卓越した加工技術と世界観でアウトドアギアの新境地を切り開く「muraco」

ガジェットの背景を掘り起こすことで、時代の流れが見えてくる──。UI/UXデザイナーにして筋金入りのガジェットラヴァーでもあるTHE GUILD共同創業者の安藤剛が、ガジェットのコンテクストを読み解く連載「THE GADGETS DEEP DIVE」。第2回は、0.01mmの誤差も許されない金属加工の世界で培われた加工技術を活かしたプロダクトデザインで注目を集めるmuracoの、「CARAJAS PEG HAMMER」「SATELLITE FIRE BASE」「GRILL TABLET」を紹介する。生粋のアウトドアラヴァーであり、登山を嗜む安藤の眼には、muracoのプロダクトたちがいかなるものに映るのだろうか。
卓越した加工技術と世界観でアウトドアギアの新境地を切り開く「muraco」
PHOTOGRAPHS BY GO ANDO

今回ご紹介するのは日本発のアウトドアブランド「muraco」。

キャンプ向けプロダクトを中心に展開するmuracoは、その独創的なプロダクトデザインによってアウトドアシーンに多くのファンを集めている。かく言うぼくもそのひとりで、今回はmuracoのプロダクトを実際にキャンプで使用したレヴューも併せてご紹介したい。

muracoの名をはじめて聞く方は意外に思うかもしれないが、muracoは創業47年になる金属加工企業・シンワが2016年から展開を開始したアウトドアブランドだ。金属の切削加工を得意とし、0.01mmの誤差も許されない工作機械向けの部品を製造してきた歴史のなかで培われた、その加工技術を活かしたプロダクトデザインにも注目してもらいたい。

CARAJAS PEG HAMMER

まずは、この初見では何の道具かほとんどの人がわからないであろう「CARAJAS PEG HAMMER」。これはテントの設営に必要なペグ(杭)を打ち込むためのハンマーだ。SF映画に登場するような、まるで空間の一部が異次元に吸い込まれたような造形が特徴のプロダクトだ。

ハンマーと聞いて思い浮かべるあの形とは似ても似つかないが、実際に使ってみると不思議と打ち込みやすい。ヘッド部分の素材はステンレスが使用されており、金属切削の技術がふんだんに活かされている。

ヘッド中央部の円状に削り取られた窪みは、打ち込んだペグを引き抜くための工夫がなされており、ペグの打ち込みと引き抜きのふたつの用途に活用できる。なおかつ携帯性を高めるためにほぼ円柱状の造形であり軽量さを兼ね備えたこのプロダクトのデザインからは、溢れるオリジナリティとクラフトマンシップを感じることができる。

SATELLITE FIRE BASE

キャンプの主役といえば焚火。「衛星」という名の付いたこの焚き火台は、とても焚き火台とは想像もつかないコンパクトな姿から、打ち上げられパネルを展開する人工衛星のようにトランスフォームし、優美な佇まいの焚き火台に姿を変える。

このプロダクトにもユニークなギミックと切削技術の高さが活かされている。本体に収納された8本のブレードは左右のキャップを少し緩めることでロックが外れ、展開する。ブレードを広げたあと、またキャップを締め付けることでガッチリと固定される。アウトドアギアながら非常にガジェット感の強いプロダクトだ。

展開した4つのアームに火床になるマイクロメッシュを装着するという極めてシンプルな構造だが、地面より比較的高い位置で薪を燃やすため植物を保護しつつ、通気性の高いマイクロメッシュを採用することで燃焼効率にも優れている。

また、細い骨格ながら高い安定性をもち、muraco専用のステンレスグリルを載せ肉を焼くのと並行してスキレットや鍋料理なども同時にこなすことができた。

料理もひと通り済んだ後は、多くの方にとって薪が燃え尽きるまで炎を見つめたり、仲間と語らう時間がキャンプの醍醐味だろう。そんなときにも焚火の炎がSATELLITE FIRE BASEのステンレスのブレードにユラユラと反射し、ふけていく夜を味わい深いものにしてくれる。

GRILL TABLET

「GRILL TABLET」はタブレットの名の通り、アップルのiPadと同程度のサイズの鉄板だ。ステンレスのハンドルと分離式になっていることでコンパクトに収納ができ、携帯性に優れている。

