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ザ・大統領戦2024:「司法の支配」まで掛け金にされた大統領選

従来の大統領選であれば、5〜6月は予備選を通じて候補者たちの声に耳を傾ける期間であった。しかし今回は、ギャングスター然とした「トランプ一家」と、文字通り「バイデン家」によるドラマ(脚色された事件)が衆目を集めている。壊れゆくデモクラシー、転覆しかけている法の支配。戦いのゆくえを、デザインシンカー・池田純一が解題する。
ザ・大統領戦2024:「司法の支配」まで掛け金にされた大統領選
PHOTO-ILLUSTRATION: Anadolu,Spencer Platt/Getty Images, WIRED JAPAN

トランプの無敵神話は瓦解?

2つの評決が今年の大統領選に取り憑いた。

まず、2024年5月30日、ハッシュマネー裁判でドナルド・トランプ前大統領に有罪の評決が下され、34の罪状すべてで有罪となった。

34件の業務記録の改竄については、一連の改竄によってトランプにニューヨーク州選挙法に違反する意図があったことから、重罪(felony)に格上げされた。量刑を決める審理は7月11日になされる予定であり、収監されるかどうかも未定である。ただ、そのわずか4日後の7月15日に開催されるRNC(共和党全国大会)でトランプは正式に共和党の大統領候補者として指名される。よりにもよって量刑は、その指名の直前になされるわけだ。

有罪判決を受けた翌31日、トランプタワーのロビーで会見を行うトランプ。

Photograph: Jabin Botsford/The Washington Post via Getty Images

当然、トランプの弁護チームは控訴を試みることだろう。ニューヨーク州の場合、控訴は、量刑が伝えられてから30日以内に行わなければならないが、その後の手続きに時間を要するため、11月5日の選挙日までに控訴裁での審理が始まる可能性は低い。もっとも控訴期間中は、刑が確定しないので、トランプ陣営からすれば、むしろそのほうが望ましいと考えてはいそうである。「嘘の裁判だ、はめられた、政治的謀略だ」と言い続けることができるからだ。

そう臆面もなく言えるのがトランプの強みであり、同様の発言を、共和党の現職議員たちにまで強いることができるのが今年のトランプ。1回目(2016年)や2回目(2020年)の選挙戦とはそこが大きく違う。判決の出た翌31日にトランプは、トランプタワーで40分間の自由な反論を行い、今後の暴動の可能性すら示唆していた。MAGAからすれば、有罪判決によって、今年の大統領選はトランプの聖戦に転じた。「Stop the Steal」同様、ハッシュマネー裁判はMAGAに大いに燃料を与えたことになる。

その一方で、MAGAシンパ以外の人たちからすれば、トランプの有罪判決がなされた5月30日は、いわば魔法が解けた日だった。トランプでも、常に逃げおおせるわけではない。彼の無敵神話が瓦解した日だ。どうせまたトランプは逃げ切るのだろう?と冷ややかに見ていた人たちを驚かせた。むしろ、この4年あまり、トランプの言動によって自分たちの感覚まで麻痺しかかっていたことに気付かされた瞬間だ。トランプの有罪評決にニューヨーカーの多くは喜んでおり、フィーバーしていた。ブルーステイトにおけるトランプの人気の無さを自然と物語っていた。

トランプの有罪評決が決まった約2週間後の2023年6月11日、今度はハンター・バイデンに有罪の評決が下された。

継母であるジル・バイデン(左)と妻のメリッサ・コーエン・バイデン(右)とともにデラウェア州ウィルミントンの連邦裁判所をあとにするハンター・バイデン。

Photograph: Joe Lamberti for The Washington Post via Getty Images

ハンター・バイデンは、ジョー・バイデン大統領の次男で、罪状は、薬物依存下で禁じられていたにもかかわらず銃を購入し保持していたことだった。すなわち、①薬物依存を偽って必要書類に虚偽を記入し、同様に②販売者に薬物依存を偽ったまま販売させ、③銃を購入しそのまま保持していた、というものだ。

スケープゴートにされた?ドラ息子

バイデン大統領は、評決が出る前の時点で有罪となっても恩赦をするつもりはないと公に語っていた。評決後の6月13日には、G7サミットで訪れていたイタリアで、恩赦だけでなく減刑もしないと公表した。陪審員の判断への信頼を強調し、司法システムの公正さを信じての発言であった。

