カスペルスキー製ソフトの「販売禁止」と、“TikTok禁止法”との重要な共通項

ロシアのカスペルスキーが開発したウイルス対策ソフトについて、米国での新規販売が7月20日から禁止される。“TikTok禁止法”と同様に国家安全保障上の懸念が理由だが、これらは自由で開かれたインターネットの理念を覆す前例にもなりかねない。
Kaspersky logo and TikTok logo
Photographs: Getty Images

モスクワに本社を置くカスペルスキー製の人気のウイルス対策ソフトについて、米商務省が7月20日から新規販売を禁止する。この動きは、TikTokの米国での運営禁止につながる法案にジョー・バイデン大統領が署名し、“禁止法”として成立してからわずか2カ月後の出来事だ。

米国政府は2017年の時点で、カスペルスキー製のウイルス対策ソフトの公的な使用を禁止している。しかし、米国とロシアの関係が一段と悪化し、ロシア政府が国内のテック業界をより厳しく統制するようになるにつれ、ロシア政府がカスペルスキー製ソフトウェアを“兵器”として悪用する可能性を米国政府の関係者は懸念するようになったのだ。

一方で、こうした外国製ソフトウェアを国家安全保障上の問題として禁止しようとする政府主導の取り組みは、利用者があらゆる情報やソフトウェアに自在にアクセスできるという、自由で開かれたインターネットの理念を根底から覆す前例となりかねない。

「今回の最終決定で指摘された米国の国家安全保障に対するリスクは、カスペルスキー製品がウイルスなどのマルウェアを検知するうえで有効かどうかではなく、米国に害を及ぼす目的で戦略的に利用できるかどうかに基づいています」と、商務省は6月下旬に書面で説明していた。ジーナ・レモンド商務長官は6月25日、商務省によるサイバーセキュリティ製品の販売禁止は今回が初めてであると、記者団に語っている。

当然ながらカスペルスキーは、商務省が「当社製品およびサービスの完全性を総合的に評価したのではなく、現在の地政学的な情勢や理論的な懸念に基づいて決定を下した」と受け止め、反論した。そのうえで、「米国の国家安全保障を脅かすような活動には関与しておらず、実際には米国の利益や同盟国を標的にしたさまざまな脅威アクターに関する報告や保護において、多大な貢献をしてきました」とも主張している。

これに対してTikTokは、アプリの禁止が米国憲法修正第1条に違反するとして、米国政府を提訴した。訴訟においてTikTokは、米国側が中国に本社を置く親会社であるバイトダンス(字節跳動)に対し、「具体的な証拠を挙げず、TikTokが将来的に悪用される可能性があるという仮定」に基づいて、米国に本社を置く企業にTikTokを売却するよう強要していると指摘している。

TikTokとカスペルスキーとの重要な違い

TikTokは“言論の場”として開発されたソーシャルメディアのアプリであって、無料でダウンロードできる。これに対してカスペルスキーのウイルス対策ソフトは有料で、ユーザーのデバイスやネットワークを監視するためにシステムの深い部分にまでアクセスできる権限が与えられている。

また、TikTokのソフトウェアはインストールされた端末のシステム内にのみ格納されているが、カスペルスキーのようなウイルス対策ソフトはより自由な権限を与えられている。こうした仕組みが、サイバーセキュリティ上の懸念につながっているわけだ。

「これらのアプリは本質的に異なるものです」と、長年にわたりMacのセキュリティを研究してきたパトリック・ウォードルは説明する。「仮にカスペルスキーのウイルス対策ソフトとTikTokをデバイスにインストールした人物がいた場合、おそらくカスペルスキーのほうが大きな問題になるでしょう。カスペルスキーはデバイスへのアクセス権を開発者に無制限に与えてしまうからです。TikTokのようなモバイルアプリはサンドボックス(隔離された領域)内で動作するので、連絡先など特定のデータへのアクセスをユーザーが許可さえしなければ、たいしたことはできません」

こうした経緯からスタンフォード大学の政策研究者であるリアナ・プフェッフェルコルンは、カスペルスキーと取引すべきでない理由について、米国政府はより具体的で説得力のある情報を国民と共有する必要があると指摘している。上から一方的にアプリを禁止すべきではない、というのだ。

TikTokが米国の国家安全保障にもたらす脅威についても同様である。政権や任期の交代を繰り返してもなお、ホワイトハウスと米国議会がそうした証拠を公表したり具体的な告発をしたりしたことは一切ない。

「“TikTok法”の成立後、政府が気に入らないテック企業に対して規制を拡大し、それが国内企業でない限りは許されてしまう事態になるのではないかと懸念しています。一方で政府は、十分に納得できる根拠を国民に示していないように感じています。このような思い切った決定を妥当とするなら、そうした根拠は国民に提供されてしかるべきではないでしょうか」と、プフェッフェルコルンは語っている。

米国のデジタル鎖国主義の高まり?

