ショー開幕前。まだ暗い場内には映画『氷の微笑』(1992年)のエンディングテーマがリピート再生されている。フロントローには同作でヒロインを演じたシャロン・ストーンに加えて、ユマ・サーマン、エヴァ・グリーン、サム・クラフリン、ドミニク・セッサ、カラム・ターナーの姿が。パパラッチが夢中になるような顔ぶれは、ここ数シーズン話題の中心にいるメゾンの最新コレクションを見届けるのにいかにもふさわしい。
昨年クリエイティブ・ディレクターに就任したピーター・ホーキングスは長年、ブランド創業者であるフォードの下で働いてきた。誰よりも彼の美学を理解しているホーキングスの初となる秋冬コレクションは、今のところすべてがトム フォード(TOM FORD)らしい。だが、彼の今季のミッションは過去の殻を破り、自分にしか残せない爪痕を残し、ブランドを前進させることだ。
しとやかに生まれ変わったセンシュアリティ
ホーキングスがまずランウェイに送り出したのは、ミリタリー風のコートやジャケットに、真鍮のボタンが輝くロンパース。ボタンはメゾンのために特別にデザインされた代物で、ルックに使用された生地もすべて特注だ。抜け目なく仕立てられたピースの数々は、フロントローを埋め尽くすセレブたちにとどまらず、計り知れないほど多くの人の心を奪う吸引力を持っている。
フォードはストイックなデザイナーで、ブランドを売却するまでギリギリまで攻めたコレクションを発表することを好み、非難の的とセンスの良し悪しを問われる存在だった。ホーキングスはそんな彼がブランドにもたらした挑発的な姿勢を見事に拭い去った。ホーキングスのトム フォードはセクシーでありながら危うさはなく、クリスタルがあしらわれたメッシュ製のネイキッドドレスからもシースルーのキャットスーツからも、どこか慎ましささえ漂う。ショーの招待状とともに送られた新フレグランス、「バニラ セックス」の甘くも官能的な香りに通ずる空気感だ。
フォードがブランドを率いていた頃はメンズウェアを専門に手がけていたホーキングスだが、今回もデビューコレクションと同様に、ウィメンズのテーラードアイテムが強みだ。昨シーズンはフォードのグッチ(GUCCI)時代を彷彿とさせるベルベットのスモーキングジャケットが中心だったが、今季はワイドなラペルのジャケットのスリーピーススーツ、ダウンサイズされたジレ、ボディラインにフィットした流れるような曲線のハイウエストパンツがメイン。色もシルバーグレー、ピンストライプ、ビビッドなパープルと一新した。「フィット感をとても大切にしているんです」と語るホーキングス。そのこだわりは、確かに体現されていた。
※トム フォード2024-25年秋冬コレクションをすべて見る。
Text: Nicole Phelps Adaptation: Anzu Kawano
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