G7サミットの期間中、教皇フランシスコと会談を行ったバイデン。

Photograph: Vatican Media via Vatican Pool/Getty Images

恩赦や減刑など大統領特権を用いないのは、恩赦を多用し、自分の側近を監獄から救出し続けたトランプ前大統領を意識してのものであることはいうまでもない。司法システムへの信頼の表明、すなわち、犯罪捜査・逮捕、起訴、裁判の運営、量刑の確定ならびに執行、といった一連の司法手続きに対する信頼の表明も、4つの刑事裁判で訴えられたトランプを擁護すべく、民主党を「司法の武器化(weaponization of the Justice)」と非難する共和党議員たちを牽制するものであることも明らかだ。

したがって、少し引いた目で見れば、ハンター・バイデンが、バイデンvsトランプ、あるいは、民主党vs共和党の争いの中で、一種のスケープゴートにされたと解釈することもできるのだろう。

実際、今回の判決に対しては、というよりも裁判に対しては、そもそも「銃の購入」に纏わる案件で起訴されるのは理解しがたい、という声も、共和党の議員からは聞かれた。この裁判は、場合によっては、今後、銃の購入ならびに購入後の扱いにおいて、連邦政府が更なる規制を設け、民間人の銃売買の現場に介入する道を開くかもしれないからだ。それでは、共和党の伝統的支持母体の一つであるNRA(全米ライフル協会)の不利益につながる、と見通してのことだ。

Photograph: Jabin Botsford /The Washington Post via Getty Images

もっとも、にもかかわらず、裁判は実際に執り行われたのだから、共和党議員たちとしては、NRAのご機嫌取りよりも、11月の選挙でトランプに有利に働く方を優先したということなのだろう。バイデン家のプライバシーに対する中傷である。そして、それこそが、バイデンの「泣き所」だという判断だ。心理的に、精神的に、バイデンを追い詰める戦術である。

今回のハンター・バイデンの訴訟が、端から見ていてどうにもやりきれないのは、検事側の証人にも、弁護側の証人にも、バイデン家とゆかりの深い人たちが登場したことだ。検察側には、ハンターの元妻キャサリン・ビュール、それにボー・バイデンの未亡人であるハリー・オリヴィエ・バイデンが証人として呼ばれた。弁護側では、ハンターの娘(ということはジョー・バイデンの孫娘)のナオミ・バイデンが登場した。

ハンター・バイデンの娘、ナオミ・バイデン(中央)。

Photograph: Kevin Dietsch/Getty Images

いかにも、内輪の揉め事であり、随分と小さなお家騒動である。ただし、厄介なのは、そのような破廉恥な事態を容易に引き起こしてしまうほど、ハンター・バイデンが、権力者(この場合は政治家)の子弟にありがちな「ボンボン」であり、有り体に言えば「ドラ息子」でもあったことだ。共和党がバイデン攻めの対象としてハンターを選んだのも、それが理由だった。

バイデンの心労

裁判が今回のものだけであれば、実のところ、ハンター、あるいはジョー・バイデンもむしろ有権者から同情を集めることで終えることができたかもしれない。薬物中毒者の扱いは、アメリカでは長らく社会問題として認識されてきたし、薬物中毒の息子・娘の扱いに困惑する親の話もしばしば聞かされる(逆に、親がヤク中で子どもが教育機会を逸して非行に走る、というケースも多々伝えられる)。加えて、銃の販売時のチェックが甘い、というのも共和党支持者以外の人びとからは問題視されてきた。アメリカのどこかの街、どこかの学校、どこかのスーパー、どこかの教会で銃撃事件が起こるたびに、どうしてそんな危ういメンタルの人間に銃を販売したのか、という非難が飛び交うのが常である。

したがって、今回の裁判だけなら、ハンターはむしろ、バイデンvsトランプ、民主党vs共和党の政争のなかで生じた犠牲者という理解のされ方も可能だったかもしれない。けれども、ハンターに対する訴訟は、これだけにとどまらず、脱税容疑の裁判が9月5日に予定されている(ちょうど今年の投票日である11月5日の2ヶ月前)。トランプの訴訟もそうであったが、脱税は、政府という社会システムへの裏切りであり、これは、薬物依存のように同情してもらえる余地は少ない。むしろ、お金持ちでなければそもそも脱税なんて無縁だろう、という意味で、市民のやっかみや反感を買うものだ。そのため、この脱税裁判の場合は、ハンターだけでなくバイデン家に非難の矛先が向かうことも否定できない。仮にそれが事実無根であったとしても、選挙は裁判と違って、事実ではなく評判や思い込みといった個々人の想像世界の中であくまでも主観的に執り行われる。9月といえば、例年なら、大統領選本選のキックオフのタイミングだ。バイデンは、立ち上げ早々、アゲンストの風に立ち向かわなければならない。

