ロシアによる「電力インフラ」への攻撃、その実態調査が露わにした国際人道法上の問題

ロシアによるウクライナの電力インフラ攻撃の実態が報告書から浮かび上がってきた。なかには前線から遠く離れた、民間人への影響が必至の場所が攻撃されたケースもあり、これらは戦争犯罪に当たる可能性がある。
Electric power transmission lines stand on October 3 2023 in Kherson Ukraine.
Photograph: Yurii Stefanyak/Getty Images

2月24日、ロシアがウクライナに本格侵攻してから2年が過ぎた。この戦争では、ロシアが民間人と民間インフラを無差別攻撃して戦争犯罪を犯した可能性があると報道されてきた。戦争が始まってから最初の冬、ロシアはある戦略を取った。米国務長官アントニー・ブリンケンの言葉を借りれば、「(ウクライナを)凍えさせて降伏させる」戦略で、電力インフラを攻撃して、ウクライナの人々から電気と暖房を奪おうとするものだった。

このほど、衛星画像と公開情報を使って、米政府の支援を受けたイェール大学の人道研究室、スミソニアン文化救済イニシアティブ、プラネットスケープAI、マッピングソフトEsriからなる協力組織である「紛争観測所」が、このロシアの戦略がどのくらいの規模だったのかをより明確に描き出す報告書を公開した。2022年10月1日から23年4月30日の間に、ウクライナの電力インフラが破壊される事例が200件以上あったことを研究者は突き止めた。その被害総額は80億ドル以上にのぼると見積もられている。紛争観測所の報告書によると、研究者が突き止めた223件の攻撃のうち、66件は信頼できる複数の情報源とデータによって裏付けられた。

信頼できる複数の情報源とデータによって裏付けられた攻撃事例の数と分布。

Courtesy of Yale Humanitarian Research Lab

民間に影響があるに違いない規模の攻撃

「わかったのは、前線への爆撃と前線ではない地域への攻撃にはパターンがあり、民間に影響があるに違いない規模だったことです」。そう語るのは、人道研究室の共同代表でありイェール大学ジャクソン国際関係大学院で教鞭をとるナサニエル・レイモンドだ。UNOCHA(国連人道問題調整事務所)は昨冬、ウクライナの送配電網への攻撃は、全土で「何百万もの」人々から電力を奪ったと推定していた。

今回研究者たちは、ウクライナ全土24州のうち17州で電力インフラが破壊された事実を確認して検証した。

電力インフラが受けた個別の被害を特定して記録することは研究者と調査官にとって非常に難しかった。ウクライナ政府はそれ以上の攻撃を防ぐため、どの施設が攻撃を受けて、どの施設が稼働しているかに関する情報を出さないようにしてきたからだ(このため、報告書もどの施設の被害を分析したかや破壊の程度について具体的になりすぎないよう注意を払っている)。だが、この制約ゆえに国際法違反を立証するために必要なデータを集め、検証することが難しくなる恐れもある。

方法論を公開したことで、レイモンドはさらなる調査が可能になることを期待して、こう言う。「共有するデータに共通の基準をもつことは、説明責任の前提条件です」

研究者が突き止めたすべての攻撃。

Courtesy of Yale Humanitarian Research Lab

国際人道法は、民間人や学校や病院などの民間インフラへの攻撃を禁じている。だが、イェール大学で国際法を教えるウーナ・ハサウェイ教授は、発電所や発電インフラは悩ましい存在だと語る。なぜなら、電力が軍事に使われるか民間用なのか(多くの場合、両方)区別することは難しく、場合によっては不可能だからだ。このため、電力インフラを標的とすることが正当化される場合があるとハサウェイは言う。だが、戦争関係者は停電が続くことや発電所を爆破するようなことが民間人にどのような影響を与えるのか考える必要があると彼女は説く。ダムを爆撃したり開いたりするなどの「危険な力」を解き放つことは、戦争犯罪になりうるとも。

「これは明らかな違反行為です。仮にインフラの一部が民間と軍事の両方を支えているとしても」。ハサウェイは言う。

ロシアがウクライナの電力インフラを破壊しようとするのは、物理的な攻撃によるものだけではない。22年10月、この報告書が調査対象とした期間に、ロシア軍参謀本部情報総局所属のハッカー集団「Sandworm」が、ミサイル攻撃の間、数知れないウクライナ人を明かりのないブラックアウトに追い込んだ。Sandwormがウクライナでブラックアウトを引き起こしたのは、2015年以降、3回目のことだった。

研究者が突き止めた月ごとの攻撃の数(2022年10月1日から23年4月まで)。

Courtesy of Yale Humanitarian Research Lab

戦場から離れた場所の攻撃を正当化できるか

紛争観測所が報告書に記した攻撃のなかには前線近くで発生したものもあるが、戦場から遠く離れたウクライナ最西端の都市リヴィウで発生したものもあったとレイモンドは言う。レイモンドとそのチームが確認した攻撃のうち128件は、攻撃されたタイミングにおいては紛争の最前線ではなかった場所で発生していた。

報告書は「攻撃が意図的なものであり、民間人に不当に大きな被害を与えていることを示しており、真実であれば国際人道法と武力紛争に関する法律違反です」と言うのは、米国務省広報官ラッセル・ブルックスだ。「影響を受けた地域の多くは前線から離れた場所であり、攻撃が正当化できる軍事目的に適ったものだったのか疑問を投げかけています」

ロシア高官のなかにはウクライナのインフラは正当な標的だと主張した者がいる。22年12月、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、エネルギー網を攻撃することでウクライナが西側諸国から提供された兵器を使えなくすると公言した。またこれとは別に、ロシアの国家院議員ボリス・チェルニショフによると、複数のロシア高官がウクライナの電力供給への攻撃は「報復攻撃」であると示唆したという。

「ロシアの高官が口にする弁明は、送配電網は正当な軍事目標であるとの主張から、具体的で直接的軍事目標というより民間への打撃を狙ったものであり、一般的な報復であるとする声明までさまざまです」と、レイモンドは言う。「これを記録しておくことが重要でした。彼らの意図を示しているから。たとえ、声明だけでは国際法違反を示すものではないとしても」

信頼できる複数の情報源とデータによって裏付けられた月ごとの攻撃(2022年10月1日から23年4月まで)を、場所別に示したグラフ。

Courtesy of Yale Humanitarian Research Lab

声明のなかには、ウクライナ政府が敗北を認めるよう圧力をかけるためにロシアが意図的に民間人を標的にしたことを示すものが複数あるとハサウェイは指摘する。「コメントの多くが、ロシアとロシア指導者たち、および軍幹部が、電力網への攻撃を実行する上で抱いた不法な目的を示すものだと思います」

報告書の中身は、それ自体で戦争犯罪の証拠になるものではないが、独立ウクライナ国際調査委員会(Independent International Commission of Inquiry on Ukraine)のような組織に強力な基盤を提供するとハサウェイは付け加える。「(報告書は)検事たちにとって、ロードマップとなるでしょう」

WIRED US/Translation by Akiko Kusaoi/Edit by Mamiko Nakano)

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