トランプ銃撃事件をめぐる「陰謀論」が議員からも噴出、その根拠のない主張の中身

ドナルド・トランプ前大統領の銃撃事件に関連して「陰謀論」が拡散している。「バイデンが攻撃を命じた」「すべては演出だった」など、根拠のない主張はソーシャルメディアのみならず米国の連邦議員からも噴出している。
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Photograph: Anna Moneymaker/Getty Images

ペンシルベニア州で7月13日(米国時間)に開催されたドナルド・トランプ前大統領の選挙集会で、20歳の男がトランプに発砲した暗殺未遂事件。それから数時間もしないうちに、ソーシャルメディアやオンライン掲示板、暗号化チャットのグループが銃撃に関する“陰謀論”で沸き上がった。

今回の事件がジョー・バイデン大統領が企てた「ディープステイトの謀略」[編註:世界を陰から支配してきた勢力とされ、ユダヤ人の国際金融家たちで構成されるとの主張がある]という荒唐無稽な主張から、トランプの勝率を上げるために仕組まれたものだという疑惑に至るまで、陰謀論は政治的分断のあらゆる側から上がっている。こうした陰謀論を繰り広げたのは、ネットの陰謀論主義者やあちこちの一般アカウントだけでない。米国の議員たちも加担していたのだ。

「(トランプを)刑務所に入れようとしたかと思えば、今度は殺そうとしたのだ」と、グレッグ・ステューブ下院議員(共和党、フロリダ州選出)はXに投稿している。

「ジョー・バイデンが指令を出したのだ」と、マイク・コリンズ下院議員(共和党、ジョージア州選出)はXに投稿したが、これはバイデンが「いまこそトランプに狙いを定めるときです」と発言したとされるバイデンと献金者との電話会議に言及したものだった。X独自の集計に基づくと、コリンズ議員のこの投稿は570万回も閲覧されている。

右派ウェブサイト「The Federalist」創設者のショーン・デイヴィスは、今回の銃撃事件はトランプを排斥しようと民主党が主導した策略だと主張している。「バイデンが勝てないとわかっていたから、敵を消せと太鼓持ちのひとりをけしかけたのです」

ソーシャルメディアに広がるデマや陰謀論

いまとなってはニュース速報が出る際の“お約束”でもあるが、Xのタイムラインは陰謀論やデマで溢れた。銃撃事件を受けてトランプを「全面的に支持する」と表明したXのオーナーであるイーロン・マスクは陰謀論を積極的に盛り上げ、銃撃した屋根の上に犯人を上がらせたということは事件が「意図的」なものだったのかもしれないと、ある投稿で示唆している。

銃撃事件の直後にXで話題になったトピックとして、「仕込み(staged)」と「 偽旗(false flag)」の2つが挙げられる。これらは、今回の事件がトランプをヒーローに仕立てるためにトランプ陣営が指揮したものであるという根拠なき陰謀論が中心だった。同じような陰謀論は、FacebookやInstagram、TikTokといった大手ソーシャルメディアにも広がっている。

「ここまで仕込まれたものを見るのは久しぶりだ」と、あるXユーザーは160万回閲覧された投稿で記している。「選挙に負けるとわかっているから、こんなことをでっちあげて、民衆に戦えと叫ぶわけだ」

今回の銃撃の犯人は、20歳のトーマス・マシュー・クルックスであることが米連邦捜査局(FBI)の調べて明らかになっている。一方で、明らかに暗殺未遂に見えたこの出来事から数時間のうちに、多くのネットユーザーが誤ってほかの個人を犯人として特定した陰謀論を広めていた。

Xではいくつものアカウントが、マーク・ヴァイオレッツという名の「アンティファ(Anti-Fascist Action:反ファシスト活動)支持者」が犯人だとする陰謀論を繰り広げた。実のところ、この論を主張する投稿文に添えられていたのはイタリアのサッカーファンとユーチューバーの写真である。

また、トランプの元アドバイザーであるロジャー・ストーンも、マシュー・イヤリックというアンティファ活動家が犯人だとする主張を推していた。この主張が覆されていた7月14日(米国時間)午前の段階でも、Xの極右と陰謀論のアカウントではイヤリックの名前が事件と結び付けられていた。

あるXユーザーは、自分が銃撃犯であるとして意図的に自身の写真や動画を投稿し、それらの投稿はトランプ支持者のローラ・ルーマーを含むXの主要アカウントにより拡散された。このユーザーは動画で、「おれの名前はトーマス・マシュー・クルックス。共和党員が大嫌いだ。トランプが大嫌いだ。でも、(犯人は)そいつじゃない」と主張している。

米国の小学校で起きた銃乱射事件に関する陰謀論者として知られるアレックス・ジョーンズはXに投稿した動画で、この事件はディープステイトがバイデンやマスクを含む米国の権力者を殺すことを狙ったはるかに大きな企ての始まりにすぎないとまくし立てた。

