです。その中で彼らのクリエーションとコラボできる可能性を探っています」

池田亮さん
池田亮さん

 確かに、今回の上演成果は、狙い通りと言えそう。「池田さんの空間設計能力や企画力をより提示したい。そうしたほうが作家として更に面白い世界を描くと信じました」。例のオブジェは「独立した作品として成立し、感情を揺さぶるのか、記憶に残るのかを考えて誠心誠意クリエーションしました」。その結果、公演にはアートギャラリーの関係者も来場したそうです。

兼島拓也さん
兼島拓也さん

 「刺青」については「兼島さんの社会や文学に関する豊富な知識と独特のセリフ、メタファーを入れ込むうまさを、これまでと違う作風で見たい」という発想から始まったとのこと。「原作がある戯曲を書く、初めての演出家との対話、英国の観客と向き合うなど、経験したことがないことづくしの公演だからこそ、今後の作家人生で実りが多いと思いました」

 今後も「劇場所属」クリエイターを「増やしていく」とのこと。「もっと多岐にわたるクリエイターの方に所属していただき、クリエイター集団をプロデュースしたり、マネジメントしたりするイメージをもっています」と村田さん。

加藤拓也の新作に現地メディア「より力強い演出なら……」

 同劇場が制作し、加藤さんが作・演出した新作「One Small Step」のチャリングクロス劇場公演については、現地メディアに興味深い劇評が載りました。

「One Small Step」 写真・Mark Senior
「One Small Step」 写真・Mark Senior

 近未来のゼネコンで月への移住計画を進めている夫婦の物語で、妻の妊娠に関わる葛藤が描かれます。「現代の普遍的なジレンマに対する日本人劇作家の視線を体験する上で興味深い」「妙に説得力のある、しかし妙に無感情な作品」(「British Theatre Guide」)、「知的で思慮深い作品は、くぐもった演出に阻まれている。同じ簡潔なセリフでも、より力強い演出のもとでは、もっとインパクトのあるものになるはずだ」(「The Stage」)。質は評価しつつも、弱点は鋭く指摘しています。加藤さんにはいい刺激になったのでは。10月18日からは「刺青」の上演が始まります。

観劇文化が根付くロンドンで勝負、その次は世界へ

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