テスラが電気自動車(EV)用の急速充電施設「スーパーチャージャー」を担当する部門で数百人もの人員削減を4月30日(米国時間)に実施したことが、EV業界に衝撃をもたらしている。これらの部門の人々は、急拡大を続ける国際ビジネスにおいて“最上級”の人材であると広く認められていたからだ。
この件で衝撃を受け、落胆することになったひとりが、ニューヨークのデベロッパーであるWildflowerのマネージングパートナーのアダム・ゴードンだった。ゴードンによると、彼はクイーンズのマスペス地区にEV充電施設を開設すべく、すでに8カ月ほどテスラとの取り組みを進めてきたところだったという。この施設はニューヨークで最大級の充電ステーションになる予定で、地元住民や高速道路から訪れるドライバー、そして商用車のドライバーにサービスを提供する計画だった。
ところが、あと少しでテスラと正式な契約を結ぶところで、4月30日にテスラの不動産関連の窓口になっている担当者からのメッセージがスマートフォンに届いた。未明にチーム全員が解雇され、会社のメールを使えなくなったというのだ。ゴードンによると、テスラ側からは公式にはまだ何も聞かされていないという。
「まさに前代未聞の行動です」と、ゴードンは言う。「上場企業で時価総額が世界一の自動車メーカーというよりも、お金がなくなったスタートアップといったほうがしっくりきます」
「わたしたちは今後、テスラとは仕事をしません。契約は信頼を前提とするものだからです」と、ゴードンは語る。たとえ何らかのかたちでテスラのチームが新たにつくられて、契約をまとめるために連絡をとってきたとしても、その気持ちは変わらないという。
EV業界にとって厄介なタイミング
テスラの戦略に問題が生じていることを最初に報じたのは、テック系ニュースサイト「The Information」である。しかし、そのタイミングはEV業界にとって厄介なものだった。公共充電ネットワーク網が不十分な状態に米国のEVユーザーが不満をもっているなか、EVのオーナーを増やすべく“啓蒙活動”を続けているところだったからだ。
すでに米国では、政府主導で2030年までに50万カ所以上に公共充電器を設置するための数十億ドル(数千億円)規模の計画が進められているが、この計画に基づく充電器の設置は始まったばかりである。政治系ニュースサイト「POLITICO」によると、連邦政府による充電器への補助金のうち、テスラが手にしてきた額の比率は13%未満にすぎない。テスラはEVの生産のみならず充電器に関しても世界のリーダーとみられてきたが、EVの充電の未来を決める重大な戦略に関与する意思があるのか、疑問をもたれることになってしまった。
この件に関してテスラ側に質問を投げかけたが、回答は得られていない。「テスラは現在もスーパーチャージャーのネットワークを広げる計画でいる。新しい地域へと広げるスピードが遅くなる一方で、稼働時間を100%にしたり、既存の地域で設備を拡張したりすることに注力するようになるだけのことだ」と、最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスクはXに投稿している。
EVメーカーや業界関係者たちは、公共充電への需要が高い地域においてテスラに頼らずに充電器不足を解消る方法を模索すべく、奔走してきた。
ニューヨークではUberとLyftのドライバーをEVに転換させる取り組みが昨年秋から始まったが、おかげで地元のテスラのショールームに長蛇の列ができ、充電の需要が急増した。EVの配車サービスと充電ステーションの運営を手がけるスタートアップのRevelによると、ニューヨーク市内でRevelが運営する3カ所の充電ステーションにおける1日あたりの充電セッションは、この取り組みが始まった昨年秋以降に10倍になったという。
Revelはスーパーチャージャーのチームが解雇されるとの情報を4月30日朝にキャッチした直後から、ブロンクス、ブルックリン、クイーンズに1カ所ずつある元テスラのリース契約を引き継ぐ協議に入った。Revelの広報担当者によると、テスラでの解雇がもたらす重大な影響よりも、「最近のEVに関する悲観的な見解を後押しする文化的なインパクト」に懸念をもっているという。
ニューヨーク市の当局は、テスラほどの企業によって生じる充電需要へのギャップを埋めてくれる“何者か”が現れると確信しているようだ。ニューヨーク市の取り組みについて、ニューヨーク市タクシー&リムジン協会の広報担当者は次のようにコメントしている。
「(ニューヨーク市は)市内で事業を展開するあらゆるサービス提供者が、堅実かつ成長を続ける顧客基盤をもっていることを保証する。あるサービス提供者がリース契約を取り消すことは、ほかのサービス提供者にとって絶好の機会になる。契約対象の土地に電力が通っていれば、なおさらである」