さて、そこでジョー・バイデンの心労である。

ジョー・バイデンが家族想いの政治家であることは以前から言われてきたことだ。それはもちろん、家族想いと見られたほうが政治家として市民にアピールできるからと考えてのことではないし、バイデンが、一般的に家族愛を重視するアイリッシュ・カトリックの出身だから、というわけでもない。実際に、家族を失う事件に何度も見舞われたためだ。

上院議員に初当選した直後の1972年12月18日に、自動車事故で妻と娘を失った。二人の息子であるボーとハンターも重症だった。その後1977年、現ファーストレディであるジルと再婚し、家族の結束を取り戻した。

初当選直後のバイデン。左は、その後悲劇に巻き込まれることになる妻のネイリア。

Photograph: Fairchild Archive/Penske Media via Getty Images

だが、その再構築された家族も2015年に再び悲劇に見舞われる。政治家としてバイデンが自分の跡継ぎにと思っていた長男のボー・バイデンが、脳腫瘍で45歳の若さで亡くなったのだ。ボーは、バイデンの地元であるデラウェア州で司法長官を2期務め、何事もなければ、次のステップとしてデラウェア州知事選に臨む予定だった。いつかは父の後継者にという自覚はボーにもあったようで、法学博士も父と同じシラキュース大学のロースクールで取得していた(ちなみにハンターもJD所持者だが、彼はイェールで取得している。ボーの場合も本人にその気があればアイビーリーグのトップ校のロースクールに進学できていたはずだ)。

歴史は変わっていたかもしれない

このボーが亡くなったときのバイデンの沈鬱した表情は、当時の報道で何度も繰り返し放映されていたため、記憶に新しい。それだけ、彼がボーを喪失したことに衝撃を受けたということだ。

ボー・バイデンの葬儀に向かうバイデンファミリー。

Photograph: Mark Makela/Getty Images

今から振り返れば、ボーの死は、その後のアメリカの進路にも大きな影を落としたことになる。ボーを失い茫然自失となったバイデンは、結局、2016年大統領選への立候補を見送ったからだ。過酷な大統領選に立ち向かうには心身ともにボロボロだった。けれども、もしもボーが存命で、少なくとも2016年大統領選当日までは元気であったなら、どうなっていたか? オバマ大統領のバディでありウィングマンであったバイデンは最有力の大統領候補の一人だったはずだ。実際の2016年民主党予備選は、ヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースの間で繰り広げられる、フェミニズムとソーシャリズムの一騎打ちのような形になり、結局、両者のあいだで大した調停もなされないまま、本選になだれ込んだ。結果、ともに極端に理想的な──今で言う「Woke」な──民主党の主張についていけないと感じた人びとが「隠れトランプ」としてトランプに票を入れ、知っての通り2016年大統領選はトランプの勝利で終わった。

2008年、当時副大統領だった父(右)とともに民主党全国大会(DNC)に登壇したボー・バイデン(左)。

Photograph: Justin Sullivan/Getty Images

けれども、もしも、ヒラリーとバーニーのあいだにジョーが割り込んでいたらどうなったか? 自分の政権の後継者としてオバマもバイデンを支持していたらどうなっていたか? オバマの背景にケネディ家の支援があったことを考えると、バイデンとヒラリーの対決は、いわば北部民主党と南部民主党の党内抗争でもあったはずで、その二人のディベートからは民主党のこれからのイメージも違って語られたことだろう。少なくとも、バーニーのソーシャリズム(社会主義)やプログレッシヴィズム(進歩主義)に引っ張られる形で民主党のイメージが形成されることもなかったろう。

