シリコンバレーが「反バイデン」へと傾く“反乱”が起きている

2024年11月の米大統領選挙に向けて、シリコンバレーで「反バイデン」の動きが顕著になっている。この“反乱”の中心となっているのは、主要な投資家やベンチャーキャピタリストたちだ。
A photo illustration of Donald Trump and President Joe Biden
Photo-Illustration: WIRED Staff; Getty Images

シリコンバレーの反乱」とも呼ばれる動きは、悲惨な結果となった大統領候補討論会の前から起きていた。「テック業界のブルーウォール(強固な民主党支持)は目の前で崩れつつある」と、暗号資産(暗号通貨、仮想通貨)の調査会社であるMessariのライアン・セルキス創業者兼最高経営責任者(CEO)が、6月の段階でXに投稿していたのである。

セルキスは、このとき予定されていたあるイベントについて言及していた。ドナルド・トランプが口止め料の事件で34件の有罪判決を受けた数日後、この前大統領のためにサンフランシスコで開かれたレセプションのことである。イベント主催者の発表によるとチケットは完売し、参加者からは50,000ドル(約800万円)以上が払い込まれたという。

「有権者はトランプ大統領の4年間とバイデン大統領の4年間を経験した。テック業界では、これをA/Bテストと呼んでいる」と、テック業界の投資家であるデイヴィッド・サックスはXに投稿している。イーロン・マスクとも近しい間柄のサックスは、ベンチャーキャピタリストのチャマス・パリハピティヤと共にこのレセプションを主催した。「経済政策、外交政策、国境政策、法的公平性に関してはトランプのほうが優れた実績を残している。彼は2期目にふさわしい大統領だ」

セルキスのような主張とサックスのような長ったらしいメッセージは、ここ数週間において政治情勢に変化が起きる前兆のように見えていた。そして最近の討論会におけるバイデンのパフォーマンスが、その見方を定着させる完璧な口実を提供したのだ。

しかし、リベラルな時代は終わったという世間のささやきにもかかわらず、テック業界が何らかの劇的な変化を示す証拠はほとんどない。それは献金者や選挙で選ばれた公職者たちの間で反乱が起こり、一時はバイデンが出馬を断念するのではないかと思われた後でも変わらない。

それどころか、シリコンバレーの政治的な性質はこれまでとほとんど変わっていないことに、右派も左派も同意している。変わったのは、それを疑問視する声が大きくなったことだ。

“反乱”を主導してきた投資家たち

その筆頭に挙げられるのが、投資家のサックスである。サックスは親友のベンチャーキャピタリストであるパリハピティヤのほか、デイヴィッド・フリードバーグ、ジェイソン・カラカニスと共に、主に人気のポッドキャスト『All In』を通じて“反乱”とみられる動きを主導してきた。

しかし、サックスらのグループが、より幅広い有権者たちを代表していると考えるほどの十分な根拠はない。

「民主党はこれまで反資本主義・反進歩主義を掲げることで、シリコンバレーの起業家やベンチャーキャピタリストたちを見事に疎外してきました」と、カラカニスは『WIRED』に宛てたメールで指摘している。「シリコンバレーはリベラルであるかのように見せたがりますが、価値観でいえば、ここの人々は本当のところリバタリアンの破壊者であり、自由市場の達人です。そうした点で、これらの人々はトランプのほうが自分たちと価値観が一致すると考えています。ただ、それ以外のささいな点で、トランプの個人的なスタイルが好きではないだけなのです」

サックスとパリハピティヤ、フリードバーグにもコメントを求めたが、返答は得られなかった。

「デイヴィッド(・サックス)は、ずっと以前から共和党員なのです」と、投資家で共和党の大口献金者であるキース・ラボイスは『WIRED』にメールで明かしている。「チャマスは最近になって“宗旨替え”しましたが、シリコンバレーに新たな共和党員が何人いるのかはよくわかりません」

なお、ラボイスによると、彼の夫が参加したトランプの資金集めイベントには、彼の知る限り「重要なテック業界のリーダーは2人もいない」状況で、主な献金者はサンフランシスコの資産家で共和党員だったという。

民主党の大口献金者であるLinkedIn共同創業者のリード・ホフマンも、シリコンバレーの有力者たちが支持政党を切り替えているかどうかを質問され、同意している。

「シリコンバレーの人々は前回、おそらくトランプに投票しました。今回もまた、トランプに投票しようとしています。以前のようにバイデンに投票し、トランプには投票しないことから切り替えたわけではありません」と、ホフマンは語る。「シリコンバレーの人々は、以前もトランプに投票していました。ただ、声が大きくなっただけなのです」

今年6月に開かれたトランプの資金集めのイベントは、新しい政治的な動きを考慮に入れる必要があることを示唆して警鐘を鳴らした。しかし、主催者の記録からは、「MAGA(Make America Great Again)」の政策への深い忠誠はほとんどうかがえない。

