THE REGENERATIVE COMPANY AWARD 2023

「ロンハーマン」がソーラーシェアリングで届ける、未来世代へのラブレター──リジェネラティブ・カンパニー・アワード2023:サザビーリーグ リトルリーグカンパニー

千葉県匝瑳市に2021年に誕生したソーラーシェアリング施設「Ron Herman SOSA」。ソーラーパネルと有機栽培の大豆畑が広がるこの場所から、ロンハーマン擁するサザビーリーグ リトルリーグカンパニーは、未来の世代のためのリジェネラティブなファッションのあり方を模索している。【「リジェネラティブ・カンパニー・アワード2023」選出】
「ロンハーマン」がソーラーシェアリングで届ける、未来世代へのラブレター──リジェネラティブ・カンパニー・アワード2023:サザビーリーグ リトルリーグカンパニー

海と田園風景に囲まれた千葉県匝瑳市。その一画、もともと耕作放棄地だった場所に、ファッションブランド「Ron Herman(ロンハーマン)」の名を冠したソーラーシェアリング施設「Ron Herman SOSA」が広がっている。

ソーラーシェアリングは、発電用のソーラーパネルの下で農業をする取り組み。Ron Herman SOSAでも、地元農家の協力のもと、土地を耕さずに作物を育てる不耕起栽培が行なわれている。土壌の回復や二酸化炭素の吸収・貯留に効果的な不耕起栽培を発電と並行して実践することで、エネルギーを生み出しながらさらに二酸化炭素も削減しようというのだ。

それにしても、なぜファッションブランドがソーラーシェアリングに取り組むのか? そしてロンハーマン擁するサザビーリーグ リトルリーグカンパニーが、ファッション産業の環境負荷と向き合うには「チームメンバーの幸福度を高める」ことが大切だと感じた理由は? ロンハーマンのウィメンズディレクター、根岸由香里に聞いた。

店舗でもおなじみのデザインが採用された「Ron Herman SOSA」の看板。

PHOTOGRAPH: MASASHI URA

「何から手をつけたらいいかわからない」

──1976年にロサンゼルスで創業したロンハーマンは、日本ではサザビーリーググループのブランドとして運営されています。その日本での事業戦略として、2021年には「Love for Tomorrow」というスローガンのもと、4本柱からなる新たなサステナビリティのビジョンを発表しました。そのきっかけを教えてください。

東京都とのプロジェクトで他業種の方と議論するなかで、アパレル業界の現状を知ったことが始まりです。もちろん一定の環境負荷があることは理解していましたが、石油産業に次いで環境負荷が高いという事実を知り、ショックを受けました。ロンハーマンは「Happiness is the Goal(すべてはハピネスのために)」というスローガンを掲げてきました。ファッションを通じて、お客さま、自分たち、取り扱う製品に携わる人たちなど、事業にかかわるすべての人たちにブランドを通じて幸せになってほしいというコンセプトです。だからこそ、その裏側で幸せの基盤となる未来を壊す方向に加担してしまっていることがショックでした。

そこからは、まず勉強の日々です。役員や部長も巻き込みながら、気候変動から生物多様性、アニマルライツ、金融やエネルギー問題まで、アパレル業界だけでなくわたしたちを取り巻く昨今の社会情勢について学ぶことからスタートしたんです。そのなかで、自分たちが向かっていく方向を社内で共有するため、そしてそれを外に公表するために「Love for Tomorrow」というスローガンをつくりました。

──実際のプロジェクトに落とし込むまでの道のりはどうでしたか?

始めは何から手をつけたらいいかわかりませんでした。しかし、基礎を学んで全体像が見えると、実際に何をすればいいかがおぼろげながらつかめるようになったんです。例えば、自社が運営しているカフェでは何を変えるべきか、あるいは利用する電力を変えるにはデベロッパーに働きかけなければならないなど、具体的な課題が見えるようになりました。

ただ、環境問題に関する勉強を進めるなかで、「完璧じゃないと胸を張れない」というマインドに陥ってしまうことが何度もありました。それでも途中から、そもそも完璧は無理だということに気づいたんです。大事なのは、自分たちの現在地を知り、どこを目指すかを決めること。そして、設定した目標に向かって、確実に改善を進めていくこと。そのほうが健全だし、自分たちらしく行動できると思えたことは、大きな変化でした。

ロンハーマンでウィメンズディレクターを務める根岸由香里。「Ron Herman SOSA」の建設にあたっては現地を何度も訪れ、プロジェクトメンバーたちと議論を重ねた。

PHOTOGRAPH: MASASHI URA

将来世代の幸せのために、いまの仲間を大切にする

──「サステナビリティ・ヴィジョン」では「環境」「コミュニティ」「顧客」「チームメンバー」の4分野での取り組みが示されています。「環境」分野では、2030年までにCO2排出量を実質ゼロにすることや、主要素材をサステナブルにすることのほか、21年に始まったソーラーシェアリングについても語られていました。

エシカル協会という団体の講座で、ソーラーシェアリングを実践している市民エネルギーちばの東光弘さんの授業を受けたことがきっかけでした。再生可能エネルギーや電力について理解を深めていくなかで、東さんが取り組まれているソーラーシェアリングのことも初めて知りました。太陽光発電と聞くと、パネルで埋め尽くされた土地をイメージしてしまっていたのですが、同時に農業にも取り組める仕組みがあり、さらに有機農業や不耕起栽培といったリジェネラティブな取り組みもしているということで、非常に興味が湧いたんです。

