SZ MEMBERSHIP

生成AIの(退屈な)未来は企業向けアプリにある

いまや多くの生成AIスタートアップが、今後は資金を「生成」しなければならないことに気づき始めている。その解決策のひとつは、まず生成AIの生み出す「ハルシネーション」を取り払ったうえで、サービスを受注する対象企業を絞ることだ。
生成AIの(退屈な)未来は企業向けアプリにある
Ziga Plahutar/GETTY IMAGES

6カ月前、キース・ペイリスは生成AIの先行きに不吉な予兆を感じ出したという。

ペイリスは、生成AIを搭載したプレゼンテーション・ソフトをつくっているサンフランシスコのスタートアップ、Tomeの創業者兼最高責任者だ。Tomeはベンチャーキャピタル(VC)による資金調達で十分に余裕ある資金3,200万ドル(約50億円)を集め、2022年初頭に製品を世に送り出した。その後も盛りあがるChatGPT人気の波に乗って、23年頭にはさらに多くの資金を調達した。ベンチャー投資家でLinkedIn共同創業者のリード・ホフマンや、前グーグルCEO兼会長エリック・シュミット、当時Stability.aiのCEOだったエマド・モスタクらもTomeを支援していた。

ただ、Tomeはひとつ問題を抱えていた。十分な収入を生み出しているとは言えなかったのだ。さらにTomeのような人工知能(AI)スタートアップは、オープンソースではあるが特許で守られた言語モデルのうえに自社のサービスを構築しており、自社のアプリを動かすためにはOpenAIのような企業にかなりの使用料を支払わねばならない。Tomeが運営を続けていくためには、何らかの対応策を講じる必要があった。

結局、ペイリスと共同創業者のヘンリー・リリアーニは、24年4月、59人いたスタッフの20%を解雇することにした。さらに、新たな企業方針も明らかにした。「生成AIつきパワーポイント」と呼ばれることも多い自社のアプリを、法人の顧客向けのみに絞ることにしたのだ。そして、料金はプレミアムユーザーに課していた料金の3倍になるという。

「TomeのAIモデルに高校の宿題のまとめ方とか、手術後の案内書の書き方、マーケティング計画書や販売報告書の作成方法などを教えていたら、とても時間が足りないことに気づいたんです」と、ペイリスは『WIRED』のインタビューで語った。「わたしたちはこう考えることにしました。できるだけたくさんのプレゼンテーションをつくる必要があるだけでなく、例えば『取引が成立したかどうか』といった、はっきりと目に見える結果が出るような顧客だけに的を絞ろう、とね。それはつまり、営業担当者のことです」

以前Tomeのホームページでは、自社のアプリを「あなたを助けてくれるAIパートナー」と呼び、歌も踊りもこなせるオールマイティ・プレイヤーと謳っていた。だが現在の同社の売り文句は、「販売及びマーケティングチームに特化したAIネイティブ調査・プレゼンテーション用プラットフォーム」となっている。

PerplexityやSierraも同様の動き

Tomeの企業向け製品への方向転換は、ChatGPTが火付け役となって巻き起こった生成AI旋風の渦中に、自社の生成AIアプリを投入したほかのAIスタートアップ──及び一部の数十億ドル規模のユニコーン企業──の方針とも一致する。クラウドAPIの使用料が増加するにつれ、そういった企業の扱う製品はより対象を狭めた特殊なものになり、さまざまな価格モデルを試すことで、何とか効率的に収入を絞り出そうとしている。

4月、やはりAIを使用したサーチエンジンを提供している話題のスタートアップ、Perplexityは「Perplexity Enterprise Pro(及びそれに関わる大規模な資金調達計画)」を発表した。Perplexityによると、同社はこれまでにZoom、HP、Stripe(支払い関連のスタートアップ)、クリーブランド・キャバリアーズ(プロバスケチーム)などと取引しており、そういった企業は、同社の製品をセールストークの考案やリサーチに役立てているという。Perplexity Proの料金は、従業員ひとりあたり月額40ドル(約6,300円)、あるいは年間400ドル(約63,000円)となっている。

