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テスラが投入する自動運転タクシーは、ウェイモより数年遅れている

イーロン・マスクは今春、テスラが自動運転タクシー用の車両を8月8日に発表するとXで予告している。もしテスラが本気で自動運転タクシーを開発したいなら、ウェイモにならい、遠隔オペレーターの採用を開始するはずだ。
テスラが投入する自動運転タクシーは、ウェイモより数年遅れている
Photograph: Allen J. Schaben / Los Angeles Times via Getty Images

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テスラのファンも、そして同社最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスクも、テスラの運転支援機能「フルセルフドライビング(FSD)」ソフトウェアの将来性に期待を寄せている。テスラは3月にFSDを大幅改良したFSDバージョン12.3をリリースした。そしてマスクは4月に、テスラが自動運転タクシー用の車両を8月8日に発表することを明らかにした。5月15日には、マスクはFSDの新バージョン(バージョン12.4)が近日中にリリースされ、「MPI[Miles Per Intervention: 自動運転モードから離脱して人間が介入する頻度のこと]が5倍から10倍向上する」と発表した

しかし、テスラが近い将来に無人タクシーサービスを開始すると期待しているファンは失望することになるだろう。

3月下旬にサンフランシスコを訪れたわたしは、そこでテスラとアルファベット傘下のウェイモの最新の自動運転技術を体験する機会を得た。テスラの「モデルX」には45分間試乗したが、その間、FSDソフトウェアのミスを修正するために2回介入しなければならなかった。対照的に、運転手が同乗しないウェイモの車両に2時間以上乗ったが、一度もミスには気づかなかった。つまり、テスラのFSDバージョン12.3は、旧バージョンとの比較では大幅に改善されているようだが、それでもウェイモの技術にはまだ及ばないということだ。

ただし、ウェイモの優れたパフォーマンスには注意点がある。わたしが乗車した車両の運転席には誰もいなかったが、ウェイモには遠隔オペレーターがついていて、車両を誘導することがある(ウェイモは、わたしが乗車中に遠隔オペレーターが介入したかどうか、またその頻度については教えてくれなかった)。また、テスラのFSDはあらゆる種類の道路に対応するが、ウェイモの自動運転タクシーは高速道路を回避する。

多くのテスラファンは、こうした制約をウェイモが技術的行き詰まりに向かっている兆候だと捉えている。あらゆる都市、あらゆる種類の道路で機能するテスラのFSDは、より一般的な技術としてウェイモをすぐに凌駕するだろうと考えているのだ。しかし、この考え方には状況に対する根本的な誤解がある。

公道で無人自動運転車を安全に走行させるのは簡単なことではない。運転席に誰もいないので、特に高速道路などでの走行速度では、ひとつのミスが命取りになりかねない。そのためウェイモは2020年に、アリゾナ州フェニックス郊外の住宅街という最も平穏な環境で無人配車サービスを開始し、その技術への信頼性の向上に合わせて難易度を徐々に上げてきた。

対照的に、テスラはソフトウェアの準備が整っていないため、運転席に誰もいない無人走行のテストを開始していない。いまのところ、常にドライバーが同乗しているため、地理的な制限や遠隔オペレーターによるサポートは必要ない。しかし、テスラが無人走行に移行し始めれば、安全性を確保するためにはウェイモのような段階的な展開が必要だとおそらく気づくだろう。

つまりテスラは、無人自動運転技術を市場に投入するための新しいより優れた方法を見出していないのだ。ウェイモはテスラのはるか先を進んでおり、ウェイモが現在取り組んでいる課題をテスラはまだ考え始めてすらいないくらいだ。たとえるなら、ウェイモはチェスをプレイしているのに、テスラはまだチェッカーをプレイしていると言える。

テスラはウェイモより数年遅れている

現在テスラのFSDに向けられている大きな期待感は、2018年にウェイモを取り巻いた大騒ぎを思い起こさせる。18年初め、ウェイモはジャガーからセダン「I-PACE」を20,000台、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)からミニバン「パシフィカ」を62,000台購入すると発表した。

しかし、ウェイモが18年12月に開始した自律走行車による配車サービスは期待外れのものだった。ほとんどの走行では依然として運転席に安全確認をする人間の「安全ドライバー」が同乗しており、利用者は厳選された一部ユーザーに限られていた。

20年10月になってようやく、ウェイモはフェニックス郊外で一般向けに完全無人の自動運転タクシーサービスを開始した。そしてその後もゆっくりとサービスを拡大していった。

