若き名うてのシェフが集う「Julius」。ローカリズムと持続可能性の追求が生んだ、新しいガストロノミーの可能性

ベルリン・ウェディング地区に店を構える、気鋭のレストラン「Julius」。日本人を含めた若きシェフやソムリエたちが集う同店に、世界中の美食家たちが熱い視線を注いでいる。そんなJuliusのメンバーたちは、いかに「食」と向き合い、ベルリンから新たな食文化を生み出そうとしているのだろうか。
若き名うてのシェフが集う「Julius」。ローカリズムと持続可能性の追求が生んだ、新しいガストロノミーの可能性
PHOTOGRAPHS BY MEG SATO

ドイツは、北部都市のハンブルグといったデンマークへと続く国境地帯付近を除けば、海に面していない内陸エリアだ。この地理条件を鑑みて、首都であるベルリンでは、個人やグループが小さな農園をもつなど工夫して食文化を維持発展させてきた。人気なのは定番のハム、ソーセージ、それからじゃがいも。だがしかし、実はそういう類の料理だけが、伝統的なドイツらしい料理ではないのだ。

実は近年、養殖漁業なども盛んにであるほか、移民たちがさまざまな食文化をベルリンにもち寄った個性豊かなレストランがいくつもある。さらに、和洋折衷の食文化が背景にある移民たちが、まるでアーティストコレクティヴのごとくアイデアをもち寄り、世界に打って出られるレヴェルのお店も台頭してきているようだ。そのなかのひとつが今回取材させてもらった「Julius」だ。世界から注目されるその「食文化」の実態に迫る。

街にはオーガニックスーパーマーケットが多く立ち並び、レストランでも当たり前のようにヴィーガンメニューが用意されている。地産地消。そして食に対する健康意識が生活の延長で密接につながっているベルリン。ポテンシャルは未知数ながらも可能性溢れる東ヨーロッパと、既に成熟した文化や歴史をもつ西ヨーロッパとの衝突地点・ベルリン。2020年12月、この地のウェディング地区で突如出現した(前回で取材した「SAVVY」から徒歩5分圏内にある)ガストロノミーレストラン「Julius」は、ロックダウンという特殊な状況下に、同じくベルリンにあるレストラン「Ernst」の姉妹店としてオープンした。

オーナーを務めるのは、1993年にカナダで生まれたディラン・ワトソン=ブラウン。世界各国の美食家達が、彼の料理を堪能しにやってくる。同時に、彼に触発された同年代の若きシェフ、ソムリエたちが彼のもとで働いていた。そうした彼の実績と集った仲間の手腕を自由に発揮できる環境が、この「Julius」というわけだ。

日本人のシェフやワインソムリエも在籍する同店は、コロナ禍のロックダウンという飲食店にとって逆風の時代にいかにして産声を上げ、ベルリンで美食文化を伝えようとしているのだろうか。ランチタイムのコースを満喫させてもらったあと、野心と心意気が同居した「Julius」のオーナーのひとり、インガ・クリーガーに話を訊いた。

モットーは「持続可能性と地産地消」

──メンバーはどのような構成なのでしょうか?

ディラン・ワトソン=ブラウン、スペンサー・クリステンソン、原翔志、そしてわたしが共同オーナーです。それからヘッドシェフである長岡俊輔のもとにシェフが数名付いています。最近では8月に入って東京の目黒「kabi」というレストランから優秀なソムリエ・大森澄也が来ました。彼はワインの知識をちゃんともっているソムリエなので楽しみです。

目黒にあるレストラン「kabi」から「Julius」に加わった、ソムリエの大森澄也。

──今日のコース含めて、食材のレシピはどのような流れで決められたのですか?

オーナーのディランやスペンサーたちが、週に複数回市場に行きます。そして毎週可能な限りブランデンブルグにある生産者を訪問しています。そのため、メニューは週ごとに変わり、常にそのときに手に入るものを反映しています。次の週のいくつかの食材が前週に調達され、ディランと一緒にアイデアを検討します。今週の場合は、新鮮なアスパラガスがあったので、それに衣をつけて揚げることを考えました。

──ErnstもJuliusも、食材はベルリンや近隣農家から毎日直送で届けてもらっているとか?

そうですね。ErnstとJuliusの思想として、「地産地消の精神」をとても大切にしています。野菜はたくさんありますが、満足のいく品質のものは簡単に見つかりません。わたしたちは本当に品質を高める方法を知っている人と仕事をしたいと思っているので、常にそういうポテンシャルをもった人を探しています。

──ブランデンブルグの農場の生産者と積極的にコミュニケーションをとっている背景もそこにありますか?

ブランデンブルグにある農家の方が育てる野菜が信じられないほどの出来栄えのもので、その虜になってしまいました。わたし自身、初めて農場で食べたときの感動を覚えています。そのときに食べたのが、今日のメニューにあるブロッコリーとアスパラガスでした。この甘さがたまらなくおいしくて、純粋なファンになったのです。繊細な味の個性は、わたしたちのインスピレーションにもなっています。

才覚ある20代がベルリンの食文化を活気づける

──ベルリンの食文化としてこういった若いガストロノミーができることで地域へどのように貢献できると考えていますか?

ポジティヴな側面としては、若い世代が挑戦することで、新しい段階と発展のための食文化を築くことができると思います。まだまだ発展する可能性がありますね。

──メニューにも「いまこの瞬間しかない」という言葉が記されていますね。

まさに。わたしたちは常に鮮度の高い料理を提供して、そのときどきの自由なスタイルを反映したものなので。例えば、たまたま今日も素晴らしいチキンを手に入れることができたから、それを使ってどういう視点でお客さんに振る舞い、もてなすかを考えました。食材のジャンルも今日提供したコース料理のなかにも、日本的なものもあれば、まったくそうではないものもある。毎日自由なスタイルで、仕入れた食材を使ってそのときで最大限できるおもてなしの表現をコースメニューに反映しています。

本当に自由なスタイルなのです。基本的にディランは、自分のやりたいことをやるので。けれど、同時にレストランとしては常に厳しい目で高いクオリティの素材を毎日手に入れなければなりません。その真価をこれから出るメニューで証明していけたらと思います。

美食という観点でいえば、世界随一の水準を保っているように思える日本。平均的なレストランのクオリティは常に高水準で、食文化は世界に誇るべきものであるともいえよう。その一方でサステイナビリティ、環境配慮やローカリズムにおける徹底したフィロソフィーなどの美学は、よほど特出したお店でない限り文脈として徹底されにくいのが現状と言えるかもしれない、と友人の飲食経営者は語っていた。

そうしたなかで、彼ら/彼女らのような若くして世界を渡り歩いてきたコスモポリタンだからこそ提案できる、新しい循環したサイクルを無理なく実現させる姿勢は、食の未来を考える上で大きく参考になりそうだ。

JuliusInstagramGerichtstrasse 31, Berlin, Berlin, DE, 13347

TEXT BY HIROYOSHI TOMITE

PHOTOGRAPHS BY MEG SATO