DNAを月へと打ち上げる!? アートが探求する、死後に「遺すもの」の可能性

サンフランシスコのアーティスト、エイミー・カールは現代におけるデジタルな“死後”(Digital Afterlife)について考察する。それも、人間のDNAを月へと打ち上げる(早ければ2024年の第4四半期に打ち上げ予定)ことによってだ。作品を通じて彼女が表現したいメッセージとは?
DNAを月へと打ち上げる  アートが探求する、死後に「遺すもの」の可能性

死者とチャットする日常と、山積する49億体のデジタル遺骨

ぼくたちはとても奇妙な未来へと足を踏み入れている。旅先の計画から、夕食のレシピ、さらには「デジタル“死後”産業(Digital Afterlife Industry)ついて最新の情報を」といったプロンプトにまで気軽にチャットで答えてくれるChat GPTは、人間ではない。ぼくたちは人間以外の、生きていない知性と日常的に会話をするいまを生きている。そして、そうしたチャットが、この世を去った人々と行なわれることも、すでにSFの域ではない。

例えばマイクロソフトは友人・知人を含む、過去または現在の存在をモデルとするAIチャットボットを作成する特許を取得した。2021年にはCNNによって、この計画はすでに同社によって棄却されたことが報じられているが、人工知能(AI)をはじめとするデジタルテクノロジーを駆使した「グリーフテック」(大切な人の死などの喪失感を緩和するテクノロジー)は年々存在感を増してきている。

2023年には『The New York Times』が、StoryFileやHereAfter AIといったサービスを使い、故人をインタラクティブなチャットアバターへと甦らせた人々を紹介している。2019年に登場したHereAfter AIを使って亡き父親と対話をする人が、すでに存在する。会話とともに、アイコンタクトや呼吸、まばたきすらも生成されるという。

そしてぼくたちは、デジタル世界にあまりに多くのものを遺してこの世を去ることになる世代だ。オックスクスフォード大学の研究者は、現在のペースでネットワークの拡大が続けば、Facebookに遺される「デジタル遺骨(Digital Remains)」の数は2100年までに49億人を超えると予測している

しかし死後の世界でも人々はクリックベイトに悩まされ、データ資本主義に取り込まれていくというのは、“浮かばれない”話だ。そこでデジタル“死後”産業における倫理ガイドラインも提案されている。学術誌『Nature Human Behaviour』に投稿されている論文の共著者であるルチアーノ・フロリディは、現在はイェール大学のデジタル倫理センター(Digital Ethics Center)の創設ディレクターを務める、情報に関する技術哲学において必ずといっていいほど言及される人物だ。同ガイドラインでは、デジタル遺骨を単に動産や遺産とみなすのではなく、人格を構成するものと捉えることが提案されている。

古代エジプトの王墓の視点に立つ

死後に「遺すもの」は、宗教はもちろん、倫理や生物多様性にも拡がるテーマだといえる。アーティストのエイミー・カールは、このテーマについて、考察を重ねてきた。メディアアートの世界的祭典であるアルスエレクトロニカ・フェスティバル、森美術館、ポンピドゥー・センター、スミソニアン博物館などに多数の作品を出展してきたサンフランシスコのアーティストだ。エイミー・カールは、最新作である『Echoes From the Valley of Existence(存在の谷からのエコー)』という作品を、札幌国際芸術祭2024で発表した。この作品は現在も進行中のものであり、作品中で採集される鑑賞者のDNAとメッセージは2024年と26年に、なんと月へと打ち上げられる。その作品のコンセプトは、死後の世界がどのように書き換えられ得るのかの示唆に満ちていた。

──この作品について教えて下さい。

エイミー・カール この作品は、テクノロジーによって、わたしたちがこの世界に何を遺すことができるのか、さらには何を遺すべきかを探求したインタラクティブアート作品です。鑑賞者はリアルタイムのボディトラッキング、生体認証などによって、自らの残響(バイオ・デジタル・エコー)を目の当たりにします。そして自らのDNAを、メッセージとともに作品の一部とすることができ、それらは後に月へと打ち上げられます。

