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来週頭に控えたビジネスカンファレンス「WIRED Singularity」の準備と次号「リジェネラティブ・シティ」特集の校了が神々しいまでに重なり、今週は夜の予定もほぼ入れず(ひとつだけ、AI企業のローンチパーティが恵比寿であった)、ひたすらゲラや原稿や登壇者とのすり合わせなどに打ち込んだ一週間だった。加えてこのSZメンバーシップの限定記事の編集は日々のルーティンとしてあるのだけれど、今週はカリフォルニア州の再生可能エネルギーの記事がとてもよく読まれていた。
ちょうど今週は通勤のクルマの中で「Joe Rogan Experience」というPodcast番組にピーター・ティールが登場している回を聴いていて耳に入ったのだけれど、日本とカリフォルニア州は名目GDPが約4兆ドルとほとんど変わらない(人口は日本が3倍以上)。その経済規模で電力のドラスティックな転換を先導していることに、改めて彼我の差を感じずにいられない。もちろん、この猛暑の真夏や真冬ではなく、比較的電力需要の落ち着く季節での達成であることや、さまざまなツッコミどころはあるだろう(SNSでもこの手の話題は賛否両論がオーバーヒートする)。それでも、今年は「エネルギー関連の二酸化炭素排出がついにピークアウトへ」向かうという昨年末の特集号「THE WORLD IN 2024」での“予言”を裏付けるように、世界は確実にその方向に進んでいる。
それは、「WIRED Singularity」にも登場するレイ・カーツワイルも同じ意見だ。彼の新著『The Singularity Is Nearer(シンギュラリティはより近く)』では、1ワットあたりの太陽光発電装置のコスト、世界の太陽光発電装置の設備容量、世界における再生可能エネルギーの発電量、再生可能エネルギーの成長といった指標で、グラフが指数関数的な成長を始めていることが示されている。人工知能(AI)やナノテクノロジーといったシンギュラリティの主要技術要素によって材料科学が進歩し、あわせて貯蔵技術がこのまま指数関数的に改良されていけば、「2030年代のどこかで、太陽光発電が支配的になる」とカーツワイルは考えている。
ちなみに、先程挙げたポッドキャストのホスト、ジョー・ローガンとは世界で最も稼ぐポッドキャスをホストする米国のコメディアン、俳優、テレビ司会者で、右寄りなことでも有名だ。したがって、リバタリアンを自称するピーター・ティールとの対話も盛り上がるわけだけれど(なんと番組は3時間に及ぶ)、当然ながらリベラル/民主党の牙城であるカリフォルニア州のことを快く思っていない。ティールなど、オイルマネーを背景に専制的な政体を維持する中東の国々になぞらえながら、「大きな政府」の非効率を糾弾していた。ティールといえば、AIを「共産主義的」だと指摘していることでも知られている。中央集権的な監視権力になり得るというわけだけれど(逆にブロックチェーンの分散化技術に期待を寄せている)、彼らの話を聴いていると、果たして同じ技術や同じ西海岸のことを話しているのかと疑うぐらいに、見ている風景が違うことに気が付かされる。
今週はデザインシンカー・池田純一さんのSZ好評連載「ザ・大統領戦2024」も更新され、正直に言えば久しぶりに楽しく読み込んだ。コンテンツが、というよりも大統領選の展開が、ということだ。これまで、政策云々の前に、かつ年齢差別になりたくはないのだけれど、78歳と81歳の大統領経験者同士の選挙戦には、自分のなけなしのアテンションをわざわざ向ける気にどうしてもなれなかったのだ。
むしろ米大統領選で気になっていたのは、これまでカリフォルニアのテック界隈の民主党支持は揺るぎないものだと思っていたのに、今回の選挙では共和党支持、トランプ支持に回っている動きが目立つことだ。先程のピーター・ティールが2016年にトランプを支持したのはいわば「ハズレ値」、とことんティールらしい「逆張り」だったわけで、そのときに『WIRED』が初めて大統領選の旗幟を鮮明にし、ヒラリー支持を打ち出したことは鮮明に覚えている。そこには、少なくとも理想において、新しいテクノロジーが世の中に革新をもたらし、より平等で民主的でフェアな社会を実現するのだし、それをグローバルに拡げていくのだ、というシリコンバレーの矜持があった。だから進取の気性をもつテック界隈は保守ではなくリベラル支持なのだと。
でも一方で、シリコンバレーはリバタリアン気質でもあり続けた。政府に頼るのではなく、非合理で不平等なあらゆる既存の因習をディスラプトして、社会、経済、政治、文化に至るまで、画一的でなく多様で公平で公正な世界を自分たちの手で構築し直そうという気概は、往々にして「イノベーション」という言葉に包まれて社会に浸透していった。政治学者やプラグマティズムの哲学者なら眉をひそめるかもしれないけれど、「リベラル・リバタリアン」とも言うべき志向性が、そこではさしたる軋轢もなく共存し続けてきたのだ。
ティールの逆張りから8年、大統領選がふた回りして、ついにリベラルとリバタリアンのデカップリングが鮮明になったのが、今回のザ・大統領選だ。前回、トランプ支持を表明していなかったイーロン・マスクや、これまでオバマやバイデンなど民主党支持であり続けたa16zのマーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツといった面々が、今回はトランプ支持を明確に表明している。これは直接的にはトランプが表明する法人税の引き下げ、逆にバイデン政権が提案するキャピタルゲイン税の引き上げ、さらには民主党主導で現在進行中の反トラスト法の強化やプライバシー保護に関する規制といった政策が判断の要因になっているとされるけれど、もっと引いて見てみれば、テクノロジーに対するオプティミズムの問題だとも言える。
それはまさにAI破滅論者と効果的加速主義者の違いと相似形であり、今月のSZ記事にあるように、その未来は決して「交わらない」のかもしれない。「リベラル・リバタリアン」とは結局のところ、同床異夢でしかなかったのだろうか。AIによる破滅を逃れることを至上命題にしながら、同時にその恩恵を最大化させることは、両立し得ない命題なのだろうか? 『WIRED』はその両方を志向している。AIに関する最近の記事の見出しを眺めるだけで、そのことはおわかりいただけるだろう。特異なその立ち位置を維持することはいかにして可能なのだろうか? 今回の大統領選挙を眺めながら、そんな存在論的な問いを抱いている。
『WIRED』日本版編集長
松島倫明
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