既に多くのメディアで報じられている通り、今年のバーニングマンは豪雨に見舞われ、砂漠が泥沼と化し、参加者が一時的に孤立する事態に。会場を訪れていたディプロとクリス・ロックがぬかるみを10キロ近く歩いて脱出したということが話題を呼んだが、自分も会場に閉じ込められたひとりだった。まず、どういう状況だったのかを記したい。
実は開催前にも雨で設営に影響が
ブラックロック砂漠はほぼ雨が降らない地域だが、今年はハリケーンの影響でバーニングマン開催前に雨が降り、街の建設が一旦ストップした。その後、地面は乾き、無事開催を迎えた。今年のバーニングマンの最終日は9月4日。9月2日の夜にブラックロックシティの中心に立つ人型の造形物「ザ・マン」に火を放つというバーニングマン最大のイベントが行われると発表されていた。自分は象徴である「ザ・マン」が燃えるのを見届けた後、翌3日午前10時に会場を出るバーナーエキスプレスバス(フェス公式が運営する交通手段)に乗り、約150km離れたリノ市に一泊し、4日早朝のフライトで日本に帰国するというスケジュールを組んでいた。
砂漠に咲く、アートの数々
「プラヤ」と呼ばれる総面積約14.5平方キロメートルの広大な塩類平原に、フランク・ハーバートの小説「デューン」にインスパイアされた大小さまざまなアート作品が展示されたブラックロックシティ。そこには氷を購入する以外には金銭のやりとりは生じない。“ギフト”の精神のもと、バーナーたちが見返りのない支え合いをしながら過ごしている中、再び雨が降り出したのは9月1日の午後だった。
自分が会場入りする前から1日は雨が降る可能性が高いという予報が出ていたため、リノから往路のバスに乗る際、スタッフに「9月1日に雨が降る予報だが、9月3日午前中発のバスで予定通り帰ることは可能だと思うか?」と訊いたところ、「1日に雨が降ったとしても2日に道が乾くので3日のバスなら問題ない」という力強い回答が返ってきたこともあり、「プラヤの乾燥ぶりはこちらが思っている以上なのだろう」と安心したことを思い出す。
しかし、雨脚は強くなり、ブラックロックシティの地面はどんどんぬかるんでいった。水を含むと粘着質の強い泥に変容するため、車を走らせるとわだちが深まって地面が荒れてしまう。降雨時は車は使用禁止で、無理に走らせるとスタックし、立ち往生することも珍しくないのだ。道を歩くと雪だるま式に靴に泥がくっつき、まるで重りを付けているような感覚を覚える。車も自転車も稼働できない状況が続いた。
起きると、あたり一面が沼地に
雨がやんで道が乾き、翌々日のバスに乗れることを願いながらテントで就寝。翌朝起床すると雨は止んでいたが、あたり一面沼のような状態になっていた。ブラックロックシティでは基本的にインターネットや電話は通じない。バーナーは公式のFMラジオから天気や交通に関する情報を得る。自分がジョインしたキャンプサイトのバーナーたちが、ラジオで流れていたという情報をもとに「ゲートがクローズしていて場内からは出られない」「今日も雨が降る予報なので、月曜にバスに乗ることは難しいだろう」ということを教えてくれる。後から知ったところでは、1日の午後から長時間振った雨は、平年の2~3カ月分に相当する記録的な雨量だったという。予定通り日本に帰れない可能性が高くなってきた。そうなると、ご迷惑をかけしてしまう方々に一刻も早く連絡を入れる必要がある。
降雨前に場内を自転車で周遊している最中にWi-Fiが入ると、掲示されたテントを見たことを思い出し、徒歩でその場所に行ってみるが、スマホには全く電波が入らない。電話で話している人々がいたため、通話ならできるのかと思って深夜の日本にかけてみても、一切通じない。友人たちのスマホも同様だ。また場内を周り、何人かに質問をしたり、基地局の電波塔を見つけたりして、電波が入る場所を探し続けた。その状況でもブラックロックシティのあちこちからは音楽が流れ続け、人々は思い思いに楽しんでいた。
思いの外、悲壮感のないバーナーに救われて
ようやくWi-Fiが入る場所を見つけ、スマホから各所にメールを送ることができた。天気は曇り。道は今朝の最悪の状態と比べ、少しずつ乾いてきている。あとはこのまま雨が降らず、予定通りバスが出ることを願うしかない。自分のキャンプサイトから15分程歩いたところに場内を周るトラムのバス停があり、そこからトラムに乗れば、15分程度でリノ行きの大型バスの発着所に着くのだが、トラムはストップしたまま。大型バスが出たとしてもトラムは動かない可能性が高いことを想定し、テントの解体やパッキング後にバスの発着所まで1時間以上かけて歩くことを見越して朝4時に起きることにした。
