北米のEV充電は「テスラ規格」が実質標準へ。ステランティスも採用で今後どうなる?

フィアットやクライスラーなどのブランドを有する大手自動車メーカーのステランティスが、EVの充電に関して「テスラ規格」への対応を発表した。北米では実質的にテスラの充電規格が標準になるが、真に優れた充電ネットワークを形成するまでには課題も残されている。
Tesla chargers
Courtesy of Tesla

北米の電気自動車(EV)オーナーにとっての大きな問題が、もうすぐ軽減されるかもしれない。デトロイトの3大自動車メーカーのひとつで、クライスラーやジープ、RAMなどのブランドを擁するステランティスが、2025年までに自社のEVをテスラが手がけた充電規格「北米充電規格(North American Charging Standard:NACS)」に新たに対応させると発表したのだ。

この規格は多くの場合、既存の充電規格である「コンバインド充電システム(CCS)」や、さらに古い「CHAdeMO」規格を補完することになる。これらの旧式システムは工学規格の専門家で構成された委員会が設計を手がけたものだが、テスラ規格より充電スピードが遅く、使いにくくなりがちで、なかなか普及が進まなかったのだ。

こうしてテスラ規格が北米を“制圧”したわけだが、それまでステランティスは倒れていない最後のドミノだった。すでにフォードは2023年5月にテスラ規格への対応を発表しており、続いてゼネラルモーターズ(GM)、メルセデス・ベンツ、日産自動車、ホンダ、ヒョンデ(現代自動車)グループ、トヨタ自動車、BMW、フォルクスワーゲンなども追随したのである。実際のところまだ抵抗を示しているのは、ほんのひと握りのEVスタートアップだけだ。

結果的に2025年までに、より多くのEVが多くの同じ充電ステーションで充電できるようになるだろう。

調査によると、比較的寛容な初期導入者層である現在の米国のEVオーナーたちは、公共の充電施設での充電体験に不満を抱いていることが多い。充電ソケットが故障している充電器、不安定な決済システム、充電しようとしているクルマと互換性のないソフトウェア──といった問題は、どれもよく見かける。

テスラの「北米充電規格(NACS)」は、北米においてGMやメルセデス・ベンツ、日産自動車、ホンダ、ヒョンデ、トヨタ自動車、BMW、フォルクスワーゲンなどに採用されている。

Courtesy of Tesla

いまや適切な公共の充電ステーションを見つけ出すことが「人々にとって奇妙な心のハードルになっている」と、自動車業界の調査会社Edmundsの消費者インサイトアナリストのジョセフ・ユンは指摘する。「給油するとき、いちばん近くのガソリンスタンドの場所をGoogleで検索する必要などあったでしょうか?」

こうした理由から、乱立する頭字語や規格はEVを利用する際の“秘伝の奥義”のようにも感じられる。だが、それらがEVへの移行の成否を分ける要因になるかもしれない。米国はようやく、欧州や中国と同じように充電方式の標準化を実現したからだ(驚くことではないが、欧州や中国ではEVがもっと普及している)。

この状況の変化が追い風になり、EVは慣れ親しんだガソリン車とそれほど変わらないことや、むしろ優れている点もあることを、多くの潜在的なドライバーに納得させられるかもしれない。

充電規格の統一以外の重要な問題

テスラにとって(2022年に巧妙に名称を変更した)自社の充電規格が優勢になることは、大きな勝利といえる。テスラの充電施設「スーパーチャージャー」のネットワークが米国で最も広範囲をカバーしており、かつ最も信頼性が高いことを、ほかの自動車メーカーが認めたことの象徴でもあるからだ。それにNACSのコンパクトな設計が優れていることが、暗に認められたことにもなる。

おそらくもっと重要なことは、それが潜在的な収益源になることだろう。たいして騒ぎ立てられることもなく四半期ごとに現れる安定した経常収益になり、これからの10年間に200億ドル(約3兆円)をもたらすと予測するアナリストもいる

これはテスラにとって特にいい知らせだ。テスラは電動ピックアップトラック「Cybertruck(サイバートラック)」低価格な新モデルの生産を拡大していくことで、売上高の伸びが減速する見通しを年初に示していたからである。

それでもEVの充電は、技術的な側面において解決しなければならないことが多い。ステランティスの発表が、その複雑さの一端を明らかにしている。ステランティスはテスラ規格を採用すると発表したが、同社のEVがテスラのスーパーチャージャーを利用できるようになるとは明言していないのだ。また、テスラ規格を米国外でも採用するかどうかにも触れていない。

「現時点でさらに申し上げられるような詳しい情報はありませんが、わたしたちはお客さまにとって充電がより簡単かつ便利になるように、あらゆる選択肢の検討を続けています」と、ステランティスの広報担当者はメールで説明している。

代わりにステランティスは、BMWやGM、ホンダ、ヒョンデ、キア(起亜自動車)、メルセデス・ベンツと共同出資しているIONNA(イオンナ)が運営する充電ネットワークの活用について言及している。今年後半には、おそらく米国とカナダ全土に展開される30,000台のDC急速充電器ネットワークを目にすることになるだろう。

実際に注意深い人なら気づいたであろうが、今回の一件に関するステランティスのプレスリリースでは、「T」で始まるEVメーカーの名称と、その充電規格である「NACS」という言葉が、どちらも注意深く省かれている。

さらに別の複雑な点もある。同じ充電規格を採用していたとしても、北米のすべてのEVと充電器が同じ“言語”を話すようになるとは限らないのだ。充電器とそれに対応するネットワークとの間でも、同じことが言える。

つまり、EVにとっての“聖杯”にたどり着くためには、標準化されたプロトコルを整備することが必要になる。そうすれば、ガソリン車が現金やクレジットカードのやり取りを除いてほぼ自動的に燃料を満タンにできるように、すべての車がいつでもどの充電器とも充電コネクターをつなぎ、自動的に支払いを済ませられるようになる。

それが実現すれば、EVが本当にほかの選択肢を打ち負かすことになるかもしれない。「(そうなれば)EVの普及に大きな弾みがつくことでしょう」と、Edmundsのアナリストのユンは言う。

WIRED US/ Edit by Daisuke Takimoto)

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