そして、この「もしもバイデンが2016年に出馬していたら?」シナリオで一番気になるところは、仮にバイデンが3月のスーパーチューズデイあたりで本命視される状況が生まれていたなら、最高裁判事のRBG、すなわちルース・ベーダー・ギンズバーグ女史も、周囲から勧められていたように、引退を表明し、少なくともオバマ政権の最後に彼女の後継者として民主党寄りのリベラルな判事が指名されていたのではないかというものだ(ヒラリーに女性初の大統領を夢見たためにリタイアを先延ばししたRBGは、結局、2020年の投票日を目前にした2020年9月に亡くなった。その後は上院共和党が超特急の承認を実現させ、保守のバレット判事がRBGの空席を引き継いだ)。

2015年1月20日、オバマ大統領の一般教書演説に出席するべく議会を訪れたRGB(中央)。

Photograph: Bill Clark/CQ Roll Call

確かに、当時、上院の多数派リーダーだったミッチ・マコーネルが突っぱねる可能性もあった。実際、スカリア判事の死を受けて指名された判事(現在司法長官であるメリック・ガーランド)の承認をマコーネルがブロックしていた。それでも、もしもRGBが若いリベラル判事に席を譲っていたなら、仮に2016年の大統領選勝者がトランプになったとしても、最高裁の構成は、保守が5名、リベラルが4名に留まり、ジョン・ロバーツ首席判事が「良識」を示す余地が残っていた。対して2016年の勝者がバイデンであったなら、引き続きリベラルが多数派の最高裁が維持されていたことだろう。であれば、ロー判決が覆されることもなく、司法の保守化にも一定の歯止めがかかっていたはずだ。アメリカの歴史は今とは全く違ったものになっていた。

もちろん、この話は「IF」である。その中でもかなり民主党に都合の良いIFだが、いずれにせよ、家族想いのバイデンは、その想いの強さから家族に問題があった場合、周りが想像する以上に大きな衝撃を受けるということだ。ハンターについても、薬物依存からの脱却に本人が努力していることにも理解を示していた。その(本人の自己申告だけかもしれないが)更生途上にあったハンターが有罪判決を受けたのだ。しかも、おそらくはバイデン家の一人でなければ起訴されなかったであろう事案での「重罪(felony)」の評決だ。バイデンの心が砕かれたのは間違いないだろう。

ファーストレディの存在感

ハンターが有罪となっても、その咎が親のバイデンにまで及ぶと考えるアメリカ人はそれほど多くはないだろうから、本人が被告であるトランプと違ってバイデンの選挙戦にはそれほどマイナスに働くことはないだろう。そのような見方が妥当であることはわかる。ただ、ハンターの裁判による喧騒によって精神的ダメージを受けたバイデンが変わらずこれまで通り通常飛行ができるのか、と問われれば、一抹の不安は残る。

おそらくは、そうしたバイデンの懸念を払拭するために尽力したのが、ファーストレディのジル・バイデンだった。

2021年、英国で開催されたG7サミットの期間中にキャサリン皇太子妃(左)と交流するジル・バイデン(右)。

Photograph: Aaron Chown/WPA Pool/Getty Images

ハンターの公判が行われた6月上旬は、ちょうどバイデンが公式に欧州訪問を重ねる日程だった。6月7日のDデイ(第2次世界大戦中のノルマンディ上陸作戦)記念日祝典への参席、6月13日からのG7イタリアサミットへの出席、平行してウクライナと安全保障協定の締結、など目白押しだった。公式の外交の席にはファーストレディも参席が求められるが、ジル・バイデンはそうした公式日程を消化すると、その足でアメリカに戻り、ハンターの裁判の傍聴に出向いた。都合4回大西洋を渡ったという。そうまでして参加するのは、もちろん、ハンターを心配してのことだろうが、それ以上に、バイデンの心労を減らすためでもあったのだろう。役割分担である。ジルから見ればハンターは、いわゆる「ステップチャイルド」、つまり旦那の連れ子だ。ボーを含めて二人の先妻の遺児と向き合うのは容易ではなかったろう。しかも、今回の裁判の過程で、ボーの喪失がジョー・バイデンだけでなくバイデン家に甚大な影響を与えたことが詳らかにされた。ボーの未亡人であるハリー・オリヴィエ・バイデンとハンターが互いに依存し合っていたといった爛れた関係も明らかにされたのだ。

