Interview:「サウンドデザイン」探究の果てに、スズキユウリが目指すこと

エクスペリエンスデザイナー、サウンドデザイナー、アーティスト、ミュージシャン。多彩な肩書きをもつスズキユウリが、「THE AMBIENT MACHINE」なる装置を生み出したきっかけはコロナ禍だった。「環境(アンビエント)」×「音(サウンド)」の可能性を探る活動の背景には、いかなる思い/狙いが潜んでいるのだろうか。
Interview:「サウンドデザイン」探究の果てに、スズキユウリが目指すこと
PHOTOGRAPH BY NICK GLOVER

「パンデミックを機に多くの人、あるいは企業の音に対する関心が高まった」と、エクスペリエンスデザイナー、サウンドデザイナー、アーティスト、ミュージシャンとして英国ロンドンを拠点に活躍するスズキユウリは話す。ただ、音ないし音楽は個々人の趣味趣向が反映される非常にセンシティブなもののため、「心地いいもの」の確実な指標がないとも言う。

そんな最中でスズキユウリが生み出したのが、ユーザー側が出る音をカスタマイズできる“音のコンディショナー”「THE AMBIENT MACHINE(ジ アンビエント マシン)」だ。

サードモデルを迎えたその「装置」に新たな音を込めたのは、コーネリアスこと小山田圭吾。「THE AMBIENT MACHINE」の開発背景や目的をひもとくと見えてくるのは、「音によるウェルネス」に必要なエレメントと方法だった。

エリック・サティの考えに立ち返りつつ

──今回のインタビューの軸はもちろん新たな「THE AMBIENT MACHINE」なのですが、まず近年のユウリさんの活動におけるモチベーションやメンタリティなどについてお訊きし、そのうえでコーネリアス・小山田圭吾さんとのコラボレーションがどのような意味をもっていて、具体的に何が実装されているのかという話題に入っていこうかと思っています。

スズキユウリ 2018年から今年の初旬までの約6年間、ロンドンのペンタグラムというデザイン会社に在籍し、パートナーを務めていました。いまはそこを離れて、再びインディペンデントなアーティストに戻ったのですが、ペンタグラムで何をしていたかというと、主に音による企業のブランディングを担当していました。

スズキユウリ | YURI SUZUKI
1980年東京生まれ。1999年~2005年、アートユニット明和電機に携わり「音楽とテクノロジー」に関心をもち、05年Royal College of Artへ入学。音楽と音がどのように思考に影響を与えるのか、音と人の関係性について提議した作品を制作し、そのサウンドアート作品とインスタレーションは、世界中の展示会に展示されている。14年には、DIY楽器OTOTOがMoMAのパーマネントコレクションに選定され、23年にはTHE AMBIENT MACHINEがサンフランシスコMoMAのパーマネントコレクションに選定された。yurisuzuki.com

ペンタグラム在籍期間中にパンデミックを経験しているわけですが、Googleをはじめ、ぼくにくる案件のテーマや話の多くが、「パンデミックの世の中で、音がどのように生活に影響を与えるのか」ということだったんです。社会全体における大きな変化を迎え、多くの人、企業の音に対する関心がすごく高まってきているのを実感し、それがペンタグラムにいたおかげもあって大きなスケールで起きていることがわかってきたんです。

ペンタグラム在籍時、パリにあるGoogle Arts and CultureのHQのために制作したAmbient World Wall Map。

──その関心は身の回りの生活音だけでなく、音楽の趣向にもいえるでしょうか。

吉村弘さんや久石譲さん、細野晴臣さんらが1980年から90年までの間につくっていた環境音楽がコンピレーションされたアルバム『KANKYO ONGAKU: JAPANESE AMBIENT ENVIRONMENTAL & NEW AGE MUSIC 1980-90』が2020年、グラミー賞の最優秀ヒストリカル・アルバム部門にノミネートされ、かつての環境音楽、言い換えるとアンビエントミュージックと呼ばれるものがグローバルで再評価されるきっかけになりましたよね。つまり、そのアルバムはパンデミックを機に生活環境で流れる音/音楽の重要性にみんなが気づきはじめた、ひとつの証拠だったと思うんです。

ペンタグラムでの活動と並行してインスタレーション作品の制作にも取り組んできたのですが、ここ最近、空港や街中に設置するパブリックアートのプロジェクトがすごく増えてきたんです。ぼく自身も環境音への興味が高まってきていて、アンビエントや音によるウェルネスといったところに焦点を当てるようになっています。

例えば、今年の5月から始まったサンフランシスコ近代美術館(SF MoMA)の「Art of Noise exhibition」で野外展示されている(2024年8月までの展示)、ホーン型スピーカーを備えた樹木のような形の『Arborhythm』という作品は、実際にサンフランシスコで録音された霧笛や海の波、ケーブルカーの音といった100種類以上のフィールドレコーディングから、AIが最もリラックスできる音をキュレーションして放ってくれるんです。

