映倫 次世代への映画推薦委員会推薦作品 —「最後の乗客」
“あの日”を経験した者たちが向かうそれぞれの終着点
「あの日を忘れない」̶̶毎年3月11日になるとTVやインターネットで決まって流れるこの言葉。未曾有の災害が多くの人々を襲ったこの日を忘れてはいけない。確かにそうだ。しかし、この言葉を聞くたびに心を痛めている人もいる。解放されたいと願っている人もいる。
震災発生時、NYにいた宮城県出身の堀江貴監督。彼は、毎年訪れていた震災の追悼式で出会った、福島県の実家が移住を余儀なくされた女性の言葉に衝撃を受け、本作の製作を決意したという。「辛い思いをした日を決して特別な日にしたくない」という彼女の想い、これは震災を体験していない自分だからこそ描けるテーマなのではないか。それが物語の出発点となり、資金調達のためのクラウドファンディングを開始した。
妻に先立たれたタクシードライバーの遠藤は、思春期の娘とぶつかってばかり。東京の大学を受験するという娘を勇気づけようと豪華な夕食に誘うも、些細な誤解からケンカになってしまう。誰よりも応援したいのに素直に伝えられない父の思いは〝卵おにぎり〞となり、娘の心にそっと寄り添い続けるのだ(ちなみにこの卵おにぎりは、監督のお母様の〝おふくろの味〞だそう)。
本作には〝映画の創造力〞を感じるある仕掛けが施されており、それが判明した瞬間、物語の視点はガラッと変わる。王道でありながら、登場人物の未来を明るく照らすような爽快な〝読後感〞。遠藤と同じく娘を育てる筆者としては、本篇は言わずもがな、特にエンドロールで涙してしまった。何げない日常がいかに貴重なものであるか。親として生きている間に子に何を伝えられるのか。震災により断ち切られた想いの哀しみや、人と人との結びつきの大切さ、生命の重さを感じ取れる珠玉の作品だ。
文=原真利子 制作=キネマ旬報社(「キネマ旬報」2024年12月号より転載)
「最後の乗客」
【あらすじ】
東北のどこかにある小さな街。同僚の竹ちゃん(谷田)から“ある噂”を聞いたタクシードライバーの遠藤(冨家)は、彼の話を一笑に付し、閑散とした夜の住宅街を流していた。そんな中、遠藤はタクシーを止めようと手を挙げていた若い女性(岩田)を乗せる。彼女の目的地まで車を走らせていると、今度は小さな女の子(畠山)と母親(長尾)が飛び出してきて……。
【STAFF & CAST】
製作・脚本・監督・編集:堀江貴
出演:岩田華怜、冨家ノリマサ、長尾純子、谷田真吾、畠山心、大日琳太郎 ほか
配給:ギャガ
日本/2024年/55分/Gマーク
10月11日より全国にて順次公開中
©Marmalade Pictures, Inc.
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