2月には、セールスフォースの前共同CEOブレット・テイラーと、グーグルの元エグゼクティブだった著名なクレイ・ベイヴァーが手を組み、Sierraという会社を立ち上げることを発表した。Sierraは生成AIを使って対応力の高い企業向けチャットボットを開発し、再配達依頼などの要求にも応じられるようにするという。ふたりはこの企業向けチャットボット開発に向けて、ベンチマーク・キャピタルから2,500万ドル(約40億円)、セコイアから8,500万ドル(約135億円)というかなりの額の資金を確保している。

SierraのテイラーはOpenAIの会長でもあるが、現在、時価総額800億ドル(約12兆6,000億円)を超え、さらにマイクロソフトから100億ドル(約1兆6,000億円)以上の支援を受けるOpenAIは、すでに従来の意味でのスタートアップではなくなっている。だが、そのOpenAIさえもが企業対象ビジネスに乗り出しているのだ。

OpenAIのプラットフォーム販売チーム責任者、ジェームズ・ディエットによると、同社は22年のChatGPT立ち上げ以来18カ月を費やして、ソフトウェア販売とGoToMarket戦略のチームを構築し、チームメンバーも15名から200名へと大幅増員したという。このチームは、いまではOpenAIの従業員の5分の1を占めるほどになっている。

OpenAIでは、現行のChatGPT無料バージョンと月額使用料20ドル(約3,000円)バージョンに加えて、さらに2件の企業向け製品を展開している。23年8月に公開されたChatGPT Enterpriseはセキュリティ面の特徴を強化したバージョンで、従業員1名あたりの料金は60ドル(約9,500円)。また同社は、開発者や企業がOpenAIの言語モデル上にAI製品を構築するのに使える、APIへのクラウドアクセス権も販売している。APIの料金は「単語あるいは単語の一部を含むテキスト・アウトプットの塊」を意味する「トークン」単位で課金される。OpenAIの最上級モデルにアクセスするには、企業は1,000トークンあたり0.12ドル(約20円)を支払わなければならない。

「ChatGPTが出始めたばかりのころには、その詩的な韻を踏んだ言い回しがずいぶん人を驚かせましたが、企業の上に立つ人たちの多くは、そのチャットのやりとりの背後にあるテクノロジーに気づき、これはただのおもちゃじゃないと瞬時に理解したのではないかと思います」とディエットは言う。「法的な質問をすることもできるし、マーケティングの質問をすることもできる。書類の要約も頼めてしまうんです」。つまり、OpenAIの前には広大な新ビジネスの機会が拡がっているということだった。そしてOpenAIもまた、AIモデルのトレーニングにかかる莫大なコストを相殺するための巨額の収入を必要としていた。

「Fortune上位500社の経営幹部レベルには、自分たちのビジネスにこれは大いに役立つはずだとピンときたのです」とディエットは付け加えた。

AIの技術をバーティカルに展開

AIスタートアップを立ち上げて動かしていくには膨大な計算能力が必要であり、それには相当の費用がかかる、とペイリスは言う。「この分野の企業への投資を考えているVCなら、5,000万人から1億人のユーザーを想定しているでしょうが、収益化の方法についてはあとから考える、などという企業は信用しないでしょう。もうガラケーやソーシャルメディアの時代とは違うのです」

AIスタートアップが現在資金調達を目指して活動する市場では、高金利のせいで投資家が弱気になり、状況は厳しさを増している。したがってペイリスの指摘どおり、安定した収入を継続的に確保でき、消費者の気まぐれに左右されないシステムをつくり出すことができれば、AIスタートアップもVCにとってもっと魅力ある存在になれるはずだ。そのやり方は、まさにマイクロソフトやグーグル、セールスフォースといった大手テック企業が通ってきた道でもある。そうした企業は長いこと従来のSaaS(サービス型ソフトウェア)に基づく方法で利益を出してきたが、いまでは自社製品にAIをたっぷり投入しだしている。まだよちよち歩きのAIスタートアップの多くとは違い、大手テック企業のビジネスモデルは自立歩行が可能なのだ。