──数百年前であれば、人間の生活を包むのは自然の音だけだったと考えられますが、いまは空調の音等々を含むさまざまな電子音やロードノイズなどが加わり、環境音というものの意味合いが多層的ないし多元的になってきているのではないかと思います。いまユウリさんが話してくださったサンフランシスコの例で言うと、公共の音との逆位相のような音を放ち、不快なものを打ち消し、新たなアトモスフィアを創造するといった発想だと思いますが、「音によるウェルネス」というものを現代で標榜し実現させるために何を鳴らし、プラスもしくはマイナスさせることで環境と調和すると考えていらっしゃるのでしょうか。また、おそらくその考えは「THE AMBIENT MACHINE」のコンセプトにも繋がってくるのではないかと思うのですが……。

歴史を遡ると、エリック・サティが1920年に作曲した「家具の音楽」が環境音楽、アンビエントミュージックと呼ばれるものの起源だと言われています。サティは、音楽は家具のように生活を構築するうえで重要なエレメントであると打ち出し、人が“音楽として聴かない音楽”として「家具の音楽」をつくったのですが、いま聴いてみると当時の西洋音楽的ではありますし、サティ自身もアトモスフィアとして捉えてもらうところまでには至らなかったと言っています。

その後にブライアン・イーノが厳格さや力強さがないアブストラクトな音楽で構成したアルバム『アンビエント1/ミュージック・フォー・エアポーツ』を1978年に出して“アンビエントミュージック”を提言し、フランスの音楽ユニットのディープ・フォレストらが自然音を取り入れた音楽をつくり、カールステン・ニコライを筆頭としたエレクトロニカ勢が逆に自分の部屋と向き合い、その状況もアンビエント(=環境)だと捉えた。

このイーノ以降の一連の流れで生まれたものは、身の回りや既存の再構築だと思うのですが、おそらくいま重要なのは、サティの考え方に立ち返ることだと考えています。ただし、メロディなどが頭に残らない、と同時に心地いいというのは個々人に拠るためジェネラルではありません。そのため、まとめ上げられた音/音楽だけではなく、空間も構築できるようなポジションをつくることが、近年の活動におけるテーマのひとつとなっていました。

あと、先ほどおっしゃっていた“位相”に関してもミッションだと思っています。過去に取り組んだIKEAとの共同プロジェクト「Sound Bubbles」では、まさに位相をぶつけて周囲の音を消すようなことを試みたんです。「Sound Bubbles」はキッチンやリビング、ベッドルームといった住まいの空間に静寂とプライバシーを構築する実験的なプロジェクトでした。

ご存知の通り、ノイズキャンセリングヘッドフォンは位相のぶつけ合いによって成り立っているわけですが、現状の技術では音を消すまでのことはできないので、ノイズキャンセリングヘッドフォンの技術に、水の流れや波の音にも含まれているホワイトノイズを加えてサウンドマスキングし、それをスピーカーから鳴らすことで、なるべく周囲の音を消しました。

そうした先行事例があったこともあり、「THE AMBIENT MACHINE」でも、あえてホワイトノイズを入れ周囲から隔離させるようなことをやっているんです。

カスタマイズ可能な音のコンディショナー


──「THE AMBIENT MACHINE」は何に分類されるのでしょう? 何かを操作するためのスイッチがたくさんついているから楽器的とも言えそうですし、家具のように洗練されたデザインも印象的です。

「楽器」ではなく「装置」だと言えると思います。発想の発端にあったのは、「空気のコンディショナーはあるけれど、音のコンディショナーは存在していないな」と感じたことでした。

「THE AMBIENT MACHINE」は今回のコーネリアス・エディションでサードモデルになるんです。最初のモデルを22年につくった背景には、やはりパンデミックがありました。家から出られない状況になったとき、周囲の色々な音が気になってしまい、同時に自然の音が恋しくなったんです。そんな最中にデザインをしたので、自分で録音をしたアコースティックな音がベースになっていて、パンデミックが落ち着いたころの23年に誕生したセカンドモデルでは、もう少し違う空気感が欲しかったので電子音を加えました。

「THE AMBIENT MACHINE」で重視しているのは、ユーザー側が簡単にカスタマイズできることなんです。グラフィックなどの視覚表現に対して、先ほども言った通り、音はジェネラルなものではないため“心地よさ”の賛同や共感が得られにくい。「THE AMBIENT MACHINE」にはいくつかのミュージックトラックが内蔵されていてループしているのですが、表面にある32個のトグルスイッチでトラックのオン/オフやそれぞれのスピードを変えられたり、エフェクトがかけられたり、ボリューム調整ができたりするんです。つまり、時と場合によって組み合わせが異なるので、同じ音のパターンが繰り返されることがありません。トラックのズレがどんどん生じてくるので。

──普段、ほかの人と聴覚や聴感を比べることがないので、各々がどのように音を感知・認知しているかはわかりません。つまり、音には指標がないからこそ、各自でカスタマイズできるのは確かに大事なファクターですね。そういった基本的なコンセプト、仕組みはコーネリアス・エディションでも変わらないと思いますが、小山田さんとコラボレーションするきっかけ、そしてどういったディスカッションやキャリブレーションを経て完成に至ったのでしょうか。