しばらくすると、Wi-Fiスポット以外の場所でも、友人グループ内で私のスマホだけにごく稀に電波が入るようになり、17時37分に1通のメールが届いた。バーナーエキスプレスバスの事務局からだ。「今のところ明日のバスは出る予定だが、出発時間はディレイする。10時発のバスは14時発に変更、集合は90分前。場内のトラムは10時から再開予定。しかし、すべては状況次第」と書かれてある。予定のフライトに乗れる可能性は高まった。
会場からの脱出作戦、スタート
2日は深夜に雨は降ったが、前日の長く続いた大雨とは違い、短時間小雨が降っただけだった。その後、雲の合間から綺麗な星空が広がる時間帯もあった。翌朝起きると、道の状況は随分改善されていた。引き続き私のスマホはたまに電波が入る状態で、バーナーエキスプレスバスから新たなメールは届いていない。昨夜のメールに記載されていた状況から変わりないということなのだろうか。とりあえず、テントの解体や後片付けを終え、大量の荷物を持ってトラムのバス停に向かって歩き始めた。やはり大量の泥が靴に付着し、スーツケースのキャスターは泥を吸い込み、みるみるうちに手足が重くなっていく。修行のような様相を呈しながら、やっとのことトラムのバス停に到着。時間は10時過ぎ。メールに書いてあった再開時刻は過ぎているが、30分程待ってもトラムが来る気配は微塵もない。
大量の荷物とともにひたすらトラムを待つ我々に対し、トランシーバーを身に付けたブラックロックレンジャー(Black Rock Ranger)と呼ばれるベテランバーナーを含めた何人かのバーナーが、「バスもトラムもまだ走っていない」「ゲートは引き続きクローズしたままだ」という情報を教えてくれる。絶望感がこみ上げながらも、昨夜受信したメールのことを伝えると、驚いた表情を見せるバーナーがほとんどだった。皆、ラジオで情報を得ていると言うが、どれが正確な情報かがわからない状況なのだ。トラムを待ち続けていても埒が明かなそうなので、グループの中で一番英語力と交渉力に長けた友人ひとりが大型バスの発着所に自転車で行き、直接状況を確認することになった。
情報が錯綜する中で…
大量の荷物とともにトラムの停留所に取り残された我々に、何人ものバーナーが話しかけてくる。「バスは出てるのか?」「何か情報は知っているのか?」と。みんな正確な情報が知りたいのだ。
1時間ほど経ったところで、大型バスの発着所に行った友人が戻ってきた。「大型バスは随時運行はしている。ただ、道路の状況的に会場から直接リノに行くのは難しく、数マイル行ったところで車両を乗り換えてリノに向かう。トラムは運行していない。この後の天気次第で状況は変わる可能性がある」と説明してくれた。要するに、予定通り本日会場を出るためには、泥まみれの道を歩き、一刻も早く発着所に着く必要があるということだ。空には暗雲が立ち込めており、いつまた強い雨が降って道路の状況が悪化し、ゲートがクローズするかわからない。そこから、ひたすら歩いた。
靴とスーツケースに泥がひどく纏わり付き、時折水たまりに足を取られるので、通常の10倍くらい体力が奪われる。1時間以上かけてようやく着いた泥まみれの発着所には、我々と同じように大荷物を抱えた人々が列をなしていた。到着とほぼ同時に、強めの雨が降ってきた。バスの運行が止まらないことを願いつつ列に並び、チェックインを済ませ、トラックの荷台に乗ることができた。友人が言っていた通り、どうやらこのトラックで数マイル離れた場所まで行き、リノ行きのバスに乗り換えるようだ。20人程度のバーナーとともにトラックの荷台に揺られ、ブラックロック砂漠を脱出。途中、砂漠をひたすら歩いて会場を脱出しようとする人々の姿や、無理やり車を走らせてみたもののスタックして途方に暮れているドライバーの姿が目に入った。
脱出成功! 過酷さをも楽しむマインド
15分程走ると、幹線道路に辿りついた。ぬかるみとは無縁のアスファルトが輝いて見える。そこで、大型バスに乗り換えた。スマホに電波が入るようになり、「豪雨により数万人がバーニングマンで立ち往生している」というニュースが目に飛び込んできた。
