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次世代のデジタルカルチャーをつくりだす人間のキュレーターたち

アルゴリズムとAIで溢れ返るデジタル世界で、わたしたちは注目すべきコンテンツを“目利き”してくれる人間のガイドを必要としている。軽薄な“インフルエンサー”全盛の時代が退潮し、改めて注目される次世代のキュレーター像とは。
次世代のデジタルカルチャーをつくりだす人間のキュレーターたち
Peathegee Inc/GETTY IMAGES

いまのインターネットの世界は、アンドレイ・タルコフスキーの映画『ストーカー』に登場する「ゾーン」のように感じられることがある。方向も地形も常に変化する、予測しようのない不可解な世界だ。SNSのフィードは、レコメンデーションのアルゴリズムばかりが強化され、たいした情報を得られなくなっている。Googleをはじめとする検索エンジンは、人工知能(AI)が生成したコンテンツで溢れつつある。自覚的に情報を探しても、筋道を正しくたどれるとは限らない。ニッチなコミュニティは、探し出すのもフォローし続けるのも難しい場合があるからだ。

いまやデジタルカルチャーの移行期に差しかかっていると言ってもいいだろう。だからこそ、親切で丁寧な顔の見える人間のガイド(「ゾーン」にいるガイドの「ストーカー」とは違う)をこれまで以上に求めるようになった。油断できないこの場所を歩くのに、それが必要なのだ。そうしたガイド的存在は、ときにはインフルエンサー、ときにはコンテンツクリエイター、あるいは単に「わたしがフォローしている人」などといろいろな名前で呼ばれている。独自に磨いてきたセンスを武器に、ガイドたちは特定のカルチャー領域でニュースや考察をオーディエンスに伝える。内容はファション、本、音楽、食べもの、映画などさまざまだ。

このようなガイドについて最もわかりやすいのが、「キュレーター」という考え方だろう。博物館や美術館のキュレーターは、展覧会に向けて企画を立て展示品を選定する。それと同じように、インターネット上のガイドたちは、膨大なオンラインコンテンツを一定の方向性に沿って選別して、わかりやすいかたちに再構成し、失われたコンテキストを復元して筋書きをつくり上げる。そこに、わたしたちのような門外漢のインターネットユーザーが見落としやすい貴重なものを浮かび上がらせるのだ。

「カルチャーと音楽と時代の間の点をつないでいるんです」

アンドレア・エルナンデスは、「飲食スペースのキュレーション」を専門とするニュースレターおよびSNSアカウント「Snaxshot」を運営している。そのエルナンデスが先日、「キュレーションで大切なのは、ノイズを除去できるということです」と語ってくれた(わたしがエルナンデスをフォローしているのは、面白い飲料直販のスタートアップ、たとえばプロテインドリンクを販売している「Feisty」などを発掘しているからだ)。そのうえで、「インターネットをいろいろと探し回って、見つけた情報をみなさんにお伝えしています」とエルナンデスは続けた。

ただし、博物館や美術館のキュレーターと違って、わたしがフォローするようになったデジタル世界のパーソナリティーたちは、それぞれの仕事の顔にもなっている。フォロワーとの間に信頼関係を築く手段として、自身の録画をTikTokInstagramで配信しているのだ。

そんなキュレーターのひとり、デリック・ジーは、オーストラリア在住の元ネットラジオDJだ。わたしはTikTokでジーを発見し、そのデザイナー然とした風貌に惹かれた。細いメタルフレームの眼鏡をかけ、オーバーサイズの服をスタイリッシュに着こなしている。色はたいていモノトーンだ。マイクに向かって低めの落ちついた声で話す自分を録画し、ポップミュージックの最新トレンドを分析したり、高級オーディオ機器をレビューしたりしている。ジーはわたしのフィードで不動の位置を占めており、同じようなフォロワーの数は30万以上だ。韓国オルタナティブラップの世界にわたしを誘い、耳に心地よいミニマル系ピアノ演奏のプレイリストを紹介してくれた。ミツキ・ミヤワキの最新アルバムがヴィンテージ感に溢れている理由を説明したこともある(「スラップバックエコー」と呼ばれるエフェクトだという)。

わたしがジーを信頼しているのは、クールなものだけではなく、何か新しいものを教えてくれるからだ。「ぼくは、カルチャーと音楽と時代の間の点をつないでいるんです」とジーは言う。ティーンエイジャーのとき、いまのジーと同じような役割だったのが、そのころ師事していたエレキベースの教師だった。ジャズの奏法をポップミュージックにもち込んだモータウンのベーシスト、ジェームス・ジェマーソンのことをジーに教えたのも、その教師だ。「あのとき、世界ががらっと変わりました」