TikTokのようなソーシャルメディアプラットフォームの場合は、中国などの米国に敵対する勢力が支配力を発揮することで、誤情報を拡散させたり、重要な問題に対する一般市民の見方に徐々に影響をもたらしたりする恐れがある。これに対してカスペルスキーのようなウイルス対策ソフトは、データを盗んだり標的とするデバイスをコントロールしたりと、直接的に悪用されるかもしれない。

そしてカスペルスキーは、ここ何年にもわたって巧妙なハッキング合戦の標的となっている。この事実は、カスペルスキーがどのような情報にアクセス可能であるのかを外国の諜報機関が見極めようと躍起になっている可能性を示唆している。しかし、ソフトウェアの使用禁止がもたらす負の連鎖は、決してとるに足らないものではない。

「米国の連邦政府は、公的ネットワーク上でどのようなソフトウェアを禁止するのか、セキュリティやプライバシーに関する懸念に基づいて決定する権限を認められています」と、プフェッフェルコルンは語る。「しかし、一般市民に関していえば、あらゆるソフトウェアに基本的なプライバシーとサイバーセキュリティの要件を設けることこそが、より望ましいアプローチではないのでしょうか。これは外国製アプリだけの話ではありません。とりわけデータブローカーが米国民のデータを外国政府に自由に売却することが許されている限りは、そのほうが妥当だと思います」

ソフトウェアのサプライチェーンを介した攻撃という恒常的な脅威が示すように、強固なセキュリティ対策とプライバシーの保護は、特定のアプリを禁止することよりも、最終的には持続的かつ広範にわたる防御手段になるはずだ。

こうしたなかロイター通信は6月25日(米国時間)、バイデン政権と商務省がチャイナ・モバイル(中国移動通信)とチャイナ・テレコム(中国電信)、チャイナ・ユニコム(中国聯通)に対し、自社のクラウドやインターネットルーティングサービスを介した米国のデータへのアクセス状況について調査していると報じている。TikTokとカスペルスキーに対する締め付けは、米国のデジタル鎖国主義の高まりを示唆しているのかもしれない。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による規制の関連記事はこちらTikTokの関連記事はこちら


Related Articles
US President Joe Biden speaks during a campaign event
TikTokの米国での運営禁止につながる法案にジョー・バイデン大統領が署名し、“禁止法”として成立した。親会社である中国のバイトダンスが事業を売却しなければ、2025年にも米国での運営が禁止されることになる。
People holding up signs which read "TikTok helped me grow my business" and "#KeepTikTok" outside on a sunny day with a clear blue sky
TikTokの米国での運営禁止につながる“TikTok禁止法”は、動画から収入を得ているクリエイターや企業、インフルエンサーなどに衝撃をもたらした。プラットフォームに依存するクリエイターエコノミーの先行きは、今回の動きで不透明になりつつある。
Photo illustration showing the TikTok app is displayed on an iPhone screen
“TikTok禁止法”が波紋を広げるなか、その禁止措置の回避に向けた買収の動きが水面下で活発になり始めた。大物たちが名乗りを上げる一方で、ことは単純には進まない可能性が高い。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.53
「Spatial × Computing」 好評発売中!

実空間とデジタル情報をシームレスに統合することで、情報をインタラクティブに制御できる「体験空間」を生み出す技術。または、あらゆるクリエイティビティに2次元(2D)から3次元(3D)へのパラダイムシフトを要請するトリガー。あるいは、ヒトと空間の間に“コンピューター”が介在することによって拡がる、すべての可能性──。それが『WIRED』日本版が考える「空間コンピューティング」の“フレーム”。情報や体験が「スクリーン(2D)」から「空間(3D)」へと拡がることで(つまり「新しいメディアの発生」によって)、個人や社会は、今後、いかなる変容と向き合うことになるのか。その可能性を、総力を挙げて探る! 詳細はこちら