ウェイモは23年にカリフォルニア州サンフランシスコで商用サービスを開始し、現在は同州ロサンゼルスとテキサス州オースティンにエリアを拡大している。現在、同社が保有する商用車両はわずか数百台にすぎず、6年前に購入を計画していた82,000台をはるかに下回る。

何が問題だったのか? 18年8月の記事で、ジャーナリストのアミール・エフラティはウェイモの技術的限界について伝えている。記事のなかでエフラティは、「ウェイモのバンは、フェニックス郊外のサービスエリアにおいて、多くの左折矢印信号機のない左折地点(米国は右側通行)や交通量の多い場所での合流に苦労している」と明らかにした。さらに、「ウェイモの車両は、特にショッピングセンター周辺や駐車場にいる人々を中心に、歩行者や自転車の集団を個別に検知するのに苦労している」

エフラティの記事を読むと、18年のウェイモの技術はFSD 12.3よりも劣っていたようだが、それほど大きな違いはなかった。FSDは依然として、交通量の多い場所での合流や歩行者の集団を回避するのに苦労することがある。

ウェイモの技術は18年以降、着実に向上した。20年後半、ウェイモがフェニックスで完全無人の配車サービスを開始した後、ウェイモの配車サービスを何十回も利用し、YouTubeで多くの乗車動画を公開していた大学生のジョエル・ジョンソンにインタビューした記事の抜粋が以下だ。

わたしが3月に体験したFSD 12.3は、明らかに無人走行の準備ができていなかった。たとえば、モデルXがプラスチック製の車線分離標に接触しないように介入する必要があったが、このようなミスは2020年のウェイモの車両なら起きなかっただろう。つまり、FSD 12.3は18年頃のウェイモの技術より優れているように見えるが、20年末のウェイモの技術には及ばないということだ。

ウェイモは遠隔オペレーターに依存

2018年のウェイモの自動運転タクシー。ミニバンの運転席には安全ドライバーが確認できる。

Photograph: Smith Collection/Gado/Getty Images

ウェイモは当初、試験走行では必ず安全性を確保するドライバーが乗車していた。ソフトウェアがミスをすると、ドライバーが介入して衝突を防ぎ、その出来事を詳しく記録した。エンジニアはこうしたニアミスから得たデータをもとに、ウェイモのソフトウェアを改良していった。

自動運転ソフトウェアが改良されるほど、このような試験走行のコストは高くなる。自動運転ソフトウェアが50マイル(約80km)ごとにミスを犯すとすれば、安全ドライバーは1日の勤務時間中に複数のエラーを経験するかもしれない。しかし、自動運転ソフトウェアが5,000マイル(約8,000km)ごとにミスを犯すとなると、安全ドライバーは1件のバグを報告するために、会社の経費で何週間も運転しなければならないかもしれない。

ソフトウェアの方が人間のドライバーよりも安全なことを証明できるまで安全ドライバーを乗車させた試験走行を続けたなら、ウェイモのコストは法外なものになっただろう。そこで同社は代わりに、遠隔オペレーターがサポートする無人車の導入を開始した。

ウェイモは、極めて慎重な対応をデフォルト設定として無人自動運転車両をプログラムした。ウェイモの無人車両が進んでも安全だと100%確信できない場合は、減速して停止し、遠隔オペレーターに支援を求める。ソフトウェアの平均的な信頼度が時間とともに高まり、車両が遠隔支援を必要とする頻度が減っていくことが期待されている。

ウェイモによると、遠隔オペレーターが直接車両を運転することは決してないという。代わりに、遠隔オペレーターは質問に答え、車両を正しい方向に導くためのヒントを提供する。ここでウェイモから提供されたふたつの例を紹介しよう。

このビデオでは、反対方向から来る大型トラックによってウェイモの進路が阻まれている。遠隔オペレーターは、トラックが通過できるスペースを確保するためにウェイモを右車線のスペースに滑り込ませる。

このビデオでは、ウェイモが複数の消防車が停車する交差点に近づいている。ウェイモは遠隔オペレーターに「緊急車両が指示された車線をすべて塞いでいるか?」「道路は閉鎖されているか?」というふたつの質問をすることで、自信をもって現場を通過することができる。

ただし、この方法を高速道路で使うのは難しい。無人自動運転車両は、支援を求めてタイムリーな応答が得られない場合、停止して待機する必要がある。しかし、高速道路で時速70マイル(約110km)で走行中にそうするのは困難だ。