鉄板の加工自体はフラットでごくシンプルながら、両端に溝が掘られ油がこぼれにくい工夫が施されている。

GRILL TABLETはガスバーナーでも焚き火台の上のステンレスグリルのどちらの用途も想定して設計されており、ガスバーナーに載せた場合は下の画像のような非常にミニマルな佇まいになる。

ぼくは登山も嗜んでいるのだが、山行のときはなるべく装備を軽量にまとめたいもの。だが、この携帯性であれば、ちょっとしたお昼の贅沢のためにGRILL TABLETをガスバーナーと共に山行に持参してみようと目論んでいる。

SATELLITE FIRE BASEとの組み合わせで、ステンレスグリルでは焼きにくいステーキ肉をGRILL TABLETで焼くことができる。ハンドルを併せて使えばGRILL TABLETを移動して火加減を調整することも簡単だ。

一つひとつのプロダクトがmuracoの世界観に沿ってつくられており、muracoのプロダクトたちにはそれぞれのコンポーネントをつい揃えてしまいたくなる魅力がある。

GRILL TABLETのデザインのなかでぼくが一際目を引かれたのが背面のロゴだ。muracoのシンボルマークが非常に精緻にレーザーで刻印されているのだが、火がいちばん強く当たり最も過酷な条件になるであろう背面の中央部にロゴマークをあしらっていることにとても驚かされた。これから何度も使っていくなかでこのロゴマークがどんなふうに経年変化していくのかも楽しんでいきたいと思う。

muracoはガレージブランドではない

muracoのプロダクトの紹介は以上になるが、最後にシンワを2015年に継いだ村上卓也氏にファクトリーを見学する機会をいただいたので、その様子も交えて、muracoブランドを運営している同社についてご紹介したい。

冒頭で触れた通り、シンワは1974年から埼玉県を拠点に金属加工業を営む企業だ。村上氏はIT企業やインテリア業界でキャリアを形成し、その後父親の村上善一氏より同社の経営を承継した。創業期より工作機械向け部品の製造を手掛けてきた同社だが、村上氏の発案によりアウトドア領域での自社プロダクトの展開を目指し、muracoブランドを新規事業として立ち上げる。

ファクトリーの内部では導入したばかりの最新鋭の加工機や、muracoプロダクトの製造工程も見学させていただいた。コンピューター制御による精密な金属加工の様子と、製造を知り尽くしたエンジニアだからこそできる高いレヴェルでのアウトドアギアの開発の現場を見ることができた。

また現在の完成したデザインに至るまでのスケッチや数多くのプロトタイプを見せていただき、プロダクトが完成する背後には、世に出ることのない膨大な試行錯誤の蓄積があるということを改めて感じさせられた。

アウトドア領域には「ガレージブランド」と呼ばれるカテゴリーのブランドが存在する。明確な定義はないが、概ねアウトドアが好きでたまらない創業者が自宅のガレージで自分のためにプロダクトを開発し、それがブランドとなったものを指す。いまや世界に冠たるPatagoniaやThe North Faceも元はガレージブランドだ。

だが村上氏は「muracoはガレージブランドではない」と明言する。

ガレージブランドとカテゴライズされることで品質・供給・サーヴィスのあらゆる面でユーザー・メーカー双方に現れてしまう甘えを排して、自社の製造能力や幅広い製造パートナーを構築してきた同社だからこそできる、“企業”としてのブランド運営を目指していると語っている。

長く製造の世界で戦ってきた同社のものづくりへの矜持を感じると共に、muracoの独創性が溢れるプロダクトデザインと高いビルドクオリティの背景を垣間見ることができた。muracoがこれから世界に向けて、どんな新しいアウトドアギアを送り出してくれるのか期待が膨らむ。

金属加工業界で同社が蓄積してきた加工技術の上に、IT業界、インテリア業界と異業種を渡り歩いてきた村上氏のパーソナリティーが重なることの化学反応で、muracoという新進気鋭のアウトドアブランドが生まれた。

製造技術の高さだけでは新たな価値は生まれない。そこには既成の枠組みを壊す新しい価値提案が必要だ。muracoの様に異なる領域の知識と経験が掛け合わさることで、新しいプロダクトがこれからも数多く生み出されることを楽しみにしている。

TEXT & PHOTOGRAPHS BY GO ANDO