マイクを前にしたジーの手慣れた様子は、SNSとは別のところで培われたものだ。最初はグラフィックデザインの仕事に就き、次いでテレビ番組の制作に移ったが、音楽の趣味を追求するために自分でラジオ番組を収録し、2012年から「Mixcloud」というウェブサイトにアップロードし始めた。その番組が「88rising」や「SiriusXM」といった音楽レーベルで、そしてMixcloudでも仕事につながっていったのだ。22年には、音楽方面に進出しようとしていた著名なインフルエンサーにすすめられて、TikTokにも投稿を始めた。はじめのうちは、スピーカーのコレクションを紹介する動画だったが、ほどなく音楽に関する自分の知識を活かし始める。

ジーは、自分がいまでもある種のDJなのだと話す。「ぼくがやっているのはラジオで、ただカメラがついているだけなんです。楽曲の間のつなぎですよ」。既存の音楽世界の外側で活動することで、ジーは業界の前進にわずかでも貢献したいと願い、消費者への情報提供を強化し続ける。オーディエンスにとって兄貴分のような立場なのだと自分自身を説明している。「例えば、17歳の韓国系米国人に、UKガラージの魅力を伝えられたら、ぼくの仕事は成功です」(ジーをフォローしていない人のために説明しておくと、「UKガラージ」はガレージロックではなく、エレクトロニックダンスミュージックの流れを汲むジャンルである。90年代に英国で生まれ、現在のKポップに影響を与えた)。

陳腐化した「インフルエンサー」

デジタルプラットフォームは、少しでも多くを少しでも早く消費するようユーザーをあおることが命題だ。TikTokの「おすすめ」フィードや、「Spotify」の自動化されたプレイリストを見てもわかる。キュレーターは、果てしないスクロールにブレーキをかけ、フォロワーにただカルチャーを消費させるのではなく、味わわせるようにして、鑑賞という感覚をつくり出そうとする。

ブルックリン在住のローラ・ライリーは、「Magasin」(フランス語で「店」の意味)というInstagramのアカウントをもち、ニュースレターも発行している。開設は21年だ。Magasinは、「ここはショップであり、雑誌です。ショッピングのニュースレターでもあります」というフレーズを掲げており、サブスクライバーは28,000人以上だ。だが、その内容は単なるレコメンデーションではない。あまり知られていないブランド、例えば自然派志向の高級ブランド「スタジオニコルソン」やニットウェアメーカーの「ローレン・マヌーギアン」なども支援しており、ショッピングという行為そのものに疑問を投げかけることも多い。「ブランドについて詳しくなればなるほど、そのブランドの商品を長くもち続けるようになります」とライリーは説明する。言い換えれば、彼女の示唆に満ちた投稿は、ファストファッションに拮抗する手段でもあるのだ。

ライリーは現在、ニュースのエディターと男性ファションのコラムニストを雇っているが、自身もライター、エディター、カメラマン、そしてモデルとして仕事を続けている。MagasinのInstagramアカウントには、ニュースレターで扱っているブランドの衣服を身に着けたライリー自身の写真が並んでいるが、その多くは試着室で撮影したセルフィー写真であり、洗練されたモデル写真ではない。これは単に便宜上ということではなく、ビジネス上の意図的な戦略だ。インフルエンサーの場合と同様、キュレーターのオンラインでの言動は一方通行になりがちだからだ。「競争を勝ち抜くには、ニュースレターで自分のこと、自分の画像を増やす必要があったからです」と、ライリーは説明している。

キュレーションは作業を必要とするので、どんな作業もそうであるように、持続していくにはやはり妥当な報酬が必要になる。ジーは、主としてオーディオ機器ブランドを対象にTikTokでスポンサー付きのコンテンツを作成することで、自身のアカウントをマネタイズしている。ライリーのMagasinは、収益のほとんどをアフィリエイトマーケティングから得ている。例えば、「プロエンザスクーラー」の新しいカシミアセーターへのリンクを読者がクリックするごとに、そして購入するごとに、小売価格に対して設定された割合に応じて歩合が入ってくる仕組みだ。

Magasinの立ち上げ以前、ライリーは『InStyle(インスタイル)』という雑誌で、eコマースのファッション記事を担当し、新製品の発売や紹介を専門にしていた。その当時のアプローチがいまのニュースレターでもアイデアの源になっており、それがほかのファッションコメンテーターとの差別化要因になっている。「日記のようなものにするつもりはなく、サービスにしようと考えていました」とライリーは言う。