VCとプライベートエクイティの追跡評価を行なうPitchBookでは、21年から生成AI関連のスタートアップに対する投資活動を記録している。23年後半までにその分野の企業が獲得した資金は232億ドル(約3兆6,000億円)に達し、数字だけ見れば22年度合計額の250%増となる。

しかし、この額には支援企業による巨額の資金援助が含まれている。例えばマイクロソフトによるOpenAIへの資金投入や、アマゾンによるAnthropicへの資金援助などだ。それを除いて従来のVC投資に限定すれば、23年度のAIスタートアップに対する資金提供はかなり少なくなり、21年の投資総額と同程度しか得られていない。

PitchBookのシニアアナリスト、ブレンダン・バークはある報告書のなかで、VCの資金提供はますます「AIテクノロジーを基盤としてそれをバーティカル(垂直方向)に展開する技術に向かって流れ込む傾向にあり、音声・言語・画像・映像分野での多目的ミドルウェアに対する関心は薄れつつある」と指摘している。

つまり、ある企業のeコマースの売り上げ向上や、法的書類の解析、SOC2[編注:米国公認会計士協会が定めたサイバーセキュリティのフレームワーク]のコンプライアンス維持などを助けてくれる生成AIアプリのほうが、たまに見栄えのいいビデオや写真をつくりだせるアプリよりも確実に売れるだろう、ということだ。

Sierraの共同創業者クレイ・ベイヴァーによれば、AIスタートアップがB2Bモデルに目を向けるようになったのは、コンピューティングやクラウドAPIにかかる費用のせいだけではなく、特定の顧客をターゲットにし、そのフィードバックをもとに製品を改善していく試みの利点に気づいたからだという。「こういったAIモデルの性能が上がるにつれ、コストは下がっていくはず、とわたし自身を含めて全員がかなり楽観的に考えています」とベイヴァーは言う。

「特定の顧客に対し、解決すべき問題が明確にわかっているというのは、大きな強みです」と彼は説明する。「それに、直接『うまくいっていますか? 問題は解決しそうですか?』と訊いてフィードバックをもらうこともできる。そうやってビジネスを組み立てていけば、とても強力なビジネスモデルができることは確実です」

Two people smiling while standing in front of a building's dark, glass windows
AIスタートアップ「Sierra」は、企業が顧客とのやりとりに導入できるチャットボットを開発している。AIはいかに「顧客体験を向上させる」のか? 共同創業者ふたりに『WIRED』エディター・アット・ラージのスティーヴン・レヴィが訊いた。

ChatGPTがAIブームを引き起こしたのは、ある意味、一瞬にしてコードを生成したら、次の瞬間には詩を生成することができる、という万能感のおかげだった。だがAIスタートアップGleanの最高経営責任者アーヴィンド・ジェインによれば、テクノロジー本来の性質としてやはり、対象の限られたツールのほうが相性がいい。大企業なら、自社のデータや情報を保存するのに、平均して1,000以上の異なる技術システムを駆使している。したがって、小さな企業がそういった大企業に独自の技術を売り込むチャンスは大いにある、というのが彼の意見だ。

「わたしたちが暮らしているこの世界は、基本的に何らかの機能をもったさまざまなツールが、それぞれの特性が必要とされる問題を解決することにより動いています。その仕組みはこの先も変わらないでしょう」とジェインは言う。ジェインはグーグルのサーチ部門で10年間仕事をしてきた人物だ。Gleanは、さまざまな企業アプリにプラグイン可能なワークプレイス・サーチエンジンを提供している。19年に設立された同社は、これまでにクライナー・パーキンス、セコイア・キャピタル、コーチューなどのVCから2億ドル(約300億円)の資金を調達している。