バーニングマンを襲った大雨は、気候変動による異常気象が原因だと報じられている。気候変動により、世界各地で通例が覆されている。今回のバーニングマンしかり、初めてのことはいつ起こるかわからない。ただ、初めてのカオスに陥ったブラックロックシティは、それでも笑顔に溢れていた。ほとんどのバーナーは車で会場に来ているため、車の通行が禁止されている状態では場内に残る選択肢を取らざるを得ないということもあり、割り切って過酷な状況を楽しむムードが漂っていた。
バーニングマンには「どんな者をも受け入れる共同体である」(Radical Inclusion)、「与えることを喜びとする」(Gifting)、「商業主義とは決別する」(Decommodification)、「他人の力をあてにしない」(Radical Self-reliance)、「本来のあなたを表現する」(Radical Self-expression)、「隣人と協力する」(Communal Effort)、「法に従い、市民としての責任を果たす」(Civic Responsibility)、「跡は何も残さない」(Leaving No Trace)、「積極的に社会に参加する」(Participation)、「“いま”を全力で生きる」(Immediacy)という十カ条の根本理念が存在する。バーナーはこの理念を胸に支え合い、音楽やアートをはじめとするさまざまな表現活動に勤しむ。
場内には多岐にわたるテーマを宿したキャンプが100以上存在する。ヨガや瞑想を行うキャンプ、サーカスを行うキャンプ、アートツアーを開催するキャンプ、お酒や食べ物を振る舞うキャンプ、DJを招聘しクラブと化すキャンプ、パフォーマンスアートを行うキャンプ、読書会を開くキャンプ、ただただ会話をするキャンプ……十カ条からも見て取れるように、バーニングマンで傍観者になることはタブーであり、自らの意志をもとに積極的に場に参加することがマナーだ。キャンプのテーマが書かれた地図を頼りに目的地を決めて楽しんでも良いし、あてもなく彷徨って予想のつかない出会いを楽しんでも良い。過ごし方は自由だ。
電波とインターネットが入らないだけでなく、電気、ガス、水道などの生活基盤は整備されていない。そのためバーナーは約一週間生活するための飲食物、調理道具等を持参し、時にはお互いの所有物を与え合い、喜びを共有する。場内には多くの仮設トイレが点在し、通常は毎日運営によって綺麗に整備される。
「今を楽しみ尽くす」エネルギーが爆発する砂漠の聖地
初めて体験したブラックロックシティには、人間の底なしの想像力と創造力とユーモアが溢れていた。広大な空間に、膨大な数のユニークなアートカーが大音量で音楽を鳴らしながら走っている光景はこの世のものとは思えなかった。『デューン』の世界にも、『マッドマックス』の世界にも、『スター・ウォーズ』の世界にも、『アラビアのロレンス』の世界にも、『ブレードランナー』の世界にも、『風の谷のナウシカ』の世界にも見えた。激しい砂煙で自分の指先すら見えなくなるというヘビーなシチュエーションが度々訪れる中、とことん今を楽しみ尽くそうというエネルギーが爆発しているのだ。
特にクレイジーなのが夜の光景だ。眩い光を放つ大量のアートカーと自転車が縦横無尽に走り回る様は新たな惑星に降り立ったような感覚を覚えた。そんなストレンジな空間に身を置き、自転車に乗って、音の鳴る場所やアートのある場所に惹かれて散策していると、次々にバーナーが声をかけてくる。食べ物や飲み物が振る舞われ、音楽を楽しんでいると、時間はあっと言う間に過ぎていく。
バーナーは“ギフト”の精神を宿しているため、基本的にはみんなとても親切だ。笑顔で手を振り、道を譲り合いながら、車や自転車を走らせる。こちらから何も言わずとも、雨宿りの場所として自らのキャンプを提供してくれるバーナーもいたし、キャンプの撤収を手伝ってくれたバーナーもいたし、荷物を運ぶのを手伝ってくれたバーナーもいた。金銭のやりとりが生じない見返りのない世界では、人と人との本質的なつながりがすべて。いろいろなものがそぎ落とされ、大切なものだけが存在する。
Photos & Text: Kaori Komatsu Editor: Yaka Matsumoto