エイミー・カール | AMY KARLE
主にデジタル、物理、および生物のシステムが融合する領域において多様な表現を行なうアーティスト。国際的な受賞歴をもち、フランスのポンピドゥー・センター、日本の森美術館、アメリカのスミソニアン博物館、オーストリアのアルスエレクトロニカなど、54もの国際的な展覧会に出展している。BBCが選ぶ「最も刺激的で影響力のある女性100人」の1人に選ばれ、「3Dプリンティングで最も影響力のある女性」の1人にも選ばれている。米国務省に所属するアーティスト外交官(Artist Diplomat)でもあり、外交、社会イノベーション、女性の地位向上、アートとテクノロジーを駆使した分野横断的なコラボレーション支援など、社会問題への取り組みを行なっている。


──どのようにして、人間が死後に“遺すもの”について探求をしていったのでしょう?

デジタルと生物学的な側面から考えていきました。それらは時を超えてどのように影響を与えるのか、そして未来の人類、あるいはほかの種族が、わたしたちが遺したものをどのように振り返るのか。それはある意味、古代エジプトの王の墓を見る現代の人々の視線に似ていました。

数千年という想像もできないような時間を超えて、王の墓を開けてみたら、それは人間(のミイラ)だったわけです。墓にはさまざまなメッセージのようなものがあり、それらは現代とはまったく異なる数学や物理学の考え方の上に成り立っていたものでした。危険もありました。長い間外界と隔絶されていた王墓には、未知の危険なウイルスや菌が眠っているかもしれないと考えられたわけです。

未来からの視線で、現代において何を、どのようにメッセージとして遺すのか。それを考え続けることで、この作品は生まれました。

──あなたは作品において「残響(Echo)」という言葉を用いています。残響とは何なのでしょう?

わたしたちの肉体の旅立ちを超えて持続する「連続体」のことです。残響は、わたしたちが技術的に残せるものと、精神的に遺したいと考えるものによって決まると考えています。とりわけ後者は非常に複雑なものです。

──それは、例えば技術的には可能でも、わたしたちの置かれている状況(テクノロジーの進歩や気候変動など)、信条や価値観によって、遺したいものが変わる、ということですか?

そうですね。作品制作では「未来の先祖」という視点に立って自問することが多かったです。未来から見てよい先祖でありたいと思うなら、いま、わたしたちは何をどのように遺すべきなのか。それを問い続けるプロセスが、この作品の制作でした。

展示空間に設置されるDNAの回収ボックス。綿棒をつかって口内の一部の皮膚を削って(痛みはない)、メッセージとともに提供する。Photo by Kelsie Stewart

量子、そして宇宙へと拡がる残響

──その結果、作品ではデジタルテクノロジーを多用しています。

はい、わたしはずっとデジタルの死後の世界(Digital After Life)について考えてきました。

わたしたちの残響について、デジタルの世界を探してみると、実に多くのものがあります。通信、医療、公共事業など、わたしたちの生活はデジタルに依存しています。社会のデジタルシステムが機能不全に陥れば、わたしたちは人類として機能不全に陥ってしまうほどです。

例えば、FacebookやInstagramといったソーシャルメディアはすでにわたしたちの生活の一部です。それらは自分の外側にある、もうひとつの人生です。そして、その人生は実際には、AIが処理しているわけです。つまりあなたの意思には関係なく、あなたと関係のありそうな人のタイムラインにあなたの投稿は現れるし、その逆も起きるわけです。

現在のFacebookでは、アクティブユーザーよりもレガシーページの方が多くなる可能性があります。しばらく会っていない友達のページにアクセスすると、その友達が亡くなったことさえ気づかないかもしれません。そんな現実はもう眼の前にあります。デジタルの死後の世界は、現実の問題なのです。

──そこからあなたは踏み込み、量子を用いた残響を探求しました。

テクノロジーとさらにシームレスに統合された未来の視点に立ったとき、量子コンピューティングが見えてきます。

量子とは、粒子と波の性質をあわせもった、とても小さな物質やエネルギーの単位のことです。わたしたち人間を含む物質は原子によって形づくられていますが、その原子も量子なのでです。つまり量子コンピューターは、わたしたちを構成する原子と同じものをベースにしているのです。