「企業ごとに特化したAIシステムを」

生成AI製品を顧客に合わせて調整するのにも、かなりの技術が必要だ。ChatGPTのようなシステムがミスを犯したり「ハルシネーション」を起こしたりしたとき、特に企業内や法的事例、医療環境などで使われる場合、重大な結果をもたらす危険性がある。そのほかの業種に生成AIツールを販売する際も、それぞれの企業が求めるプライバシーやセキュリティ基準をクリアしなければならないし、その業界独特の法規制にかかわる基準を遵守する必要が出てくるかもしれない。

ベイヴァーは言う。「ChatGPTやMidjourneyが、一般エンドユーザーの要求にクリエイティブに応えるのはいいんです。ただ、それとAIがビジネスアプリの環境のなかでクリエイティブな結果を出すのとは、まったく別の話になります」

ベイヴァーによれば、Sierraは「莫大な量の努力を投資」して安全策とパラメーターを確立し、セキュリティとコンプライアンスの基準をクリアできるよう全力を注いでいる。そのためには、SierraのAIを調整する目的で、さらにAIを使用する場合もあるという。あるAIモデルが90%正確な答えを生成することができるとして、そこにミスを探して修正できる別の技術を重ねて使えば、もっと正確な答えを得られるはずですよね、と彼は説明する。

「企業ごとに特化したAIシステムを、もっとつくっていくべきだと思います」と、GleanのCEOジェインは言う。「例えば病院のシステム内で、看護師が患者のケアについて判断する際にAIを使うケースを想像してみてください。そこでミスをするようなことは、絶対にあってはなりませんよね」

ただ、比較的小さなAI企業が法人顧客向けに自社製品を売りこんでいる最中に、こんなショッキングなケースが起こりうるかもしれない。OpenAIのような生成AI界の巨大ユニコーン企業が、大量の営業チームを投入して、零細スタートアップが必死に組みたてているのと同じツールへの参入を発表したら?

『WIRED』が話を聞いたAIスタートアップの多くが、OpenAIの技術のみに依存する現状からの離脱を試みており、代わりにAnthropicのClaudeやメタ・プラットフォームズのLlama3のようなオープンソースの大規模言語モデルを利用しはじめている。スタートアップのなかには、独自のAIテクノロジーの構築に意欲を示しているところもある。だがAIスタートアップの多くは、OpenAIへの技術料支払いに苦しみながら、いつか同社に太刀打ちできる日が来ることを夢見ている状態だ。

Tomeのペイリスは、じっくりと考えたうえでこう言った。「いまはとにかく、販売とマーケティングを中心に考えることに集中したい。そして、うちを使ってくれる顧客にとって、すばらしく高品質の結果を生成できる存在でありたいと考えています」

(Originally published on wired.com, translated by Terumi Kato/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)


Related Articles
article image
変化の速いAI技術の波に乗り、翻弄され、ときに抗いながら、AIとわたしたちの関係の望むべき未来像を考察していく、アーティスト・徳井直生による連載。第3回では、AI音楽生成システムの位置付けを見直し、創作行為を想起させる「生成」に代わる新しい言葉を見出すことの重要性を説く。
Image of a vintage beauty queen in crown and cape, with a blurred face in a pixelated neon glow under a sparkling spotlight.
“AIのミスコン”という考えを、滑稽またはグロテスクだと感じる人もいるだろう。「World AI Creator Awards」が映し出したのは、昨今のインフルエンサー文化の奥底にあるものだった。
Light trails moving inside of black box on pedestal in front of a blue backdrop
人工ニューラルネットワークはいかにして結論を導きだすのか、その大部分については、このシステムをつくった人たちにとってもブラックボックスとなっている。ところが5月、Anthropicの研究チームがその一部について手がかりを得たことを発表した。

編集長による注目記事の読み解きや雑誌制作の振り返りのほか、さまざまなゲストを交えたトークをポッドキャストで配信中!未来への接続はこちらから