「イーロン、あなたはいますぐ“防空壕”に逃げ込むべきだろう。これはいままさに起きているクーデターだ」と、ジョーンズは640万回閲覧されたXの投稿で書いている。

ほかには、バイデン陣営を直接的に関連づけてこそいないものの、バイデン側の選挙運動のレトリックが銃撃犯を動機づけたと主張する向きもあった。しかし、この論を推すアカウントで主張の論拠を示しているものは、ひとつもなかった。

「今回の出来事は、これ単独のものではありません」と、トランプの副大統領候補のひとりとなっているJ・D・ヴァンス上院議員(共和党、オハイオ州選出)は、約900万回閲覧されたXの投稿で記している[編註:ヴァンスは正式に副大統領候補に選出された]。「バイデン陣営の選挙活動の中心をなす前提は、ドナルド・トランプ大統領はどんな手を使ってでも阻止しなければならない独裁主義のファシストだというものです。このレトリックがトランプ大統領の暗殺未遂を導いたのです」

なお、犯人の動機に関する報告書は現時点では発表されていない。

共和党議員たちはメディアも非難

ネットの陰謀論チャンネルでは多くのトランプ支持者たちが、ライフルを持った者が屋根に上がるのを目撃して銃撃の数分前に警察に知らせた人のインタビューを取り上げている。今回の明らかな暗殺未遂が「ディープステイト」により仕組まれたものであることが、警察が行動を起こさなかったことで示されていると、これらの投稿者たちは主張しているのだ。

「ディープステイトよ、どうすればわずか160ヤード(約146m)先にある屋根(の標的)を外せるんだ? 5発が外れてから死んだんだ!」と、あるXユーザーは投稿している。

ほかの共和党議員たちは、この襲撃事件に関してメディアが責を負うべきものとして非難している。

「今日流れた血の1滴1滴が、民主党とメディアのせいで流れたものです」と、マージョリー・テイラー・グリーン下院議員(共和党、ジョージア州選出)はXに投稿した。「民主党とメディアは何年にもわたり、彼と支援者たちを悪者扱いしてきました。そして今日ついに、わたしたちのアメリカ・ファーストのリーダーであり史上最も偉大な大統領を消そうとしたのです」

「MSNBCなどのフェイクニュース報道局をうろついてトランプを悪者に仕立てあげ、ヒトラー呼ばわりする、トランプのことで頭がいっぱいでおかしくなった左派の狂人どもに、今回のトランプ大統領の命を狙った凶暴な攻撃の直接の責任がある! 連中の手は血に染まっている」と、以前ホワイトハウスでトランプの医師を務めたロニー・ジャクソン下院議員(共和党、テキサス州選出)はXに投稿した。ジャクソンはまた、集会で撃たれた銃弾がジャクソンの甥をかすめたとも主張している。

「大きな策略の一部」との主張も

ネットでも陰謀論色の濃いところでは、中国、モサド(イスラエル諜報特務庁)、億万長者の慈善家であるジョージ・ソロス、バラク・オバマ元大統領、そしてヒラリー・クリントン元国務長官に至るまで、あらゆる方面に襲撃事件の責がなすりつけられている。どれも何の根拠にも裏付けられていない主張だ。

銃撃事件に関する陰謀論のなかでも突飛な主張のひとつは、何年も前からQアノンの重要人物だったヴィンセント・フスカという男性に関係するものだろう。実は正体を隠したジョン・F・ケネディ・ジュニアの仮の姿であると多くのQアノン支持者に信じられているフスカは、今回の集会でトランプの後ろに座っていた。しかし、発砲されたときに身動きしなかったというのだ。QアノンのTelegramチャンネルの参加者たちによると、これこそがフスカが事件全体を操っていた証拠だという。

また、いくつかの親トランプ派のアカウントは、今回の事件がより大きな策略の一部であることの証拠として、3カ月前の動画を引き合いに出している。この動画では、福音主義派の「預言者」がトランプ暗殺の企ての夢を見たと主張している。この夢では、銃弾がトランプの鼓膜が破れるほど頭の近くをかすめたという。

親トランプ派の掲示板はトランプの生存を祝い、シークレットサービスのエージェントらに囲まれ民衆に向けて拳を振り上げるトランプの姿を英雄化する声で溢れた。「これは将来、像になることだろう」と、The Donaldという名で知られる極右掲示板のメンバーは投稿している。

別のメンバーは、「ちょうどあの写真がついたシャツを注文したところだ。十分に多くの人が見れば選挙に勝てるくらい象徴的な写真だ」と、35ドル(約5,500円)で販売されていた拳を振り上げるトランプの写真がプリントされたTシャツについて投稿した。販売者によると、利益はすべてトランプ陣営の選挙活動に寄付されるという。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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