そのため、ウェイモは10年以上にわたって高速道路で(安全ドライバーを乗車させて)その技術をテストしているが、ウェイモの無人自動運転タクシーはまだ高速道路を利用していない。したがって、ウェイモのサービスは使い勝手が悪い。

わたしが3月に初めてウェイモを利用したときのルートは、サンフランシスコのダウンタウンからベイビュー地区のマクドナルドまでだった。ウェイモは一般道を走り、28分かかった。UberやLyftのドライバーであれば、高速道路の国道101号線を利用して約15分で到着しただろう。

ウェイモはこの問題に取り組んでいる。同社は1月、フェニックスの高速道路で無人自動運転タクシーの走行試験を開始した。順調に進めば、数か月以内に商用サービスを提供する車両で高速道路走行を開始するかもしれない。

ウェイモが発表した統計によると、その慎重なアプローチは、少なくとも安全性の観点からは驚くほどうまくいっている。ウェイモによる初期700万マイル(約1,130万km)の無人自律走行で、同社の車両がけがを負わせる衝突事故を起こし頻度は、人間が運転するクルマの約4分の1だった。

テスラにはもっといいアプローチがあるのだろうか?

多くのテスラファンは、ウェイモの現在のサービスの限界(高速道路の回避、遠隔オペレーターへの依存、一部の都市圏に限定されたサービスエリア)を、ウェイモの技術に根本的な欠陥がある証拠だと考えている。それをよく表した例として、あるテスラ支持者は昨年、ウェイモとゼネラルモーターズ(GM)傘下のクルーズは「拡大できない、非常に限られた、非常に脆弱な技術を開発した」とTwitter(現X)で主張した。マスクはそれに対し、「そう、地域の条件に非常に脆弱で、拡大できない」と応じた

テキサス州オースティンのテスラディーラーの駐車場に停められたテスラ「モデルY」(2024年4月15日)

Photograph: Brandon Bell/Getty Images

この議論の中核は、ニューラルネットワークと関係がある。ウェイモは15年前に、グーグルの自律走行車プロジェクトとしてスタートした。2010年代のディープラーニング革命が起きる前のことだ。そのソフトウェアの最も初期のバージョンでは、おそらく機械学習ではなく手動でコード化されたルールが使われていた。一部のテスラ支持者は、ウェイモがいまだに同じ時代遅れの技術を使っていると思い込んでいるようだ。

しかし実際には、ウェイモは現在、ニューラルネットワークをフル活用している。

例えば、ウェイモは2020年のブログ記事のなかで、知覚システム(近くの物体を検出して追跡するソフトウェア)にニューラルネットワークを使っていると説明している。24年2月の講演では、ウェイモのエンジニアが、さまざまな大規模言語モデル(LLM)の基盤となっているグーグルが発明したアーキテクチャ「トランスフォーマー」を使用して、の車両の動作を予測する方法を説明している。

つまり、ウェイモの10年前のソフトウェアスタックは脆弱だったかもしれないが、同社はそこで立ち止まっていたわけではないということだ。

自律走行を難しくしている大きな要因は、ドライバーが現実世界で遭遇しうる特殊な状況だ。まだ固まっていないセメント、クルマに縛り付けられた自転車、トラックの荷台に積まれた樹木、アヒルを追いかける車椅子の女性など、枚挙にいとまがない。

自動運転技術を開発する企業は、このような非常に稀にしか起こらない事例「エッジケース」をできるだけ多く発見するために、何百万kmもの走行試験を実施する必要がある。そして、この点でテスラはウェイモに対して優位に立っている可能性が高いと考えるのは妥当だ。

すでにおわかりのように、ウェイモは監視付き走行試験の1マイルごとに安全ドライバーに報酬を支払わなければならない。対照的に、テスラは何千人もの顧客を説得して、同社の完全自動運転ソフトウェアをタダでテストしてきた。実際、顧客はそのテストに参加する特権を得るために何千ドルも支払っているのだ。

したがって、テスラは事実上無制限にデータを入手できる。理論的には、入手できるデータが多ければ、テスラは自動運転ソフトウェアが対応する必要があるエッジケースを効率よく特定できる。また、多くのデータがあれば、テスラはより優れたニューラルネットワークをトレーニングできるはずだ。

ただし、より多くのデータを入手できることは確かに有益だが、それですべて解決するわけではない。問題点のひとつは、テスラが収集するデータはラベル付けされていないことだ。ウェイモの安全ドライバーは、ウェイモのソフトウェアの欠陥を特定するために、異常事態が発生するたびに記録するが、テスラの顧客がそうすることはまずない。