量子コンピューターの世界では、わたしたちの身体がもつ波紋のようなものを残響として遺すことができるのではないか、と考えたのです。つまり、わたしたちの身体が環境とインタラクションすることによって生まれる残響です。作品では、バイオフィードバックと、映像と音のインタラクティブアートによるバイオ・デジタル・エコーとして、その波紋を表現しています。

例えば音は、ポーランド日本情報工科大学のセファ・サギールとのコラボレーションによるものです。目に見えないけれど、わたしたちの身体に浸透している音の性質を、デジタル信号と生体信号の相互作用によって表現しています。量子物理学に根ざした波形と、音響生物工学によって心臓の細胞を誘導するスタンフォード大学の研究を活用し、視覚的な体験を補完するだけでなく、物理的な世界と技術的な世界の融合という体験を提供する聴覚的環境をつくり出しています。

──そして展示で採取されたDNAは、月へと打ち上げられます。契約している「ライフシップ」は、人類を含む地球上の生命を、地球の外側へ拡張することをミッションとする米国のスタートアップです。

はい、この作品のDNA、テキスト、データは、「ライフシップ・ムーンアーカイブ」におけるふたつのプロジェクトで月へ運ばれることになっており、ひとつ目はスペースXのファルコン9ロケットに搭載される、ファイアフライ・エアロスペースの月着陸船ブルーゴーストで契約済みです。打ち上げ時期は2024年第4四半期を予定しています。もうひとつは、アストロラボ社の探査機と契約しており、スペースXのスターシップで打ち上げるミッションです。打ち上げ目標は2026年です。

未来の人類やほかの生命体が、月でこれらのDNAやメッセージを発見するかもしれません。そのとき、地球の人類はすでに絶滅しているかもしれません。そのようなシナリオを前提としたとき、何を遺すのか? わたしは現在、作品中で収集されたメッセージを展示・分析し続けながら考え続けています。

奇しくも、この作品が2024年の札幌国際芸術祭で初めて公開された日は、日本製の探査機が初めて月に降り立った日でもありました。

──あなたがこの作品を通して伝えたいメッセージはなんでしょうか?

この作品の目的は、何らかの答えを提供することではありません。むしろ、地球から宇宙へ出ていくことや、量子コンピューターの未来のテクノロジーを前提としたとき、わたしたちが遺すデータやDNAが、人類の集合的な物語にどのように貢献する可能性があるのかを探ることです。

この作品が、わたしたちがこの宇宙において、どのように生き、その残響を反映させるのかを考えるきっかけになればと願っています。


DNA、データ、テキストメッセージを含むこのプロジェクトは、最終的にはふたつのミッションのカプセル・アーカイブを搭載した月着陸船によって月に設置される予定だ。

ひとつ目の「ライフシップ・ムーン・アーカイブ」では、ファイアフライ・エアロスペースのブルー・ゴースト月着陸船に搭載され、スペースXのファルコン9ロケットで2024年後半に打ち上げられる予定だ。もうひとつの「ライフシップ・ムーン・アーカイブ2」は、アストロラブのローバーに搭載され、スペースXのスターシップによって2026年を目標として打ち上げられる。

さらに、このプロジェクトのデータ、テキストメッセージは、NSSDCA(NASA Space Science Data Coordinated Archive)によるミッション「Intuitive Machines 2(PRIME 1)」にも搭載され、2024年11月に月面着陸する予定だ。

"Echoes From the Valley of Existence", 2024 by Artist Amy Karle. Photo by Fujikura Tsubasa

(Edit by Tomonari Cotani)


札幌国際芸術祭(Sapporo International Art Festival, SIAF)2024のイニシアティブパートナーである『WIRED』日本版のポッドキャスト「SIAF AS A TOOL」では、未来を拡張するツールとしてのアートの可能性に迫り、SIAF2024の魅力を発信していく。第3回のゲストは、未来劇場参加アーティストのエイミー・カール。(※通訳あり)