Wildflowerのゴードンによると、ニューヨークのマスペス地区でスーパーチャージャーに使われるはずだった土地のリース契約については、すでにいくつかの充電サービス企業が興味をもって連絡してきているという。
テスラにとって“明るい材料”だったはずが……
スーパーチャージャーのネットワークが勢いを増してきたことは、ここ数カ月にわたってトラブル続きだったテスラにとって“明るい材料”とみられてきた。テスラは中国の自動車メーカーや従来の大手自動車メーカーとの新たな競争に見舞われているほか、EV市場が不振に陥っていることに関する疑問や収益の減少、そして最近になって繰り返されてきた人員解雇などに悩まされてきたからだ。
テスラの顧客たちはスーパーチャージャーについて、基本的に信頼できるだけでなくきちんと管理されており、テスラに興味のある潜在顧客への大きなセールスポイントになると公言してきた。エネルギー分野の調査会社であるブルームバーグNEFは昨年夏、2020年代の終盤までにはテスラが充電関連で得る収益は74億ドル(約1兆1,500億円)になり、このうち利益が7億4,000万ドル(約1,150億円)になると予想している。自動車メーカーのサイドビジネスとしては、悪くない話ではないだろうか。
今回のスーパーチャージャーのチームの解雇が報道された時点で、このチームは米国の自動車業界すべてに対して自社の充電規格を採用するよう説得する大仕事をやり遂げたばかりだった。その見返りとしてテスラは、競合する企業の粗悪な実績しかない充電施設と比べて驚くほど信頼性が高く、きちんと整備されたスーパーチャージャーの充電ネットワークを、他の自動車メーカーとそのユーザーたちにちらつかせたのである。
このほど公表された財務報告書でテスラは、自社の充電ネットワークを拡張する計画についても触れていた。他の自動車メーカーがテスラの充電規格を採用するなか、「わたしたちはそれに応じるかたちで自社のネットワークを広げ、顧客の需要に見合うよう適切な供給力を確保しなければなりません」と、テスラは報告書に記している。
テスラは充電プラグの標準規格に関する業務について、昨年秋に国際団体「自動車技術者協会」に引き継いだ。協会の広報担当者はテスラ規格の標準化について「順調に進んでいます」と説明しており、今年末までには完了する見通しだという。
競合にはチャンス到来?
政府による補助金の提供に携わる関係者によると、補助金を受けている企業が方針転換したり、補助金を返却したりすることは珍しくはないという。
EVの充電設備の建設や販売、開発に携わる関係者によると、テスラが充電サービスに関して180度の方針転換に踏み切ったことは、公共充電インフラにまつわる短期的な将来に影響をもたらすかもしれないという。一方で、EVへの長期的な移行という動きには影響しないだろうとも指摘している。
米国政府の組織で国内のEV関連インフラを監督しているエネルギー・運輸合同局の広報担当者は、「(充電インフラに投じる資金を確保した)超党派のインフラ投資計画法に基づくEV充電プロジェクトが、個別の企業の経営判断によって影響を受けるとは考えていません」と説明する。これは各州が充電ネットワークをどこが建設するかについて、競争に基づくプロセスを実施しているからだ。
EV業界の関係者たちは、テスラの行動は極めて予想外のものだったと口を揃えて言う。同時に今回の動きについて、他の充電サービス企業がすでにテスラに追いついただけでなく、EVの普及拡大に向けて充電ネットワークを建設する責務と投資コストを引き継ぐ準備が整ったと、テスラが確信していることの表れである可能性もあるとみている。
充電サービスを提供する競合によると、こうしたテスラの突然の方針転換はチャンスになりうるかもしれないという。充電サービスを手がけるEVgoの政策・渉外担当エグゼクティブ・バイスプレジデントであるサラ・ラファルソンは、EVgoが近い時期にテスラの充電規格を採用するとコメントしている。
「より多くのテスラ車に対応する機会を、わたしたちは歓迎しています。そして、あらゆるEVに対応するというわたしたちのコミットメントに揺るぎはありません」
(Originally published on wired.com, translation by Daisuke Takimoto)
※『WIRED』によるテスラの関連記事はこちら。電気自動車(EV)の関連記事はこちら。
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