もうひとつの問題は、エッジケースのなかにはほかの事例よりも対処が難しいものがあるということだ。

ファーストレスポンダーの問題

警察官や消防士とのやり取りを例にとってみよう。これは昨年、ウェイモとGMのクルーズがかなり苦労した問題だ。この問題については9月に記事にまとめている。

問題は、ウェイモやクルーズの自律走行車が消防車に衝突しそうになっていることではなかった(テスラは過去にその問題を抱えていた)。むしろ、慎重になりすぎて立ち往生していたことが問題だったのだ。これが、ウェイモやクルーズが無人自動運転を始めてから、こうした問題が懸念されるようになった理由だ。安全ドライバーが乗車していたときは、車両が数秒間何もせずにいたら介入できただろう。同時に、こうした出来事がまだテスラにとって問題になっていない理由でもある。いまだにすべてのテスラの運転席には、FSDが立ち往生した場合に運転を引き継ぐことができる人間がハンドルを握っている。

運転では大抵、答えが決まっている単純なルールに従うことが求められる。走行車線の中央を走る、ほかの道路利用者にぶつからないようにする、信号や一時停止の標識に従う、などだ。

しかし、火災や交通事故の現場を通り抜けるのはそれよりもはるかに厄介だ。緊急事態が発生すると交通の流れは混乱し、ドライバーは即興で新しい交通パターンに対応せざるを得ない。ドライバーは、微妙な動きからほかの人が何をしようとしているのかを感じ取り、その邪魔にならないようにする必要がある。警察官や消防士が交通整理をしている場合、ドライバーはその手信号を理解する必要がある。

つまり、火災現場や自動車事故現場を通り抜けるには、現在の人工知能(AI)システムの能力をはるかに超えた推論能力が必要になるかもしれないということだ。したがって、緊急事態の発生現場は、ウェイモのソフトウェアにとって現在もそうであるように、テスラのFSDにとって少なくともあと数年は、複合的な要因で引き起こされる稀な事例「コーナーケース」のままである可​​能性が高い。

サンフランシスコを走行するウェイモの自動運転タクシー。

Photograph: David Paul Morris/Bloomberg via Getty Images

この問題を認識しているウェイモは、さまざまな方法でソフトウェアを補佐している。同社の車両は、対応を判断できない場合にウェイモの遠隔オペレーターに指示を求めることができる。ファーストレスポンダーは車内に入って遠隔オペレーターに話しかけることもできるし、クルマに飛び乗って自分で運転することもできる。市当局は、ウェイモの車両を緊急現場から遠ざけるためにバーチャルな境界線で囲まれたエリア「ジオフェンス」を設置することができる。また、ウェイモはフェニックス、サンフランシスコ、その他の地域で何千人もの地元の警察や消防等に対し、ウェイモの車両への対応の仕方に関する訓練を行なっている。

こうした努力は成果をあげているようだ。『San Francisco Chronicle』は2月の記事で、消防士が問題行動を起こす車両に関して報告する件数が8月以降減っていると報じた。これは、クルーズが10月にサンフランシスコでの業務を停止したためでもある。しかし、ウェイモの車両に対する報告件数も減っているようだ。

もし、テスラが完全な無人自動運転を可能にするFSDの新バージョンをリリースした場合、昨年目にしたウェイモやクルーズに関する話題と同じようなものを目にするようになるとわたしは予想している。つまり、テスラの車両が消防ホースの上を走行したり、救急車の進行を妨げたり、警察官の指示を無視したり、消防士のはしごの設置の邪魔をしたりといったニュースだ。

テスラが展開するサービスの規模を考えると、ウェイモとクルーズが昨年サンフランシスコで直面した救急隊員からの反発よりもはるかに大きな反発にテスラは直面する可能性がある。そしてウェイモとクルーズが発見したように、警察官と消防士は政治的に大きな影響力をもっている。

テスラが本気で無人自動運転タクシーサービスの提供を考えているなら、ウェイモが近年構築してきたようなインフラとサポートサービスが必要になるだろう。車両が立ち往生したときに介入する遠隔オペレーターや、地方自治体と連携するための人員などだ。しかし、テスラはそれと逆の方向に進んでいる。テック系ニュースサイト『The Information』は4月、テスラが公共政策チームを解散すると報じた

単なるソフトウェア製品ではないサービス

現在のFSDはソフトウェア製品だが、自動運転タクシーサービスは単なるソフトウェアではない。簡単な例で考えてみよう。テスラの自動運転タクシーのタイヤがパンクしたらどうなるか?