ボーの未亡人ハリー・オリヴィエ・バイデン。

Photograph: Kevin Dietsch/Getty Images

ハンターの逮捕・起訴によって、バイデン家は、世間に明かさずに済ませることもできたはずのことまで開陳せざるを得なかった。家長たるジョー・バイデンからすれば、バイデン家の一部始終が公にされ、大なり小なり、家族らしい家族を守ろうと努力する家族ゲームの実情も暴露された。ちなみに、バイデンに2020年大統領選への出馬を勧めたのは孫娘のナオミ・バイデンだったという。家族の存在はバイデンにとってはそれほど重いのだ。

争点となる「司法の武器化」

ともあれ、ハンター・バイデンは有罪となった。バイデン大統領麾下の司法省のオペレーションの中で決まったものだ。そうであれば、先日、トランプが有罪になった際に、トランプの盟友議員たち(多くはVP候補リストに載る人たち)が大合唱していた「司法の武器化」という非難も消えると思われた。なにしろ、現大統領の息子にも有罪評決がなされたのだから、そこにシステムの不備や濫用は無いはずだ。普通なら自然にそう考えそうなところだが、今のMAGA共和党はそんなことくらいでは納得しない。引き続き、民主党による政敵駆逐のための「司法の武器化」を非難した上で、下院で多数派を占める共和党は、メリック・ガーランド司法長官を議会侮辱罪で訴追すべきとする勧告まで決議した。

Photograph: Chip Somodevilla/Getty Images

これは、バイデン大統領の文書持ち出し事件について、取り調べの際に録音されたテープの開示を求めたところ、ガーランド司法長官が拒んだ一件についてのものだ。その捜査報告書ではバイデンの記憶に怪しいところがあるという指摘があり、下院共和党は、バイデンが高齢ゆえ認知に問題があると指摘するために開示を求めていた。バイデンは大統領特権でこの開示を拒んだため、代わりに共和党の非難の矛先が向かったのが司法長官だった。結局、この訴追勧告には従わないという発表が司法省からなされ、ひとまずは事なきを得た。しかし、今後も機会があれば同様の動きを下院共和党が仕掛けてくる可能性は否定できない。

ガーランドは、その勧告決議に先立ってワシントン・ポストに寄稿し、下院共和党の現在の動きは、アメリカ市民の間でいたずらに司法システムに対する信頼を低下させるだけのことで、これは未来のアメリカ社会にとって望ましいものではない、と反論していた。「司法の武器化」は今年の大統領選の、見逃せないテーマのひとつである。この場合、司法とは、その名前から想像するような裁判のことだけでなく、警察業務まで含むものだ。たとえば、州をまたいだ広域犯罪を担当するFBI(連邦捜査局)は、形式的には司法省の一部局である。だから、たとえば「機密文書持ち出し」のような事件に対しては司法長官が特別捜査官を任命して彼/彼女の裁量で捜査を実行させるという場合も生じる。

それにしても、ガーランド長官は、時が時なら、今頃、リベラル系の最高裁判事として静穏な日々を暮らしていたはずで、時々気の毒になるときがある。ガーランドは、アントニン・スカリア最高裁判事が2016年2月に亡くなった際、当時のオバマ大統領によって最高裁判事に指名されたが、上院共和党の領袖であるマコーネル議員に阻まれ、結局、承認されずじまいだった。その無念を配慮しての、司法長官への抜擢だったが、現在の、司法機関が下院共和党に敵視される情勢下では、気を抜くことができない日々が続いている。

Photograph: Adam J. Dewey/Anadolu via Getty Images

共和党、とりわけMAGA共和党が恐ろしいところは、彼らの支持者に向かって、敵対する政治家や官僚、判事などの中から、次の「標的」となる人物の名を伝えることで、日常的に、その標的となった人物本人、あるいはその家族に対して嫌がらせや脅迫、あるいは実力行使の暴力がふるわれることを促すのを全く厭わないところだ。トランプがJ6議会襲撃事件において、ホワイトハウスの前で暴徒に転じさせる演説を行っておきながら、結局、お咎め無しで終わったことに、どうやらならったようだ。先日のトランプのハッシュマネー裁判の際も、担当検事や担当判事には脅迫電話が絶えなかったという。そのような強迫行為や暴力行為の報道が飛び交うことが、どれだけ一般市民を萎縮させるか。無関心を装うのが最善策という風潮を生みかねない。

こうして、「法の支配」まで選挙戦の掛け金にするのが今のMAGA共和党だ。デモクラシーだけでなく、法治国家という観念まで破壊する。「法の支配」の転覆は、今年のアメリカ大統領選の裏テーマといえる。

気になるのは、法廷がしばしば私人間の公認された決闘の場であるアメリカで、その法廷自体が、政治が利用する「武器」に転じてしまったら、どうなるのか?

