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ようやく朝晩は猛暑が和らいできたけれど、相変わらず夜は寝苦しい。一晩に何度も目が覚めるので、昼間は頭がすっきりしない。
そもそも新聞や雑誌の記者をしていると、仕事が深夜に及ぶことは珍しくない。筆者は、今ではそういう激務からは離れたけれど、ついてしまった夜更かし癖がなかなか直らない。
思えば若い頃から寝不足には弱かった。20代前半に仕事で接した某県警の幹部から「片山さんは若いんだから二晩くらい寝なくても平気だろ」と言われ、「いや一晩も無理です」と答えて笑われたのを覚えている。学生時代の試験勉強でも、寝る時間を削ることはできず、日付が変わるころには寝ていた。
受験戦争の代名詞「四当五落」は誤り
過熱する「受験戦争」を伝える記事は、1950年代なかばごろから増えている。そこでは、しばしば睡眠時間も話題になった。59年(昭和34年)2月16日朝刊の連載「受験期」第13回のテーマは「現役」で、受験を控えた高校生のスケジュールを紹介している。一橋高校3年のK君は〈四当五落(四時間寝て勉強すれば合格だが五時間寝ると落ちる)なんてバカらしいと思ったが、さいごの追いこみとなったこのごろではほんとうに一分一秒もおしい気持ちです〉と語る。もっとも、同じ記事の中で、新宿高校3年のO君、M君らは〈四当五落なんてバカバカしい。先生も先輩も学校の勉強さえしっかりやっていればいいというし七、八時間は寝ています〉。
このように、記事の中では「四当五落」の効果は否定されることが多かったようだ。
睡眠の研究が進んだ時代にも、やはり「四当五落」は否定されている。
2018年(平成30年)7月27日「読売中高生新聞」21面「科学トラベラー」は睡眠の特集〈ぐっすり睡眠 脳活性〉だ。かつての「四当五落」について〈アメリカの実験で、4時間睡眠を1週間続けると、徹夜を一晩したのと同様に脳機能が低下することが明らかになっている。睡眠が不足すると、前日に覚えたことが思い出せないという研究もある〉と、エビデンスつきで否定している。
「ピローフィッター」登場
昔から睡眠は健康に大事と認識されてはいたけれど、かつては「快食・快眠・快便」といった具合に、要因のひとつと扱われることが多かった。「快眠」への関心が強まったのは1980年代半ば頃からだ。
まず目につくのはデパートの広告。86年(昭和61年)3月5日夕刊に日本橋高島屋が掲載した全面広告の中に、〈眠りについてこだわりたい人の〔快眠ショップ〕新登場!〉との記述がある。枕や就寝前のリラックスのためのテープ、書籍などが中心だったようだ。同年4月15日朝刊には西武百貨店の全面広告がある。こちらはテレホンショッピングで、面積の半分は〈西武オリジナル快眠寝具〉。羽毛布団など、なかなかの値段の寝具が並び、バブル前夜らしい高級志向を感じさせる。
98年(平成10年)5月11日朝刊「YEN」面の記事〈快眠ビジネス 目覚ましい成長ぶり コンサルティング販売が登場〉には、ピローフィッターという職種が登場する。小田急百貨店新宿店別館にあるロフテー「枕工房」で、〈ここを訪れる人は、まず、今使っている枕の高さや素材など10項目をカルテに記入する。次に、枕の高さを決める
サラリーマンの73%がストレス
人々はなぜそれほどの手間や金をかけて「快眠」を求めるようになったのか。
87年(昭和62年)3月29日朝刊「家庭とくらし」面に〈過半数が睡眠不足〉という記事がある。〈大手企業のサラリーマンを対象に行った睡眠調査によると、過半数の人が「寝不足気味」を訴えており、解消の手立てとして最も人気が高いのは「通勤電車で寝ること」――〉。調査はふとん品質表示推進協議会が行ったもので、〈平均的な睡眠時間は、平日が七時間七分、休日は九時間〉とのこと。
同年10月24日朝刊2面〈夜ふかし社会さらに 平均睡眠減り7時間47分〉は、総務庁(当時)による5年に1度の社会生活基本調査の結果で、見出しの数字は国民の平均睡眠時間。調査は3回目だが、最初の76年に比べて18分減ったという。
そして89年(平成元年)9月3日朝刊「家庭とくらし」面には〈首都圏のサラリーマン 73%がストレス感じる〉とある。ユニバーサル証券の「ストレス実態調査」の結果で、〈原因は、「仕事」「人間関係」「将来の不安」がワースト3だった〉。歴史的な好景気のさなかにありながら「将来の不安」とはやや意外だが、ビジネス環境が短期間で激変していた時期だけに、サラリーマン個人にとっては競争が激烈で先が見えなかったのかもしれない。
そういえば、「24時間、戦えますか」のコピーと歌が印象に残る三共(当時)のドリンク剤「リゲイン」のテレビCMが放送されたのもこの頃、88年(昭和63年)からだった。90年(平成2年)6月7日朝刊経済面には〈24時間戦えますか? 男性64%イエス!〉という記事がある。時計の輸入販売会社、平和堂貿易による「ビジネスマン・OLの時間意識調査」結果を紹介したもの。〈「仕事で二十四時間戦えるか」との質問に、「戦えます」と答えた人は全体の五六%に達した〉。そして〈男性の六六%が、ほぼ毎日残業をしていると回答〉とも。
快眠にコストかける時代
こんな生活をしていれば、眠ることに安らぎを求めるようになるのも無理はない。
〈大都市の二十四時間活動が定着する中で、ストレスがたまるビジネスマンにとって「ゆっくり眠りたい」という願望は強まる一方だ〉という前文で始まるのが、92年(平成4年)9月29日からの朝刊経済面における短期連載「広がる快眠ビジネス」。ハイテクを用いたベッドや敷布団、リラックスできる音楽CD、快眠のための施設などが4回にわたって紹介されている。
寝る時間を削って猛烈に働いたあげくに、今度はコストをかけて快眠を求める。冷静に考えると、何のために働いているのかよくわからない。バブル崩壊とともに「物から心へ」などと呼ばれる揺り戻しが来たのも、むべなるかな、である。
昼寝の地位、グンと向上
睡眠の研究が進むにつれて、社会的な地位が向上した眠り方がある。昼寝だ。
1875年(明治8年)6月22日朝刊に、昼寝を批判する投書が掲載されている。〈全体
が、2011年(平成23年)3月に朝刊「学び くらし」面に掲載された「健康プラス/昼寝の効用」、10日の第1回に、こんな例が紹介されている。
〈「エネルギー充電のため、15分間の午睡タイムに入ります」。全校にアナウンスが流れると、生徒たちは教室へ。福岡県立明善高校(久留米市)には午睡、つまり昼寝の時間が設けられている〉
生徒の平均睡眠時間(5時間32分!)が短いとわかり、生徒の多くが授業中の眠気を訴えたため、卒業生の内村直尚・久留米大教授(精神神経科)が提唱し、05年から午睡を始めたら、センター試験の結果も部活の成績も向上し、今も継続しているという。同月17日掲載の第3回では、東京都大田区の精密機器メーカーが社員の昼寝スペースを設けたことを紹介している。