ベンチャーキャピタリストのパリハピティヤは過去に民主党を支持しており、現在は進歩主義者向けのP2Pメッセージプラットフォーム「Hustle」のCEOを務めている。投資家のサックスは2024年の選挙戦のほとんどの期間を、バイデンとトランプ以外のほぼすべての候補者の資金集めに費やしてきた。サックスが大部分の資金を提供している政治活動委員会「Purple Good Government PAC」は、政治的スペクトル(政治的な立場の分布)を超えて議会選挙の候補者たちに献金している。

そしてサックスは昨年、候補者のなかでも特にロン・デサンティス、ロバート・F・ケネディ・ジュニア、ディーン・フィリップスを支援し、献金していた。サックスは以前、トランプは公職に就く資格を剥奪されるべきであると主張したこともある。これは2021年1月6日の議事堂襲撃事件でのトランプの行動を受けての発言で、最近になってトランプを支持するようになる前のことだった。

ピーター・ティールやイーロン・マスクのように影響力のあるシリコンバレーの大物や、右派との親和性が高いことで知られる献金者たちは、これまでのところ選挙戦から明確に距離を置いている(ティールは昨年秋に、今回の大統領選挙ではどの候補者にも資金を提供しないと発表した。マスクは、選挙戦後半には候補者のひとりを支持する可能性があり、バイデンに対しては「否定的な方向に傾いている」ことを示唆している)。

暗号資産業界に「トランプ支持」の動き

これに対して『WIRED』による選挙献金の分析によると、今回の大統領選ではベンチャー業界が、どちらかといえば従来より民主党寄りになっていることがうかがえる。従業員による寄付と合わせて最も多くの献金をしてきた企業の上位20社は、共和党への献金額の約2倍を民主党に寄付しており、過去10回の大統領選の平均より高い比率になっている。

トランプ支持とは言わないまでも、共和党への多数の支持を示してきたテック業界の一角が、暗号資産業界だ。この業界の主要なリーダーたちは、業界を規制する計画をめぐりバイデン政権をずっと前から批判してきた。暗号資産業界の主要な政治活動委員会である「Stand With Crypto」は特定の大統領候補の支持を拒否しているが、ウェブサイトでは「トランプとケネディは、業界にとってバイデンよりはるかにましである」と主張している

「ビットコインは金融とエネルギーの両方に関係しており、(トランプは)そこに価値を見出しています。彼はこの新たな産業がこの国で成長し、繁栄することを望んでいるのです」と、ビットコインのインフラ企業であるRiot Platformsの公共政策部門の責任者で、トランプ政権の時期には財務省に勤めていたブライアン・モーゲンスターンは言う。「バイデン政権のこの業界に対するアプローチは、それとは反対でした。まず規制することが目的で、質問はその後という姿勢に見えます」

暗号資産業界のルーツはシリコンバレーにあるが、この業界はもっと大きなテックエコシステムのほんの一部にすぎない。

「わたしたちはシリコンバレーの仲間たちと、暗号資産業界の仲間のような人たち、そして“フォーチュン500企業”のCEOのような人たちがひとつにまとまっています」と、Mockingbird Labの創業者のルーシー・コールドウェルは言う。「すべてがごちゃ混ぜになりつつあります。そしてそのなかの誰かが事実とは関係なく、自分たちがこの“MAGA”の支持への大転換を代表していると伝えたがっているのです」

「その点に関して言えば、暗号資産業界では経済がすべてです」と、LinkedIn共同創業者のホフマンは言う。「それがバイデンなのかどうかはこれから選択しますが、トランプを選べば影響力を手に入れることができます。だから、暗号資産業界側からトランプを支持する大きな動きがあるのだと思います」

最近の討論会でのバイデンのパフォーマンスは、ローレン・パウエル・ジョブズやロン・コンウェイを含むシリコンバレーの大口献金者たちをおびえさせる結果を招いた。『ニューヨーク・タイムズ』によると、あるシリコンバレーの献金者は、討論会を理由に今後のバイデンのための資金集めを取りやめている。一方で、この献金者たちはトランプ支持に移ることを検討する代わりに、バイデンの候補者指名に介入する方法について話し合ってきたという。

「シリコンバレーの人々から、『もっと確信をもてるまでこれ以上は献金するつもりはない』と伝えるメールが届くのをいくつか見ました」と、ホフマンは語る。「『ああ、バイデンは自分に投票する義務から代議員たちを解放して、党大会で自由に投票させるようなことをすべきだ』といった声がこんなにもうるさく聞こえる理由のひとつは、トランプが勝利する危険性について人々がとても不安がっているからです」

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による米大統領選挙の関連記事はこちら


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