また、警察に対する批判は、それこそ「defund the police」ムーブメントで、多くの黒人活動家が行ってきたことだが、その賛同者の中には、司法の武器化、というワードが魅力的に聞こえる人たちが出てきたりはしないか?

勝ち逃げを図りたいトランプ陣営

このように今年の大統領選は全く一筋縄ではいかない。例年なら、予備選の結果を伝えながら候補者の言葉に耳を傾けておけばよかったが、今年の場合、予備選の結果はほとんど関係がなかった。

トランプの有罪判決について専門家が語る中に一つ、なるほどと感じたのは、2024年大統領選に向けてトランプが最も早く立候補したのは、大統領選の候補者として特別な扱いを司法省に期待するためだった、というものだ。実際、ガーランド長官は、連邦司法省がトランプを起訴した「機密文書持ち出し」と「J6議事堂襲撃事件の先導」については、特別捜査官を任命することになる、結果として、いずれも2024年大統領選の前に公判が行われることはなくなった。トランプチームの勝ちである。それだけ、トランプは収監されることを恐怖しており、なんとか大統領選で勝利して「勝ち逃げ」を図りたいと考えている。トランプと取り巻きのMAGAな政治家たち、VP候補たちも、同様に「勝ち逃げ」を狙っている。

前回も触れたが、ハッシュマネー裁判の舞台であるマンハッタンの裁判所には、トランプを支持する(VP狙いの)共和党政治家たちが勢揃いした。まるで、我こそはトランプ2号なり!とでもいうかのように、揃ってトランプ・ユニフォーム(青いスーツ、赤いネクタイ)を着て法廷詣でをしていた。彼らは、箝口令によってトランプが口に出せない罵倒や呪詛の代弁者であった。トランプになりきって話していることを伝えるために、トランプ・ユニフォームに身を包むことが必要だったのだ。

Photograph: Jabin Botsford/The Washington Post via Getty Images

多くはVP候補たちだが、下院議長のマイク・ジョンソンあたりも混じっていたので、トランプに人事権を握られている者たちが、首にされないためにいそいそと足を運んだ、というのが実情なのだろう。まさに公判に向け出廷するボスのために集まったマフィアの幹部たち、という風情だった。多分、そうした「ギャングスタードラマっぽい建付け」もMAGAなブラザーズたちにとってはジーンと胸に来るところがあるのだろう。もちろん、VP予備軍が法廷前でわざわざトランプの格好をしてまで発した言葉を一番に届けたい相手はトランプ本人なのだろうが。

結局、5月から6月にかけての大統領戦は、トランプ家とバイデン家の反目に終止した。かたやギャングスターのピカレスク、かたやファミリー・ロマンスのメロドラマ。大統領選の装いも随分と変わった。だからこそ、こうした「ドラマとして脚色された事件」にうんざりな「ダブルヘイター」たちの意向が注視される。今後、彼らは何かしら主体的な応対をするのか、それとも、もうアメリカの政府なんて知らん、とばかりに政治参加から離脱し、無投票を決め込むのか。

バイデンが懸念するデモクラシーの危機とは、むしろこうした内部からの自壊を指すことになるのかもしれない。

Photograph: Bill Pugliano/Getty Images

※連載「ザ・大統領戦2024」のバックナンバーはこちら。(2024年3月以前の連載「ポスト・レーガンのアメリカを探して」のバックナンバーはこちら)。『WIRED』による米大統領選挙の関連記事はこちら

池田純一 | JUNICHI IKEDA
コンサルタント、Design Thinker。コロンビア大学大学院公共政策・経営学修了(MPA)、早稲田大学大学院理工学研究科修了(情報数理工学)。電通総研、電通を経て、メディアコミュニケーション分野を専門とする FERMAT Inc.を設立。2016年アメリカ大統領選を分析した『〈ポスト・トゥルース〉アメリカの誕生』のほか、『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』『デザインするテクノロジー』『ウェブ文明論』 『〈未来〉のつくり方』など著作多数。


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