セカンドモデルを出した23年に、たまたま日本に行く機会があり、その際に「AMBIENT KYOTO」というアンビエントをテーマに色んなアーティストが作品を展示したり、ライブパフォーマンスを行なうイベントを観に行ったんです。そこにコーネリアスが参加していたのですが、光や立体スクリーンに映し出される映像、霧などと音がシンクロ・相互作用するインスタレーション作品を観て、小山田さんの興味が環境音楽に向いているんじゃないかと思ったんです。ぼく自身もアンビエントにフォーカスしていましたし、「THE AMBIENT MACHINE」がいま、小山田さんがやられていることと合致するんじゃないか、と。そういった経緯でお誘いしたところ、了承をいただけました。

小山田さんにトラックをつくっていただいたのですが、先ほども言ったとおり、各トラックのスピードを半分にできたり、エフェクトをかけられたりとカスタマイズ可能という前提があるので、単にコンポジションするだけではよろしくないわけです。どういう組み合わせになっても不協和音にならないようにしなくてはならないため、小山田さんが何度も楽曲を再構成してくださいました。

ちなみにボディカラーは小山田さんの指定で、狙ったわけではないと思うのですが、ロックバンドがよく使っている「オレンジ」というメーカーのアンプと近い感じに仕上がりました。

人間が苦痛を感じるリピテーションを減らす

──以前のモデルは木目調でインテリアとして馴染む印象でしたが、奇しくもコーネリアスの『FANTASMA』カラーというか、よりポップになり装置としての切れ味が上がっていますよね。小山田さんのサウンドに関して、特に印象的だったことはありますか?

コーネリアス・エディションで特徴的なのは、サイン波(=「純音」や「ピュアトーン」とも呼ばれる)が多く入っている点です。音の波形のタイプには、その形がのこぎりの歯のように見えるのこぎり波、四角形の矩形波、三角形の三角波とあるのですが、綺麗に波打った形状になるサイン波は情報量が特に多いため、重なり合うと鳴りが歪み、スピーカーが割れてしまうことがあるんです。なのでぼくは通常、サイン波を重ね合わせたりはしないのですが、小山田さんはサイン波の質感をすごくよくわかっていらっしゃっていて、サイン波が歪まないんです、感服しました。ただ、おそらく音が段々とズレていくようにつくってあるので、音のデザインは難しかっただろうなと。

「音によるウェルネス」に再び結びつくのですが、人間は同じ音のリピテーション(=反復)に対して苦痛を覚えるんです。「THE AMBIENT MACHINE」のカスタマイズ性やズレは、そのリピテーションを解消させる術でもあるんです。

そして「THE AMBIENT MACHINE」では用いていませんが、リピテーション解消と相性がいいのがAI。AIを駆使すれば、同じような曲調なのにちょっと違う、単なる複製ではない、リピテーションしないものを無限につくることができます。

──AIは以前から作品に取り入れていると思うのですが、その進歩についてや、実際に取り入れた近作があれば教えていただけますか?

数年前からコンポジションやインスタレーションでAIは使ってきたのですが、当初は拙かったうえにできることがかなり限られていました。でもいまはかなり進歩して、一般利用には制限がありますが、テキストから音楽を自動生成できるGoogleのAI「Music LM」のアクセス権をもらって、昨年の7月くらいからずっとトライしていました。ぼくはダンスミュージックも好きなので、「Music LM」を使ってさまざまなアシッドハウスをつくり、先日、その音源をまとめてリリースしたんです。

仕事が終わったあとに毎日「Music LM」を使っているうちに、1日に書き出せる量が限られているから、音楽づくりというよりプロンプトを書くテクニックが鍛えられました(笑)。初期のころは書き出せる長さも30秒くらいと短かったのですが(上記リンク内のトラック17〜20が初期作に当たる)、いまは1分半〜2分と、約1年の間でクオリティも非常に上がってきている。面白いですよね。エイフェックス・ツインのようなトラックがとても簡単かつすぐにできてしまうわけですから。

パブリックアートの制作はこれまでどおり続けていきますし、公共空間で音を通じていかに新たなコミュニケーションを生み出すかという点にはやはり興味がある。そこに今回、主にお話した環境音楽・アンビエントミュージック、AIの概念、技術、可能性を織り交ぜていく。

先ほども話に挙がりましたが、いまだに音の指標、サウンドデザインのグラウンドブレーキングがない一方で、例えば内燃機関のクルマと違って音が出ない電気自動車においても音は課題とされ続けています。パンデミックを機に音に対する価値観がシフトしたいまだからこそ、色々なことを試みながら、音の重要性、それによるウェルネスをさらに浸透させていきたいと思います。

(edit & interview by Tomonari Cotani)

PHOTOGRAPH BY DSL Studio