──わざわざ新しい発電施設を建設するというのは、ファッションブランドとしては思い切った動きにも感じます。

再生可能エネルギーへの切り替えを検討するなかで、店舗が入っているビルのデベロッパーへの働きかけをはじめとするさまざまな課題に直面しました。そこを乗り越えるには、自分たちで発電施設をつくったほうが早いのではないかという結論に至りました。そこで東さんに相談したら、半年後には1号機が完成したんです。さらに有機農業をベースに不耕起栽培にも取り組むThree Little Birdsという農家さんたちとつないでもらい、ソーラーシェアリング事業がスタートしました。ソーラーシェアリングはまだ日本では始まったばかりの取り組みなので、わたしたちのようなブランドが率先して事例をつくることで普及を後押しできればうれしいです。

リユースされたソーラーパネルの下で育つ大豆。24年までに5号機まで完成する予定だ。

PHOTOGRAPH: MASASHI URA

──サステナビリティ・ヴィジョンのなかでは「チームメンバーの幸福度を高める」ことも重視されていますよね。

「サステナビリティ」という言葉を掲げると「環境問題」のような大きなスコープに目が行きがちです。もちろんそれも重要なのですが、社内で議論するなかで、子どもたちの世代も含めた幸せの基盤を守ることが重要という結論になりました。そこには、もっと身近な問題も含まれているなと感じたんです。何かを変える行動を起こすには、自分たちから変わらなければなりません。さらに、社員や従業員、プロダクトをつくっているパートナー、販売店の運営者といった、直接つながってる人たちとも歩みを進める必要もあります。

そうして全員で力強く前に進んで行くためには、まず自分たちが幸福でないといけないと思うんです。そのためにまず大事なのは、われわれが笑顔で持続可能なかたちで働けること。ワクワクしながら働けることで、よりよいアイデアも生まれます。そうしなければ、「自分たち」という範囲を越えて力を使うことはできないと思うのです。

デザイナーを務める鎌倉(左)と根岸(中央)、サステナビリティマネージャーの藤田(右)。

PHOTOGRAPH: MASASHI URA

──「コミュニティ(地域社会)」ではサプライチェーンの透明性やコミュニティエンゲージメントを掲げていますが、どのような範囲でコミュニティを捉え、その関わりを深めようとしているのか教えてください。

自分たちが直接つながっている人たちに対して、働きかけて一緒に変わっていくということを第一に動いています。自社で手がけているものづくりでも、仕入れを担当するバイヤーでも、店舗をつくるメンバーでもそれは同じです。例えばバイヤーの場合、ロンハーマンのサステナビリティに関するステートメントをまとめて、国内外のお取引きのあるデザイナーの方々に手紙とともに送らせていただきました。自分たちがやってきたこと、これから向かいたい方向を伝えて、一緒に変わってもらえるとうれしいと伝えたんです。それをきっかけに、未来についてどう考えているか対話をスタートするようにしています。

単に「よりよい選択肢を提供してください」「こうしないと、もう取引できませんよ」と伝えても意味がないと思っています。すべてを受け入れてもらうということが難しくても、一緒にイベントをやってみることからスタートできたりもします。「自分たちはサステナビリティについて取り組んでいるので、問題ありません」と宣言することには意味はないですよね。ステートメントの背景にある考え方が波及して、コミュニティ全体が少しずつでもいい方に向かっていくことに意味があると思っています。

──実際に取り組みに変化があったブランドがあれば教えてください。

例えば、「STATE OF ESCAPE」というオーストラリアのバッグブランドは、もともとウェットスーツに使われているネオプレーンという合成ゴム素材を使ったバッグをつくっていました。耐久性のある素材だったんですが、デザイナーのふたりは石油由来であることに課題感をもっていたんです。それもあって、わたしたちのステートメントをきっかけに3年近くの対話が始まり、最近はカキの殻などを粉砕してつくられたバイオベース素材のプロダクトがかたちになりました。またニューヨークで「SAYAKA DAVIS」というブランドを手がける時本紗弥加さんとも、パンデミック中からさまざまな議論を重ねました。ほかにも、ローンチ前のデニムブランドから相談を受けるなかで、オーガニック認証を受けたコットンを素材にしてもらったこともあります。

──対話がほかのブランドにとっての後押しになっているのですね。

もともと信頼関係があるなかでの真剣な議論は、いい方向に物事が進む速度を加速させることがあると感じます。例えば、ロンハーマンではBコープを取得したとしても知られるCFCLとも別注アイテム制作のコラボレーションをしていますが、デザイナーの高橋悠介さんと話していると未来の設計図が頭のなかにあるように感じたことがあります。そんな未来に向かって日々進化していくブランドとロンハーマンが一緒に歩んでいけるような関係性を築いていければいいなと思います。

──そうした動きは、サザビーリーグの社内にも波及しているのでしょうか。

サザビーリーグのなかでは、2年前からサステナビリティに関する委員会が立ち上がり、議論が進んでいて、われわれもオブザーバーとして関わっています。もともとCSRに取り組む部署はあったのですが、さらに未来に向けた動きが全社で起きつつあるんです。社会問題となりつつある乳がん検診のチケットをエストネーションというブランドが販売したり、ジュエリーブランドのageteがゴールドの比率を調整した新素材を開発したりと、グループ全体で大きなアクションにつながっている実感がありますし、その流れをさらに後押ししていければと思っています。

(Interview by Asuka Kawanabe)


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※『WIRED』による「THE REGENERATIVE COMPANY」の関連記事はこちら


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