自分のクルマを運転していてタイヤがパンクしたら、それは自分が解決すべき問題だ。タクシーに乗っていてタイヤがパンクしたら、それは運転手が解決すべき問題だ。しかし、運転手がいない場合、誰がタイヤを交換するのだろうか?

テスラは、テスラを購入した人々が、テスラが運営する配車ネットワークを通じてそれをレンタルする未来を構想している。したがって、理論的には、テスラはタイヤのパンクは車両オーナーの問題だと言うことができる。しかし、実際にはそうはいかないだろう。オーナーは会議中かもしれないし、休暇中かもしれない。そして、テスラがオーナーに連絡を取ろうとしている間、何時間も道路脇に車両を放置しておくのは許されないだろう。場合によっては車内に乗客がいる可能性もある。

したがって、テスラが自動運転タクシー事業に参入したいのであれば、立ち往生したテスラの車両を救出するために現場へ直行する技術スタッフが必要になる。このスタッフはテスラの従業員でも独立請負業者でも構わないが、テスラが特定の地域でサービスを開始する前に手配を整えておく必要がある。そして、FSDソフトウェアが動かなくなる事態が発生するのは避けられないので、その場合に同じスタッフをテスラの救出に派遣することもできる。

このことから、テスラはFSDの無人自動運転対応バージョンの展開を、ひとつの大都市圏から始めて、エリアをひとつずつ増やしていきたいと考えている可能性が高い。これはほかの理由からも理にかなっている。テスラがその地域の当局に挨拶し、地元の警察や消防署に訓練を提供する時間が得られるからだ。遠隔オペレーターやカスタマーサービス担当者は地元にいる必要はないが、段階的に展開することで、テスラはそのような役割を担う人材を雇用する時間を確保できる。

ここまでの説明で、わたしがなぜウェイモのサービスに対する現在の制約(数都市に限定されたサービスエリアと遠隔オペレーターの使用)を特に問題だと考えていないのか、おわかりいただけただろうか。どのタクシーサービスにも地理的な制約があり、ウェイモが1都市ずつサービスを展開しているのには十分な理由があるのだ。

苦い教訓

わたしはこれまで多くのテスラファンに話を聞いてきたので、ファンがここで言うであろうことはだいたい見当がつく。テスラがこの問題により多くのデータとコンピューティングパワーを投入するにつれて、テスラの自動運転技術がどれほど早く向上するかという点をわたしが過小評価しているとおそらく指摘するだろう。

テスラ支持者のなかには、有名なリッチ・サットンのエッセイ「苦い教訓」を引用したがる人もいる。サットンは、AI研究者は歴史的に、コンピューターチェスや画像認識のような問題を解決する最善の方法に関する人間の洞察を、手動でコード化しようとすることにあまりにも多くの時間を費やしてきたと主張した。結局のところ、大量のデータでトレーニングされた汎用学習アルゴリズムがよりよい結果をもたらしたのだ。

サットンは2019年にこのエッセイを発表した。それ以来、LLMの成功は、サットンの洞察を見事なかたちで実証してきた。初期のAI研究者は、まず自然言語の特性を理解し、その洞察をAIシステムにエンコードしようとしていた。そのようなシステムはあまりうまく機能しなかった。はるかにうまくいったのは、単純なトランスフォーマーアーキテクチャを採用し、それを数千億のパラメーターにスケールアップして、「GPT-4」のようなLLMを開発したことだ。

マスクは、これと同じダイナミクスがテスラの自動運転技術でも有利に働くに違いないと考えている。マスクはFSDバージョン12について、「エンドツーエンドのニューラルネット」を採用すると説明した。そして、テスラの顧客から収集した膨大な量のデータを使用してこれらのニューラルネットワークをトレーニングするために、ハードウェアに数十億ドル(数千億円)を投資している。サットンの主張を信じる人は、テスラがウェイモの先を行くことになると期待するかもしれない。

しかし、サットンの主張はあまりに深読みされていると思う。サットンが主張したかったのは、大量のデータでトレーニングされた大規模なニューラルネットワークは、手動でコード化されたAIシステムよりも優れたパフォーマンスを発揮する傾向があるということだ。しかし、特定のニューラルネットワークにさらに多くのデータとコンピューティングパワーを投入すれば、恣意的に高いレベルのパフォーマンスを達成できるというわけではない。

