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SZ Newsletter VOL.243「意識の再未来化」

「無知の知」を唱えたのは古代ギリシアのソクラテスだけれど、いまや哲学者ばかりか脳科学者やAI研究者までもが「意識のありか」を探求してる。今週、東京で開催された国際意識学会ASSC27からこの大問題の現在地を考えるSZ会員向けニュースレター。
編集長からSZメンバーへ:「意識の再未来化」SZ Newsletter VOL.243
Sergey Khakimullin/GETTY IMAGES, WIRED JAPAN

今週は久しぶりのWIRED Editor’s Loungeが麻布台ヒルズのHills Houseで開催され、XR分野を牽引するSTYLYの渡邊遼平さんを迎えて最新号「空間コンピューティング」特集をさらに掘り下げる発売記念イベントを開催した。STYLYさんのご厚意で会場には日本でも発売されたばかりのApple Vision Proの実機が並び、参加者は全員が実際に体験できるという特典付きだったこともあって参加人数の上限がありプラチナチケットとなったものの、参加された約50名は年齢も属性も多様で(関西から駆けつけた方も数名いた)熱量も高く、まさに特集号と同じように、今後の空間コンピューティングの可能性に開かれた場になっていた。

久しぶりといえば、もう5年ほど前に主催したWIRED Audi INNOVATION AWARD授賞式でご一緒に鼎談した建築家の田根剛さんに久しぶりにお会いしてたっぷりとインタビューをする機会が今週あった(後日、『WIRED』で登場するのでお楽しみに!)。その日の夕方に、『WIRED』がオフィシャルメディアスポンサーに名を連ねる国際アートフェアTOKYO GENDAIのVIPプレビューにパシフィコ横浜に赴いたら、当時の鼎談相手のもう一人、アーティストの舘鼻則孝さんにこれまた久しぶりにお会いするという奇跡のコンボが実現した。あの授賞式のとき同様に、過去と未来をつなぐようなおふたりのブレない視座と、建築やアートを通してその具体を世の中に提示する姿に改めて刺激をいただいた。江戸時代から続く職人の技とのコラボレーションからなる館鼻さんの作品が見られるTOKYO GENDAIはこの週末まで開催している。

さらに、今週はアラヤの金井良太さんが今年のオーガーナイザーを務める国際意識学会ASSC27にも連日スポットで参加する機会を得た。OIST谷淳さんのロボットと意識の構造をテーマとしたKeynoteもスリリングだったし、昨年のWIRED Futuresにオンライン登壇いただいた哲学者デイヴィッド・チャーマーズにも物理世界でついに会えて興奮してしまった。東京大学を舞台に世界中から意識をテーマとして科学者、哲学者、AI研究者らが集まり、その規模も熱気も例年以上だと金井さんはおっしゃっていた。2日目の午前中には「Blueprint for Machine Cosciousness」と題されたシンポジウムが開かれ、AIと意識の問題に正面から迫る発表と議論が交わされていた。

もちろん、専門用語が頻出する英語での学会セッションをすべて理解できたわけではなく、まったく文脈を見失うこともあったのだけれど、それでも現場で感じられたのは、いまどき、つまり科学技術がこれだけ発展した現代において、ある事象「X」をめぐっていまだにこんなにも自由奔放な(といったら失礼だけれど)仮説が飛び交う学会があるのか、という驚きだった。しかもそのXとは、誰もにとって最も馴染み深い(あるいは悩み深い)存在として日々かかわっている「意識」そのものなのだ。世界の知性たちをこれほどまでに夢中にさせ、探求へと駆り立てる対象が、多次元宇宙や深海の未知の生物だけでなく、ごく身近にあることに改めて感慨を覚えるのだ。

今週のPodcastでも話しているけれど、未来学者レイ・カーツワイルの新著『The Singularity is Nearer』の第3章「わたしは誰?」は、丸々「意識」をめぐる議論に割かれていて(チャーマーズの「哲学的ゾンビ」や「意識のハードプロブレム」が語られる)、それは前著『The Singularity is Near』ではなかったことだ。つまり、前作の2005年当時はまだシンギュラリティの立ち上がりのタイミングで多くの人が信じていなかったけれど、ついに(言った通りに)シンギュラリティがもうすぐ到来する、その最終コーナーにさしかかっているよ、と基本はカーツワイルがドヤ顔でアップデートを繰り出している本書において、実は太古の昔から議論されてきた「意識とは何か」がいまだ解けない問題として残っているのだ、ということに改めて気付かされるのはショッキングでもあり、また、浮かれたシンギュラリティ議論に冷静さを取り戻してもくれる。

カーツワイル自身は、簡単に言ってしまえば意識とは情報であり、脳の完全シミュレーションが実現されれば、そこには情報の束である意識も当然宿ると考えている。だから問題は、シミュレーションのための計算能力の指数関数的な向上がいつ実現するのか、ということになる。でも当然ながら、機能主義的に神経科学で意識を定義できる、というコンセンサスが国際意識学会ASSC27でなされているかといえばそうではない。Keynoteで谷さんが紹介されていた、デカルトやフッサールからメルロ=ポンティやヴァレーラへとつながる哲学の系譜においては、意識とは具体的かつ非物理的に存在するという考えから、そうではなく世界との相互作用の総体であってとらえどころのないものだ、という考えまでアプローチの幅は広く、探求は続いている。

『WIRED』で紹介したカーツワイルへの最新のインタビューでも語られている「意識のアップロード」は20年経っても依然として論争を呼び続けている。だけれど、AIに加えて、この間にぼくたちが脳や意識や「わたし」という認識を大きく変えるきっかけとなったことといえば、いわゆる「腸脳相関」とか「マイクロバイオーム」なんかもありそうだ。ただし、これらについてカーツワイルが今回も著書でまったく触れていないとしても驚くにはあたらない。何しろ、機械の意識が(少なくとも理論上)出現しそうだという時代状況のなかで初めて、「意識とは何か」という議論がやっと本格化したばかりなのだから。

『WIRED』日本版編集長
松島倫明

※SZ NEWSLETTERのバックナンバーはこちら(VOL.229以前はこちら)。

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最新号で特集した空間コンピューティングの可能性(フレーム)から、AIのフレーム問題、都知事選の選挙ポスター掲示板、そして映画『関心領域』へと考察をつなげる今週のSZ会員向けニュースレター。