以前のインターネット時代なら、ジーやライリーのような人物は単なるインフルエンサーと見なされていたかもしれない。オンラインの多数のフォロワーが付いて、その影響力が従来のメディアをしのぐことさえある、そんな人物だ。しかし、インフルエンサーのイメージは「その後、いくぶん陳腐化した」とライリーは言い、薄っぺらで情報が乏しく、時には誤解さえ招く、スポンサー主導のコンテンツもあることをほのめかしている。「インフルエンサーとして影響力をもつことと、自分自身の言動とは、別のことなのです」、というのがライリーの主張だ。典型的なインフルエンサーは、何らかのかたちで理想のライフスタイルをあおり立て、自分の家や食事や休暇がいかに魅力的かを強調する。最近のキュレーターは、もっと外に目を向けている。インフルエンサーの戦略を借りながらも、自分たちの経験を超えて文化の拡がりに対応できるように、SNSとフォロワーとの親密な関係に便乗しているのだ。

逆境にあっても人間の創造性は続く

ネイサン・シュハークは、インディアナポリス在住の、文学を扱うオンラインキュレーターだ。自分の言動とインフルエンサーという立場とのギャップは意に介していなかった。「カルチャーのどのくらいがインフルエンサーの目を通してフィルタリングされているか」を踏まえると、インフルエンサーという職業について真剣に考える必要があるとシュハークは語る。

TikTokでは、@schizophrenicreadsというユーザー名を使って、ノンフィクションの書籍について熱くひとり語りする動画を投稿している。取り上げるのは、左派寄りの修正主義的な立場で社会に取り組もうとする歴史研究書、たとえばダニエル・イマーヴァールの『How to Hide an Empire(帝国のかくし方)』[未邦訳]や、フィル・クリストマンの『Midwest Futures(中西部の未来)』[未邦訳]などだ。TikTokに投稿しはじめたのは21年で、おすすめの記事や本のことを友人に伝えるのが目的だった。いまでは、18万近いフォロワーを集めている。

@schizophrenicreadsで発信し始める前は、人に向かって話す経験を、いまとはだいぶ違うかたちで積んでいた。シュハークは統合失調症で、17年に図書館学の修士課程を中退している。心身の不調を理由に仕事を休んでこの病気と向き合い、支援団体のためにもっぱら自分の経験について講演していたのだ。@schizophrenicreadsというアカウント名は、自身の病気を表す(schizophrenicの部分)とともに、幅広い読書の趣味(readsの部分)を表すジョークにもなっている。「これを大勢の人に向かってやっているという意識はありません。友だちを相手に、失業中の司書を務めようとしているだけです」とシュハークは語る。失業手当を受給する条件のため収入を制限してはいるが、クラウドファンディングのプラットフォーム「Patreon」のアカウントをもっており、ファンからの寄付を受けてポッドキャストなどのリソースを利用している(実をいうと、そのエピソードのひとつにわたしも登場している)。

シュハークは、自分のようなキュレーターのアカウントの伸長を、従来のメディアのエコシステムが低調になってきた表れだとしている。適切な情報をもとにおすすめを示すという仕事はかつて、新聞や雑誌と契約したプロの批評家のものだった。メディア各社がデジタル時代への適応に苦戦するなか、批評という専門職は衰退していき、そこにシュハークのような人間が入り込む隙が生じたのだ。そうした変化の原因はインフルエンサーにあるという非難が聞かれることもあるが、それは「100%まちがっています」とシュハークは言う。インターネットユーザーはいまでも、専門知識をもった人の手引きを望んでいる。そういう専門家が、ほかに選択肢がないまま、オンラインにオーディエンスを見いだすようになっているだけなのだ。「書評をしようと思ったとき、唯一の選択肢がTikTokへの投稿でした。それ以外には、まったく道がなかったんです」

溢れ返るオンラインコンテンツを相手にするには、機械的にであれ人為的にであれフィルタリングが必要だ。AIやアルゴリズムがわたしたちに代わってフィルタリングを実行するのを歓迎しない人々は、フィルタリングをうまくこなしてくれるネット上のパーソナリティーをいかにサポートするかを、もっと深く考えるだろう。構造的に、インターネットがいますぐによくなることはない。インターネットの未来に関して、わたしは一貫して悲観的な態度を貫いている。

しかし、逆境にあっても人間の創造性は続いていく。ジーやライリー、シュハークのような人を見ていると、楽しくおもしろいニッチな活動はこれからもオンラインで生き残れると期待させられる。こうした人々に当てはまりそうな単語がもうひとつあった。「目利き」だ。美術史的な意味で、熱意を込めて観察し、自らの鑑定眼を通じて、あるジャンルをかたちづくる人をいう。わたしたちのそばには、これまでも常に目利きがいた。ラジオのDJから書店の店員まで、わたしたち一般ユーザーが消費するカルチャーについて、目立たないが大切な情報をもたらしてきた。シュハークはこうまとめている。「90年代には、レンタルビデオ屋の店員という人たちがいました。わたしたちも、あれと変わりません」

(Originally published on The New Yorker, translated by Akira Takahashi, edited by Michiaki Matsushima)

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