LLMはその好例だ。LLMはハルシネーション(幻覚)を起こす。LLMは物体を数えたり、アナログ時計を読んだりするような単純なタスクでは失敗する。LLMは、精度がそれほど重要でないアプリケーションや、出力が生成された後に人間がチェックするアプリケーションには最適だ。しかし、非常に高い精度が必要な場合は、LLMはいい選択ではない。自動運転システムは非常に高い精度を必要とする。そして、十分なデータとコンピューティングパワーを備えたエンドツーエンドのニューラルネットワークが必ずしもそれを達成するかどうかは明らかではない。

経営学教授のイーサン・モリックは、このAIが生み出す「ギザギザのフロンティア(jagged frontier)」について説明している。複雑なAIシステムは、あるタスクでは驚くほど優れているが、その他のタスクでは驚くほど劣っていることが多い。テスラは高速道路や交差点、環状交差点の運転は非常に上手になるかもしれないが、まだ固まっていないセメントを避けたり、警察官の手信号を理解したりする点ではほとんど進歩しないかもしれない。

ウェイモも「ジャストウォークアウト」問題を抱えているのだろうか?

この問題に対してウェイモは、必要なときに人間の支援にうまく頼れる、ほぼ自動化されたシステムを構築するというアプローチをとっている。

これは安全性の観点からは非常に有効だが、わたしはその経済性については疑問をもち始めている。もしウェイモの車両が常に遠隔オペレーターの指示を求めるようになれば、ウェイモは多くの遠隔オペレーターを雇う必要が出て、ドライバーが不要になることで得られるコスト削減が相殺される可能性がある。

先月、アマゾンはレジなし技術「ジャスト・ウォーク・アウト(Just Walk Out)」を同社の実店舗食品スーパー「Amazon Fresh」から撤去すると発表した。

「ジャスト・ウォーク・アウト」テクノロジーを採用した、カリフォルニア州ウィッティアにある「Amazon Go」店舗。

Photograph: MediaNews Group/Orange County Register via Getty Images

ウェイモと同様、アマゾンは18年に自社技術に関して強気の姿勢を見せていた。『ブルームバーグ』は同年、アマゾンが同社の技術「ジャスト・ウォーク・アウト」をベースにしたコンビニエンスストア「Amazon Go」を3,000店舗オープンする計画だと報じた。

しかし、それは実現しなかった。『The Information』に掲載されたテオ・ウェイトの記事がその理由を理解するのに役立つ。ウェイトは昨年、アマゾンの技術がウェイモの技術と同様、完全自動化されていないことを明らかにした。アマゾンはインドで1,000人以上の従業員を雇い、その従業員らが顧客が選んだ商品を確認していた。ウェイトによると、2022年半ばには「ジャスト・ウォーク・アウトでは1,000件の販売につき約700件の人間による検証が必要だった」という。

アマゾンはこの数字を1,000件の商品につき20~50件の人間による検証に減らすことを目指していたが、同社はそのパフォーマンス目標を「繰り返し達成できなかった」という。

ウェイモも同様の問題を抱えているのだろうか? わたしにはわからないが、ウェイモが遠隔オペレーターの介入の頻度についてコメントを控えたのも驚くにあたらない。

わたしの推測では、この点はウェイモにとって深刻な問題にはならないだろう。3月に乗車したとき、ウェイモの車両は確信に満ちたスムーズな走行をしていた。もし常に遠隔オペレーターの指示を求めていたとしたら、もっとためらいが垣間見える不規則な運転だったと考えられる。

また、ウェイモはここへきてようやく、かなり急速に事業を拡大しているようだ。同社は5月初めに、9カ月前の週10,000回の運行から週50,000回の運行に増加したと発表した。経営陣が収益化への明確な道筋を確信していない限り、ウェイモがこれほど急拡大することはないように思える。

いずれにせよ、テスラがこの問題へのよりよいアプローチを発見したとは思えない。大規模で複雑なニューラルネットワークは一部のことには優れているが、ほかのことにはそれほど優れていないことが多い。2トンの車両を制御するAIシステムは、非常に高い信頼性を常に維持する必要がある。少なくとも今後数年間は、人間による後方支援がなければその実現は不可能だろう。

ティモシー・B・リー|TIMOTHY B. LEE
2017年から21年まで「Ars Technica」のスタッフとしてテクノロジー政策と交通の未来を担当。プリンストン大学でコンピューターサイエンスの修士号を取得。家族とともにワシントンD.C.に在住。

(Originally published on Ars Technica US, edited by Michiaki Matsushima)

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